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『サボりの美学は雪杉さんに学べ』  作者: 白隅 みえい
第4章:サボりは共有財産
16/21

Lesson16「会議室昼寝事件」

Lesson16「会議室昼寝事件」


昨日の占い処での出来事から一夜明けた木曜日。僕と雪杉さんは、なんとなくお互いを意識しながらも、いつも通り仕事をしていた。


「おはようございます」


「おはようございます」


挨拶を交わすだけで、なんだか顔が熱くなる。昨日、お互いの気持ちを確認したばかりで、まだぎこちない。


「今日も星形にんじん弁当、作ってきました」雪杉さんが風呂敷包みを見せる。


「ありがとうございます。楽しみにしてます」


そんな僕たちの様子を、蓮見さんがニヤニヤしながら見ていた。


「あらあら、なんだか今日はいつもと違うわね」


「そ、そんなことないです」僕が慌てて否定する。


「昨日の占い、どうだったの?」


雪杉さんと僕が顔を見合わせる。


「まあ……色々と……」


「色々?」蓮見さんの目がキラリと光る。「詳しく聞かせて」


「後で……」雪杉さんが小声で答える。


そんな会話をしていると、丸山部長の声が響いた。


「みんな働きすぎ。会議室借りたから、昼休みに健康セミナーやるぞ」


健康セミナー?


「部長、健康セミナーって何ですか?」僕が聞く。


「えーっと……」部長が資料をパラパラめくる。「『職場でできるリフレッシュ法』とかいうやつだ。外部講師が来る」


「外部講師?」


「ああ。なんか、呼吸法とか瞑想とか教えてくれるらしい。お前ら、ストレス溜まってるだろ」


(部長が一番ストレス溜めてそうですけど……)


「参加は自由だが、会議室A押さえてあるから」


昼休みになると、僕と雪杉さんは星形にんじん弁当を持って会議室Aに向かった。


「健康セミナーって、どんなことやるんでしょうね」雪杉さんが興味深そうに言う。


「さあ……呼吸法とか瞑想とか」


「瞑想! ヨガでもやりますよ」


会議室に入ると、すでに碓氷さんと蓮見さんが座っていた。


「お疲れ様です」


「お疲れ様」碓氷さんがプロテインドリンクを飲みながら答える。「健康セミナー、楽しみですね」


「碓氷さんも参加するんですね」


「ええ。新しいトレーニング法が学べるかもしれませんから」


そこに佐々木もやってきた。


「みなさん、お疲れ様です」


「佐々木君も来たのね」蓮見さんが言う。


「はい。最近、仕事のストレスで肩が凝って」


佐々木が席に座ると、講師らしき人物が現れた。30代くらいの女性で、ヨガウェアのような服装をしている。


「皆さん、こんにちは。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」


講師が自己紹介を始める。


「私、リラクゼーション・コーディネーターの田中と申します。今日は『職場でできるリフレッシュ法』について学んでいきましょう」


「よろしくお願いします」


「まず、皆さんは普段、どのようにストレス解消をしていますか?」


碓氷さんが真っ先に手を上げた。


「筋トレです」


「筋トレ……いいですね。他には?」


「ヨガです」雪杉さんが答える。


「素晴らしい。ヨガも効果的ですね」


「昼寝です」僕が言うと、講師が興味深そうな表情を見せた。


「昼寝も大切ですね。質の良い短時間睡眠は、疲労回復に効果的です」


「そうなんですか?」


「はい。ただし、正しい方法で行うことが重要です」


講師がホワイトボードに何か書き始める。


「今日は、特別な呼吸法を使った『パワーナップ』という昼寝法をお教えします」


パワーナップ?


「パワーナップとは、15分から20分の短時間睡眠のことです。でも、今日お教えするのは、より効果的な方法です」


講師が机の上に小さな笛のようなものを並べた。


「これは何ですか?」蓮見さんが聞く。


「吹きもどしです」


吹きもどし? お祭りでよく見る、ピューっと伸びるやつか。


「吹きもどしを使った呼吸法で、より深いリラクゼーション効果が得られるんです」


雪杉さんが目を輝かせている。


「すごいですね! どんな方法ですか?」


「まず、吹きもどしを咥えて、ゆっくりと息を吹き込みます。そして、戻ってくる時の振動を感じながら息を吸う。これを3回繰り返してから横になると、短時間で深い眠りに入れるんです」


(なんか怪しげだけど……)


