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『サボりの美学は雪杉さんに学べ』  作者: 白隅 みえい
第3章:半径30cmの距離
14/21

Lesson14「にんじん星、弁当の衝撃」

Lesson14「にんじん星、弁当の衝撃」


火曜日の朝、いつものように社内に響く丸山部長の電話の声で目が覚めた。


「はいはい、それも後で。みんな働きすぎ」


(もう朝の9時ですけど……)


僕はデスクに座りながら、昨日の雨の一件を思い出していた。あの相合い傘で、なんだか雪杉さんとの距離が縮まったような気がする。でも、それがなんなのかよくわからない。


「おはようございます!」


明るい声と共に、雪杉さんが現れた。今日もいつものように、煮干しだしマグを片手に持っている。でも、なんか違う。もう片方の手に、ピンクの風呂敷に包まれた四角い物体を持っているのだ。


「雪杉さん、それ何ですか?」


「えっとですね」雪杉さんは少し頬を染めながら、「お弁当です」


お弁当? 雪杉さんが? この、コンビニの冷やし中華に星形にんじんを乗せて「彩り工夫しました」と言い切る雪杉さんが、手作り弁当を?


「手作りですか?」


「はい。昨日、ヨガの先生に『食べ物から気を整える』って言われたので、作ってみました」


(ヨガの先生のアドバイス、どこまで本気で受け止めているんだこの人は……)


雪杉さんは風呂敷をそっと解く。現れたのは、確かに手作りらしい二段重ねの弁当箱だった。上段には色とりどりのおかずが詰められている。そして――


「あ」


思わず声が出た。上段の隅に、鮮やかなオレンジ色の星形が散りばめられている。星形にんじん、いつものアレだ。でも今日のは、なんだか特別に輝いて見える。


「これ、全部星形にんじんですか?」


「はい! 昨日の夜、頑張って100個くらい作りました」雪杉さんは誇らしげに微笑む。「冷蔵庫にまだ200個くらい残ってます」


(300個って……どんだけ作ったんですか)


「でも、どうして急に弁当を?」


「えっとですね」雪杉さんは視線を少し逸らす。「昨日、優さんと一緒に帰った時に、なんだか……お腹が空いたなって思ったんです。それで、一緒に食べられるものがあったらいいなって」


一緒に食べられるもの。


その言葉に、僕の心臓が妙な音を立てた。


「あ、でも、優さんが嫌だったら……」


「嫌じゃないです!」


声が大きすぎた。周りの人たちがこちらを振り返る。


「あ、いえ、その……ありがとうございます」


「よかった」雪杉さんはほっとしたような笑顔を見せる。「じゃあ、お昼に一緒に食べましょう」


そんな僕たちの会話を、少し離れたデスクから蓮見さんがニヤニヤしながら見ていた。


「あらあら、朝からいい雰囲気じゃない」


振り返ると、蓮見さんが書類を持ったまま近づいてくる。


「蓮見さん……聞いてたんですか?」


「聞こえちゃった♪ 手作り弁当って、すごいじゃない。雪杉さん、料理できるのね」


「まあ、基本は切って炒めるだけなので」雪杉さんは謙遜する。「でも、星形にんじんは気合い入れました」


「星形にんじん?」蓮見さんの目がキラリと光る。「見せて見せて!」


雪杉さんが弁当箱の蓋を開けると、蓮見さんは「わあ」と声を上げた。


「これ、すごく可愛い! でも……」


蓮見さんがじっと弁当箱を見つめる。そして、にっこりと笑った。


「優君、気づいてる?」


「え? 何をですか?」


「よく見てみなよ、星形にんじん」


言われて僕は改めて弁当箱を覗き込む。星形にんじんは確かにたくさん散りばめられている。でも、なんか違和感が……


「あ」


星形にんじんの中に、明らかに形の違うものが混じっている。ハート形だ。しかも、それが僕の方を向いている。


「雪杉さん……これ……」


「あ、バレちゃいました」雪杉さんは照れ笑いを浮かべる。「型抜きしてたら、星とハートしかなくて……どっちも可愛いなって思って」


(でも、なんでハートが僕の方に……)


