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『サボりの美学は雪杉さんに学べ』  作者: 白隅 みえい
第1章:サボりの衝撃
3/7

Lesson3「職場バルーン戦線」

雪杉さんが入社して一週間が経った金曜日。僕たち営業三課は、来週開催される「新商品発表会」の準備に追われていた。


「上村君、会場の飾り付けは大丈夫?」本山課長が確認してくる。


「はい、バルーンアーチと花束の手配はできています」


「ありがとう。お客様にも喜んでもらえるように、華やかにお願いします」


新商品発表会は、重要な取引先を招いての大きなイベントだ。会場は本社ビルの13階にある多目的ホールを使用する。


「雪杉さんも、飾り付けお疲れ様」課長が雪杉さんに声をかける。


「はい」雪杉さんが煮干しだしマグカップを持ったまま答える。「でも、私は飾り付けのセンスがないので……」


「そんなことないですよ。女性の視点は大切です」


「分かりました。だし休憩を取ってから、お手伝いします」


(だし休憩って……もう午前中だけで3回目だよ……)


お昼を過ぎて、僕たちは13階の多目的ホールに向かった。飾り付け作業の開始だ。


ホールに入ると、すでに机や椅子はセッティングされている。あとは装飾を施すだけだ。


「まず、ステージ周りにバルーンアーチを作りましょう」蓮見さんが指示を出す。


業者から届いた大量の風船を見て、雪杉さんが目を輝かせた。


「わあ、カラフルですね」


「はい。コーポレートカラーの青をメインに、白とシルバーで統一する予定です」


風船を膨らませる作業が始まった。僕と蓮見さん、雪杉さん、それに碓氷係長も手伝いに来てくれている。


「ふう、ふう」


僕は必死に風船を膨らませている。でも、これが意外に大変だ。


「上村、顔真っ赤よ」蓮見さんが心配そうに言う。


「大丈夫です……ふう、ふう」


隣で碓氷係長は、筋トレで鍛えた肺活量を活かして、次々と風船を膨らませている。


「これも肺活量トレーニングですね」


「係長、すごいペースですね」


「ええ。でも、雪杉さんの方がすごいですよ」


雪杉さんの方を見ると、確かに驚くべき光景が広がっていた。


雪杉さんは、風船を膨らませながら、何やら瞑想のような表情をしている。


「ふぅーーーーー」


長く、深い呼吸で風船を膨らませている。まるでヨガの呼吸法のようだ。


「雪杉さん、その膨らませ方……」


「ヨガの呼吸法です」雪杉さんが微笑む。「深く吸って、ゆっくり吐く。風船も喜んでくれます」


(風船が喜ぶって……)


しかも、雪杉さんが膨らませた風船は、なぜかどれも完璧に丸い。大きさも均一だ。


「すごいですね。どの風船も同じサイズです」


「ヨガの先生に教わったんです。『すべてのものには適切なサイズがある』って」


30分ほどで、大量の風船が完成した。


「では、アーチを作りましょう」蓮見さんが針金を取り出す。


ところが、アーチ作りが思ったより難しい。風船同士をうまく結びつけるのにコツがいる。


「あー、また外れちゃった」


僕が格闘していると、雪杉さんが近づいてきた。


「お手伝いします」


雪杉さんが風船を手に取ると、まるで魔法のように、風船同士がきれいに結ばれていく。


「雪杉さん、器用ですね」


「ヨガで指先の感覚を鍛えてるんです」


どんどんアーチが形になっていく。しかも、雪杉さんが作る部分だけ、なぜか特別に美しい。


「すごい……まるでプロが作ったみたい」蓮見さんが感嘆する。


「ありがとうございます。でも、これくらいなら誰でもできますよ」


(いや、絶対できないって……)


