泥だらけの冒険
民家の間の広場にその古井戸はあった。
意外とその井戸は大きく、4人一気に下りて行っても余裕があるくらい幅が広い。
今回の依頼は、この井戸から夜な夜な聞こえるという叫び声や呻き声の原因を解明し、原因がモンスターであるならそいつを退治してきてほしい、というものだ。
まず僕たちは、恐る恐る井戸の中を覗いて見ることにした。
しかし覗いて見たはいいものの中は真っ暗。
何も見えない。
「な〜んも見えねぇな。」
リクが困ったように呟く。
僕らもうんと頷く他なかった。
「そんじゃ、ま、下りてみっか。」
と、リクは腰に止めていた楔付きロープと、ポーチのような小さなかばんからトンカチを取り出す。
「え、もう行くの?!」
僕が顔を引き攣らせながら言うと、リクは冷たい目で僕を見た。
「たりめーだ。俺たちゃ捜査に来たんだかんな?それなのに井戸の中覗いて終わりってわけにゃいかねーだろ?これは冒険ごっこじゃなく仕事なんだ。」
リクはそう言いながら地面に楔を打ち込み、ロープがしっかりと固定されたのを確認してからロープの先を井戸に投げ入れる。
「ま、先に俺が行ってみっから。おめーらはそこで待っとけ。な〜に、ちょっと見たらすぐ帰ってくる。」
「・・・一人で大丈夫か?」
そんなリクにブレイズが心配そうに声をかける。
「あん?俺を誰だと思ってんだ。逃げ足ぴかいちリク様だぜ?大丈夫だって。」
「でも・・・。」
今度はシーがリクを引き止めようとした。
「だぁら、大丈夫だっつってんだろ?まだ例の呻き声とやらも聞こえてねーし。それにロープだってちゃんと底までもってるかわかんねーんだから、ここは一人で行ったほうが行動しやすいってもんだ。」
そう言うとリクはロープを掴み、ひらりと井戸に飛び込んだ。
慌てて僕らが穴を覗き込むと、滑るように井戸の中を下りていくリクの姿が見える。
しかし、その姿もすぐに暗闇へと飲まれ消えてしまった。
「行っちゃった・・・。」
シーが心配そうな顔をして呟く。
この井戸がどのくらいの深さかわからないけど、底が見えないということはそれなりに深いのだろう。
リクの話によると夜になったらこの井戸から何者かの叫び声やうめき声のようなものが聞こえるって言うじゃないか。
一体何がいるっていうんだろう?
もしかしたらどこからか流れついた死体に魔力が蓄積して、ゾンビやスケルトンなんかのアンデッドモンスターに変化し、この井戸の底を彷徨っているんじゃなかろうか!
僕がそんな恐ろしい想像を膨らましている時だった。
「ぬあああぁぁぁぁぁ!!」
という叫び声。
その声は
「リク?!」
僕ら3人は同時に顔を見合わせた。
シーもブレイズも、顔が青い。
きっと僕も相当悪い顔色をしているだろう。
「リク!!聞こえるか?!」
ブレイズが瞬時に身を翻し、井戸の中へ向かって叫ぶ。
しかし井戸の中にブレイズの声が反響していくのが聞こえるだけで返事は聞こえない。
さっきの悲鳴が聞こえたっきり、井戸の中はまたさっきのようにしんと静まり返っていた。
「・・・行ってくる。」
一体どうすればいいのかと僕がパニックに陥りかけているとき、ぼそりとブレイズが言った。
「え・・・?」
僕、そしてシーがブレイズの顔を見上げる。
「俺が行くしかないだろ、一番の年長だからな。それにきっと、お前たちより俺の方が身軽だ。」
僕らを見下ろしながら彼は言った。
「でも、また何かあったら?」
「そんときゃ、二人で助けに来てくれ。」
シーが聞くと、ブレイズはにかっと笑みを見せ、井戸へと飛び込む。
「ブレイズ!」
「大丈夫だって!もしかしたら穴に足突っ込んだだけかもしれねーし!ちょっと見に行ってくるだけだって・・・!」
だって・・・だって・・・とブレイズの声が反響し、彼の姿は井戸の中へと消えてしまった。
顔を見合わせる僕とシー。
シーは目に涙を浮かべ、口もへの字。
まさかいきなりこんなことになるなんて。
ブレイズが言ったみたいに穴に足が嵌まったくらいで済んでいればいいんだけど。
僕はどんどん悪いことを想像してしまい、慌てて首を振った。
大丈夫、きっと大丈夫だ。
二人とも強いんだから。
いや、リクはどうなのか知らないけど、ブレイズは大会で優勝するくらい強いんだから、きっとすぐに二人で戻ってくるよ。
シーにも今僕が考えたことを伝え、どうにか宥める。
するとシーはこくりと頷き、何とか涙は止まった。
ただ、シーの口がへの字なのはまだ変わらない。
やっぱりこういう顔を見るとシーも子供なんだなって思う。
もし二人が帰ってこなかったら、僕が彼を守ってあげないといけない。
いや、たぶん井戸の外までリクの悲鳴の現況は出てこないとは思うけど、万が一ってことだってある。
僕は何が起こってもいいように身構えた。
しかし。
いくら待っても二人が帰ってくる様子はなかった。
物音すらしない。
不安げに僕を見上げるシーの目を見ることができなかった。
これは本格的に危ないんじゃないか?
今度は僕が穴の中に行かないといけないんじゃないか?
でもブレイズでも適わないような相手にひ弱な僕みたいなのが対抗できるのか?
いろんな考えが僕の頭の中を回る。
(だぁー!!ウジウジウジウジウジウジウジウジ・・・いい加減にしなさいよぉっ!)
「わぁぁっ?!」
「ふえぇっ?!」
いきなり頭の中に響いた言葉に驚いて思わず声を上げてしまう僕。
そしてそんな僕に驚くシー。
そういえばシーには僕の中に天使や悪魔がいるって話はしてなかったっけ。
「あのね、シー。僕の中には・・・」
「天使と悪魔がいるんでしょ?ブレイズとキトンから聞いた。」
僕が言う前にシーはすらすらと言ってのけた。
きっと僕がシーに会う前にブレイズたちが話しておいてくれたんだな・・・。
「う、うん、そうなんだよ。それで、今急に話しかけてきたもんだからつい声が出ちゃってさ。」
「ふ〜ん。」
僕が言うとシーは無表情でそう言った。
・・・シーは天使と悪魔がいるなんてことを信じていないから表情がないのだろうか、それとも今のことで不安を忘れられたから一時的に表情がないのだろうか。
わからない。
(ちょっと!無視すんじゃない!)
おっと、返事返すの忘れてた。
(まぁ、まぁ・・・そう怒らずに。)
いらいらと怒鳴るバリアを慰めるキルアの声が間に入る。
(ちょっとケイ!ウジウジしてないで、早く井戸の中入りなさいよ!考えてたって仕方ないでしょ!)
(そんなこと言ったって・・・。中で何が待ってるか・・・)
(うるっさい!行くったら行く!この中には何か不穏な魔力を感じる!)
(いや、それじゃ、余計行きたくな・・・)
(行くの!!)
僕は話を聞かないわがまま天使の言い分に思わず溜息をついた。
「どしたの?」
不思議そうに僕を見ながらシーが聞いた。
「あ、いや、天使がいろいろとうるさいんだ。」
(うるさいって何よ!)
「うへ・・・。」
間髪入れず天使の声が頭の中に響く。
「あぁ、例の天使ね。」
そんな僕の反応を見てふんふんと頷くシー。
一体シーはブレイズ達からどれくらい詳しく話を聞いたんだろう?
もしかしたら天使がクイットにしたことから何から全部聞いているのかもしれない。
「それで・・・天使はなんて言ってるの?」
「えっと、早く行け!って言ってる。なんか不穏な魔力を感じるんだとさ。」
僕がそう言うとシーは何も言わず軽く何度か頷いた。
こういう仕草をしているところを見るとシーって急に子供っぽくなくなる。
何というか一流の魔導師みたいな。
まぁ、召喚術の腕は一流みたいだから、あながち間違いじゃないのかもしれないけど。
(ふん。ケイより、この子の方が物分かりがいいかもしれないね。)
シーの様子を見ていると、バリアが鼻を鳴らすような音を立ててからそう言った。
全くもって天使に有るまじき性格だ。
「よし、決めた!!」
僕がもう一度溜息をつきそうになったところで不意にシーが声を上げた。
僕は口から出かけた溜息を飲み込む。
「行こう!ケイ!冒険だ!」
「え・・・それ本気?」
さっきまで口をへの字にしていたのが嘘のようだ。
シーは元気を取り戻したように、強い光が宿った目で僕を見上げている。
僕はまたその目を直視できない。
この場から一番逃げたいと思っているのは僕のようだ。
ただ逃げてもどうにもならない。
逆にひどい結果が出ることは分かっていた。
「本気も本気!大本気!早く行こう!二人を助けにさ!」
ぐっと両手で握りこぶしを作るシー。
僕はちらりとシーの顔を見た。
ばっちりと合う視線。
もう後戻りはできなくなってしまった。
「じゃぁ、僕から先に行くから、後ろ頼むよ!ケイ!」
:
じめじめした井戸の底に降り立った僕とシー。
枯れ井戸のようだが、水分はまだあるようで、地面はじっとりと湿っていた。
中は薄暗いので、周りに生き物の気配がしないことを確かめてから僕は小さな二つの光球を作り、それで辺りを照らしてみる。
すると一本井戸の奥に続く道が見えた。
元は水路だったようであまり広い道ではなかったけど、人一人が通るには十分のスペースがある。
ここにリクとブレイズの姿が無いところを見ると、二人はきっとこの奥に進んで行ったんだ。
一応僕は湿っている壁の部分も調べてみたが、隠し通路のようなものはない様子。
といっても薄暗いし、仕掛けについても一般的なことしか知らないから隠し通路や仕掛けが無いというのは100%確実とはいえない。
でもまぁ、井戸に仕掛けなんてものは作らないだろう。
僕はそう考えて、通路の方を進んでみることにした。
光球で前方を照らし、後ろにシーを連れて進む。
「変な匂いするね、ここ。」
「カビか何かかな?」
シーが小さな声でたまに話しかけてくるのに返事を返しながらゆっくりと進む。
僕の後ろを歩くシーは不安げに僕のローブの裾をぎゅっと掴んでいた。
後ろから何か来たときはどうしようかと思いながら僕は前を見つめる。
だが、そんな僕の心配は杞憂に終わり、しばらく行くと少し開けた場所に出た。
「ん?なんか変だな。」
開けた場所全体を照らしてみて、僕は首を傾げた。
目の前には3つの分かれ道があり、その内の一つ、一番右側の道は明らかに井戸水が通っていたのが分かる水で削れたような壁が濡れた狭い道があるのだが、あと二つの道は、地面は濡れて泥が溜まっていたけれど、道の壁の上の方が乾いていて、どうも後から作られたように見えたんだ。
「変?」
ローブの裾を掴んだまま僕の横に立つシーが聞いてくる。
「うん・・・。」
シーには難しい事かと思い、僕は詳細を伝えず頷くだけにする。
「ふ〜ん。」
シーは何が変なのか聞くことはせずに、視線を前に戻した。
道以外には隅に大きな泥の塊のようなものが見えただけで特に変わったものはない。
動くものも無く、生き物の気配すらしなかった。
どうやらここにもリクとブレイズはいないようなので、3つの道のうちどれかを選んでその先に進まないといけない。
とりあえず僕は一番左端の道へと近づく。
ずぷずぷと足に泥が絡まるのを鬱陶しく思いながら道々の奥を覗き込んでみた。
やはり暗くて先が見えない。
「ねぇ、さっきまで地面ってこんなに泥だらけだったっけ?」
すると後ろでシーが声をかけてきた。
そういえばそうだ。
特に違和感なく歩いてきたけど、井戸に下りた時点ではこんなにも泥だらけじゃなく、もう少し乾いていた。
僕は結構長めのブーツを履いているから泥が靴の中まで入ってくることはないんだけど、シーはどうだろう?
