Lesson29「だし切れパニック」
Lesson29「だし切れパニック」
占い再訪から三日後の金曜日。僕は相変わらず告白のタイミングを図りながら、いつものように出社した。
「おはようございます」
「おはようございま……あれ?」
雪杉さんの声が途中で止まった。いつものように煮干しだしマグカップを持っているが、なんか様子がおかしい。
「どうかしましたか?」
「あの……上村さん……」雪杉さんが青ざめた顔で僕を見る。
「はい?」
「だしが……作れないんです……」
「だしが作れない?」
雪杉さんが震え声で説明し始める。
「今朝、いつものようにだしを作ろうと思ったら……給湯器が壊れてて……」
「給湯器が?」
「はい……お湯が全然出なくて……」
確かに、これは雪杉さんにとって一大事だ。だしを作るには、お湯が必須だ。
「会社の給湯室で作ればいいじゃないですか」
「それが……」雪杉さんが更に青くなる。「会社の給湯器も故障してるんです」
「え?」
「今朝、確認してきました。『故障中・修理は来週』って貼り紙が……」
これは確かに深刻な事態だ。
「コンビニでお湯をもらうとか……」
「試しました」雪杉さんが首を振る。「でも、だし作り用のお湯をくださいって言ったら、変な顔されて……」
確かに、それは言いにくいかもしれない。
「どうしましょう……」雪杉さんが本当に困っている。
「ポット式の湯沸かし器を買うとか……」
「それも考えました。でも、今日一日、だし無しで過ごすなんて……」
雪杉さんの手が震えている。これは、だし中毒の禁断症状なのかもしれない。
「雪杉さん、大丈夫ですか?」
「はい……でも……」
雪杉さんが水筒を振ってみせる。中身は水だけだ。
「今日は水で我慢しようと思ったんですが……なんだか力が出なくて……」
確かに、雪杉さんの顔色が悪い。普段のエネルギッシュさが全くない。
「何か方法を考えましょう」
その時、蓮見さんがやってきた。
「おはよう。あら、雪杉さん、顔色悪いわよ?」
「蓮見さん、おはようございます……」
事情を説明すると、蓮見さんも心配そうな顔をした。
「それは大変ね。雪杉さんにとって、だしは生命線みたいなものでしょ?」
「はい……」
「何か代わりになるものは? だしの素とか」
「だしの素……」雪杉さんが考え込む。「でも、あれは人工的で……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
でも、雪杉さんの表情を見ると、だしの素では満足できないのが分かる。
「上村さん……」雪杉さんが僕を見つめる。
「はい?」
「お願いがあります……」
「何でも言ってください」
「私の家まで、だしを取りに行ってもらえませんか?」
「雪杉さんの家に?」
「はい。冷蔵庫に、昨日作っただしがあるんです。それを持ってきてもらえれば……」
雪杉さんが必死にお願いしている。
「分かりました。行ってきます」
「本当ですか?」雪杉さんの顔がパッと明るくなった。
「はい。場所は覚えてますから」
「ありがとうございます! 鍵は……」
雪杉さんが鍵を渡してくれる。
「冷蔵庫の一番上の段に、青いタッパーがあります。それがだしです」
「分かりました」
「あ、それと」雪杉さんが付け加える。「ついでに、だし作り道具も持ってきてもらえませんか?」
「だし作り道具?」
「はい。煮干し、昆布、椎茸……全部キッチンの棚にあります」
「了解です」
僕は急いで雪杉さんのアパートに向かった。
電車に乗りながら、僕は雪杉さんの困った顔を思い出していた。
(あんなに取り乱した雪杉さん、初めて見たな……)
だしがないだけで、あそこまで動揺するなんて。雪杉さんにとって、だしは本当に生活の一部なんだ。
雪杉さんのアパートに着いて、鍵を開ける。
「お邪魔します……」
部屋に入ると、いつものようにだしの材料が整然と並んでいる。でも、今日はその準備ができていない。
冷蔵庫を開けると、確かに青いタッパーがあった。
「これがだしか……」
タッパーを開けてみると、透明で美味しそうなだしが入っている。
「これで雪杉さんも安心するな」
次に、だし作り道具を集める。煮干し、昆布、椎茸、それに鍋や濾し器も一緒に持って行こう。
大きなバッグに全部詰め込んで、再び会社に向かった。
「雪杉さん、持ってきました」
オフィスに戻ると、雪杉さんが机に突っ伏していた。
「雪杉さん?」