1時間後、見事なバルーンアーチが完成した。


「うわあ、きれい」


「これなら、お客様にも喜んでもらえそうね」


みんなが満足している中、雪杉さんが何やら考え込んでいる。


「どうしました?」


「あの……もう少し派手にしませんか?」


「派手に?」


「はい。せっかくですから、もっとカラフルにしたら……」


雪杉さんが、残っている風船を指差す。確かに、青、白、シルバー以外にも、赤、黄色、緑などの風船がたくさん余っている。


「でも、コーポレートカラーで統一って話じゃ……」蓮見さんが困惑する。


「統一も大切ですけど」雪杉さんが真剣な表情で言う。「お祝いには華やかさも必要だと思うんです」


「華やかさ……」


「ヨガの先生が言ってました。『人生に彩りを』って」


またヨガの先生だ。でも、確かに雪杉さんの言うことにも一理ある。


「どうしましょうか?」僕が蓮見さんに聞く。


「うーん……課長に相談してみる?」


その時、エレベーターの音が聞こえた。本山課長がやってきたのだ。


「みなさん、お疲れ様です。進捗はいかがですか?」


「課長、バルーンアーチは完成しました」


課長がアーチを見て、満足そうに頷く。


「いいですね。とてもきれい」


「ありがとうございます。ところで」雪杉さんが手を上げる。


「はい?」


「もう少し派手にしてもいいでしょうか?」


雪杉さんが余った風船を見せる。


「派手に?」


「はい。お客様に喜んでもらうためには、華やかさも大切だと思うんです」


課長が考え込む。


「確かに……新商品発表会ですからね。印象に残るようにしたい」


「でしたら」雪杉さんが提案する。「風船でお花を作ってはどうでしょう?」


「風船でお花?」


「はい。バルーンアートです」


僕たちは顔を見合わせた。バルーンアート?


「雪杉さん、バルーンアートもできるんですか?」


「はい。ヨガのイベントでよく作るんです」


(ヨガのイベントでバルーンアート……なんかすごい世界だな)


「では、お任せします」課長が決断する。「華やかにしましょう」


「ありがとうございます!」


雪杉さんが嬉しそうに風船を手に取る。そして、信じられないスピードで風船を捻り始めた。


「あっという間にお花が……」


細長い風船を巧みに捻って、見事な花の形を作り上げる。しかも、その速さが尋常じゃない。


「すごい……プロみたい」碓氷係長が感心する。


「ありがとうございます。これも呼吸法の応用なんです」


10分ほどで、雪杉さんは色とりどりの風船の花を大量に作り上げた。


「これを会場に飾りましょう」


僕たちは雪杉さんの作品を会場各所に配置していく。確かに、一気に華やかになった。


「すごくきれいになりましたね」蓮見さんが満足そうに言う。


「はい。でも」雪杉さんがまだ何か考えている。


「まだ何かありますか?」


「天井も飾りませんか?」


雪杉さんが天井を見上げる。


「天井?」


「はい。風船を浮かせるんです」


「浮かせる?」


「ヘリウムガスを使って」


確かに、ヘリウムガスも用意してある。でも、天井に風船を浮かせるって……


「面白そうですね」碓氷係長が乗り気になる。


「でも、会場が散らかりませんか?」僕が心配する。


「大丈夫です」雪杉さんが自信満々に答える。「計算して配置します」


「計算?」


「はい。風と気流の動きを考慮して」


(風と気流って……そんなこと考えてバルーン配置するの?)


結局、雪杉さんの提案で、天井にもカラフルな風船を浮かせることになった。


ヘリウムガスで膨らませた風船が、ふわふわと天井に向かって上がっていく。


「わあ、きれい」


会場が一気にファンタジックな雰囲気になった。


「これなら、お客様にも印象に残りますね」課長が満足そうに言う。


作業が完了したのは夕方の5時頃。みんなでできあがった会場を眺めていた。


「本当に華やかになりましたね」


「雪杉さんのおかげです」


「いえいえ、みなさんのご協力があったからです」


そんな会話をしていると、突然、


「パン!」


大きな音がした。


「え?」


見ると、天井に浮いていた風船の一つが割れていた。


「あ……」


「大丈夫ですか?」


「はい、一つくらいなら……」


ところが、それは始まりに過ぎなかった。


「パン! パン!」


次々と風船が割れ始めたのだ。


「どうして?」


「空調の風で、風船同士がぶつかってるみたいです」雪杉さんが分析する。


「え?」


「ヘリウムガスの風船は軽いので、空調の影響を受けやすいんです」


(それ、最初に考慮してくれよ……)