僕はそう思ってシーを振り返った。
が、シーの靴を確認する前に僕はシーの後ろを見て固まる。
いつの間にかさっきまで部屋の隅にあった泥の塊がシーの背後に移動していたからだ。
しかも泥の塊は最初見た時より大きく膨らんでいる!
僕は咄嗟にシーの手を掴んで目の前の道へと走りこんだ。
「うわぁ!ケイ?!どうしたの?そんなに引っ張ったら・・・こけちゃうよっ!!」
シーの手を掴み全力で走る僕。
後ろから事態が分かっていないシーの声がしたが、説明は後だ。
「とにかく走って!」
僕はそれだけ言うと、走ることだけに専念する。
ばちゃばちゃと泥の跳ねる音などいろんな音がうるさくて、後ろの状況が分からない。
しかししばらく走ったところで、道が急に開け、部屋のような場所に出た。
僕は足に急ブレーキをかけ、立ち止まる。
勢い余ってぶつかるシーを受け止めながら僕は後ろを振り返った。
しかし、後ろには何の姿もなく、気づけばさっきまで泥だらけだった地面が、この小部屋のような所に入った場所からただの砂地になっていた。
「こ・・・怖かった。なんか泥のお化けみたいなのが追いかけてきて・・・。」
シーが肩を上下させながら少し震える声で小さく言った。
きっと走っている途中で振り返って見てしまったのだろう、あの泥の怪物を。
「もう大丈夫だよ、きっと・・・。」
僕はシーの背中をぽんぽんと叩きながら言う。
だがしかし、周りは変わらず薄暗いので油断はできない。
僕はシーを離すと、新しく大きめの光球を浮かべ、部屋全体を照らしてみる。
するとこの部屋には、さっき見た泥の塊の代わりのように、葉っぱや草などが隅に積まれているのが見えた。
まだ水分があり、きちんとした緑色をしているところを見ると、その草は最近取って来たものであろうことが伺える。
「この草は一体なんだろう?」
僕はしゃがみこみ、積まれた草を掻き分けてみるが、中には何もなく、本当に草が置いてあるだけ。
僕は溜息をつきながら立ち上がった。
「あれ?これ何だ?」
そこへ、シーが何かを見つけたような声を出す。
振り返ると、僕の後ろの壁の前に立つシーの姿があった。
「どした?」
僕がシーに近寄ると、シーは少し横によける。
そしてシーがさっきまで立っていて見えなかった壁になにやら窪みができているのが分かった。
その窪みは僕の腰辺りの高さにあり、少し気づき難い所にある。
「ねぇ、これ指輪かな?」
僕が窪みを覗き込むと、シーも横からそこを覗く。
そしてシーが指差したのは、窪みの中にちょこんと置いてある指輪らしきものだった。
「うん、指輪じゃないかな。」
僕は首を傾げながらも、頷く。
何故こんなところに指輪が置いてあるんだろう?
指輪は花のような飾りがついており、シルバーの花びらの中心には黒っぽい石が嵌められている。
その石の黒はなんだか禍々しいもののような気がして、触ってはいけないような気がした。
(ねぇ、バリア・・・キルアでもいいんだけど、この指輪どう思う?)
僕はふと天使と悪魔のことを思い出した。
彼女らはさっきまでずっと黙りっぱなしで、二人のことをすっかり忘れていたんだけど、もしかしたら何か知っているかもしれないと思って聞いてみたのだ。
(え?あ、えっとねぇ〜。確かに触らないほうが無難だと思うよぉ。)
(あれキルア?)
てっきり何かとうるさいバリアが文句を交えながら返事をするだろうと思っていた僕だったけど、返ってきた声はキルアのものだった。
(いやさ、今バリア、ちょっとぴりぴりしててさ。神経研ぎ澄ませてるっていうか。私は何も感じないんだけど、バリアはなんか感じるみたいだね。)
(何か感じる?)
(うん。まぁ、何か分かったら話しかけるからさ。今は仲間を探すのに専念しなよ〜。)
(あ、あぁ、わかった。)
何かを感じるとは一体どういうことだろう?
もしかしたらこの奥には予想もしないようなモンスターがいるとか?
たとえばドラゴンとか・・・はないか、ここ狭いもんな。
じゃぁ、突然変異で巨大化したモンスター?
あ、それともかなり強い恨みを持ったアンデットモンスター?
死神とも称されるレイス・・・とか?
「ケイ?」
僕が一人で考え込んでいると、シーが不安そうな声を出した。
「あ、あぁ、ごめん。ちょっと悪魔の方に話聞いててさ。やっぱ触らないほうがいいんじゃないかって。」
僕は慌ててその場を取り繕う。
バリアが何かを感じているということについては、今は黙っておいた方がいい。
もしかしたら勘違いか何かで、何もないのかもしれないし。
今はキルアの言った通り、リクとブレイズの捜索が先だ。
「それじゃ、隠し通路とかないか、調べてみる?」
僕はとりあえずシーにそう提案した。
さっきの泥お化けが出てきたところにはできれば戻りたくないからね。
隠し通路があるようなら先にそっちを調べてみよう。
もしリクがさっきの泥お化けに終われてここに逃げ込んだのなら、真っ先に部屋の中を調べて、隠し通路があるなら入っていくだろうし。
「うん、わかった。」
シーは素直に頷き、僕らは手分けして、部屋の隅から隅まで、何か仕掛けがないか調べてみることにした。
でも、もしこの部屋にリクが逃げ込んだのなら指輪がそのまま置いてあるっていうのはちょっと不自然かな。
リクならお宝とか装飾品とかになったら目が無さそうだし。
そう考えると、この部屋にはリクは来ていないような気がしてきた。
だってリクなら指輪も取っていくだろうし、何しろ詰まれていた葉っぱだって調べないわけがない。
それにブレイズだってここに着たらまず部屋の中を調べるのが筋ってものだろう。
しかし、調べたならそのまま跡が残っているだろうけど、ここに積んであった葉は綺麗に積まれていた。
でも、やっぱりさっきの泥お化けと会った場所には戻りたくない。
だけど、ここにリクやブレイズが来た形跡がないなら調べるだけ無駄な気がしてきた。
「ねぇ、シー。」
「・・・何?」
僕がシーに話しかけると、少し間を空けて返事が返ってきた。
もしかするとシーも今僕が考えたことと同じことを考えていたのかもしれない。
シーのほうが僕よりリクとブレイズと付き合いが長いんだから、僕と同じ考えに辿り着くのにそう時間はかからないだろう。
「あのさ、ここにはリクもブレイズも来ていないんじゃないかと思うんだけど、どう思う?」
「・・・今僕もそれ考えてた。」
案の定思ったとおりの返事が返ってきた。
「引き返す?」
「・・・たぶん引き返したほうがいいと思う。」
少し間を空けて振り返ると、僕の反対側の地面を調べていたシーは僕と同じタイミングで振り返り、ばっちりと目が合った。
「・・・行こうか。」
僕とシーは同時に立ち上がると、元来た道を引き返し始めた。
:
幸い、元の分かれ道の場所に戻ってきたときには泥お化けの姿も、泥の塊の姿も無かった。
しかし泥でびちゃびちゃの地面は相変わらず。
泥のない乾いた地面が無性に恋しい。
「どの道を行こうか?」
僕はシーを見下ろした。
シーは左右に首を傾ながらう〜んと唸るだけだ。
参ったな、ここはいったん井戸の外に出てみようか。
もしかしたら僕らがさっきの小部屋を調べているうちに二人は外に戻っているかもしれない。
そう考えて僕がシーに引き返すことも選択肢に入れようとしたところだった。
(真ん中の道!)
「うああっ?!」
「うひゃぁ?!」
不意に頭の中にバリアの声が響き、外にいたとき急に話しかけられた時と同じように僕は思わず叫ぶ。
もちろんシーだって僕の急な叫び声に驚いて同じように叫んだ。
あわてて辺りを見回す僕だったが、幸い井戸の中はシーンと静まり返ったままで、泥お化けの現れる気配も無さそうだった。
「また天使か悪魔?」
シーが胸を押さえながら聞いてきた。
僕はこくりと頷きながらもバリアに抗議する。
(何で急に話しかけるんだよ!びっくりするじゃないか!ここはさっきもモンスターみたいなのが出てきて、大きな声出したらそいつに見つかるかもしれないんだからな!)