「では、実際にやってみましょう」


講師が吹きもどしを配り始める。カラフルな吹きもどしが、会議室の机の上に並ぶ。


「まず、椅子に座ったまま練習してみましょう」


僕は吹きもどしを手に取る。確かにお祭りのやつだ。


「準備はいいですか? では、ゆっくりと息を吹き込んで……」


「ピューーー」


雪杉さんの吹きもどしが勢いよく伸びた。


「おお、素晴らしい! では皆さんも」


「ピューー」「ピューー」「ピューー」


会議室が吹きもどしの音で満たされる。碓氷さんは筋トレの呼吸法を応用しているのか、異常に長い音を出している。


「ピューーーーーーー」


「碓氷さん、すごい肺活量ですね」講師が感心する。


「筋トレで鍛えてますから」


そんな練習を10分ほど続けた後、講師が言った。


「では、実際に横になって昼寝してみましょう。机を端に寄せて、スペースを作ってください」


僕たちは机を動かして、会議室の床にスペースを作った。


「ヨガマットがあればいいのですが、今日は床に直接横になってもらいます」


雪杉さんが床に横になる。僕もその隣に横になった。


「では、吹きもどし呼吸法を3回行ってから、15分間の昼寝に入ります」


「ピューー」


また吹きもどしの音が響く。


「3回目が終わったら、吹きもどしを置いて、目を閉じてください」


僕は吹きもどしを置いて目を閉じた。確かに、なんだかリラックスできる気がする。


隣で雪杉さんの静かな寝息が聞こえる。昨日の占い処のことを思い出しながら、僕も眠りに落ちていった。


どのくらい時間が経っただろう。


「ピーポーピーポー」


突然の音で僕は目を覚ました。


「え?」


起き上がると、会議室に煙が充満している。


「火事ですか?」蓮見さんが慌てて立ち上がる。


「いえ、違います」講師が慌てた様子で言う。「これは……」


煙の発生源を探すと、会議室の隅にある小さなテーブルから煙が上がっていた。


「あ」雪杉さんが気づく。「アロマキャンドルが……」


テーブルの上に置かれていたアロマキャンドルが、紙の資料に燃え移っていた。


「消さなきゃ!」


碓氷さんがプロテインドリンクの残りを紙にかけて火を消した。


「大丈夫ですか?」佐々木が心配そうに聞く。


「はい、もう大丈夫です」講師がほっとした表情を見せる。「申し訳ありません。アロマキャンドルで雰囲気を演出しようと思ったのですが……」


その時、会議室のドアが勢いよく開いた。


「おい、何があった?」


丸山部長が現れた。後ろには本山課長もいる。


「あ、部長……」


「煙が出てるって連絡があったんだが」


「ちょっと……アロマキャンドルが……」僕が説明しようとすると、


「アロマキャンドル?」本山課長が眉をひそめる。「会議室でキャンドルですか?」


「すみません」講師が平謝りする。「私の不注意で……」


「それより」部長が会議室を見回す。「なんだこれ、吹きもどしが散らばってるぞ」


確かに、僕たちが使った吹きもどしが床に転がっている。


「あー、それは呼吸法の練習で……」雪杉さんが説明しようとする。


「呼吸法?」


「はい。吹きもどし呼吸法という……」


本山課長の表情がどんどん険しくなっていく。


「ちょっと待ってください」課長が手を上げる。「会議室で吹きもどしを使って呼吸法の練習をして、挙句の果てにアロマキャンドルで火事騒ぎ?」


「火事というほどではないんですが……」蓮見さんが弁護しようとする。


「でも、火災報知器が作動したんですよね?」


確かに、さっきのピーポー音は火災報知器だった。


「申し訳ありませんでした」講師が深々と頭を下げる。


そんな混乱の中、さらなる騒動が起こった。


「お疲れ様でーす」


会議室に営業一課の女性社員が数人入ってきた。手には飲み物を持っている。


「あれ? なんか煙臭い……」


「今、13時からの会議の準備で……って、床に何か落ちてません?」


吹きもどしを指差している。


「あ、それは……」僕が説明しようとすると、


「うわ、これ吹きもどしじゃない?」


「なんで会議室に吹きもどしが?」


「しかも、なんか湿ってる……」


確かに、僕たちが使った吹きもどしは唾液で湿っている。


「ちょっと気持ち悪い……」


営業一課の女性たちが顔をしかめる。


「すみません、すぐに片付けます」雪杉さんが慌てて吹きもどしを拾い始める。


「でも、なんで会議室で吹きもどし? 何かの儀式?」


「儀式って……」碓氷さんが苦笑いする。


「あ、そうそう」営業一課の一人が思い出したように言う。「さっき給湯室で聞いたんですけど、この会議室からハイボールの匂いがするって噂が……」


ハイボール?