「パン! パン! パンパンパン!」


風船の割れる音が連続で響く。まるで戦場のようだ。


「うわあ!」


蓮見さんが頭を抱える。


「これ、明日の朝までに片付けないと……」


「そうですね」雪杉さんが冷静に答える。「でも、私、定時なので帰ります」


「え?」


「だって、お片付けは想定外でしたから」


(想定外って……提案したの雪杉さんでしょ!)


「ちょっと待ってください」僕が慌てる。「この状況で帰るって……」


「大丈夫です。きっと宇宙が何とかしてくれますよ」


「宇宙って……」


雪杉さんは本当に帰っていった。残された僕たちは、割れた風船の破片と、まだ空中に浮いている風船の処理に追われることになった。


「係長、どうしましょう?」


「うーん……とりあえず、浮いてる風船を全部回収しましょう」


「どうやって?」


「脚立を使って……」


結局、僕たちは夜の9時まで風船の片付けに追われた。


翌日の新商品発表会当日。


雪杉さんは、いつも通りに煮干しだしマグカップを持って現れた。


「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」


「おはようございます……」


僕は寝不足で、少しふらついている。


「発表会の準備、大丈夫でしたか?」


「なんとか……」


会場は、結局シンプルなバルーンアーチだけの装飾に戻していた。


「あら、シンプルになってますね」


「はい……安全を考慮して……」


「そうですね。シンプルも素敵です」


雪杉さんがだしを飲みながら、何事もなかったかのように言う。


新商品発表会は無事に成功した。お客様からも好評をいただけた。


でも、僕は昨夜の風船戦争を忘れることができなかった。


「雪杉さん」


「はい?」


「昨日の件、申し訳ありませんでした」


「え? 何がですか?」


「風船が割れて、片付けが大変になって……」


「ああ、それですか」雪杉さんがにっこり笑う。「大丈夫です。派手にできて良かったじゃないですか」


「でも、結局片付けは……」


「ヨガの先生が言ってました」雪杉さんが真剣な顔になる。「『派手にやって、片付けは人に任せる。それも人生のバランス』って」


(そのヨガの先生、本当に大丈夫なのか……?)


「それに」雪杉さんが付け加える。「みなさん、いい運動になったでしょ?」


確かに、脚立を使った風船回収は、思わぬ運動になった。


「碓氷さんも喜んでましたよ。『予想外の全身運動ができた』って」


(係長、そんなこと言ってたのか……)


その後、雪杉さんは何事もなかったかのように、いつものだしタイムを始めた。


「今日は昆布だしです。イベント後の疲労回復に効果的なんです」


昨夜の騒動で疲れ切った僕は、雪杉さんのマイペースさに、もはや諦めの境地に達していた。


でも、不思議と嫌な気分ではなかった。確かに、昨日の会場は一時的にでも、とても華やかだった。


お客様からも「印象的な会場でした」という感想をいただけた。


(まあ、結果オーライなのかな……)


そんなことを考えていると、丸山部長がやってきた。


「おい、昨日の発表会、評判良かったらしいな」


「はい、ありがとうございます」


「風船の演出、派手で良かったぞ」


「風船の演出……」


部長は、風船が割れまくった騒動を知らないらしい。


「雪杉、お前のアイデアだったのか?」


「はい」雪杉さんがにっこり答える。


「いいセンスだ。また何かイベントがあったら頼むぞ」


「喜んで!」


僕は心の中で叫んだ。


(また風船戦争が起こる……)


でも、雪杉さんは嬉しそうにだしを飲んでいる。


きっと、次回も何か予想外の展開が待っているんだろう。


サボりの美学は雪杉さんに学べ。

――派手さは正義。片付けは他人。


#オフィスラブコメ #社会人 #ラブコメ #現代 #星形にんじん


※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。


※AI補助執筆(作者校正済)


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