(うるっさい!いいから早く真ん中の道・・・)
“ウグワアアァァァァァァ!!!!”
僕とシーは瞬時に身を硬くして二人寄り添った。
さっきからバリアが口に出している真ん中の道の奥のほうから突然、何かくぐもった叫び声のようなものが聞こえてきたからだ。
「まさかさっきの泥お化け?」
「わ・・・わわ・・・わかんない!!」
僕が言うとシーが震える声でそう言った。
僕も今にも震えが来そうで、とても怖い。
(・・・やっぱり何かいるんだ!ケイ!早く真ん中の道に行って!!)
「む・・・無茶言うなよぉ!」
僕はあまりの怖さに冷静さを忘れ、声に出して返事を返す。
(あんたったらほんと意気地なしだね!何?そんじゃあんたどうすんの?怖いからこの子連れて他の仲間ほっといて逃げるの?!)
「・・・う。」
僕は恐怖と戦うのに必死で碌な返事が返せなかった。
進むのも嫌だ。
ただ、リクやブレイズを置いて逃げるのも嫌だ。
(なら前に進みなさい。な〜に、あんたには天使と悪魔がついてるんだから、ちょっとやそっとの事くらい平気平気。万が一あんたが気を失っても、私がどうにかしてあげる。)
僕はシーの手前は泣き出すのだけは避けたい、ちゃんとかっこいい所を見せたい、そして何より、後からバリアに今回の事で何だかんだと言われたくない!
僕はどうにか自分を奮い立たせた。
大丈夫、きっと何とかなる。
「シー、行こう。リクやブレイズを放っとけない。それに奥に何があるのかちゃんと確かめて帰らないと、僕らに依頼を任せた人や、ラムザの皆に申し訳が立たないよ。」
そうだ、どっちにしろ僕らはこの井戸の奥まで進んで、ここに何がいるのか確かめないといけないのだ。
シーは僕を少し見上げると俯き加減にうんと頷いた。
そして先程のように僕が先、シーが後ろにつくような形で僕らは道を進む。
できるだけ静かに歩きたい所だけど相変わらず地面は泥だらけで一歩踏み出すたびに泥の跳ねる音がした。
明かりもできるだけ目立たないよう、前に進むのに困らないくらいの小さな光球をひとつだけ浮かべることにする。
「シー、大丈夫?」
明かりを一つにしたことで、シーの方はかなり薄暗く、後ろがほぼ見えない。
「・・・うん。」
それでもシーは泣くことはなく、ただ静かに返事を返してくれた。
小さいのにずいぶんと強い少年だなぁと思う。
僕がシーと同じくらいの年の頃はどうだったか・・・。
僕が不安を振り払おうという意味合いもこめて、子供時代を振り返ろうとした時。
道の横に妙な窪みが所々できていることに気づいた。
その窪みは作りかけて途中で止めた道みたいで、人が3人ほど入れるスペースがある。
窪みには泥が溜まっている場所や、ほとんど何もない場所などいろいろあったが、最初は気にも留めなかった。
しかし、歩くうちに考えてみると、今僕らがこうして通っている道は人一人が通るのに一杯一杯で、もし反対側から誰か来たら元来た分かれ道の広場に戻らないといけないような状態だ。
そんな時にこの窪みに入れば、他の人が来てもあまり後戻りせずに済むというわけだ。
なるほどさっきの窪みは道を通る際の工夫ってわけか。
いや、待てよ。
他の人って一体誰が通るっていうんだ?
そこで僕はとても嫌な考えが浮かんだ。
僕はこうやって考えている間もペースを落とさず前に進み、前もきちんと見ていたのだが、音に関しては全く無防備になっていた。
つまり、音を小さくしようとしていた足音も普通に立ててしまっていたし、周りの音に気を使わなくなっていたということだ。
そして嫌な考えというのは、もしかするとこの道はさっきの泥お化けが常時巡回しているのではないかということ。
そして歩き回っている泥お化けがすれ違うときに、道に所々ある窪みを利用するのではないかということだ。
僕は耳を澄ませる。
すると恐れていた音がした。
僕の歩く音、そしてすぐ後ろから聞こえる規則正しいシーの足音と混ざって、不規則に泥の跳ねる音が微かに後方から聞こえてきている。
僕は怖くて今行なっている動きを変えたり止めることができなかった。
振り返ったりなんかしたらきっと恐ろしい光景が見えるに違いないと思うと、どうにも後ろを向くことができない。
僕は気づかないフリをしながら歩いた。
もしかしたら泥お化けは僕が歩くスピードより動きがずっと遅いかもしれない。
そしたら追いつかれることもないだろう。
それに目もよく見えないのかもしれない。
そしたらどうしても振り切れないときは窪みに逃げ込んでしまおう。
僕はいくつかの仮説を元に、ちょっとした対処法のようなことを思い浮かべ、幾分か安心できた。
僕は少しずつ歩くペースを上げる。
シーは黙ってそれについてきた。
声を上げてしまうことが一番いけないことだと思っているようで、シーは全く何も喋らない。
いや、もしかすると彼も、後ろからする僕らとは違う泥音に気がつき耳を済ませているのかも。
しかし、少し歩くごとにだんだん泥音は大きくなる。
その度にスピードを上げるが、泥音が小さくなることはない。
道の果ては見えず、まるで延々とこの追いかけっこが続くような気がした。
「ねぇ、もう走ろう?音とか気にしていられないよ、逃げなきゃ!」
不意にシーがローブの裾を強く引っ張った。
僕はそれで思わず振り返ってしまう。
そのときに僕ははっきり見た。
巨大な泥の塊が僕らのすぐ後ろに迫っていた所を。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は喉から飛び出る悲鳴を抑えることができず、シーの腕を引っ掴んで、無我夢中で走った。
何度も滑ってこけそうになりながらも走った。
そのときは走った先に何があるのかも分からなかったし、走ったところで、実際は敵の巣に突っ込んで行っていることは変わらないわけだから、情況が好転するはずもなかった。
しかし、僕は泥お化けから逃げることしか頭にない。
僕はできるだけ早くゴールが見えるようにと、光球を前方に飛ばした。
前がちゃんと見えていたほうがこけにくいだろうということもあった。
しかし、光球で照らし出されたのは、出口でも、まだ逃げ場がありそうな広場や、分かれ道でも、砂地でもなく。
泥お化けの背中だった。
僕はここまで逃げてきたのに、ここで2体目登場かというショックと恐怖で息が止まってしまう。
そしてそれはシーも同じだったようで、僕の背中の隙間から見えた光景に思わず立ち止まってしまった。
僕ももう既に足の動きが止まっている。
前に進もうが戻ろうが、どっちにしろ泥お化けが待ち構えているのだ。
しかし、今、ようやく別の選択肢が思いついた。
選択肢“戦う”だ。
なぜか今まで戦うという選択肢は一切頭に無かった。
まぁ、いつも突然狭くて暗い場所に泥お化けが現れ、パニックになった所に逃げる余地があったから、逃げていたので、戦うなんてことは考える余裕も無かったんだけど。
だが戦うといっても、相手の力量がさっぱり分からない。
僕は真っ青な顔で後ろと前を見比べた。
後ろにいた泥お化けは甚振るようにゆっくりゆっくりと近づき、前方のヤツもゆっくりとこちらに振り返りつつある。
こいつらには剣とか武器攻撃は効くのだろうか?
いや、いくら泥に切りつけたって効果は無さそう。
だったら魔法?
でも下手に魔法を使って壁にヒビを入れてしまうと、ここは地下なわけだからして、生き埋めになってしまう可能性もあるんじゃないか?
僕は目まぐるしくいろいろと考えるも、まったくいい考えが浮かばない。
じりじりと両方からにじり寄る、泥お化け。
そしてかなり近くまでにじり寄ってきたところで、2体の動きがぴたりと止まった。
迫る泥お化け両方を交互に見、僕らはもう助からないのか、そんな諦めが過ぎる。
しかし次の瞬間、僕は何者かに肩をつかまれ、引き倒された!
いきなりのことに対応できず、ただ、倒れる僕の視線の先で、派手に泥を飛び散らせながらぶつかる2体の泥お化けが見える。
2体は一斉にぶつかって僕らを捕まえようとしていたのか、と思うのもつかの間、僕は何かびちゃびちゃした気持ち悪いものに背中から突っ込んだ。
シーも僕の横にばちゃっ!とかいう何かに突っ込むような音を立てる。
目の前を覆う黒いもの。
泥独特の匂い。
どうやら僕は道にある窪みの中の泥溜まりに突っ込んだ様子。
口の中にざらざらした砂みたいなのが思い切り入り込み、盛大に咳き込んだところ、不意に人の手のようなもので、僕の口は塞がれた。
「む?!」
突然のことで思い切り声を出そうとするのだが、口が塞がれた状態なのでほぼ声は出なかった。
隣でもシーの呻く声がする。
これは一体何だ?!新手のモンスターに捕まってしまったのか?!