蓮見さんがクスクス笑っている。


「雪杉さん、無意識にそっち向きにしてるでしょ」


「え?」雪杉さんが弁当箱を見る。「あ、本当だ……なんででしょう?」


その瞬間、僕の顔が熱くなった。


「あのー、僕、コーヒー買ってきます」


「あら、優君、顔赤いけど大丈夫?」蓮見さんの追撃が飛んでくる。


「大丈夫です! 全然大丈夫です!」


僕は逃げるように席を立った。


給湯室で水を飲みながら、さっきの光景を思い返す。ハート形にんじん。しかも、僕の方を向いて配置されている。偶然にしては出来すぎている。


「上村さん」


振り返ると、碓氷さんが現れた。手には例のプロテインドリンクを持っている。


「碓氷さん、お疲れ様です」


「お疲れ様です。ところで、さっき雪杉さんの弁当見ましたけど」


(碓氷さんまで見てたんですか……)


「あの星形にんじん、栄養価的にはどうなんでしょうね」


さすが碓氷さん、そっちに注目するのか。


「にんじんはβカロテンが豊富ですから、悪くないと思います」


「そうですね。でも、あれだけ大量に摂取すると、カロテン血症になる可能性が……」


「カロテン血症?」


「皮膚が黄色くなるんです。まあ、よほど大量に食べなければ大丈夫ですが」


(雪杉さん、冷蔵庫に200個残ってるって言ってたような……)


「碓氷さん、それ、雪杉さんに教えた方がいいですかね?」


「そうですね。でも」碓氷さんがニヤリと笑う。「今日は様子を見てみましょう。きっと面白いことになりますよ」


(碓氷さんまで……)


給湯室から戻ると、雪杉さんの周りに人だかりができていた。


「わあ、可愛い!」


「これ、全部手作りですか?」


「星形にんじん、どうやって作るんですか?」


営業三課の女性陣が雪杉さんの弁当に群がっている。雪杉さんは嬉しそうに、星形にんじんの作り方を説明していた。


「型抜きを買ってきて、にんじんを茹でてから抜くんです。でも、生でも抜けますよ」


「すごーい! 今度教えてください!」


「いいですよ。でも、プロテイン入りのにんじんだしスープの方がお勧めです」


(なんか、すごいことになってる……)


「優君」蓮見さんが僕の肩を叩く。「雪杉さん、人気者になっちゃったね」


「そうですね……」


正直、複雑な気分だった。雪杉さんが注目されるのは嬉しいけど、なんだか独り占めしたい気持ちもある。


(あれ? 僕、なに考えてるんだ?)


