Lesson17「静かな翌日」
Lesson17「静かな翌日」
会議室昼寝事件の翌日、火曜日の朝。僕は昨日の騒動を思い出しながらオフィスに向かった。
(吹きもどし呼吸法、ハイボール騒動、そして始末書回収ミッション……)
あの後、僕たちは夜の9時まで会議室の片付けに追われた。雪杉さんも、珍しく残業に付き合ってくれた。
「おはようございます」
オフィスに入ると、いつものように雪杉さんが煮干しだしマグカップを持って現れた。
「おはようございます」
でも、何かが違う。
雪杉さんの声が、いつもより小さい。歩き方も、なんとなく元気がない。
「雪杉さん、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
そう答えるものの、明らかにいつもの雪杉さんではない。
いつもなら「今日のだしは特製ブレンドです」とか「宇宙のエネルギーが……」とか、何かしら独特なコメントがあるのに、今日は無言でだしを飲んでいる。
「昨日は遅くまでお疲れ様でした」
「いえ……私のせいで、上村さんにもご迷惑をおかけして……」
雪杉さんが申し訳なさそうに謝る。
「そんなことないですよ。結果的に、みんな楽しんでくれましたし」
「でも……」
雪杉さんの表情が暗い。昨日の騒動を、まだ気にしているようだ。
蓮見さんがやってきた。
「おはよう。昨日はお疲れ様」
「おはようございます」僕が答える。
「雪杉さんも、お疲れ様。あの吹きもどし呼吸法、面白かったわよ」
「すみませんでした……」雪杉さんがさらに小さくなる。
「謝ることないわよ。みんな楽しんでたじゃない」
蓮見さんも、雪杉さんの様子がおかしいことに気づいたようだ。
「雪杉さん、どうしたの? いつもと違うみたいだけど」
「いえ、何でもありません」
雪杉さんが無理に笑顔を作る。でも、その笑顔がいつもより作り物っぽい。
午前中、雪杉さんはずっと静かだった。
いつものだしタイムも、黙々と飲むだけ。同僚から話しかけられても、必要最低限の返事しかしない。
「あれ? 雪杉さん、今日静かですね」
営業一課の田中さんが声をかけても、
「はい……すみません……」
と、申し訳なさそうに答えるだけ。
いつもなら、「今日のだしは○○で、宇宙のエネルギーが……」と、楽しそうに説明するのに。
碓氷係長もやってきた。
「雪杉さん、調子はどう?」
「はい、大丈夫です」
「昨日のハイボール騒動、面白かったよ」
「申し訳ありませんでした……」
係長も首をかしげている。
「どうしたの? いつもの元気がないみたいだけど」
「いえ、特に……」
雪杉さんが係長と話している間、僕は彼女の様子を観察していた。
(明らかに元気がない。昨日のことを、相当気にしてるんだな……)
お昼の時間になった。
雪杉さんは、いつものように昼寝の準備を始める。でも、デスクに突っ伏しても、なかなか眠れない様子だった。
時々、小さくため息をついている。
「雪杉さん」
僕が小声で呼びかけると、雪杉さんが顔を上げた。
「はい?」
「ちょっと話しませんか?」
「話……ですか?」
「はい。屋上で」
雪杉さんが迷うような表情を見せる。
「でも、昼寝の時間が……」
「今日は一緒に昼寝しましょう」
僕の提案に、雪杉さんの目が少し明るくなった。
「一緒に……ですか?」
「はい。屋上で昼寝しませんか?」
「でも、上村さんの昼食は……」
「後で食べます。今は、雪杉さんの方が大切です」
雪杉さんが小さく微笑む。今日初めて見る、本当の笑顔だった。
「ありがとうございます」
僕たちは屋上に向かった。
屋上には、午後の日差しが心地よく差し込んでいる。風も穏やかで、昼寝には最適な環境だった。
「いい天気ですね」
「はい……」
雪杉さんが手すりにもたれる。
「雪杉さん、昨日のことを気にしてるんですか?」
「はい……」雪杉さんが素直に答える。
「みんなに迷惑をかけてしまって……」
「でも、結果的にはよかったじゃないですか」
「そうでしょうか……」
雪杉さんが不安そうな表情を見せる。
「本山課長に叱られるし、始末書は書かされるし……」
「それは僕も一緒です」
「でも、原因は私の提案ですから……」
雪杉さんが自分を責めている。
「雪杉さん」
「はい?」
「昨日、みんなの顔を見ましたか?」
「え?」
「片付けの時、みんな楽しそうでしたよ」
確かに、あの混乱の中でも、みんな笑いながら片付けをしていた。
「碓氷係長なんて、『予想外の全身運動ができた』って喜んでましたし」
「そうでしたっけ……」
「蓮見さんも、『来年もやりましょう』って言ってました」
雪杉さんの表情が、少しずつ明るくなってくる。
「それに」僕が続ける。「丸山部長も、今朝『派手で良かった』って言ってましたよ」
「部長が?」
「はい。『若者らしくて良い』って」
雪杉さんがクスッと笑う。
「部長らしいコメントですね」
「そうです。だから、気にすることないんですよ」
「でも……」
「でも?」
「私、また暴走しちゃうかもしれません」
雪杉さんが心配そうに言う。
「いつも、良かれと思って提案するんですが、結果的に騒動になってしまって……」
確かに、雪杉さんの提案はいつも予想外の展開になる。でも、それが彼女の魅力でもある。
