Lesson22「Slackスタンプ戦争」
Lesson22「Slackスタンプ戦争」
筋膜リリースガン試遊会から三日後の土曜日。僕は雪杉さんとの約束で、彼女のアパートを訪れていた。
「上村さん、いらっしゃい」
雪杉さんが筋膜リリースガンを手に持って迎えてくれる。
「お疲れ様です。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ。昨日から楽しみにしてました」
雪杉さんの部屋で、僕は再び筋膜リリースガンを使って彼女の肩や腰をほぐした。前回よりもリラックスしている雪杉さんを見て、僕も安心できた。
「ありがとうございました。とても楽になりました」
「よかったです」
でも、帰り際に雪杉さんが少し心配そうな顔をした。
「上村さん、月曜日からちょっと大変かもしれませんね」
「どうしてですか?」
「実は、本山課長から連絡があったんです。来週から、業務中の私語を控えるようにって」
「私語を控える?」
「はい。どうやら、他の部署から『営業三課の雑談が多い』って苦情があったみたいで……」
確かに、僕たちの部署は和気あいあいとしていて、仕事中でも結構おしゃべりをしている。
「それって……」
「私たちのことかもしれませんね」雪杉さんが申し訳なさそうに言う。「だしの話とか、ヨガの話とか……」
確かに、僕と雪杉さんはよく雑談をしている。
「でも、仕事に支障はないと思うんですが……」
「そうですよね。でも、課長も上からの指示なので……」
月曜日の朝礼で、本山課長から正式に通達があった。
「皆さん、お疲れ様です。今日から、業務中の私語は最小限に控えてください」
課長の表情が普段より厳しい。
「他の部署から、私たちの職場環境について指摘がありました」
僕と雪杉さんが顔を見合わせる。
「もちろん、必要な業務連絡は構いません。ただし、プライベートな雑談は休憩時間にお願いします」
「はい……」
みんなが神妙な顔で返事をする。
「分かりました? 特に」課長の視線が僕と雪杉さんに向かう。「上村君と雪杉さん」
(やっぱり僕たちのことか……)
「はい、気をつけます」
「よろしくお願いします」
朝礼が終わって、僕と雪杉さんはデスクに戻った。
「どうしましょう……」雪杉さんが小声で言う。
「仕方ないですね。気をつけましょう」
でも、今まで気軽に話していた僕たちにとって、急に私語禁止は結構きつい。
午前中、僕たちは黙々と仕事をしていた。
いつもなら「今日のだしはどうですか?」とか「ヨガの調子はいかがですか?」とか話しているのに、今日は完全に無言。
なんだか、オフィスの雰囲気も重苦しい感じがする。
そんな時、雪杉さんのパソコンから「ポン」という音が鳴った。
見ると、Slackに通知が来ている。
僕も確認すると、雪杉さんからDMが届いていた。
『上村さん、おはようございます。今日のだしは昆布と椎茸のブレンドです』
なるほど、Slackを使って連絡してきたのか。
僕も返信する。
『おはようございます。美味しそうですね』
『ありがとうございます。今度、上村さんにも作ってあげますね』
こうして、僕たちはSlackでやり取りを始めた。
でも、最初は普通にテキストでやり取りしていたが、だんだんスタンプを使うようになった。
雪杉さんが『今日はいい天気ですね』と送ってきたので、僕は太陽のスタンプで返す。
雪杉さんが笑顔のスタンプで返してくる。
僕がグッドボタンのスタンプで返す。
だんだん、スタンプだけのやり取りになってきた。
お昼休み前、雪杉さんが『お腹空きました』とメッセージを送ってきた。
僕はお弁当のスタンプで返した。
雪杉さんがスタンプで返してくる。
でも、その時、僕は間違えてビールのスタンプを送ってしまった。
(あ、ビールのスタンプ送っちゃった……)
雪杉さんから汗のスタンプが返ってくる。
僕が慌てて『すみません、間違えました』と送ると、
雪杉さんから笑っているスタンプが返ってきた。
『大丈夫です。でも、お昼からビールは……』
『本当にすみません(泣き顔のスタンプ)』
こんな感じで、僕たちのSlackやり取りは続いた。
でも、問題が起こったのは午後だった。
僕が雪杉さんに『お疲れ様です』という意味で送ったつもりのスタンプが、間違って営業三課の全体チャンネルに送信されてしまったのだ。
しかも、送ったスタンプがハートだった。
『上村優がチャンネルにハートスタンプを送信しました』
というメッセージが、営業三課全員に表示された。
(うわあああ!)
