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『サボりの美学は雪杉さんに学べ』  作者: 白隅 みえい
第2章:とことん迷惑、なのに目が離せない
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Lesson10「社内迷子大作戦」

Lesson10「社内迷子大作戦」


雪杉さんの自宅訪問から一週間後の月曜日。僕たちが出社すると、オフィスが騒然としていた。


「おはようございます」


「あ、上村君、おはよう」蓮見さんが慌てた様子で迎える。「大変なのよ」


「何がですか?」


「ビルの改装工事が始まってるの。週末の間に、一部のフロアのレイアウトが変わってて……」


確かに、エレベーターを降りた瞬間から違和感があった。廊下に工事用の仮設壁ができていて、いつもの動線が使えない。


「どこがどう変わったんですか?」


「13階と14階が大幅にレイアウト変更。給湯室や会議室の場所も変わってるの」


雪杉さんがいつものように煮干しだしマグカップを持って現れた。


「おはようございます。なんだか、いつもと様子が違いますね」


「雪杉さん、おはよう。改装工事が始まってるのよ」


「改装工事?」雪杉さんが首をかしげる。「聞いてませんでした」


「先週金曜日に案内があったんだけど、雪杉さん、定時で帰っちゃったから……」


確かに、雪杉さんは金曜日の定時後の連絡事項は聞かないことが多い。


「大丈夫ですよ」雪杉さんが楽観的に言う。「建物が変わっても、宇宙の法則は変わりませんから」


(また宇宙の法則……)


本山課長がやってきた。


「みなさん、おはようございます。改装工事の件、大丈夫ですか?」


「はい、なんとか」


「注意してくださいね。特に給湯室の場所が分からなくて、迷子になる人が続出してるそうです」


迷子……確かに、このビルは複雑な構造をしている。


「雪杉さん、気をつけてくださいね」課長が心配そうに言う。


「はい、大丈夫です」


でも、僕は少し心配だった。雪杉さんは方向音痴なところがある。普段でも、たまに社内で道に迷っている。


「上村君、雪杉さんのこと、少し気にかけてもらえる?」蓮見さんが小声で言う。


「はい、分かりました」


午前中は特に問題なく過ぎた。でも、昼休みになると……


「あれ? 雪杉さんは?」


雪杉さんの席が空っぽだった。昼寝の時間のはずなのに、いない。


「さっき、昼食を買いに行くって言ってましたよ」同僚の一人が教えてくれる。


「昼食を買いに?」


雪杉さんはいつも手作り弁当を持参している。昼食を買いに行くなんて珍しい。


「弁当を忘れたみたいです」


なるほど、それで買い物に。でも、もう30分経っている。


「ちょっと様子を見てきます」


僕は雪杉さんを探しに出た。


まず、1階のコンビニを確認。いない。地下の食堂も確認。いない。


(どこに行ったんだろう……)


その時、エレベーターホールで碓氷係長に会った。


「上村君、どうしたの?」


「雪杉さんを探してるんです。昼食を買いに出たまま、戻ってこなくて」


「あー、それなら心当たりがあるかも」係長が苦笑いする。


「心当たり?」


「さっき、13階で迷子の女性を見かけたんだ。工事の人が案内してたけど……」


13階……確かに、そこは改装工事で一番変更が大きかった場所だ。


「ありがとうございます。13階を探してみます」


13階に上がると、確かに様子が一変していた。廊下の構造が変わって、まるで迷路のようになっている。


「雪杉さーん」


声をかけながら歩いていると、工事現場の作業員さんに声をかけられた。


「あの、女性の方を探してます?」


「はい、髪の肩までの……」


「あー、だしの人ですね」


だしの人?


「だしの人?」


「はい。マグカップ持って、『煮干しだしの香りがする方向に行けば出口が見つかる』って言ってた人」


(それ、雪杉さんだ……)


