Lesson12「恋は筋肉に出るんですよ」
Lesson12「恋は筋肉に出るんですよ」
相合い傘事件から三日後の土曜日。僕は雪杉さんと約束した「雨の日のヨガ」レッスンに向かっていた。
予報通り小雨が降っていて、今度は僕もちゃんと傘を持参している。
「上村さん、お疲れ様です」
ヨガスタジオの前で、雪杉さんが手を振ってくれる。今日はヨガウェア姿だ。
「お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。きっと良い体験になりますよ」
スタジオに入ると、田中先生が迎えてくれた。
「上村さん、いらっしゃい。今日は雨の日のヨガですね」
「はい、よろしくお願いします」
「雨音のCDを用意してあります。とても癒されますよ」
確かに、スピーカーから流れる雨音が心地よい。
「では、始めましょう」
レッスンが始まって、僕は改めて雪杉さんのヨガの美しさに見惚れていた。
(流れるような動き……本当に上手だな)
そんなことを考えていると、バランスを崩してふらついてしまった。
「上村さん、大丈夫ですか?」雪杉さんが心配そうに声をかける。
「あ、はい。ちょっと集中力が……」
「呼吸に意識を向けてくださいね」
雪杉さんが僕の隣に来て、呼吸法を教えてくれる。また、あの時のようにドキドキしてしまう。
(やばい、また心拍数が……)
レッスン後、僕たちは近くのカフェでお茶をしていた。
「どうでしたか? 雨の日のヨガ」
「とても良かったです。雨音で集中できました」
「よかった」雪杉さんが嬉しそうに微笑む。
そんな話をしていると、突然聞き覚えのある声がした。
「おお、こんなところで会うとは!」
振り返ると、碓氷係長がジム帰りらしいスポーツウェア姿で立っていた。
「係長? こんにちは」
「こんにちは。お二人でカフェですか? いいですねー」
係長が意味深にニヤニヤしている。
「ヨガのレッスンの後だったんです」雪杉さんが説明する。
「ヨガ! いいですね。私も興味あります」
「今度一緒にいかがですか?」
「ぜひ! でも……」係長が僕たちを見回す。「お二人の筋肉の状態、とても興味深いですね」
「筋肉の状態?」
「はい。恋をしている人の筋肉には、特徴があるんです」
(恋って……そんなに分かりやすいのか?)
「どんな特徴ですか?」雪杉さんが興味深そうに聞く。
「まず、表情筋が活性化します」係長が専門家のような口調で説明する。「頬の筋肉、口角を上げる筋肉が頻繁に動くんです」
確かに、最近笑顔になることが多い気がする。
「次に、姿勢筋の変化です」
「姿勢筋?」
「はい。背筋が自然に伸びて、胸を張るようになります。これは、相手に良く見られたいという心理の表れです」
僕は無意識に背筋を伸ばしてしまった。
「そして」係長が続ける。「最も顕著なのは、心筋の変化です」
「心筋……心臓の筋肉ですね」
「そうです。恋をすると、心拍数が不安定になります。特に、相手を見た時の心拍変動は劇的です」
(完全に当てはまってる……)
「でも、係長はどうしてそんなことを?」雪杉さんが不思議そうに聞く。
「実は、筋肉と感情の関係について研究してるんです」係長が嬉しそうに答える。「恋愛時の筋肉変化も、私の研究テーマの一つなんです」
「すごいですね」
「ところで」係長が僕たちを見比べる。「お二人の筋肉の状態、今とても興味深いことになってますよ」
「え?」
「まず、上村君」係長が僕を指差す。「表情筋の動きが明らかに増加してます。特に目尻の筋肉」
確かに、雪杉さんを見ると自然に笑顔になってしまう。
「姿勢も以前より良くなってます。無意識に胸を張って、肩の力が抜けてる」
言われてみると、その通りだ。
「そして、心拍数」係長が僕の手首を取って脈を確認する。「おお、これは……」
「どうですか?」
「典型的な恋愛時の心拍パターンですね。安静時より20%増加してます」
(20%も?)
「次に雪杉さん」係長が雪杉さんの方を向く。
「私もですか?」
「はい。雪杉さんの筋肉変化も非常に興味深いです」
係長が雪杉さんを観察し始める。
「まず、呼吸筋の使い方が変わってます」
「呼吸筋?」
「はい。深くて静かな呼吸をするようになってます。これは、相手をリラックスさせようとする心理の表れです」
確かに、雪杉さんといると落ち着く。
「姿勢筋は、上村君とは逆の変化ですね」
「逆?」
「雪杉さんは元々姿勢が良いので、むしろ肩の力が抜けて、自然体になってます」
「そうなんですか?」
「はい。これは、相手に対する警戒心がなくなった証拠です」
雪杉さんが僕に対して警戒心を持っていないと聞いて、なんだか嬉しくなった。
「そして」係長が雪杉さんの手首に触れる。「心拍数は……おお」
「どうですか?」
「上村君と同じような変化ですね。安静時より15%増加」
(雪杉さんも心拍数が上がってる?)
