○ツキノウサギ○
銀河の世界にあって、国粋の如く存在感を示す月に、染み込むように張り付いた黒い陰。陰には黄金色に輝くちっぽけな光が二つ、ネオンのようにパチパチと明滅していた。
陰は何らかの意図を持ち、多種多様に形を変え動き回っている。目を凝らして善く善く見てみるとその陰が、
ツキノウサギだと分かるだろう。
ウサギは黄金色の眼を燦然として恍惚としながら、まるで誰かに囁きかけるように呟いた。
「あんなに楽しそうにユシカの稚児等が笑っているわ。私とても楽しいし、とても楽しみだわ。だってそうでしょう? 今夜ユシカノホシで、あの、ヒカリノタマが見えるのだもの。
ああ、私はなんて幸運な幸福者なんでしょう。この躍り上がるような気持ちはどんな言葉でも表現できないわね。唯々ユシカの稚児のように無知に騒ぎ、陽気に駆け回りたい気分だわ!
ああ、もう驚喜になって叫びたいほどなんですもの! 今この時、私はこのただっぴろい銀河の世界で、真にこの上ない至福を楽しむのだわ」
ウサギの云うヒカリノタマとは、例年星降り祭りの夜になるとユシカノホシに現れ出る、小さな光の塊。
それはユシカノホシで産まれ堕ちるが、ユシカ自らが見ることは叶わず、またこの果てしなく広がる銀河の世界においても、認識できる者はとても希で、この上ない幸いであり、ウサギはそのような幸運に恵まれた希少な果報者であった。
それでもウサギを知っている者ならば、何故にこのような祝福がウサギにのみ贈られたのか、きっと分かるに違いない。
ツキノウサギの姿はまるで備長炭のように黒く、まるでこの世の災いを、その小さな背中に背負っているかのようだ。銀河の世界の住民は一様にウサギを見て思う。
『一体全体、どのような罪を犯したらあのような姿形になるだろう?』と。『いや、この愛しい子は、きっと誰彼構わず総ての存在の罪を被っているのだろう』と。
そして誰もがウサギを哀れんだ。
何処までも広がる底知れぬ深い黒。只の黒ではない、見た者に直感的に与えるのだ、此の黒は罪深い色なのだと。まるで此の世の理であるかのように。
黒い色と云うだけで、この銀河においては尚更そう思われる。何故なら銀河の世界では、まるで神から祝福を与えられたかのように、誰もが艶めくほどに美しい様々な色をしていたからだ。
蠍はサファイアのように、永遠に消えることない烈火に燃え盛る美しい赤であり、また、白鳥はアクアマリンのように、何処までも清らかな海のように鮮やかな藍青色で、そして蛇ですらエメラルドのように、永遠の春と不死を思わす、鮮やかで強く深い緑色をしているのだ。
この無限に広がる銀河を隅から隅まで何処を探しても、まるで色味を持たない黒い色をしたのは、ツキノウサギただ独りきりであった。
故に皆が思うのだ。銀河の世界ではウサギのみが祝福ではなく、呪いを与えられた、呪い子である、と。
銀河の世界では月の魔法が蔓延し、誰彼もが好きな姿で動き回り、自由に気の赴くまま時を過ごしている。他を傷つけたり、無用に争うこともない。
だが個を持つが故に、ウサギのその黒い形を見て誰もが憐れみを抱く。世俗的に異色な者は受け入れられず、奇異な目で見られ、見世物に成り果てる時がある。
それでもウサギは腐らず、決して卑下すること無く、誰に罪を被せるでも無く、また問いただすでもなく、誰々を羨むこともなく、その自らの境遇を愚直に受け止めている。
ウサギは物乞いではない。むしろ与える側だと云っても良い。その天真爛漫で優しい気性から、銀河の仲間等に笑顔を振りまき、周囲を明るく朗らかにすることに長けている。
その黄金色の瞳は艶やかに輝き、覗き込めば、何処までも終わりの見えない銀河が、無限に広がっているようで、気を許せば中心の黒い玉に、思わず吸い込まれてしまいそうになるほど魅力的だ。
また瞳の奥には言葉では形容し難い逞しい想像力を宿し、どのような困難も、辛い境遇にも負けない、強く折れない心を宿しているのが見てとれる。
誰々に劣っていると知っても、輝かしい行く先を決して諦めず、そこそこの野心を持ち、栄光を掴み取ることに貪欲であっても、気遣いを忘れず、成し遂げるに必要な諸事を承知している。
誰もが常に上を向いて歩いているわけでも、また、歩けているわけでもない。何かしらに迷い、脅え、震えながら下を向くときがある。
勿論ツキノウサギもその道理から外れるでもない。その黒い形は決して肯定出来る事柄ではなく、ふと、この形が月のように美しく、黄金色に輝いたならばと思いに耽る時もあるのだ。
だが唯々現実を納得し消化し受け入れるしかない。総ては個性で在り罪ではない。私は呪い子ではない、ただ色彩豊かな色を持ち得ないだけだ。仲間は皆自分を受容し認めている。そう 受け容れツキノウサギは目を輝かせ、前を向き、常に上を向いて歩いている。
栄光とはその者のような頭上にある輝くのだ。
だからこそ、ツキノウサギはその栄光の贈り物を手にしたのだろう。