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『サボりの美学は雪杉さんに学べ』  作者: 白隅 みえい
第1章:サボりの衝撃
5/8

Lesson5「行き過ぎ鍼灸、鼻針地獄」

山芋事件から三日が経った木曜日。僕の鼻の赤みはほとんど引いていたが、花粉症の症状は相変わらずだった。


「ズズッ……」


朝から鼻をすすりながらデスクワークをしていると、雪杉さんがいつものように煮干しだしマグカップを持って現れた。


「おはようございます。お鼻の調子はいかがですか?」


「おはようございます。赤みは引きましたが、花粉症は……」


「そうですね……」雪杉さんが申し訳なさそうな表情を見せる。「山芋療法は失敗でしたね」


「いえ、雪杉さんが悪いわけじゃありません」


「でも、責任を感じます」


雪杉さんが真剣な顔でだしを飲んでいる。


「実は」雪杉さんが声を潜める。「ヨガの先生に、もう一つ方法を教えてもらったんです」


(また何か思いつかれた……)


「今度は何ですか?」


「鍼灸です」


「鍼灸?」


「はい。花粉症には鍼灸がとても効果的なんです」


確かに、鍼灸なら山芋よりは安全そうだ。


「鍼灸院を紹介してもらいました」雪杉さんが嬉しそうに言う。「ヨガの先生のお知り合いで、とても腕のいい先生らしいです」


「そうなんですか」


「はい。『花粉症には特別な技術がある』って言ってました」


特別な技術……なんか気になる表現だ。


「どこの鍼灸院ですか?」


「駅前の雑居ビルにあります。『東洋医学研究所』っていう名前です」


(東洋医学研究所……なんだか大げさな名前だな)


「今日の夕方、予約を取ってもらったんです」


「え?」


「私も一緒に行きますから、安心してください」


雪杉さんが勝手に予約を取っていることに驚いたが、山芋事件の責任を感じている彼女の気持ちを考えると、断りにくかった。


「分かりました。お願いします」


「よかった! きっと今度は大丈夫ですよ」


雪杉さんが安堵の表情を見せる。


お昼休み、僕と雪杉さんが昼食を食べていると、蓮見さんがやってきた。


「上村君、鼻の赤み、だいぶ引いたわね」


「はい、おかげさまで」


「よかった。それにしても、山芋を鼻に塗るなんて、斬新すぎる治療法だったわね」


蓮見さんが苦笑いしている。


「すみませんでした……」雪杉さんが恐縮する。


「でも、雪杉さんの責任感は伝わったわよ。初めて残業してくれたし」


「はい。珍しい療法を勧めたら、最後まで責任を持つべきだと学びました」


「偉いじゃない」


そんな会話をしていると、雪杉さんが思い出したように言った。


「そういえば、今日の夕方、鍼灸院に行くんです」


「鍼灸院?」蓮見さんが興味深そうに聞く。


「はい。今度は鍼灸で花粉症治療です」


「鍼灸なら安全そうね」


「そうなんです。ヨガの先生のお知り合いで、とても腕のいい先生らしくて」


蓮見さんが僕の方を見る。


「上村君、大丈夫? また実験台になるの?」


「まあ……今度は普通の治療法ですから」


「そうね。鍼灸なら伝統的な医療だし」


午後の仕事中も、鼻水は止まらなかった。薬を飲んでも、一時的にしか効果がない。


(鍼灸で本当に良くなるかな……)


そんなことを考えていると、碓氷係長がやってきた。


「上村君、調子はどう?」


「あまり良くないです……」


「そうか。私も昔、花粉症がひどくて困ったことがあるんだ」


「係長も花粉症だったんですか?」


「ええ。でも、筋トレで免疫力を上げたら、症状が軽くなったよ」


「筋トレで?」


「そう。体を鍛えると、自然治癒力が向上するからね」


碓氷係長が筋肉を自慢するように腕を曲げる。


「今度、一緒にトレーニングする?」


「あ、実は今日、鍼灸院に行く予定で……」


「鍼灸院? いいじゃない。私も興味あるな」


「雪杉さんに紹介してもらったんです」


「雪杉さんが? あの人、色々詳しいよね」


(詳しいというか……情報源がヨガの先生一人なんですけど……)