「ハイボール?」本山課長が眉をひそめる。「昼休みに飲酒ですか?」


「いえ、違います!」僕が慌てて否定する。


「でも確かに、アルコールっぽい匂いが……」蓮見さんが鼻をくんくんさせる。


講師が申し訳なさそうに手を上げた。


「すみません、それ私です」


「え?」


「アロマキャンドル、ウイスキーの香りのやつを使ったんです」


一同、絶句。


「ウイスキーの香り……」本山課長が呆れる。


「リラクゼーション効果があると聞いて……」


「それで、ハイボールの匂いがするって噂になったんですね」佐々木が納得する。


「つまり」本山課長がまとめる。「会議室で吹きもどしを咥えて呼吸法をやって、ウイスキーの香りのキャンドルを焚いて、挙句の果てに火事騒ぎ、と」


「はい……」


「まるで、昼休みに会議室で飲み会をやってるような……」


その時、丸山部長が口を開いた。


「まあ、怪我がなかったからいいだろう」


「え?」


「みんな働きすぎなんだ。たまには変わったことやっても」


部長の意外な反応に、みんなが拍子抜けする。


「でも、次からは気をつけろよ」


「はい……」


「それより」部長が講師の方を向く。「この呼吸法、効果あるのか?」


「はい、とても効果的です」講師が元気を取り戻す。「短時間で深いリラクゼーションが得られます」


「ほう」部長が興味を示す。「じゃあ、今度俺にも教えてくれ」


「喜んで!」


「ただし、キャンドルは無しで」本山課長が念押しする。


「はい、承知いたしました」


営業一課の女性たちが会議室をセッティングし始めると、僕たちは慌てて退散した。


廊下で、僕たちは振り返った。


「すごい騒動でしたね」蓮見さんが苦笑いする。


「申し訳ありませんでした」雪杉さんが恐縮している。「私が吹きもどし呼吸法に興味を示したばっかりに……」


「雪杉さんのせいじゃありませんよ」僕が慰める。「講師の方の準備不足です」


「でも」碓氷さんがプロテインドリンクを飲みながら言う。「吹きもどし呼吸法、意外と効果がありました」


「そうですね」佐々木も頷く。「短時間でしたが、よく眠れました」


「私も」雪杉さんが微笑む。「隣で優さんの寝息が聞こえて、安心できました」


その言葉に、僕の顔が熱くなった。


「雪杉さん……」


「あらあら」蓮見さんがニヤニヤする。「昼寝デートってわけね」


「デートじゃありません!」


そんな僕たちのやり取りを見て、佐々木が微笑んだ。


「お二人、いい雰囲気ですね」


「佐々木さん……」


「応援してますよ」


夕方、定時になって僕たちがオフィスを出ようとすると、丸山部長が声をかけてきた。


「おい、上村」


「はい」


「あの吹きもどし、どこで買えるんだ?」


「え?」


「家でもやってみたいんだ。嫁さんにも教えてやりたい」


部長が真剣な顔で聞いてくる。


「た、確か100円ショップで……」


「そうか。ありがとう」


部長が去っていく。その後ろ姿を見ながら、僕たちは顔を見合わせた。


「部長、意外と健康志向なんですね」雪杉さんが言う。


「そうですね」


帰り道、雪杉さんが僕に言った。


「今日は色々ありましたが、楽しかったです」


「楽しかった……ですか?」


「はい。優さんと一緒に昼寝できましたから」


その言葉に、僕の心が温かくなった。


「僕も楽しかったです」


「明日は、もっと普通にお弁当を食べましょうね」雪杉さんが微笑む。


「そうですね。でも、今日のことも忘れられない思い出になりました」


「私もです」


家に帰って、今日のことを振り返った。吹きもどし呼吸法、アロマキャンドル火事、ハイボール騒動。まるでコントのような一日だった。


でも、雪杉さんと一緒に過ごした昼休みは、確かに特別だった。短時間でも、隣で眠る雪杉さんの存在を感じることができた。


明日はどんな騒動が待っているだろう。でも、雪杉さんと一緒なら、どんなことでも乗り越えられそうだ。


サボりの美学は雪杉さんに学べ。

――吹きもどしは人生のメタファー、息を吹き込んで戻ってくる振動に身を委ねる。


※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。


#オフィスラブコメ #社会人 #ラブコメ #現代 #星形にんじん


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