Lesson26「ヨガスタジオ潜入」
Lesson26「ヨガスタジオ潜入」
だしマグ争奪ビンゴから一週間後の土曜日。僕は雪杉さんからの意外な誘いを受けて、小田急線に乗っていた。
「上村さん、ありがとうございます」
隣に座った雪杉さんが、新しい限定版だしマグの水筒を持っている。
「いえいえ。でも、ヨガって僕にできるでしょうか……」
「大丈夫です。田中先生は初心者にとても優しいんです」
今日は雪杉さんのヨガスタジオで、体験レッスンを受けることになっていた。
「それに」雪杉さんが嬉しそうに続ける。「上村さんと一緒にヨガができるなんて、夢みたいです」
「そうですか?」
「はい。いつも一人でやってたので、とても楽しみなんです」
雪杉さんの笑顔を見ていると、僕も楽しみになってきた。
「でも、体が硬いので心配です」
「大丈夫です。ヨガは競争じゃありませんから」
電車が駅に着いて、僕たちはヨガスタジオに向かった。
「こちらです」
雪杉さんが案内してくれたスタジオは、以前来たことがある場所だった。でも、今日は体験レッスンということで、少し緊張している。
「田中先生、こんにちは」
「雪杉さん、こんにちは。こちらが上村さんですね」
田中先生が温かく迎えてくれる。
「初めまして、上村です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。雪杉さんからよくお話を聞いてますよ」
「そうですか……」
「とても素敵な方だって」
雪杉さんが恥ずかしそうに俯く。
「では、着替えてからレッスンを始めましょう」
更衣室で着替えながら、僕は少し不安になってきた。
(本当に大丈夫かな……)
ヨガウェアを着た僕は、なんだか違和感があった。普段、こういう格好をしないからか、妙にソワソワする。
「上村さん、準備はいかがですか?」
更衣室から出ると、雪杉さんが待っていた。ヨガウェア姿の雪杉さんは、いつもよりも美しく見える。
「あ、はい。準備できました」
「素敵ですよ。ヨガウェア、お似合いです」
「ありがとうございます……」
スタジオに入ると、他にも数人の生徒さんがいた。
「皆さん、今日は体験の方もいらしてるので、基本的なポーズから始めましょう」
田中先生がレッスンを開始する。
「まず、正座から始めます」
みんなが正座をする。これは大丈夫だ。
「深呼吸をしましょう。鼻から息を吸って……口から吐いて……」
呼吸法は、雪杉さんと一緒に練習したことがあるので、なんとかついていける。
「では、猫のポーズです」
四つん這いになって、背中を丸めたり反らしたりする。
「上村さん、上手ですね」雪杉さんが小声で励ましてくれる。
「ありがとうございます」
ここまでは順調だった。
「次は、ダウンドッグです」
先生がお手本を見せる。逆V字のような形になるポーズだ。
「手をしっかりと床について、お尻を高く上げます」
僕も真似してみる。
「うぐ……」
これが意外に難しい。腕がプルプルしてくる。
「上村さん、大丈夫ですか?」雪杉さんが心配そうに見る。
「大丈夫です……」
でも、明らかに腕が震えている。
「無理しないでくださいね」田中先生がアドバイスしてくれる。
「はい……」
なんとかダウンドッグを終えて、次のポーズに移る。
「戦士のポーズです」
片足を前に出して、両腕を上に伸ばす。これは比較的楽だ。
「いいですね。バランスが取れてます」
先生に褒められて、少し自信が出てきた。
「では、次は三角のポーズです」
足を大きく開いて、片手を床に、もう片方の手を天井に向ける。
「うーん……」
これが結構きつい。体が硬いので、なかなか手が床に届かない。
「上村さん、無理に床に手をつけなくても大丈夫ですよ」
「はい……」
なんとか三角のポーズをクリアする。
「次は、立木のポーズです」
片足で立って、もう片方の足を太ももにつける。バランスのポーズだ。
「これは……」
僕が片足立ちをしようとした瞬間。
「うわあ!」
バランスを崩して、よろめいてしまった。
「大丈夫ですか?」
「すみません……」
でも、諦めずに再チャレンジ。
今度は壁に手をついて、なんとか立木のポーズの形を作る。
「上手です。最初は壁を使って大丈夫ですよ」
田中先生が優しくフォローしてくれる。
そして、問題のポーズがやってきた。
「では、ワシのポーズをやってみましょう」
先生がお手本を見せる。腕と足を複雑に絡める、とても難しそうなポーズだ。
「まず、右足を左足に絡めて……」
僕も真似してみる。
「足はなんとか……次は腕を……」
腕を絡めようとしたとき、バランスが完全に崩れた。
「うおお!」
僕は派手に転倒した。
「上村さん!」雪杉さんが驚いて駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」田中先生も心配そうに見る。
「はい……すみません……」
僕は床に座り込んでしまった。
「無理は禁物ですよ」
「でも、みなさんできてるのに……」
「それぞれペースが違いますから。雪杉さんも最初はそうでしたよ」
「え? 雪杉さんも?」
「はい」雪杉さんが苦笑いする。「最初の頃は、毎回転んでました」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、続けているうちに少しずつできるようになったんです」
「なるほど……」
「上村さんも、きっとできるようになりますよ」雪杉さんが励ましてくれる。
「ありがとうございます」
レッスンが再開されて、今度はもう少し簡単なポーズが続いた。
「チャイルドポーズで休憩しましょう」
正座の状態から前に倒れて、休息のポーズを取る。
「はあ……」
これは楽だ。体の力が抜けて、リラックスできる。
