Lesson21「筋膜リリースガン争奪戦」
Lesson21「筋膜リリースガン争奪戦」
GPSタグ騒動から一週間後の月曜日。オフィスに、見慣れない機械音が響いていた。
「ブルブルブル……」
「何の音ですか?」僕が振り返ると、碓氷係長が何やら銃のような形をした器具を手に持っていた。
「おお、上村君。これ見て」
「それは……何ですか?」
「筋膜リリースガンです」碓氷係長が嬉しそうに器具を振る。「最新の健康器具なんですよ」
「筋膜リリースガン?」
「はい。筋肉の疲労回復に抜群の効果があるんです」
そんな会話をしていると、雪杉さんがいつものように煮干しだしマグカップを持って現れた。
「おはようございます。何か面白そうな機械ですね」
「雪杉さん、おはようございます」係長が目を輝かせる。「これ、雪杉さんも絶対気に入りますよ」
「どんな機械ですか?」
「筋膜リリースガンです。筋肉をほぐして、血行を良くしてくれるんです」
「へー」雪杉さんが興味深そうに見る。「ヨガにも応用できそうですね」
「そうなんです! それで」係長が急に思いついたような顔をする。
「今度の昼休み、社内で健康器具の試遊会をやりませんか?」
「試遊会?」
「はい。筋膜リリースガンだけじゃなく、他にも色々な健康器具があるんです」
係長が机の下から、次々と器具を取り出し始めた。
「フォームローラー、ストレッチポール、バランスボール……」
「すごい数ですね」僕が驚く。
「全部、最近買い集めたんです」係長が誇らしげに言う。「せっかくだから、みんなで試してみませんか?」
「面白そうですね」雪杉さんが手を叩く。
「よし、じゃあ今度の水曜日の昼休みに開催しましょう」
こうして、碓氷係長主催の「社内健康器具試遊会」が決定した。
当日の水曜日。13階の多目的ホールには、碓氷係長の健康器具がずらりと並んでいた。
「うわあ、本格的ですね」
「係長、どこから集めてきたんですか?」
参加者は10人ほど。僕と雪杉さん、蓮見さんと佐々木、それに他の部署の人たちも興味を持って集まってきた。
「皆さん、お疲れ様です」碓氷係長が司会を始める。「今日は私の愛用健康器具を、皆さんに体験していただきます」
「よろしくお願いします」
「まず、こちらがメインの筋膜リリースガンです」
係長が例の銃型の器具を高く掲げる。
「この振動で、凝り固まった筋膜をほぐすんです」
「痛くないんですか?」営業二課の女性が心配そうに聞く。
「慣れれば気持ちいいですよ。でも、最初はくすぐったく感じる人もいます」
くすぐったい……その言葉に、雪杉さんがピクッと反応した。
「雪杉さん、どうしました?」
「いえ……私、くすぐったがりなので……」
「大丈夫ですよ」係長が安心させるように言う。「強さは調整できますから」
「では、順番に試してみましょう」
最初に挑戦したのは佐々木だった。
「では、肩からやってみますね」
係長が筋膜リリースガンを佐々木の肩に当てる。
「ブルブルブル……」
「おお、これは……」佐々木が驚く。「確かに効いてる感じがします」
「でしょう?」
次に蓮見さんが挑戦。
「私、肩こりがひどいんです」
「では、しっかりとほぐしましょう」
「あー、気持ちいい……」
蓮見さんが満足そうな表情を見せる。
「すごく楽になりました」
参加者たちも、順番に筋膜リリースガンを体験していく。みんな、その効果に感心している。
そして、ついに雪杉さんの番になった。
「雪杉さん、どこか凝ってるところありますか?」
「えーっと……」雪杉さんが恥ずかしそうに言う。「肩と腰が……」
「分かりました。では、肩から始めましょう」
係長が筋膜リリースガンを雪杉さんの肩に近づける。
「最初は弱めの設定にしますね」
「はい……」
「ブルブル……」
器具が雪杉さんの肩に触れた瞬間。
「ひゃあ!」
雪杉さんが飛び上がった。
「どうしました?」
「く、くすぐったいです……」
「これで弱設定なんですが……」
係長が困惑している。
「もう一度、やってみますか?」
「は、はい……」
雪杉さんが恐る恐る肩を出す。
「ブルブル……」
「ひゃーっ!」
また飛び上がる雪杉さん。
「だめです……くすぐったすぎて……」
「うーん……」係長が考え込む。「じゃあ、場所を変えてみましょうか」
「場所?」
「腰はどうですか?」
「腰……」雪杉さんが心配そうに答える。「もっとくすぐったいかも……」
「大丈夫です。私がコントロールしますから」
係長が筋膜リリースガンの設定を変える。
「さらに弱くしました」
「分かりました……頑張ります……」
雪杉さんが覚悟を決めたような表情になる。
「では、腰にいきますね」
係長が雪杉さんの腰に器具を当てようとしたその時。
「ちょっと待ってください」
僕が割って入った。
「僕がやります」
「上村君が?」
「はい。雪杉さんも、僕の方が安心かもしれませんし」
確かに、係長にされるより、僕がやった方が雪杉さんも緊張しないだろう。
「分かりました。では、上村君にお任せします」
係長から筋膜リリースガンを受け取る。
「雪杉さん、大丈夫ですか?」
「はい……上村さんなら安心です」