そう思い、思い切り暴れようとした時だった。
「静かにしろ、てめーら!!」
「ん?!」
後ろから聞こえたのは、なんと我が懐かしのリクの声だった。
僕は力任せに思いっきり首を回し、振り返る。
そこには緊張とちょっと嬉しそうな笑顔の混ざった、泥だらけのリクの顔があった。
僕は無理に首を捻るったことで少し引っ張れるような痛みが首に走ったけど、そんなの気にしちゃいいられない。
僕は思いっきり再会を喜び合おうとした、しかし、その時ようやく泥お化けの事も思い出した。
慌てて振り返って見れば、さっき僕らが立っていた道には無残に飛び散った泥の塊が大量に落ちているのが見える。
どうやらさっきの2体はぶつかり合った衝撃で粉々になってしまったようだ。
が、しかし、安心したのもつかの間、その飛び散った泥がもぞもぞと動き始める。
「うわ・・・。」
その気持ち悪い動きように僕は思わず声を上げる。
シーも隣で息を呑んだ。
しかし、リクがいる後ろからはにかごそごそと動くような気配が。
「リク?」
小声で名前を呼びながら振り返ると、リクが手に小さな白く光る球を持っているのが見えた。
そして彼は少し振りかぶるとその白い球を、泥の散らばっている場所に思い切り投げつける。
すると球が地面にぶつかった瞬間、そこから白い霧のようなものが噴出した。
やがて、球の中心から徐々に周りのものが凍っていき、冷気は僕らの周りにも流れ込んできた。
僕らの頭や服についた泥も少しずつ凍っていく。
が、僕ら自身を凍らせるほどの力は無いようで、泥お化けだった泥は凍り付いていたものの、僕らにはダメージはほぼなかった。
後ろでリクが立ち上がり、つられて僕とシ−も立ち上がる。
パラパラと軽く凍った泥が落ち、リクが僕らを押しのけ先に通路へと出た。
そして地面からさっき投げた何かを拾い上げる。
「何それ?」
僕が聞くと、リクは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「秘密道具だ。」
リクは拾い上げた無色透明の球をすぐにポケットへと突っ込む。
なんとなくリクの持っている球に見覚えがあったような気がするけど、なかなか思い出せない。
けど、そんなに重要なことじゃないだろう。
「どうやら凍っちまえば復活はできないようだな。」
リクは少し白くなった泥を見下ろして言った。
そんなリクを見て今度こそ本当に嬉しい気分になる。
「リクー!」
僕とシーはほぼ同時に声を上げ、リクに飛びついた。
「ぎゃぁ!」
「よかった、ほんとによかった!」
「うおい!俺にそっちの趣味はねぇぞ、コラ!」
「わぁ〜、リクぅ〜!!」
シーなんか泣き始めてしまった。
「だぁぁ、シー泣くな!それにケイお前プレートがぶつかっていてぇよ!」
「あぁ、ごめんごめん。」
僕は自分が着けていた部分鎧を見て、ようやくリクから離れた。
「そんで、お前らはどうやらまだブレイズは見つけてねえみたいだな。」
「あ!」
リクがシーを宥めながら言い、僕はブレイズのことをすっかり忘れていたのに気づく。
何だかブレイズに対してとても申し訳ない気持ちになったが、リクの言葉が何か引っかかった。
リクはブレイズがここに来たことを知っている!?
「あぁ、俺が最初泥のバケモンみたいなのを見て、大声出しちまったんだけどさ。それがきっとお前らにも聞こえたんだろうな。そんでバケモンから何とか逃げたあとに、ブレイズが俺を呼ぶ声がしたんだ。」
そしてリクの話によると、しばらく聞こえていたブレイズの声が遠ざかっていき、あとから何も聞こえなくなってしまったらしい。
それで、リクはこの道を進んでいたところ何度か泥お化けに捕まりそうになったが、泥の中に隠れると、お化けを凌ぐことができることを発見し、たまたまリクが身を潜めていた所に僕らが現れたということだった。
「ったく、泥モンの立てる音とはぜんぜん違う音がした時はほんとびびったぜ。」
「泥モン?」
「泥のモンスター略して泥モン、その方が呼びやすいだろ?」
「はぁ・・・。」
「んで、その泥モンってよぉ・・・鳴くのか?」
「鳴く?」
「あぁ、一回だけものすごい叫び声みたいのがしただろ?」
僕はそれを聞いて、この道に入る前のことを思い出した。
道に入る前確かにぐわぁぁぁ!っていうくぐもった叫び声みたいなのが聞こえたんだっけ。
これはリクにもちゃんと聞こえていたんだ。
「お前らにも聞こえたのか?」
僕はリクの質問に頷き、この道に入る前のことを話した。
「なるほどな。まぁ、さっきの声が今回の依頼にあった井戸から聞こえる声なのかどうかはともかく、新手の泥モンが来る前にここを抜けようぜ。」
というわけで僕らはリクを先頭、シーが真ん中、僕がしんがりという順に歩き出した。
しんがりというのはつまり、後ろから来た相手をどうにか防げということなのだけれど、僕には自信がない。
僕は光球をリクの前に浮かべながらも、のそのそとシーの後ろをついて行っていた。
もし泥モンが来た場合はとりあえず近場の窪みに入り泥を被って隠れるということに決まり、後ろ、または前方から泥モンが来たときの対処法はできている。
さっきリクが言っていたように泥を被れば、敵は気づかなくなるということが判明したからだ。
でも、もしさっきみたいに両方挟まれたらどうするのだろう?
さっきは運よく同士討ちさせることに成功し、リクのおかげで再起不能にできたけど、本当にさっきのことは運が良かったというのがでかい。
リクはさっき使った氷の玉みたいなのはもうないって言ってたし・・・。
次はああもうまくはいかないだろう。
(でぇい!まだウジウジ言ってたの、あんたは!!)
(うぇ?!バリア?!)
何とか声に出して驚くのだけは避けることができたが、毎度毎度忘れたころに急に怒鳴りかけてくるのは止めてほしい。
(あんた、ちょっと忠告しとく。この奥には大層な魔力の持ち主がいるみたいだから、万が一のときは私達を呼び出しなさい。)
(え・・・大層な魔力の持ち主?それって何?モンスター?)
(んな魔力の量だけじゃ相手の見た目までは検知できないよ!ただ、シーって子はともかくあんたとリクってヤツじゃ太刀打ちできないんじゃない?)
(それって僕らが奥に進むだけ無駄ってこと?)
(んなこと言ってないでしょ!だからあんたが私達を呼び出すことさえできればどうにかなんの!)
(呼び出すって言ったって僕の魔力じゃバリアかキルアどっちかをプチサイズで出すのが限界じゃないの?)
(うん、まぁ普通はそうなんだけど、ちゃんと考えがあるから。とにかくあんたらはブレイズっていうのを探すのと、呻き声の原因を見つけるために奥まで行かないといけないんだから、そんなびくびくせずに進みなさい。それで、ちゃんと魔力は温存しておくこと、いいね?)
(・・・あぁ、わかった。)
何でバリアのヤツはこうも不安になるような事ばかり言うんだろう?
まぁ、天使と悪魔がいるってだけで、気持ち的にはかなり助けになりはするんだけど。
(そういえばキルアは?さっきから声が聞こえないけど?)
僕は少し間を空けてバリアに聞いてみた。
さっきとは裏腹にちっともキルアの声がしない。
いつもバリアが話している間に一言くらい声を挟んでいるのに。
(え・・・キルア?あの子は今ちょっと忙しいんだ。だから今はそっとしておいてあげて、ね?)
(へ?・・・あ、いや、うん、わかった。)
・・・バリアの口調が何か明らかにおかしい。
さっきまでいつもどおりの話し方だったのに、僕から話しかけた途端何か変な口調になった。
いつもだったら言い含めるように最後に、ね?なんて言わない。
分かった?!と強気で言ってくるはずだ。
それにそっとしておいてあげて、っていう言い方もなんか変、しっくりこない。
もしかしたらこの異変も奥にいる大層な魔力の持ち主とやらに関係があるのかもしれないな。
またむくむくと不安が頭をもたげてきたけど、ここはどうにかして振り払う。
とにもかくにも今はブレイズを発見しなければ!
そして、きちんと調査を行なわなければならない。
まぁ、もし調査の結果、井戸から聞こえる声の正体がモンスターなら退治しないといけないそうなんだけど。
今回は僕らにとって少し荷が重い仕事を請けてしまったようだ。
だけど、いまさら後悔しても遅い。
今は先に進むことだけ考えていよう。
:
通路はとてつもなく長く感じる。
歩けど歩けど果てが見えない。
道中何度か泥モンにも遭遇した。
でも運よく泥モンの姿を発見したときにはすばやく窪みに隠れることができたので、戦闘にはなっていない。
「少しペース上げるか?」
不意にリクが振り返って小さな声で言った。
リクは少しイラついたような表情をしている。
さっきから同じことの繰り返しだもんな。
もう泥モンも慣れたもので、怖さもほとんどなかった。
なので、そんなに足音を気にしなくても、泥モンが来ればすぐに逃げることができるだろうし、ペースを上げてもいいんじゃないだろうか。
ボクは黙って頷き、シーも同じように頷いた。
それを見てリクは少し嬉しそうに笑うと、僕らは歩くペースをぐっと上げた。
といっても、さっきまでゆっくりと歩いていたのが、普通に道を歩くくらいのペースになっただけ。
それでも、ペースを上げた分、ゴールの近づくスピードも上がったってことで、少し希望が持てた。
が、そんな希望もすぐに打ち壊される。
というのも少し進んだところにまた大きな泥モンの背中が見えたからだ。
しかも足音を殺さず普通に歩いていたものだから、泥モンが僕らに気づくスピードも早かった。
しかし、慌てない慌てない。
またさっきみたいに窪みに逃げ込めばいいのだ、と3人そろって辺りを見回すが、窪みが近くにない。
「ケイ、道戻って!」
シーが小さな声で言う。
僕は黙って頷くと元来た道を急いで引き返した。
どこかに窪みはないかと探すがなかなか見当たらない。
どんどん後ろに迫る泥モン。
僕らはついに走り出した。
しかし窪みがどこにも見当たらない。
そういえばペースを上げる少し前辺りから、ちらほらあった窪みの姿がぜんぜん見えなくなっていた気がする。
まさかこのあたりには窪みがないのでは?
そんな嫌な考えが脳裏をよぎる。
すると突然
“ウォオオォォォオォオォオウ!!”
という叫び声が辺りを木霊した。
それはこの道に入る前シーと二人で聞いたもの。
さらに最初聞いたときはどこか遠くから聞こえていた声が今はすぐ真後ろから聞こえた。
まさか、この泥モンが叫び声の正体?
他のやつが叫び声なんてあげていなかったところを見るともしかしたらこいつが泥モンたちのボスなのかもしれない!