「でも、雪杉さんの場合、心拍の乱れ方が違います」
「どう違うんですか?」
「上村君は瞬発的に心拍数が上がるタイプ。雪杉さんは持続的に上がるタイプです」
係長が専門用語で説明し始める。
「上村君は速筋優位の心拍変化。雪杉さんは遅筋優位の心拍変化ですね」
「速筋と遅筋?」
「はい。恋のパターンが違うんです」
僕と雪杉さんが顔を見合わせる。
「速筋優位の恋は、ときめきが強く、瞬発的です」係長が続ける。「遅筋優位の恋は、じっくりと深まっていく、持続型の恋です」
「なるほど……」
「でも、どちらも素晴らしい恋の形ですよ」係長がニッコリ笑う。
「係長」僕が恥ずかしくなって言う。「そんなに分析しなくても……」
「いえいえ、これは科学です」係長が真剣な顔になる。「恋愛も筋肉の動きも、全て生理現象なんです」
「生理現象……」
「そうです。だから、恥ずかしがる必要はありません」
雪杉さんが興味深そうに聞いている。
「係長、他にも恋愛時の筋肉変化ってあるんですか?」
「たくさんありますよ」係長が嬉しそうに答える。「例えば、瞳孔散大筋の変化」
「瞳孔散大筋?」
「はい。恋をすると、瞳孔が大きくなります。相手をもっとよく見たいという本能です」
言われてみると、雪杉さんの瞳が大きく見える気がする。
「あと、声帯筋の変化もあります」
「声帯筋?」
「恋をすると、声のトーンが変わります。特に、相手と話す時は、普段より優しい声になります」
確かに、雪杉さんと話す時は、自然に声が優しくなる。
「それから」係長がさらに続ける。「手の筋肉の変化も興味深いです」
「手の筋肉?」
「相手に触れたい、触れられたいという気持ちで、手の筋肉が微妙に緊張するんです」
僕は無意識に手をぎゅっと握ってしまった。
「おお、上村君、今まさにそれですね」係長が指摘する。
「え?」
「手を握りしめてます。雪杉さんの手を握りたいという気持ちの表れです」
(バレバレじゃないか……)
雪杉さんが僕の手を見て、少し頬を染める。
「でも」係長が付け加える。「雪杉さんも同じような反応ですよ」
「え?」
雪杉さんも、無意識に手をぎゅっと握っていた。
「お二人とも、同じ筋肉反応をしてますね」係長が満足そうに言う。
「これは、相互恋愛の典型的なパターンです」
相互恋愛……その言葉に、僕の心臓がさらにドキドキした。
「相互恋愛って……」
「はい。お互いが相手に対して同じような感情を抱いている状態です」
雪杉さんと僕が同時に赤面する。
「筋肉は嘘をつきません」係長が断言する。「お二人の筋肉が、はっきりと物語ってます」
「何を物語ってるんですか?」雪杉さんが小声で聞く。
「お互いを想い合ってるってことです」
係長の言葉に、カフェの空気が一瞬止まったような気がした。
「でも」係長が急に立ち上がる。「筋肉の話はこのくらいにして、私はこれで失礼します」
「え? もう帰られるんですか?」
「はい。お二人の時間を邪魔しちゃいけませんからね」
係長がウインクする。
「ゆっくりお話しください。でも、筋肉の緊張をほぐすことも忘れずに」
「筋肉の緊張をほぐす?」
「はい。恋愛時の筋肉緊張は、適度にリラックスさせることが大切です」
係長が去り際に振り返る。
「例えば、手をつなぐとか」
そう言って、係長は颯爽と去っていった。
残された僕と雪杉さんは、しばらく無言だった。
「係長……すごいですね」雪杉さんが苦笑いする。
「ええ……筋肉でそこまで分かるなんて……」
「でも」雪杉さんが僕を見る。「係長の言ったこと、当たってましたね」
「当たってた?」
「心拍数の件とか……」
雪杉さんが恥ずかしそうに微笑む。
「実は、私も上村さんといると、心臓がドキドキするんです」
その告白に、僕の心臓がさらに大きく跳ねた。
「僕もです」
「そうなんですか?」
「はい。特に、この前の相合い傘の時は……」
「私もです」雪杉さんが嬉しそうに言う。「すごくドキドキしました」
僕たちは、お互いの正直な気持ちを確認し合った。
「係長の言う通り、筋肉は嘘をつかないんですね」
「そうですね」
雨が止んで、カフェの窓から日差しが差し込んできた。
「上村さん」
「はい?」
「筋肉の緊張をほぐしませんか?」
雪杉さんが恥ずかしそうに手を差し出す。
僕は迷わず、その手を取った。
確かに、手をつなぐと、筋肉の緊張がほぐれる気がした。
「本当ですね。リラックスできます」
「係長の言う通りでした」
僕たちは手をつないだまま、しばらく窓の外を眺めていた。
「ときめきは速筋優位」
係長の言葉を思い出しながら、僕は雪杉さんの手の温かさを感じていた。
確かに、恋は筋肉に出る。そして、筋肉は正直だった。
サボりの美学は雪杉さんに学べ。
――ときめきは速筋優位。
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※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。
※AI補助執筆(作者校正済)