夕方、定時になると、雪杉さんがやってきた。


「上村さん、準備はいいですか?」


「はい」


「では、行きましょう」


駅前の雑居ビルは、少し古くて薄暗い印象だった。


「3階ですね」


エレベーターで3階に上がると、「東洋医学研究所」という看板が見えた。


「ここですね」


ドアを開けると、薄暗い受付があった。お香のような匂いが漂っている。


「いらっしゃいませ」


奥から現れたのは、60代くらいの男性だった。白い道着のような服を着て、長いひげを生やしている。


「雪杉さんからご紹介いただいた上村と申します」


「ああ、花粉症の方ですね。お待ちしておりました」


先生の日本語に、少し違和感があった。


「先生は……?」


「私、張先生です。中国で30年、鍼灸を学びました」


中国の方か。確かに、本格的そうだ。


「では、こちらへ」


案内された治療室は、さらに薄暗かった。ベッドが一つあり、壁には漢方薬らしき瓶がたくさん並んでいる。


「まず、脈を診ます」


張先生が僕の手首を取り、脈を確認する。


「うーん……」


長い間、脈を取りながら、何やらブツブツと中国語で呟いている。


「どうですか?」雪杉さんが心配そうに聞く。


「花粉症、とても重症ですね」


「重症?」


「はい。普通の治療では治りません」


(普通の治療って……)


「特別な技術が必要です」


雪杉さんが言っていた「特別な技術」というのは、これのことか。


「どのような治療ですか?」


「鼻針です」


「鼻針?」


「はい。鼻の穴に直接針を刺します」


僕は血の気が引いた。


「鼻の穴に……針を……?」


「はい。花粉症の根本治療には、鼻針が一番効果的です」


雪杉さんも驚いている。


「鼻の穴に針って……痛くないですか?」


「最初は少し痛いですが、すぐ慣れます」


(慣れるって……そういう問題じゃないと思うんですけど……)


「あの……他の方法は……」


「鼻針が一番です。私、この技術で多くの人を治しました」


張先生が自信満々に言う。


「どうしますか?」


僕は迷った。確かに、鼻に針を刺すなんて考えただけで恐ろしい。でも、このまま花粉症に苦しみ続けるのも辛い。


「やってみます」


「よし! では、ベッドに横になってください」


僕がベッドに横になると、張先生が針の準備を始めた。


「雪杉さんも見学しますか?」


「はい、お願いします」


雪杉さんが心配そうに僕の隣に立つ。


「では、始めます」


張先生が細い針を手に取る。


「少し痛いですが、我慢してください」


針が僕の鼻に近づいてくる。


「あの、本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫です。深呼吸してください」


僕は目を閉じて、深呼吸した。


そして……


「うわあああああ!」


鼻の奥に、今まで経験したことのない痛みが走った。


「痛い! 痛いです!」


「大丈夫、大丈夫。もう少しです」


張先生は動じることなく、針をさらに奥に進める。


「ちょっと待ってください! やばいです!」


「まだ半分です」


半分? まだ半分も残ってるの?


「雪杉さん! 助けて!」


「上村さん、頑張って!」


雪杉さんが僕の手を握ってくれる。


「涙が出てきました……」


「それは正常な反応です」張先生が説明する。


針がさらに奥に進む。もう、痛いを通り越して、意識が朦朧としてきた。


「終わりました」


ようやく張先生が針を止める。


「これで15分、このままでいてください」


15分? この状態で?


「無理です……抜いてください……」


「だめです。効果が出ません」


僕は涙でぐしゃぐしゃになりながら、必死に耐えた。


雪杉さんが手を握り続けてくれる。


「上村さん、大丈夫ですか?」


「だい…じょう…ぶじゃ…ないです…」


「すみません……私のせいで……」


15分が永遠に感じられた。


ようやく張先生が針を抜いてくれた時、僕は完全にぐったりしていた。


「お疲れ様でした」


「はあ…はあ…」


「これで花粉症、治ります」


本当に治るのかな……


「料金は5000円です」


「5000円……」


高いのか安いのかよく分からないが、とりあえず支払った。


鍼灸院を出て、僕と雪杉さんは近くのカフェに入った。


「上村さん、本当にごめんなさい……」


雪杉さんが申し訳なさそうに謝る。


「いえ、雪杉さんのせいじゃありません」


「でも、あんなに痛そうで……」


確かに、あれは想像以上だった。


「鼻針なんて聞いたことなかったです」


「私も初めて知りました……」


「ヨガの先生は、鼻針のことご存知だったんですか?」


「いえ、『特別な技術』とは聞いてましたが、まさか鼻に針を刺すなんて……」


(ヨガの先生も、詳しく知らずに紹介したのか……)