「うぎゃああぁぁ!!ケイー!!もっと早く走れねーのか!!」
「む、無理だー!アーマーが・・・重ひぃ!!」
僕はこの時さすがに、プレートと腰に下げた剣の存在を恨んだ。
だんだん息切れがひどくなり足が前に進まなくなってくる。
「も、もう、ダメだ・・・。」
僕は見るからに走るスピードが落ちた。
「ケイー!!」
リクとシーが悲痛な叫び声をあげる。
後ろの二人は僕よりもっと身軽だからまだ体力もあるんだろうけど、僕はもう無理だ。
本当は二人を先に行かせたいのだけれど、道が狭すぎてそれももう無理だ。
「ケイー!!!」
再び二人が叫び声をあげたのと、僕が道にへたり込むのは同時だった。
もう既に体は泥だらけだから、体に泥がつこうがどうだろうが、もうどうでもいい。
疲れた。
「・・・あれ?」
しかし、後ろから聞こえたのは、リク達の断末魔の叫びとかそういうのではなく気の抜けた声だった。
なんだろうと思って振り返ると、そこには道全体を塞ぐような巨大な泥モンが蹲っていた。
彼(?)は僕らを黙って見下ろしている。
「ウォンオ!ウオオォンウオー!!」
彼は何か怒ったような声を出した。
思わず身構えるリクだったが、なぜかこの泥モンは襲ってこないし、捕まえようともしない。
もしかしてこいつだけはいいやつなんだろうか。
「ウォウウォウォオオオオー!ウォウォウオオ!!」
必死に何かをこちらに伝えようとしているが、さっぱり分からない。
「何だ、おめぇ?敵じゃねーのか?」
困ったようにリクが言うと、泥モンはぶんぶん激しく頷いた。
びちゃびちゃと泥が散り、僕らが露骨に嫌な顔をすると、彼は慌ててぺこぺこと謝るように頭を下げる。
今度は泥も飛んでこず、そんな彼の姿を見て僕らの警戒心が解けた。
「んじゃ?何。おめー、ここで何してる?」
「ウォウウォウォウッウ、ウォウォウォワオンウウォーウォウォ?」
最後語尾が上がったので、もしかしたら向こうも何か聞いてきたのかもしれないけど、やはり何を言ってるのかさっぱり分からない。
「だぁあぁ・・・。なに言ってんのか全然分かんねぇ。じゃぁ、いいや、だったらあれだ。イエスかノーかで答えろ。いいな?」
リクが言うと今度は静かに彼は頷いた。
「そんじゃ、もう一度聞くけど、お前は敵じゃないのな?」
「ウウォウ。」
頷く彼、今はイエスと言ったのかな?
「それでお前だけが喋れるのか?」
リクが聞くと彼は首を捻った。
「分かんねーの?」
「ウウォウ。」
そこでは彼は頷く。
どういうことだろう?
彼は喋れるけど、他のやつらはどうか知らないってこと?
彼だけは何か特別なんだろうか。
「う〜ん。・・・そんじゃ、次の質問だ。」
リクはどうやら考えることを諦めたご様子。
まぁ、今は無駄に時間使うわけにはいかないからね。
もしかしたら後ろからも泥モンが近づいて来てるかも知れないし。
「お前がここのリーダーかボスなのか?」
リクが聞くと彼はとんでもないというようにぶんぶん首を振った。
「ウォー、ウォー!!」
びちゃびちゃと飛んでくる泥。
「わぁーった!分かったから、落ち着け!」
ようやく落ち着いた彼はまたぺこぺこ謝った。
なんとも落ち着きがないというか、感情の起伏が激しい泥の塊である。
「そんじゃ、ボスは他にいるのか?」
するとまた間が空き、彼は首を捻ったが
「ウウォウ。」
と軽く頷いた。
「そんじゃ、少し質問が変わるが俺たちの仲間が一人行方不明なんだ。知らね・・・」
「ウォウ!ウオウオ!!」
リクの言葉を途中で思い切り遮り、彼はどことなく嬉しそうな声を出した。
「うん?もしかして知ってるのか?」
「ウォッウォウウォウォウオ、ウォンウンオウォウォワオウウォウンウォウ?」
なにやら早口に喋り捲る彼。
再び語尾が上がったところを見ると、またこちらに何か聞いてきたのかも。
「知ってんならそいつがいるとこに案内してくれよ!」
リクが嬉しそうな顔をしながら言うと、彼は困ったように首を傾げた。
「何だ?姿は見たけど、居場所は知らねーってのか?」
リクが凄みのある声で言うと、彼は慌てたようにぶんぶんと首を振った。
「ウォウォンウォーウォオ、ウォイウォウォウ。」
そして彼はゆっくりと回れ右をして、静々と道を進み始めた。
僕は腰を上げ、3人で顔を見合わせる。
「あいつ進んでいくけどどういうことだ?話はついたのか?」
「さぁ?」
僕らにそんなこと聞かれても知りようが無い。
一体彼は何を伝えたかったのだろう?
「ウォウ!ウォウウォッウォンウォ!ウォウォウ!」
僕らがもじもじしていると彼が不意に振り返って、何か言った。
「もしかして付いて来いってことじゃないの?」
「う〜ん、そうかもな。」
シーが言うことには確かに頷ける。
もしかしたら彼はブレイズを見たところまで案内してくれるのかもしれない。
「どうせこの先に進むつもりだったんだから、着いていっちゃえばいんじゃない?」
「そだな、行ってみっか。」
というわけで、僕らはぞろぞろと目の前を行く泥モンの背中について行ってみることとなった。
:
しばらく進むと、開けた場所に出た。
そこでようやく僕らは横に並ぶことができる。
そして並んだ僕らの目の前には石の壁、そして壁には何故か古びた木製のドアがあった。
「このドアの奥に俺たちの仲間がいるのか?」
リクが横にいる泥モンに聞くと、彼は首を傾げた。
「分かんねーのか?」
「・・・ウウォウ。」
申し訳なさそうな声で彼は言った。
少し項垂れる彼の姿はどこか悲しげだ。
「んな、落ち込むこたねーって。お前結構俺たちの力になったぜ。」
リクがそう言ったが、彼は少し頷いただけで、彼の周りの何か物悲しい雰囲気は消えなかった。
「まぁ、俺たちは先に進むけど、お前どうする?」
「ウォウォウウォウォワウ、ウォイウォウォウォイオ!」
彼は悲しげで、どこか怒ったような声音で言った。
「う〜ん。お前が何を言いたいかはわかんねーけど、お前の話は後で聞いてやるから、ここで待っとけ。用事済ませたらすぐ帰ってきてやっから。」
リクが珍しく優しげに言うと、彼は少し顔を上げた。
「ウォンオ?」
「ほんとだ。」
「ウォウォッオ。」
すごい、リクと彼の会話が成立している。
そしてリクと彼は何度か頷きあうと、リクが僕らの方を振り返った。
「よっしゃ、行くぜお前ら、準備は良いか?」
「もちろん!」
「OKだよ!」
僕とシーは揃って返事をする。
「そんじゃ、行ってくるぜ。」
リクは目の前のドアを見ながらそう言った。
泥モンは小さく頷く。
リクはそんな彼の方を振り返ることなくドアの前まで歩み寄った。
そして彼は素早い動きでドア全体をチェックする。
「罠も鍵もねぇようだ。開けるぞ。」
僕らはリクの後ろに付き、何が飛び出てきても良いように身構える。
そして、ゆっくりとリクが扉を開けた。
扉の隙間から風が入ってくる。
そして、ドアの向こうの景色を見て僕らは息を飲んだ。
「ひ・・・広!!」
そこは一面の乾いた砂地で、天井がとてつもなく高い。
上のほうには所々穴が開き、木々の緑が見える。
中には葉っぱや蔦が垂れ下がっている場所もあった。
どうやらここは、街近くのどこかの森の地下空間のようだ。
僕らは順にドアの中に足を踏み入れる。
そして僕が後ろを振り返ると、ドアの直前まで迫ってきていた泥モンの巨体があった。
僕はその姿に驚き、思わず息を呑む。
しかし、彼は砂地には入り込めないようで、先に進むことができないようだった。
「お前・・・。」
いつの間にか振り返っていたリクが手を伸ばそうとした瞬間、音を立てて独りでにドアが閉じた。
「あ。」
僕とシーは口をぽかんと開け、声を漏らす。
「ヤベッ!!」
リクが慌ててドアに手を伸ばしドアノブを捻るが、開かない。
そして彼は諦めたように溜息をついた。
「・・・閉じ込められちまったようだ。」
「えぇ?!」
慌てて僕もドアノブを捻ってみたけど、まったく開く気配が無い。
「あいつ・・・。俺たちを騙したのか?」
少し間を空け、リクがポツリと呟いた。
あいつ、さっきのしゃべる泥モン。
でも、なんとなく僕には、彼が僕らを騙したのだとは思えなかった。
「とにかく、ここには何かありそうだよ。少し探索してみよう。」
僕は天井から十分光が差し込んでいるのを見て、光球を消しながら言った。
これだけ広いんだ、別の道とか、出口があってもいいはず。
「そう・・・だな。とりあえず調べてみっか。」
僕らは頷きあい、とりあえずこの広間の中心へと歩を進めた。
「それにしても、さっきの泥モン、あいつは一体何が言いたかったんだろうな。」
リクが囁くような声で呟いた。
「なんか必死だったよね。」
何を必死に伝えたかったんだろう?
助けてくれ、とか?
あ、仲間になりたい、とか?