「あ、上村さん……」
雪杉さんが顔を上げる。さっきより更に顔色が悪くなっている。
「大丈夫ですか?」
「はい……でも、だしが恋しくて……」
「持ってきましたよ」
僕がバッグからタッパーを取り出すと、雪杉さんの目が輝いた。
「これです! これです!」
雪杉さんが嬉しそうにタッパーを受け取る。
「すぐに温めますね」
僕たちは給湯室に向かった。電子レンジでだしを温める。
「あー、いい香り……」
雪杉さんが幸せそうにだしの香りを嗅いでいる。
温まっただしを雪杉さんがマグカップに注ぐ。
「いただきます……」
雪杉さんが一口飲んだ瞬間、顔色がみるみる良くなった。
「生き返りました……」
「よかったです」
「上村さん、ありがとうございます。本当に助かりました」
雪杉さんが心から感謝している。
「いえいえ、当然です」
「でも……」雪杉さんが心配そうに言う。「これで今日一日分しかありません。明日はどうしましょう……」
「明日?」
「はい。給湯器の修理は月曜日だし……」
確かに、明日は土曜日だ。
「大丈夫です」僕が答える。「だし作り道具も持ってきました」
「本当ですか?」
僕がバッグから道具を取り出すと、雪杉さんが驚いた。
「すごい! 全部持ってきてくれたんですね」
「はい。これで、会社でもだしが作れます」
「でも、お湯がないと……」
「それも考えました」
僕が最後に取り出したのは、小さな電気ケトルだった。
「これは?」
「電気ケトルです。コンビニで買ってきました」
「上村さん……」
雪杉さんの目に涙が浮かんでいる。
「こんなに親身になってくれて……」
「雪杉さんが困ってるのを見てられませんから」
「ありがとうございます……」
雪杉さんが僕の手を握った。その温かさに、僕の心臓がドキドキする。
「上村さんって、本当に優しいですね」
「そんなことないです」
「いえ、本当です」雪杉さんが真剣な顔で言う。「私のために、ここまでしてくれる人は他にいません」
雪杉さんの言葉に、僕の気持ちが高まってくる。
「雪杉さん……」
「はい?」
「実は……」
今度こそ、告白しよう。そう思った時、
「雪杉さーん」
碓氷係長の声が響いた。
「どうかしましたか?」
「聞きましたよ。だし切れパニックの話」
係長が給湯室に入ってくる。
「心配になって様子を見に来ました」
「係長……ありがとうございます」
「でも、上村君が解決してくれたみたいですね」
係長が僕を見る。
「さすがです。これぞ真の筋肉……じゃなくて、真の愛情ですね」
愛情という言葉に、僕と雪杉さんが顔を赤くする。
「そんな……」
「いえいえ、見てて分かりますよ」係長がニヤニヤしている。
「困った時に支え合う。これが理想の関係です」
係長の言葉に、雪杉さんが僕を見つめる。
「本当に……上村さんには感謝してもしきれません」
「僕も、雪杉さんの役に立てて嬉しいです」
その週末、僕は雪杉さんと一緒にだし作りをした。電気ケトルを使って、会社でだしを作る練習だ。
「上手にできましたね」
「上村さんのおかげです」
「いえいえ、雪杉さんの指導が良かったんです」
そんな風に、僕たちは自然に過ごしていた。
月曜日、給湯器が修理されて、雪杉さんの日常が戻った。
「やっと普通にだしが作れます」
「よかったですね」
「でも」雪杉さんが微笑む。「今回の件で、とても大切なことを学びました」
「大切なこと?」
「はい」雪杉さんが僕を見つめる。「一人じゃできないことも、上村さんがいれば何とかなるってことです」
「雪杉さん……」
「私、上村さんのこと……」
雪杉さんが何かを言いかけた時、
「おはようございまーす!」
元気な声と共に、新入社員の田中さんが現れた。
「あ、おはようございます」
また、タイミングを逃してしまった。
でも、今回の件で、僕と雪杉さんの関係はまた一歩深まった気がする。
雪杉さんの「一人じゃできないことも、上村さんがいれば何とかなる」という言葉が、心に温かく響いていた。
きっと、もうすぐだ。
僕たちが本当の気持ちを伝え合う時が。
サボりの美学は雪杉さんに学べ。
――ピンチの時こそ、真心が光る。
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※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。
※AI補助執筆(作者校正済)