「でも」雪杉さんが希望的に言う。「もしかしたら、本当に効くかもしれません」


「そうですね……」


翌日の朝、僕は恐る恐る鼻の状態を確認した。


「あれ?」


確かに、鼻水の量が減っている気がする。


「本当に効いてる?」


オフィスに着くと、雪杉さんが心配そうに駆け寄ってきた。


「上村さん、調子はいかがですか?」


「実は……少し良くなってる気がします」


「本当ですか?」


「はい。鼻水の量が減ってます」


雪杉さんの顔がパッと明るくなった。


「よかった! やっぱり効果があったんですね」


「みたいです」


「張先生、すごいですね」


でも、僕は複雑な気分だった。確かに効果はあったが、あの痛みを思い出すと……


「蓮見さんにも報告しましょう」


蓮見さんに昨日のことを話すと、彼女は驚いた。


「鼻に針? 想像しただけで痛そう……」


「本当に痛かったです」


「でも、効果があったのね」


「はい、一応……」


「雪杉さん、今度からは事前にもう少し詳しく調べた方がいいかもね」


「そうですね」雪杉さんが反省している。「紹介する時は、自分でも体験してからにします」


「え? 雪杉さんも鍼灸院行くんですか?」


「はい。今度、肩こりの治療で行ってみます」


(また行くのか……)


その日の午後、碓氷係長がやってきた。


「上村君、花粉症の調子はどう?」


「実は、少し良くなったんです」


「おお、それは良かった。何かしたの?」


「鍼灸治療を受けました」


「鍼灸? いいね。自然治癒力を高めるのは大切だ」


「ただ……」


僕が昨日の体験を話すと、係長の表情が変わった。


「鼻に針って……それ、大丈夫なの?」


「一応、効果はありました」


「そうか……でも、無理はしちゃだめよ」


夕方、丸山部長がやってきた。


「上村、鼻の調子はどうだ?」


「だいぶ良くなりました」


「そうか、よかった」


「はい。鍼灸治療が効いたみたいです」


「鍼灸? 俺も腰痛で悩んでるんだが……」


「あ、でも部長には普通の鍼灸院をお勧めします」


「普通のって?」


「その……鼻に針を刺さない方の……」


部長が困惑している。


「鼻に針? 何だそれ?」


僕が説明すると、部長が眉をひそめた。


「それ、大丈夫なのか?」


「効果はありましたが……正直、お勧めはしません」


「そうか……やっぱり普通の病院にするわ」


その夜、雪杉さんからメールが来た。


『上村さん、今日はお疲れ様でした。鍼灸院の件、反省しています。次回からは、紹介する前に自分で試してみます。でも、効果があって本当によかったです。』


僕は返信した。


『雪杉さんのお気持ちは嬉しいです。でも、あまり無茶はしないでくださいね。』


すぐに返事が来た。


『はい。でも、ヨガの先生がまた新しい治療法を教えてくれたので……』


(また新しい治療法……)


僕は少し不安になった。


翌日の朝、確かに花粉症の症状は軽くなっていた。鼻針の効果は本物だったようだ。


でも、あの痛みを思い出すと、二度と体験したくない。


雪杉さんは、相変わらず煮干しだしマグカップを持って現れた。


「おはようございます。今日も調子いいですか?」


「はい、おかげさまで」


「よかった。やっぱり張先生はすごいですね」


「そうですね……ただ……」


「ただ?」


「次回から、紹介する時は事前に詳しく説明してもらえませんか?」


「はい、分かりました」雪杉さんが真剣に頷く。「紹介はノー保証だということを学びました」


確かに、誰かを紹介する時は、責任が伴う。


でも、雪杉さんの善意は本物だ。ちょっと方向性が間違ってるだけで。


サボりの美学は雪杉さんに学べ。

――紹介はノー保証。


#オフィスラブコメ #社会人 #ラブコメ #現代 #星形にんじん


※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。


※AI補助執筆(作者校正済)

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