僕は慌てて削除しようとしたが、もう遅い。
蓮見さんが笑いのスタンプで反応してくる。
佐々木がびっくり顔のスタンプ。
碓氷係長が上腕二頭筋のスタンプ(なぜ筋肉?)。
そして、雪杉さんが驚きのスタンプで反応した。
営業三課のSlackチャンネルが、突然スタンプだらけになった。
本山課長も気づいたらしく、怒りのスタンプが投稿された。
(課長、怒ってる……)
僕は慌てて『すみません、誤送信でした』と送ったが、
もう営業三課全体がスタンプ戦争状態になっていた。
蓮見さんがハートを送ると、
佐々木が失恋のスタンプで返す。
碓氷係長が上腕二頭筋のスタンプで割って入る。
雪杉さんがコーヒーのスタンプで話題を変えようとする。
でも、みんながそれぞれ違うスタンプで反応するので、もう何がなんだか分からない状態に。
そんな中、丸山部長のアカウントが反応した。
『何だこの騒ぎは? みんな働きすぎだな(サングラスのスタンプ)』
部長まで参戦してきた。
その後、営業一課や営業二課の人たちも、何事かと覗きに来始めた。
「何のスタンプ祭りですか?」
「恋愛相談?」
「上村さん、告白でもしたんですか?」
(違います! 誤送信です!)
結局、本山課長が業を煮やして、全体チャンネルに投稿した。
『業務中のSlack私的利用は禁止です。スタンプの乱用もやめてください。』
これで、スタンプ戦争は終息した。
でも、その後が大変だった。
「上村君」課長が僕を呼び出した。
「はい……」
「Slackの件、説明してもらえる?」
「すみません。雪杉さんとの連絡で使っていたら、間違えて全体チャンネルに……」
「雪杉さんとの連絡?」
「はい。私語が禁止されたので、代わりにSlackで……」
課長がため息をつく。
「上村君、私語禁止の意味、分かってる?」
「はい……」
「業務に関係のない話をしないでということよ。Slackでも同じです」
「すみません……」
「雪杉さんとの雑談が多いのは分かるけど、もう少し考えて行動してください」
「はい、気をつけます」
課長室を出ると、雪杉さんが心配そうに待っていた。
「上村さん、大丈夫でしたか?」
「まあ、注意されましたが……」
「すみません、私のせいで……」
「いえ、僕のミスです」
その時、蓮見さんがやってきた。
「お疲れ様。スタンプ戦争、すごかったわね」
「すみませんでした……」
「でも」蓮見さんがニヤニヤする。「上村君のハートスタンプ誤爆、印象的だったわ」
「あれは本当に間違いで……」
「でも、雪杉さんへの気持ちが表れてたんじゃない?」
雪杉さんが頬を染める。
「蓮見さん……」
「だって、無意識にハートスタンプ選んだってことは……」
(確かに、なんでハートスタンプを……)
碓氷係長もやってきた。
「お疲れ様。今日のSlack騒動、面白かったですね」
「係長……」
「でも、上村君のハートスタンプから始まったスタンプ連鎖、見事でした」
「連鎖って……」
「筋肉の動きと同じで、一つの刺激が全体に波及したんです」
係長が筋トレ理論で説明し始める。
「恋愛感情も筋肉と同じで、刺激があると反応が連鎖するんですよ」
(また筋肉の話に……)
夕方、定時になると、雪杉さんが僕のところにやってきた。
「上村さん、今日はお疲れ様でした」
「こちらこそ。ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。でも」雪杉さんが少し恥ずかしそうに言う。
「はい?」
「あのハートスタンプ……間違いだったんですよね?」
雪杉さんの質問に、僕は少し困った。
確かに誤送信だったが、なぜハートスタンプを選んだのか、自分でもよく分からない。
「間違いでしたが……」
「でしたが?」
「でも、雪杉さんに送るつもりだったので……完全に間違いとは言えないかもしれません」
雪杉さんの顔がパッと明るくなった。
「そうなんですか?」
「はい。だから、あの……気持ちは本物です」
「嬉しいです」
雪杉さんが嬉しそうに微笑む。
「私も、実は嬉しかったんです」
「本当ですか?」
「はい。みんなの前で、上村さんからハートをもらえて……」
雪杉さんの言葉に、僕の心が温かくなった。
「でも、今度からは気をつけますね」
「はい。でも」雪杉さんが付け加える。
「プライベートでは、また筋膜リリースガンをお願いします」
「もちろんです」
帰り道、僕は今日のことを振り返っていた。
私語禁止からSlack戦争、そしてハートスタンプ誤爆。
結果的に、僕と雪杉さんの気持ちが確認できたような一日だった。
でも、今度からは本当に気をつけなければ。
(誤爆は二度とごめんだ……)
そんなことを考えながら、僕は家路についた。
翌日の火曜日、僕は恐る恐るSlackを開いた。
すると、雪杉さんからDMが来ていた。
『昨日はお疲れ様でした。今日からは気をつけましょうね』
僕は慎重に返信した。
『はい、気をつけます。今日もよろしくお願いします』
そして、雪杉さんから返事が来た。
『こちらこそ。あ、でも……(ハートスタンプ)』
またハートスタンプが来た。
でも、今度はDMだから安心だ。
僕も(ハートスタンプ)で返した。
こうして、僕たちのSlackでの秘密のやり取りが始まった。
サボりの美学は雪杉さんに学べ。
――誤爆にこそ、真実が宿る。
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※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。
※AI補助執筆(作者校正済)