「分かんねーな。」
「・・・うん。」
ここで一度僕らの間に沈黙が下りた。
「そういえば、泥モンっていつからここにいるんだろう?それに井戸から聞こえる声の主ってさっきの泥モンの声なのかな?でも、リーダーは別にいるみたいだし・・・。」
シーが首を捻りながら言った。
そういえばここに来て、実際はほとんど何も分かっていない。
井戸に下りて、泥が動き出して、動き出した泥から逃げて、小部屋にたどり着いて、そこには草や葉っぱが貯めてあって、それから指輪が一つ置いてあったんだっけ。
「にしても腹が減ったな。」
不意にリクがお腹を摩りながら言った。
言われてみればお腹が空いてきた気がする。
井戸の中に入って一体どれくらいの時間が経っただろう。
もう昼だろうか。
「なぁ、この先何があるかわかんねーし、食えるうちに食っとこうぜ。」
「そうだね、そろそろ昼ごはんにしようか。」
僕らはその場に座り込み、各自持っていた弁当をリュックから取り出した。
この弁当は今朝ますたーが持たせてくれたものだ。
「おぉ、うまそう!」
弁当には肉、魚、野菜、果物など、彩りよくバランスもよく入れられており、美味しいおかずに僕らの箸は止まらなかった。
:
すっかり腹ごしらえも終わり、僕らは散策を再会した。
僕らはこの広間に入ったドアから相変わらず一直線に歩いている。
そして僕が何気なく視線を右にやると、何か変なものが見えた。
「あれ?」
「どした?」
僕が声を上げると前を歩いていたリクが立ち止まった。
「あ?何であんなもんが。」
「ん?何で?」
そしてリクとシーも首を傾げた。
と、言うのも、僕の視線の先には木製っぽい茶色の机と椅子、そして本棚のようなものが隅っこにぽつんとあるのが見えたからだ。
他にも何かあるのかと辺りを見回してみたけど、特に何もない。
「ちょっと行ってみようぜ。」
リクは言うが早いか駆け出した。
「あ、ちょっと待ってよ!」
僕とシーも慌てて後を追いかける。
さっき弁当を食べていたときは距離がありすぎてその机などに気づかなかったみたいだ。
しばらく走りそれらに近づくと、ようやく細かいところも見えるようになってきた。
本棚には疎らにしか本が入っておらず、本の他には特に何もない。
机の上にも一冊分厚い本があり、いすの上には何か遠目からではよくわからない何かが乗っかっていた。
「うわ!何だありゃ!手だ!!」
不意に先頭を走っていたリクが立ち止まり、僕はもう少しでリクにぶつかりそうになった。
シーも急に止まったもんだから思いっきり前につんのめっている。
僕は慌ててシーを支え、前を見た。
リクの言った手とは一体なんだ?と僕が視線を走らせると、椅子の上に何かが浮いている。
それは色合い的にさっきまで椅子の上に乗っかっていたものっぽい。
黒っぽいそれには赤い細かな模様が走り、じーっとよく見ればそれは・・・
「手だ!!」
僕もリクと同じく叫んだ。
シーもふわふわと椅子の上に浮かぶそれを見るや否や目を見開いた。
なんとも不気味な光景だ。
黒字に光る赤いラインの入った手らしきものが、右手も左手も揃って宙に浮かんでいるのだから。
徐々にその赤は光の強さを増し、暗がりに赤いものだけが浮いているようにも見える。
「何あれ?!」
僕は思わず手から目を逸らし、リクを見る。
「俺が知るわけねーだろ!」
しかし帰ってきたのはそんな怒鳴り声。
「あ!あれ!?いない!」
するとシーが前を指差した。
慌てて視線を前に戻すとさっきまで浮かんでいた手は姿を消していた。
「あれ?見間違い?」
「3人そろって見間違えることなんてねーだろ!」
僕が目を擦りながら言うと、ぽかっとリクに頭を叩かれた。
叩かなくてもいいじゃないか!
(ケイ!!!)
突然の呼びかけに僕は悲鳴も出ず思いっ切り、びびった。
不意に頭の中に響いたのはバリアの声だ。
(ケイ!今ので分かった。あんたがこれから相手にしようとしてるのはとんでもないヤツだ!)
「とんでもないヤツ?!」
「何だ、どーした、ケイ!」
「もしかして、天使か、悪魔?」
僕が思わず声を出すと、リクとシーも揃って声を上げた。
そして
「天使と・・・悪魔だと?」
この中の3人、そしてバリアでもキルアでもない低い声が背後から不意に聞こえた。
ゆっくり、かくかくと振り返ると、僕の目の前にさっきの手が!
真っ黒な肌に走る血の様に赤い模様、そして、物々しい指輪、長くとがった爪。
僕らはそれを見て大きく息を吸い込んだ。
「うわああぁぁああぁぁああぁあ!!」
そして僕ら3人は計ったかのように一斉に悲鳴をあげ、走り出す。
(ケイ!これからあんたに指示を出す!逃げながらよく聞きなさい!!)
「はいぃぃ!!」
(いい?あいつはものすごい魔力の持ち主だから、魔力切れを起こすまで待つなんて考えじゃダメ。あいつをどうにかするには私たちをこの場に出す他ない。)
「でぇぇ?!さっきからあいつあいつって、一体あれは何なのさ!」
(んなの、説明してる時間はない!いい?あのシーって子と協力しなさい。まずあいつはきっと闇雲にばんばん強力な魔法を連発してくるから、それをマグとかいうのを召喚して受け止めるの。)
「強力・・・連発ぅ?!」
(そーよ!とにかく何が何でも魔法を受け止めて!そして受け止めたのを魔力に変換すんの。そんであんたがその出来上がった魔力の塊に触れなさい。そうすればそこから私達が出る!)
「そんな、無茶な・・・!」
(やるしかないの!たぶんチャンスは一度きり。あいつもこっちが魔法を受け止められるのが分かったら、次からは受け止められないようなのを出してくるだろうから!)
「待ってよ!」
バリア!キルア!
僕はさっきから全部返事を口から出していたことに気づき、慌てて頭の中で呼びかけてみたけど、もう返事は帰ってこなかった。
何?さっきから無茶苦茶言ってなかった?!
「ケイ!どうしたの?!何か良い方法でも?」
シーが僕を見上げる。
ここは一か八か言われたことを実行してみるほか無いのでは!
「シー、止まって!」
「お、おい!何言ってんだ!ケイ!バカ!」
僕が言うと先頭を走っていたリクが信じられないという顔で振り返った。
僕だって、止まりたくは無いけど、きっと一番最初に体力がなくなるのは僕だ。
というか、もう既に足は鉛のように重い。
「止まって!」
僕はもう既にぐっとスピードを落としている。
シーは僕とリクを交互に見た。
しかし最終的にはシーも走るのを止め、僕を見る。
「ケイには何か考えがあるんだね、分かった。」
「く・・・この!」
リクは走って逃げようか、僕らの元にいようか悩むようにうろうろした後、こっちに駆けてきた。
「どうなっても知らねぇぞ!」
顔をしかめ怒鳴るリク。
でも
「・・・きっと、大丈夫!」
僕はリクとシー、そして自分自身に言い含めるように言った。
「さて、かけっこは十分満喫できたか?」
不意に再び背後から声がし、僕の方を見ていたリクとシーの表情が強張る。
急いで振り返ると僕の後ろにさっきの手が浮かんでいた。
「来たな!モンスター!」
僕はさっと身構える・・・も、最初に活躍するのはシーとだいうことを思い出し、僕は少し後ずさる。
「ふん、威勢がいいのは口だけか!あぁ?」
手が何か言うごとに周りの空気がぴりぴりと振動する。
「おい、何で後ずさってんだ!」
リクが慌てたように僕の後ろで言うけど、今は説明してられない。
「シー!」
僕は囁くような声で、相手に聞こえないように言った。
「マグであいつの魔法を受け止めてくれないか。その後のことはまた後で言うから。」
「何をコソコソと!!よくも俺様を長い間こんな湿っぽいところに放っておいてくれたな、人間共、コノヤロー!!」
なんとも不良のような口ぶりで、手は言う。
声は低くて渋めなんだけど、口調は偉そうな子供のようだ。
「ここに迷い込んだが運の尽き。今までの憂さ晴らしにまずはお前らからだ!!」
言うが早いか呪文の詠唱も碌なチャージもなしに、僕の前に浮かぶ両手の先には、直径1メートルはあろうかと言う魔力球にしては大きすぎる闇色の球が出現した。
球からは紫の電流のようなものがバチバチと走り、あんなものに当たれば一溜りも無いことは容易に伺える。
「シー!」
「モナセワゾウエ ヲルヌケトウヤ スキアナホディモヤラ ヤバヂソワ ミワエクレエアキマエ メルワノス ヲロナマワモロ ヲロアカゼチコリ ミワエクラ スキアナホジモヤル エスエソトミウ マグ・クラウザンド!!」
僕が叫ぶと同時にシーは詠唱を始め、聞いたことも無いくらい早口で呪文を唱え終えた。
そして呪文を唱え終わると同時に魔力球が発射される。
今僕らの目の前には黒い点、そしてそのバックに迫りくる黒い二つの球。
しかし、こんなときでも僕の頭の中には呪文が翻訳された文が浮かぶ。
(魔の存在よ 我に応えよ 世界の狭間より呼び出さん 魔を受ける大雲よ 群れをなし 我らの身を守れ 我らを傷つける魔を受けろ 世界の狭間より押し寄せたまえ マグ・クラウザンド)
あぁ、そんな翻訳された文なんて気にしている場合ではない!