「でも、あの弁当、優君のために作ったんでしょ?」


蓮見さんの言葉に、僕はドキッとした。


「そんなこと、雪杉さんは言ってませんよ」


「言わなくても分かるでしょ。あのハート形にんじん、完全に優君の方向いてたじゃない」


「偶然ですよ、偶然」


「ふーん」蓮見さんは意味深に微笑む。「じゃあ、お昼、みんなで一緒に食べる?」


「え?」


「雪杉さんの弁当、気になるし。私も星形にんじんの作り方、詳しく聞きたいの」


そんな蓮見さんの提案で、お昼休みは営業三課の有志で屋上に集まることになった。


屋上には、僕と雪杉さん、蓮見さん、碓氷さん、そして佐々木が集まった。


「いやー、雪杉さんの手作り弁当、話題になってましたね」佐々木が爽やかに笑う。


「そうなんです。みなさんに喜んでもらえて嬉しいです」雪杉さんは弁当箱を開く。


「うわあ、改めて見ても可愛いですね」佐々木が感心する。「この星形にんじん、どのくらい時間かかったんですか?」


「昨日の夜、2時間くらいかけて作りました」


「2時間……」僕は思わず声に出した。「そんなに時間かけて……」


「楽しかったので、苦じゃなかったです」雪杉さんがニッコリ笑う。「優さんと一緒に食べること考えたら、なんだかワクワクして」


その言葉に、僕の心臓がまた変な音を立てた。


「あらあら」蓮見さんがクスクス笑う。「雪杉さん、それ完全に……」


「蓮見さん」碓氷さんが割って入る。「このにんじん、栄養学的に興味深いですね」


「そうですか?」雪杉さんが身を乗り出す。


「はい。βカロテンの含有量が……」


碓氷さんが栄養学の話を始めると、雪杉さんは目を輝かせて聞き入った。


「じゃあ、毎日食べても大丈夫ですか?」


「適量であれば。でも、あまり大量に食べると……」


「大量って、どのくらいですか? 実は冷蔵庫にまだ200個くらいあるんです」


「200個!?」佐々木が驚く。


「はい。一度にたくさん作った方が効率的だと思って」


碓氷さんの顔が少し引きつった。


「それは……少し多いかもしれませんね」


「そうですか? でも、せっかく作ったので、みなさんに配ろうと思ってます」


「え?」


「星形にんじん配布大作戦です! お味噌汁に入れたり、サラダに乗せたり、用途はいろいろありますよ」


蓮見さんと佐々木が顔を見合わせた。


「あの、雪杉さん」僕が慌てて割って入る。「200個は多すぎるかもしれないので、少しずつ使った方が……」


「そうですね」雪杉さんは素直に頷く。「じゃあ、冷凍保存しておきます」


(冷凍……星形にんじんが冷凍庫を占拠するのか……)


「でも、今日はせっかくなので、みなさんで食べましょう」


雪杉さんが弁当箱の中のおかずを小皿に分けて配り始める。星形にんじんも、一人につき3つずつ配られた。


「いただきます」


みんなで一斉に食べ始める。


「おいしい!」蓮見さんが驚く。「雪杉さん、料理上手じゃない」


「本当ですね」佐々木も頷く。「この鶏の照り焼き、すごく柔らかい」


「ありがとうございます。照り焼きは、だし醤油を使ったんです」


(だし醤油……やっぱりだしが絡んでくるのか)


僕も星形にんじんを口に入れる。ほんのり甘くて、優しい味がする。


「これ、おいしいですね」


「よかった! 優さんに喜んでもらえるか心配だったんです」


雪杉さんの笑顔を見ていると、なんだか胸が温かくなる。


「あの」佐々木が手を上げる。「質問があるんですが」


「はい」


「この星形にんじんの中に、ハート形のが混じってますよね?」


僕の動きが止まった。


「あ、バレちゃいました」雪杉さんが恥ずかしそうに笑う。「実は、型抜きが星とハートしかなくて……」


「でも、このハート形のにんじん、なんか特別な感じがしますね」佐々木が意味深に言う。


「特別……ですか?」


「なんというか、愛情が込もってるような」


(佐々木、なにを言い出すんですか……)


蓮見さんがクスクス笑っている。


「佐々木君、いいところに気づくじゃない」


「え?」雪杉さんがキョトンとしている。


「あのね、雪杉さん」蓮見さんが説明を始める。「ハート形って、一般的には愛情の象徴なのよ」


「愛情……ですか?」


「そう。だから、ハート形のにんじんを作るって、無意識に愛情を表現してることになるのよ」


雪杉さんの顔がみるみる赤くなっていく。


「あ、あの、それは……深く考えずに……」


「でも、そのハート形のにんじん、優君の方向に向けて置いてたでしょ?」


「え?」雪杉さんが弁当箱を見る。確かに、ハート形のにんじんは僕の方を向いている。


「これは……偶然です!」


雪杉さんが慌てて否定する。でも、その顔は真っ赤だった。


「偶然にしては、完璧すぎない?」蓮見さんが追い打ちをかける。


「蓮見さん、そのくらいで……」僕が割って入ろうとすると、


「でも、優君も嬉しそうじゃない」


「え?」


「さっきから、そのハート形にんじん、大事そうに食べてるじゃない」


言われて気づいた。確かに僕は、ハート形のにんじんを最後まで残していた。


「これは……」


「ほら、やっぱり特別なのよ」蓮見さんがニヤニヤする。


碓氷さんがプロテインドリンクを飲みながら、


「恋愛は筋トレと同じですね。負荷をかけないと成長しない」


「碓氷さん、それ、どういう意味ですか?」佐々木が聞く。


「つまり、お二人とも、もう少し素直になった方がいいということです」


(碓氷さんまで……)