「どちらに向かいましたか?」


「あっちの方角です。でも、あそこは工事中で行き止まりなんですよね……」


僕は急いでその方向に向かった。


廊下を進んでいくと、確かに行き止まりになっている。でも、雪杉さんの姿は見えない。


「おかしいな……」


その時、微かに話し声が聞こえてきた。


「……宇宙のエネルギーが……」


雪杉さんの声だ。


声の方向を辿っていくと、工事用の仮設扉があった。「関係者以外立入禁止」の張り紙がある。


でも、中から雪杉さんの声が聞こえる。


「雪杉さん?」


扉を開けると、そこは工事中の給湯室だった。


「あ、上村さん!」


雪杉さんがマグカップを持ったまま、床に座り込んでいる。


しかも、なぜか瞑想のポーズを取っている。


「雪杉さん、ここは工事中ですよ」


「分かってます。でも、宇宙が導いてくれたんです」


「宇宙が?」


「はい。迷った末に、ここに辿り着きました。そしたら、古い給湯器から煮干しだしの香りがするんです」


確かに、給湯室には微かに出汁のような香りが漂っている。


「それで、ここで出汁禅をすることにしました」


「出汁禅?」


「はい。出汁の香りに包まれながら瞑想するんです。心が研ぎ澄まされます」


雪杉さんが目を閉じて、深呼吸している。


「でも、ここは工事中で危険ですし……」


「大丈夫です。工事の方も『しばらくここで休んでいっていいよ』って言ってくれました」


本当に? と思っていると、作業員さんが現れた。


「あ、お疲れ様です」


「あの、すみません。同僚が迷惑をかけて……」


「いえいえ、全然迷惑じゃないですよ」作業員さんが笑顔で答える。「むしろ、癒やされてます」


「癒やされてる?」


「はい。この女性、『工事現場にも宇宙のエネルギーが流れてる』とか『作業する人の魂も浄化される』とか言ってくれて」


雪杉さんが作業員さんたちと仲良くなっているらしい。


「それに、この出汁の香りの正体も教えてくれました」


「正体?」


「古い給湯器の配管に、昔の社員食堂の出汁が染み付いてるんだそうです」


なるほど、それで出汁の香りがするのか。


「『この建物にも魂がある』って言ってました。感動しちゃいましたよ」


雪杉さんの独特な世界観が、作業員さんたちにも受け入れられている。


「雪杉さん、そろそろ会社に戻りましょう」


「はい」雪杉さんが立ち上がる。「でも、素晴らしい体験でした」


「どんな体験ですか?」


「迷子になったおかげで、隠された聖地を発見したんです」


聖地……給湯室が?


作業員さんたちに挨拶して、僕たちは13階を後にした。


「雪杉さん、心配しましたよ」


「すみません。でも、本当に良い体験でした」


エレベーターの中で、雪杉さんが嬉しそうに話す。


「迷子になったのは初めてじゃないんですが、今回は特別でした」


「特別?」


「はい。普段なら焦っちゃうんですが、今回は『これも宇宙の導き』だと思えたんです」


雪杉さんの表情が穏やかだ。


「それで、立ち止まって周りを見回したら、出汁の香りに気づいて……」


「そこで出汁禅を?」


「はい。『迷った先にこそ、本当に必要なものがある』ってヨガの先生がいつも言ってるんです」


営業三課に戻ると、みんなが心配していた。


「雪杉さん、大丈夫だった?」蓮見さんが駆け寄る。


「はい、大丈夫でした。素晴らしい体験をしました」


「体験?」


雪杉さんが13階での出来事を話すと、みんなが呆れたような、感心したような顔をしている。


「出汁禅って……雪杉さんらしいわね」


「でも、作業員さんたちと仲良くなるなんて、すごいですね」碓氷係長が感心している。


「雪杉さんのコミュニケーション能力、侮れないわ」


午後、僕は雪杉さんに聞いてみた。


「雪杉さん、本当に迷子は平気だったんですか?」


「最初は少し焦りました」雪杉さんが正直に答える。「でも、上村さんが必ず探してくれるって信じてたので」


「僕が?」


「はい。上村さんは、いつも私のことを気にかけてくれますから」


雪杉さんの言葉に、僕の胸が温かくなった。


「だから、安心して迷子になれました」


(安心して迷子って……変な表現だな……)


「それに、今日の体験で分かったことがあります」


「何ですか?」


「迷った先が聖地だってことです」


「聖地?」


「はい。普段通らない道、行かない場所にこそ、本当に大切なものが隠れてるんです」


雪杉さんの哲学は、いつも独特だ。


「あの給湯室で出汁禅をしていたら、心がとても軽くなりました」


「そうですか」


「きっと、あの場所は昔から多くの人に愛されてきた場所なんです。その想いが蓄積されて、特別なエネルギーを持ってるんです」


雪杉さんの表現は大げさだが、確かにあの給湯室には不思議な雰囲気があった。


「今度、また一緒に探検しませんか?」


「探検?」


「はい。このビルにも、まだ知らない聖地があるかもしれません」


(また迷子になりそうだけど……)


夕方、定時になると雪杉さんが僕のところにやってきた。


「上村さん、今日はありがとうございました」


「いえいえ」


「私を探してくれて、本当に嬉しかったです」


「当然ですよ。雪杉さんのことですから」


「それと」雪杉さんが嬉しそうに言う。「作業員の田中さんから、こんなものをもらいました」


雪杉さんが小さな瓶を見せる。


「これは?」


「古い給湯器の水です。『聖水』だって言ってくれました」


(聖水って……大丈夫なのかな……)


「今度、これでだしを作ってみます。きっと特別な味になりますよ」


雪杉さんの探究心は止まらない。


翌日、案の定、雪杉さんは「聖水だし」を持参してきた。


「上村さん、飲んでみてください」


恐る恐る飲んでみると……


「あ、美味しいです」


確かに、いつものだしとは少し違う、まろやかな味がする。


「でしょう? やっぱり聖地の水は違います」


(本当に聖地だったのかな……)


その日から、雪杉さんの迷子はむしろ冒険として受け入れられるようになった。


「今日はどこで迷子になったの?」


「今度はどんな聖地を発見したの?」


同僚たちも、雪杉さんの迷子エピソードを楽しみにするようになった。


そして僕は、いつも雪杉さんを探しに行く役割になった。


でも、それも悪くない。雪杉さんと一緒にビルの中を探検していると、普段気づかない場所や人との出会いがある。


「迷った先が聖地」


雪杉さんの言葉には、確かに真実が含まれているかもしれない。


サボりの美学は雪杉さんに学べ。

――迷った先が聖地。


#オフィスラブコメ #社会人 #ラブコメ #現代 #星形にんじん


※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。


※AI補助執筆(作者校正済)

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