目の前に球が迫る。
僕は思わず目を瞑った。
しかし、僕の体に魔力の塊がぶつかることも僕の体が消し飛ぶことも無く。
薄っすらと目を開けた先には渦巻く黒雲。
時折黄色く光るのはマグの中の光。
「間に合った・・・。」
隣でシーが大きく息を吐くのが分かった。
そうだ、ぼんやりなんかしていられない。
「シー、受け止めたのを魔力に変換して、変換したものを一点に集めて!」
僕はすぐに次の指示を出す。
シーはこくりと頷き、再び口を開いた。
「フワコワ!!」
シーが叫び、僕の頭の中には変換、と言う一言が響いた。
どうやら呪文で変換と言うのはフワコワと言うらしい。
そして今度は黄色ではなく淡く白い光が溢れ出す。
「マグたちの許容量ギリギリだ!ケイ、次が来たらマグ達破裂しちゃう!」
「大丈夫任せろ!」
僕は今までに無く強気で返事を返す。
「てめぇら、姑息な真似しやがって!!次は本物を喰らわせてやる!!」
突然黒雲の向こうでそんな声が響いたかと思うと、マグたちの間を突き抜け、手が頭上へと飛び上がった。
そして、手は両手を合わせ、今度はさっきよりも時間をかけて、球を練り上げる。
「ケイ!今度のは無理だ!マグじゃ受け止められない!」
シーが叫ぶ。
「ケイ!」
リクも僕を呼んだ。
しかし、僕にはその声はほとんど聞こえていない。
(今よ。)
僕にはっきりと聞こえたのはバリアの声で、僕はマグたちの中に渦巻く淡い光に触れた。
と同時に、マグたちの中心から真っ白な光が上へと伸び、その光にまとわり付くように黒い魔力が蠢く。
白い光がバリア、黒はキルアなのだろうか。
そう思って光を見上げていたときだった。
僕の左目に激痛が走る。
「ぐっ!!」
僕は思わず左目を手で押さえ、地面に倒れた。
「ケイ?!」
さっきまでずっと静かに成り行きを見守っていたリクの声がする。
「どうした?」
「ケイ!」
シーの心配そうな声も聞こえた。
「ひ・・・左目が・・・!」
僕は何とかそれだけ言うと、痛みに耐える。
一体何が起こったっていうんだ?
「ケイ、とりあえず見せてみろよ!」
リクは言うと無理やり僕の手を顔からどかした。
「うわ・・・これ・・・。」
二人は息を呑む。
一体僕の目はどうなっているんだ!?
ようやく痛みが治まってきたのでなんとか起き上がる。
そして目を開けようとするも、左目が開かない。
何とか右目だけは開くことができたので、それで辺りを見渡す。
すると光は止んでいた。
マグの姿も無い。
そしてさっきまで頭上に浮かんでいた手の姿もなく、光が伸びた先の天井に大穴が開いていた。
僕が上を見上げているのにつられてシーとリクも上を見上げる。
すると何かが天井の穴から猛スピードで落っこちてくるのが見えた。
それはとても痛そうな音を立て僕らの横に落ちる。
もうもうと上がる砂煙で何が落っこちてきたのか分からない。
そして次の瞬間、再び猛スピードで、天井の穴から眩い光の球が飛び込んできた。
それは僕のほうに方向を変え突っ込んでくる。
避ける間なんてなく、僕は驚きに目を見開くリクとシーの目の前を舞った。
「うわぁ!!」
視界がぐるぐると回り、何がなんだか分からないうちに地面に激突する。
「ケイ!」
リクとシーが何度呼んだか知れない僕の名を呼ぶ声がして、駆け寄ってくる足音がした。
「あ!!ケイ、顔の模様が・・・消えた!」
シーの驚く声がして、僕は恐る恐る目を開けた。
するとすんなりと左目も開く。
ちゃんと視力もあり、僕の顔を覗き込むシーのくしゃくしゃに歪んだ顔と、リクの笑顔が見えた。
「顔の・・・模様?」
「そうだよぉ!!さっきケイの顔に真っ赤な変な模様が・・・う・・・うわあぁああぁああん!!」
ついにシーは大声で泣き出してしまった。
「う・・・。」
が、不意に僕らの横で呻き声がした。
見ると治まってきた砂煙の中、さっきの手が震えながら蠢いている。
一気に緊張する場の空気。
が、そこへ
「ケイ〜!大丈夫〜?目治ったぁ〜?」
パタパタと蝙蝠に似た羽を動かしながら、天井に開いた大穴から姿を現したのはキルアだ!
その間延びした話し方で、一気に緊張感が無くなる。
「うぉぉぃ!ケイ!まさか・・・あれが例の?!」
リクは僕の肩を掴み、がんがん揺さぶった。
「そ、そ、そうだよぉう。揺らぁさぁないでー!」
「あ!あの顔の模様!さっきのケイそっくり!」
今度はシーがキルアを見て声を上げる。
シーはもう涙を拭き、まだひっくとしゃっくりが出るときみたいに体が震えているけど、泣くのは収まった様子。
キルアの顔の模様、左目・・・。
これは後で天使と悪魔の二人に僕に何をしたのか話を聞いてみなければ。
「よいっしょっとぉ〜。」
キルアはふんわりと地面に着地し、さっきまで羽だった部分が茶色いマントに変わる。
そしてキルアははっしと地面に伏している両手を見た。
さっきまで元気だったその手は赤い模様が力なく光り、全体的に傷ついてぼろぼろになっている。
一体さっきまで上空にいたキルアとバリアは、この手に対して何をやらかしたっていうんだろう?
でも、一つ分かるのはキルアもバリアも相当なヤツってこと。
あぁ、そんなのが僕の中にいるなんて末恐ろしい。
そして、両手はもぞもぞと地面の上を這うように動き、両手の指先をそろえ、少し両手の間を空けた。
さながら土下座でもするかのような手の位置や形。
僕らが固唾を呑んで見守っていると、手が言葉を発した。
「弟子にしてください!!」
僕ら3人の前に一陣の風が吹く。
この手とキルアたちが一体何をしていたのか分からない僕らにとっては、目の前の悪魔と両手の間にどんなドラマがあったかのか知る由もない。
僕ら3人は蚊帳の外である。
「はぁ、そりゃぁ、まぁさっきのことを見れば私の弟子になりたいってのもぉ・・・わかんなくはぁ・・・ないんだけどもぉ。」
キルアは困ったように頬をぽりぽりと掻きながら、ちらちらと僕を見た。
え、何?僕に何か?
(僕に何かじゃない!)
「うっく・・・!!」
何でこの天使はこのように不意打ちがお好きなの!
(不意打ちが好きなわけじゃない!私もここは黙って見守ろうとしてたけど、あんたぜんぜん分かってない!)
(わかってないって今の状況から何が分かるっていうのさ!)
(あいつをあんたが弟子にすんの!)
「ハァ!?」
「うぉ、何だ、ケイ?どした?」
いきなり不良のごとき声を出したもんだから隣で僕とキルアたちを交互に見ていたリクが思い切り驚く。
「あ、いや、ちょっと・・・こっちの話。」
僕は苦笑いを浮かべて、誤魔化すともう一度バリアへ話しかける。
(あのさぁ、さっきの魔力球を見るとね、僕より相手のほうが強そうだよ?自分より弱いヤツが師匠だなんてそんな・・・)
僕は何とかそんな面倒なことは避けようといろいろと文句をつけたり、自分を見下げたり、あらゆる手を尽くしたが、帰ってきたのは・・・
(お黙り!)
の一言だった。
あんまり強烈な一言だったため思わず僕の驚く声が漏れ、また周りの人にびびられる。
「あの、姉さん。このさっきから挙動不審なこいつが本当にあなた方の師匠なんで?」
目の前ではいつの間にかキルアが僕を師匠と呼ばせるべく、手に何か吹き込んでいる。
「何をやっているか!君は!」
僕はついそんなキルアを怒鳴り、人差し指を何の気無しに向けた。
すると真っ白な魔力球、それも、さっき手が出したのよりでかいサイズのが一瞬にして現れ、キルアを吹き飛ばしてしまう。
僕は状況を理解できずに固まってしまった。
再びもうもうと上がる土煙で周りが良く見えない。
が、そこへ、何か黒いもやのようなものが僕に突っ込んできた。
危ない!とは思うもののそんなに俊敏でない僕は、あっという間に近づいてきたそのもやに追突され、再び吹き飛ばされる。
今度は土煙でその場にいる全員の視界が遮られていたので、僕が吹き飛んだところは見られていなかったが、僕がむっくりと起き上がるころには煙もほとんど引きかけていた。
(ナイス〜!バリア!)
そこへ僕の頭の中に声が響いた。
(キルア?!)
それはさっき吹き飛ばされたキルアの声。
そして、今ようやく理解できたが、さっき僕に突っ込んだ黒い靄がキルアだったようだ。
(これで、ケイがキルアより強くて、上の者だっていう考えをあいつに植え付けられたから、さっさと弟子にしちゃいなさい!)
再びバリアが命令口調で言う。
(ちょ、ちょっと!さっき何やったのさ!)
(何って、さっきの残りの魔力を有効利用したんじゃない!大体キルアの体は生身の体じゃないんだからダメージなんて全然ないし。)
ダメージがないからって、何かとても嫌なことをしてしまった気が。
(とにかく早いとこ弟子にしなさいって!)
(やだよ!あんな得体の知れないやつ、弟子にするなんて・・・!というか僕に師匠とか務まるわけないだろ?!大体今時弟子だの何だのって・・・)
(お黙り!)
ひえぇ・・・また来た、お黙り。
(世界を救うとでも思って、早いとこ手下にしちゃいなさい!)
そんな大袈裟な。
でも、どうせ反対したってウダウダうるさく言われるんだから仕方ない。
僕は渋々重い腰を上げた。
手は僕の方を向き、よろよろと宙に浮かんでいる。
そしてシーとリクはというと、どうしたものか僕と手を見比べていた。
僕は心配そうな顔をした二人に見守られながら手へと近づく。
そして僕は手をじっと見つめた。
・・・一体何を言えばいいんだ。
何故か手は喋ろうとしない。
というか、手は小刻みに震え、どことなく怯えているようにも見える。
こういうときに限ってキルアもバリアも何も言わないし。
仕方ない。
僕は決心した。
一人で何度か頷いてみる。
「・・・別に、弟子になってもいいよ。」
僕の口から出たのは、そんな自信無さげな一言で、後から思えばとても変な喋り方だ。
まぁ、意味が伝わればいい、結果オーライ!
「いいのでありまするか!!」
そして返ってきた返事もまたそんな奇妙なものだった。
しかも相手まで何故か声が小さい。
別に僕の真似はしなくていいんだけど。
まぁ、そんなことを口に出していえるはずもないんだが。
とにかく僕は無言でこくりと頷いた。
途端彼は手をぱっと広げ、宙でくるくると回り始めた。
ずいぶんと嬉しかったようだ。
しかし、今後どうすればいいのやら。
でも、なんだかんだで危険は回避できたようだし、めでたしめでたし!