雪杉さんが僕に背中を向ける。
「では、いきますね」
「はい……」
僕は慎重に、筋膜リリースガンを雪杉さんの腰に当てた。
「ブルブル……」
「あ……」
雪杉さんの体が小刻みに震える。
「くすぐったいですか?」
「はい……でも、さっきより大丈夫です……」
「よかった。少し強くしてみますね」
「はい……」
設定を少し上げる。
「ブルブルブル……」
「んー……」
雪杉さんが小さく声を漏らす。
「大丈夫ですか?」
「はい……なんだか……気持ちよくなってきました……」
「よかった」
僕は慎重に、雪杉さんの腰から肩にかけて筋膜リリースガンを動かしていく。
「あー……」
雪杉さんが気持ちよさそうな声を出す。
「効いてますね」
「はい……すごく楽になります……」
でも、僕は雪杉さんに器具を当てながら、だんだんドキドキしてきた。
雪杉さんの肩や腰に触れる距離で作業していると、なんだか特別な気分になってしまう。
「上村さん……」
「はい?」
「ありがとうございます……とても気持ちいいです……」
雪杉さんの言葉に、僕の顔が熱くなった。
「い、いえ……」
「もう少し……続けてもらえませんか?」
「は、はい……」
僕は必死に平静を保ちながら、筋膜リリースガンを動かし続けた。
でも、周りの参加者たちが、僕たちを見つめているのが気になる。
特に、蓮見さんがニヤニヤしながら見ている。
「あー……」
雪杉さんがまた気持ちよさそうな声を出す。
「そこ、すごく効きます……」
(これ、なんかまずい雰囲気になってない?)
「では、そろそろ……」
「あ、はい」雪杉さんが振り返る。「ありがとうございました」
「いえいえ」
雪杉さんの顔が少し赤くなっている。
「すごく楽になりました」
「よかったです」
その時、碓氷係長が近づいてきた。
「雪杉さん、どうでした?」
「とても良かったです。上村さんが上手にやってくれたので」
「そうですか。上村君、なかなかの腕前ですね」
係長がニヤニヤしている。
「いえ、たまたまです……」
「でも、雪杉さんの反応を見ると、相当気持ちよかったみたいですね」
(係長、そういう言い方はやめてください……)
「筋膜リリースは、施術者との信頼関係が重要なんです」係長が解説を始める。
「相手をリラックスさせて、適切な力加減でやる。これが一番大切です」
「なるほど」
「その点、上村君と雪杉さんは、とても良いコンビネーションでしたね」
蓮見さんが口を挟む。
「確かに、見ていてとても息が合ってたわ」
「そうですね」佐々木も同意する。「雪杉さん、すごく気持ちよさそうでした」
(みんな、そういう風に見てたのか……)
「では、次は他の器具も試してみましょう」係長が提案する。
「フォームローラーはどうですか?」
こうして、試遊会は続いた。
でも、僕はずっと、さっきの筋膜リリースガンのことが頭から離れなかった。
雪杉さんに器具を当てながら感じた、あの特別な気分。彼女の気持ちよさそうな表情。
(あれは、単なる健康器具の体験だったのに……)
試遊会が終わって、片付けをしている時、雪杉さんが僕のところにやってきた。
「上村さん、さっきはありがとうございました」
「いえいえ」
「実は」雪杉さんが恥ずかしそうに言う。「筋膜リリースガン、欲しくなりました」
「欲しくなった?」
「はい。でも、一人では上手にできないので……」
雪杉さんが上目遣いで僕を見る。
「もしよろしければ、今度また……」
「また?」
「はい……お願いします……」
雪杉さんの頼みに、僕の心拍数がまた上がった。
「分かりました」
「やった! ありがとうございます」
碓氷係長が近づいてくる。
「お二人とも、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「筋膜リリースガン、雪杉さんに合ってましたね」
「はい、とても気持ちよかったです」
「それなら」係長が提案する。「これ、雪杉さんにお貸ししましょうか?」
「え? いいんですか?」
「はい。でも、一人で使うのは難しいので、上村君にも手伝ってもらってください」
係長がウインクする。
「係長……」
「筋膜リリースは、二人でやった方が効果的ですからね」
こうして、僕は雪杉さんの筋膜リリース担当になってしまった。
帰り道、雪杉さんが嬉しそうに言った。
「上村さん、今度はいつやってもらえますか?」
「そうですね……いつでも」
「やった! 今度は、もっとゆっくりお願いします」
(もっとゆっくりって……)
「分かりました」
雪杉さんの笑顔を見ていると、僕も嬉しくなってきた。
でも、同時に少し不安でもあった。
(これ、本当に健康器具の使用だけで済むのかな……)
そんな予感を抱きながら、僕は家路についた。
サボりの美学は雪杉さんに学べ。
――触れる距離に、心も揺れる。
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※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。
※AI補助執筆(作者校正済)