雪杉さんが僕の方を見る。その視線に、僕の心臓がまたドキドキする。


「あの、優さん」


「は、はい」


「そのハート形にんじん……嫌じゃないですか?」


「嫌じゃないです」即答してしまった。「むしろ……」


「むしろ?」


みんなの視線が僕に集中する。


「むしろ……嬉しいです」


雪杉さんの顔がパッと明るくなった。


「よかった! 実は、どうしようか迷ったんです。でも、なんとなく入れたくなって……」


「ありがとうございます」


僕たちが見つめ合っていると、蓮見さんが拍手を始めた。


「はい、いい雰囲気! 写真撮らせて」


「え?」


「屋上で手作り弁当、青春してるじゃない」


蓮見さんがスマホを構える。


「あ、でも……」雪杉さんが恥ずかしがる。


「大丈夫大丈夫、可愛く撮るから」


そんなこんなで、僕たちは蓮見さんに写真を撮られた。


その後、お昼休みの残り時間は、雪杉さんの星形にんじん配布大作戦の話で盛り上がった。


「じゃあ、明日は味噌汁に入れてみます」雪杉さんが張り切る。


「星形にんじんの味噌汁……斬新ですね」佐々木が苦笑いする。


「でも、見た目は可愛いと思います」


お昼休みが終わって、みんなでオフィスに戻る途中、蓮見さんが僕に耳打ちした。


「優君、今日のハート形にんじん、ちゃんと気づいたのね」


「まあ……」


「雪杉さん、優君のこと考えながら作ったのよ、あの弁当」


「そうなんですかね?」


「間違いないわ。女の直感よ」


蓮見さんがニンマリ笑う。


「でも、優君も満更じゃないでしょ?」


「それは……」


「素直になりなさい。雪杉さん、すごく可愛いじゃない」


確かに、今日の雪杉さんは特別可愛く見えた。手作り弁当を作ってくれて、ハート形のにんじんまで入れてくれて……


(でも、これって、もしかして……)


午後の仕事中も、僕は雪杉さんのことが頭から離れなかった。


雪杉さんは相変わらず、だしマグを片手にマイペースに仕事をしている。でも、時々僕の方を見て、ニッコリ笑ってくれる。


その笑顔を見るたびに、胸がドキドキする。


夕方、定時になると、雪杉さんが僕のデスクにやってきた。


「優さん、お疲れ様でした」


「お疲れ様でした。今日は、おいしいお弁当をありがとうございました」


「喜んでもらえてよかったです」雪杉さんがはにかむ。「あの……明日も作ってきていいですか?」


「もちろんです!」


また即答してしまった。


「じゃあ、明日は星形にんじんの味噌汁も持ってきますね」


「楽しみにしてます」


雪杉さんが帰った後、蓮見さんがやってきた。


「優君、今日一日、ニヤけてたわよ」


「ニヤけてません!」


「でも、雪杉さんの手作り弁当、嬉しかったでしょ?」


「それは……まあ……」


「特に、ハート形にんじん」


蓮見さんがクスクス笑う。


「あれ、完全に雪杉さんの愛情表現よ」


「愛情表現って……」


「気づいてないの? 雪杉さん、優君のこと好きなのよ」


その言葉に、僕の心臓が大きく跳ねた。


「そんな……まさか……」


「まさかじゃないわよ。女は分かるの、そういうこと」


蓮見さんが確信を持って言う。


「だから、優君も素直になりなさい」


帰り道、僕は今日のことを思い返していた。


雪杉さんの手作り弁当。星形にんじんと、ハート形にんじん。2時間かけて作ってくれたという事実。そして、僕のことを考えながら作ったという蓮見さんの言葉。


(もしかして、雪杉さんは……)


そんなことを考えていると、胸がドキドキしてくる。


明日また、雪杉さんの手作り弁当が食べられる。今度は星形にんじんの味噌汁まで付いてくる。


(なんだか、明日が楽しみだな……)


家に帰って、冷蔵庫を開けながら思った。明日は僕も何か作って持っていこうかな。雪杉さんだけに作ってもらうのは申し訳ない。


でも、僕の料理の腕前で、雪杉さんに喜んでもらえるものが作れるだろうか……


(とりあえず、コンビニで星形の型抜きを買ってこよう)


なぜか、そんなことを思っている自分がいた。


サボりの美学は雪杉さんに学べ。

――星を入れたら想いも混ざる。


#オフィスラブコメ #社会人 #ラブコメ #現代 #星形にんじん


※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。


※AI補助執筆(作者校正済)


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