「どうですか? 気持ちいいでしょう?」雪杉さんが隣で囁く。
「はい、とても」
「ヨガの良さは、競争じゃないところなんです」
「そうですね」
「自分のペースで、自分の体と向き合えばいいんです」
雪杉さんの言葉に、僕は少しホッとした。
最後は瞑想タイムだった。
「楽な姿勢で座って、目を閉じてください」
みんなで静かに座る。
「呼吸に意識を向けて……何も考えなくていいです……」
静寂の中で、雪杉さんの存在を隣に感じる。なんだか、とても穏やかな気持ちになった。
レッスンが終わって、僕たちは着替えを済ませた。
「お疲れ様でした」田中先生が声をかけてくれる。
「ありがとうございました。とても良い体験でした」
「上村さん、センスがありますよ」
「え? でも、転んでばかりで……」
「最初からバランス感覚が良い方でした。続ければきっと上達しますよ」
「本当ですか?」
「ええ。雪杉さんも喜んでくれると思います」
田中先生が意味深に微笑む。
スタジオを出て、僕たちは近くのカフェに入った。
「上村さん、お疲れ様でした」
「こちらこそ。楽しかったです」
「本当ですか?」雪杉さんが嬉しそうに聞く。
「はい。最初は緊張しましたが、だんだん楽しくなってきました」
「よかった……」
雪杉さんが安堵の表情を見せる。
「実は、誘うのにすごく勇気が要ったんです」
「どうしてですか?」
「ヨガって、私にとってとても大切なものなので……」
雪杉さんが真剣な顔になる。
「上村さんに嫌われたらどうしようって思って……」
「そんなことありませんよ」
「でも、転んだりして、迷惑をかけてしまって……」
「迷惑なんかじゃありません」僕が強く言う。
「雪杉さんが大切にしているものを、一緒に体験できて嬉しかったです」
「本当ですか?」
「はい。それに」僕が続ける。
「雪杉さんと一緒だったから、安心してできました」
雪杉さんの顔がパッと明るくなった。
「嬉しいです……」
「僕もです」
「あの」雪杉さんが恥ずかしそうに言う。
「はい?」
「今度、また一緒にヨガしませんか?」
「ぜひお願いします」
「やった!」雪杉さんが手を叩く。
「でも、今度はもっと基本的なクラスにしましょうか」
「いえ、今日のクラスで大丈夫です」
「でも、難しかったでしょう?」
「難しかったです。でも」僕が微笑む。
「雪杉さんと一緒なら、どんなに難しくても頑張れます」
雪杉さんが頬を染める。
「上村さん……」
「はい?」
「私も、上村さんと一緒だと、いつもより頑張れます」
「そうですか?」
「はい。今日も、上村さんが隣にいてくれて、とても心強かったんです」
雪杉さんの言葉に、僕の心が温かくなった。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
帰り道、雪杉さんが楽しそうに話してくれた。
「上村さんのワシのポーズ、面白かったです」
「面白いって……」
「はい。一生懸命頑張ってる姿が、とても可愛くて」
可愛いと言われて、僕の顔が熱くなった。
「でも、田中先生の言う通り、センスありますよ」
「そうでしょうか……」
「はい。体は硬いけど、集中力があります」
「集中力?」
「ええ。瞑想の時の集中、すごかったです」
確かに、最後の瞑想タイムは気持ちよくできた。
「雪杉さんが隣にいてくれたからかもしれません」
「そうですか?」
「はい。雪杉さんがいると、心が落ち着きます」
雪杉さんが嬉しそうに微笑む。
「私もです。上村さんがいると、とても安心します」
駅に着いて、改札の前で立ち止まった。
「今日は本当にありがとうございました」雪杉さんが深くお辞儀をする。
「こちらこそ。楽しかったです」
「今度は、いつにしましょうか?」
「いつでも大丈夫です」
「では、来週の土曜日はいかがですか?」
「はい、お願いします」
「やった! 楽しみです」
電車に乗って、僕は今日のことを振り返った。
確かに、ヨガは難しかった。バランスを崩して転んだりもした。
でも、雪杉さんと一緒に過ごした時間は、とても貴重だった。
彼女が大切にしているものを、一緒に体験できた。
それだけで、十分だった。
(来週も楽しみだな……)
そんなことを考えていると、スマホにメッセージが届いた。
雪杉さんからだった。
『今日はありがとうございました。とても楽しかったです。来週も一緒にヨガしましょうね』
僕も返信した。
『こちらこそ、ありがとうございました。来週も楽しみにしてます』
すぐに返事が来た。
『上村さんのワシのポーズ、明日も思い出して笑っちゃいそうです(笑)』
『やめてください(汗)』
『でも、一生懸命な上村さん、とても素敵でした(ハートスタンプ)』
ハートスタンプが来た。
僕もハートスタンプで返した。
こうして、僕たちの新しい習慣が始まった。
翌週の月曜日、オフィスで雪杉さんに会った。
「おはようございます。筋肉痛は大丈夫ですか?」
「おはようございます。少し太ももが痛いですが、大丈夫です」
「よかった。無理しちゃだめですよ」
「はい。でも、心地よい筋肉痛です」
「心地よい筋肉痛?」
「ヨガの筋肉痛は、体が変わろうとしている証拠なんです」
「なるほど……」
「上村さんも、きっと体が変わりますよ」
雪杉さんの言葉に、僕は期待を感じた。
体だけじゃなく、心も変わっていくような気がした。
サボりの美学は雪杉さんに学べ。
――バランスを崩すのも、また一つの美学。
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※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。
※AI補助執筆(作者校正済)