「それでいいんじゃないですか」
「え?」
「雪杉さんの提案で、みんな退屈しないで済んでます」
「そうでしょうか……」
「はい。雪杉さんがいないオフィスなんて、想像できません」
僕の言葉に、雪杉さんの顔がパッと明るくなった。
「ありがとうございます、上村さん」
「いえいえ」
「あの……」雪杉さんが恥ずかしそうに言う。
「はい?」
「今度からは、もう少し慎重に提案します」
「いえ、今のままでいいですよ」
「でも……」
「代わりに、僕がフォローします」
雪杉さんが僕を見つめる。
「フォロー……ですか?」
「はい。雪杉さんが暴走しそうになったら、僕が止めます。逆に、止めすぎたら、僕が後押しします」
「そんなことしてもらって……」
「遠慮しないでください。僕たち、パートナーでしょ?」
パートナーという言葉に、雪杉さんの頬が少し赤くなった。
「パートナー……そうですね」
「はい。これからは、二人で協力しましょう」
雪杉さんが嬉しそうに微笑む。
「では、今日は二人でゆっくり昼寝しませんか?」
「はい」
僕たちは屋上の日陰に座り込んだ。
「あの……上村さん」
「はい?」
「一緒に昼寝するの、初めてですよね」
確かに、雪杉さんの昼寝は見守ったことはあるが、一緒に眠るのは初めてだった。
「そうですね」
「なんだか、特別な感じがします」
雪杉さんが照れながら言う。
「僕もです」
「では、お昼寝しましょうか」
「はい」
僕たちは並んで座り、目を閉じた。
屋上には心地よい風が吹いて、遠くから街の音が聞こえてくる。
「上村さん」
「はい?」
「こうやって一緒にいると、心が落ち着きます」
「僕もです」
「一人で昼寝するより、ずっと気持ちいいです」
雪杉さんの声が、だんだん眠そうになってくる。
「今度からは、時々一緒に昼寝しませんか?」
「いいですね。約束しましょう」
「約束……ですね」
雪杉さんの声がさらに小さくなる。
「上村さん……」
「はい?」
「ありがとうございます……」
そのまま、雪杉さんは静かな寝息を立て始めた。
僕も、雪杉さんの隣で目を閉じる。
確かに、一人で昼寝するより、ずっと心地よい。雪杉さんの存在を感じながら眠るのは、特別な安心感がある。
(これからは、時々こうやって一緒に……)
そんなことを考えているうちに、僕も眠りに落ちていった。
20分後、僕たちは自然と目を覚ました。
「あ……寝てました」
「僕もです」
雪杉さんが伸びをする。表情は、朝とは別人のように明るくなっていた。
「すっきりしました」
「よかったです」
「上村さんと一緒だと、とてもよく眠れます」
「僕もです。今度からは、この時間を大切にしましょう」
「はい」
屋上から降りて、午後の仕事に戻る。
雪杉さんの元気が完全に戻っていた。
「みなさん、午後もがんばりましょう」
いつもの雪杉さんの声が、オフィスに響く。
「あ、雪杉さん、元気になったわね」蓮見さんが気づく。
「はい。上村さんのおかげです」
「そう。よかったわ」
碓氷係長もやってきた。
「雪杉さん、調子が戻ったみたいだね」
「はい。屋上で昼寝をしたら、すっきりしました」
「屋上で昼寝? いいね、それ」
係長が興味を示す。
「今度、私も混ぜてもらおうかな」
「え?」雪杉さんが困ったような顔をする。
僕も少し困った。せっかく二人だけの特別な時間にしようと思ったのに……
「あ、でも」係長が空気を読んで言う。「二人の時間も大切だからね」
「そうですね……」雪杉さんがほっとする。
「でも、たまには三人でもいいかもしれませんね」
「そうですね」
夕方、定時になると、雪杉さんがやってきた。
「上村さん、今日はありがとうございました」
「いえいえ」
「おかげで、元気が出ました」
「よかったです」
「それと」雪杉さんが嬉しそうに言う。
「はい?」
「屋上昼寝、とても気に入りました」
「僕もです」
「今度はいつにしましょうか?」
雪杉さんが待ちきれない様子で聞く。
「そうですね……明日はどうですか?」
「明日も! 嬉しいです」
雪杉さんの笑顔を見ていると、今日一日の心配が嘘のようだった。
「でも」雪杉さんが付け加える。
「はい?」
「今度は、もっと快適な昼寝ができるように、準備してきますね」
「準備?」
「はい。クッションとか、ブランケットとか」
(また何か企んでる……)
でも、雪杉さんの楽しそうな表情を見ていると、どんな準備でも受け入れられそうだった。
「楽しみにしてます」
「はい。きっと、素敵な昼寝時間になりますよ」
帰り道、僕は今日のことを振り返っていた。
雪杉さんが落ち込んでいるのを見るのは、つらかった。でも、一緒に屋上で過ごすことで、彼女の元気を取り戻すことができた。
(屋上昼寝、これから僕たちの新しい習慣になりそうだな)
明日の屋上昼寝が、今から楽しみだった。
サボりの美学は雪杉さんに学べ。
――静寂も、時には最高の会話。
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※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。
※AI補助執筆(作者校正済)