と思いきや
(いやぁ、おめでとう!これであんたも魔王の上司!大魔王ってとこね〜。)
というバリアの声で僕は何かいろいろなものを吐き出しそうになった。
「魔王?!」
魔王?!まおう?!と僕の発言はリクとシーにも移る。
そして一身に視線を浴びた手はもじもじと指を絡ませると、
「はい、俺、魔王やってます。」
と、はっきりと言い放った。
その瞬間僕らは全員固まる。
なんてやつを相手にしていたんだ、なんてやつを僕は弟子にしてしまったんだ、それでは何故手だけなのか、っていうかそもそも魔王ってホント?というような罵倒とか罵声とか疑問とかがいろいろと頭の中を回る。
せめてどこかの・・・例えばエルフかなんかの悪い王様の霊が手の置物に宿り、それが堆積した魔力により、動きだした!!とか、そんな小説にあるようなモンスターかと思いきや、魔王?
まさかその手って生身の体なの?
僕は急に何か得体の知れない好奇心にかられた。
ちょっと手の表面を触ってみたい。
一体どんな感触なんだろう?
「ちょ、ちょっと手、触ってもいいかな?」
「いいっすよ!師匠!」
元気よく返事をしてくれる、手。
師匠と言う言葉にちょっと照れたり、不安が沸き起こってきたりしたけど、いまそれは無視!
僕は恐る恐る、手の表面を指先でちょいと触った。
途端電流のように何かが全身を走り抜ける。
僕は慌てて手を離した。
(ケ〜イ、よく魔王を触ろうなんて気になったねぇ!魔王触ったら1年寿命が縮むって話・・・)
(嘘だぁ!!)
手を離した途端笑い混じりに聞こえたバリアの声に対して、僕は思いっきりこ心の中で叫んだ。
なんと嫌味な性格!
と思ったのもつかの間。
(嘘に決まってんじゃん。)
(でぇ?!)
(やっぱ魔王に対しての知識っていうのは今時の子供は持ってないんだねぇ。あぁ嘆かわしい。)
と言うバリアの声はちっとも嘆いてなんかいない。
むしろどこか楽しそう。
(いやぁ、でも、普通は魔王に触れることなんてできないよぉ!これはきっと魔王ゆかりの何か力をもらったんじゃな〜い?きっとがんばればケイは英雄になれるよぉ!あ、もしかしたら寿命は縮むどころか伸びたかもぉ!)
キルアもなんだかとても楽しそう。
何が楽しいか、君たち!
もうこれ以上力なんて要らないよ〜!
僕は平凡に普通に暮らすつもりなんだから!
僕は思い切り項垂れる。
そもそもの始まりは何だったっけ?
何故僕は魔王を手下に・・・
「あ!!」
僕は今の今まですっかりと忘れていた最重要事項を思い出した。
「ブレイズ!」
僕が叫ぶと一瞬の間の後、シーとリクも同じように叫んだ。
「ブレイズ・・・?」
そして一人(?)手は指を組み何か考えるような声を出した。
「君、ブレイズって知らない?ヴィクマー族で、結構大きな男の人で・・・」
「あぁ!」
僕が言うと彼はぽんと手を叩いた。
「わかったっす!ドアの前まで戻りましょう!師匠!」
言うが早いか彼はいい音で指を鳴らし、気づくと僕らは泥の溜まった道へと通じるドアの前にいた。
急いでリクがドアノブを捻ると、ドアはすんなりと開き、その先に待っていたのは喋る泥モンではなく、体中余すところ無く泥だらけで倒れているブレイズの姿だった。
「ブレイズ!!」
シーとリクが駆け寄る。
ブレイズは顔を上に向け、少しぐったりしたように倒れていた。
目を瞑っているところを見ると気絶している、または眠っているようだ。
「ねぇ!君、ここらにいる泥のお化けみたいなのって何?」
そして残る僕は、何か知ってやしまいかと手に聞いてみる。
「あぁ、泥共は俺の雑用係っすよ!」
事も無げにいう彼。
「なんだってー!!」
僕は驚いて、思わず大声を出すと、手は急に怯えたように縮こまってしまう。
「あぁ、ごめん、怒ったわけじゃない。」
どうも、彼は小心者のようだ。
そして怖いと無口になる傾向がある様子。
「う・・・。」
そんな手について分析しているとき、小さなうめき声が聞こえた。
見るとブレイズが目を開けている!
「ブレイズ!」
僕もシーとリクと同じようにブレイズの脇へしゃがみこんだ。
「ここは・・・?」
「井戸の中だよ!調査に来てた・・・あ!」
シーがそう言いかけて、僕らは思い出した。
そうだ!僕らの本来の目的はブレイズを助けに来たわけでも、魔王を味方に引き入れに来たわけでもない!
それは全部今回の目的の付属品のようなものであり、本来僕らはこの井戸の中から聞こえる呻き声、叫び声を調査しに来ていたんだ!
僕はブレイズへの説明はリクたちに任せ立ち上がる。
「ねぇ!君!ここには一匹喋る泥お化けがいたよね!」
僕が考えるに、井戸から聞こえる声はその泥お化けが発していたものだ。
きっと彼は人々に対し思うことがあって、それを伝えようと毎晩井戸の底から叫んでいたに違いない!
「え?喋る?」
しかし、手から返って来た返事は僕の予想とは全く違ったものだった。
「喋るやつなんていないっすよ?大体、泥共に意思は無いですもん。喋るような知能はありませんよ〜。師匠は面白いこと言うなぁ〜。」
ははは・・・と笑い始める手を呆然と見つめる僕。
さすがに僕の表情を見ておかしいと思ったのか
「マジで喋るやついました?ここの泥共には、井戸の中に入ってきたやつを見つけ次第捕まえろ、と言っているだけで・・・」
と言い淀んだ彼の言葉を聞いて僕は閃いた。
僕はさっとブレイズに向き直る。
ブレイズは何とか立ち上がり、僕の後ろの手を指差して驚いているところだった。
「ブレイズ!」
「ん?」
急に名前を呼んだものだから少し驚いたようにブレイズが僕の顔を見た。
「ブレイズ、今までどこにいたの?」
僕が聞くと
「そりゃ今から聞く所だろーが。」
と言うリクの言葉が返ってきたが、この際無視させていただく。
ごめんよ、リク。
「もしかして泥モンの中にいたんじゃ?」
僕が言うとシー、リク、ブレイズ全員目を見開いた。
特にブレイズが一番驚いているが、同時に怒りのようなものも見えた。
「ケイ!気づいてたのに、助けてくれなかったのか?!」
「違うよ!今気づいたんだ!」
僕らが言い合うとシーとリクはわけが分からない、というような顔をしたので、僕の頭の中の整理もかねて一から説明してみる事にした。
「僕の推測がいろいろと入るんだけどね。まず最初、リクの悲鳴が聞こえて、それからブレイズが穴に下りていった。それから程なくブレイズは泥モンに捕まってしまったんだと思う。そして、泥モンに捕まると意識が無くなっちゃうんじゃないかな?」
僕が手の方に顔を向けると、急に話を振られ、手は少し慌てたようにしたが、
「そっす。」
と返事をした。
僕は自分の考えがあっていることに対し、ちょっと満足しながらも続きを話す。
「それで、ブレイズはしばらく気を失ってしまったんだ。その間リクは通路の先に進み、僕らは井戸の中に入ってきた。そして時間が経ち目を覚ましたブレイズは自分が泥に囲まれていることに気づいて、泥の中から抜け出ようとした。けど出ることができず、そのとき力を入れるためか何かで叫んだ声が僕らに聞こえたんじゃないかな?」
そう言うとブレイズは何か思い出すように目を瞑った後
「きっとそうだ。俺は泥の中からどうしても抜け出せないから、思い切り蹴れば大丈夫じゃないか、って、一発気合入れて蹴ってみたんだ。そしたら、蹴る前まで動いていた泥が動かなくなって、足だけ地面についた。相変わらず泥の外には出られなかったんだが、泥をつけたまま移動だけはできるようになった。」
ブレイズは苦々しい顔でそう語った。
そして僕はその言葉を受け継ぎ、話を続ける。
「そして、ブレイズは何か手立てはないかと洞窟の中を歩き回っていた。そういうわけだね。」
僕の言葉にブレイズは深く頷く。
なるほど、とリクやシーも頷いた。
「そして僕らを発見し、何とかして泥の中から出られないことを伝えようとしたけど伝えられず、仕方ないから、自分は入ることのできなかったドアの前まで案内した。ってところじゃないかな?」
「・・・その通り。」
それを聞き僕は、自分の考えが全て合っていた爽快感が実に気持ちのいいものだと実感した。
「で、ブレイズのことは納得できたんだけどよ。結局、井戸の中から夜な夜な聞こえてくる声ってのは何なんだ?」
リクの言葉に僕は思わず固まってしまった。
何故なら僕はそこまで考えていなかったからである。
(黙って聞いてりゃ詰めが甘いねぇ、あんた。)
苦笑交じりのバリアの声が僕のガラスのハートに突き刺さった。
い、痛い、心が!
「あの・・・」
そこへ声が上がった。
その声はあの手のものだ。
「もしかしたらその声って俺かもしれないっすわ。」
僕らは思わず顔を見合わせた。
一体彼は夜な夜な何を呻いているというのか。
悩みとかあるんだろうか。
というか彼には口が無い。
どうも魔力を使ってうまい具合に話しているようだけど、どういう仕組みかは定かじゃないし。
「実は俺、魔力集めやすい体質なんですよ。」
(そりゃ、魔王だもの。当たり前でしょーに。)
彼が言う言葉にバリアが鼻を鳴らすが無視。
「それで最近分かったんすけど、どうも俺寝てる間に魔力を貯めすぎないよう、うまいこと消費してるみたいなんすよね。」
「というと?」
「つまり寝ている間に魔力を音に変えてるみたいなんすよ。音ならあまり害もないからってことなんすかね。」
「んじゃ、こいつを連れて出りゃぁ、依頼解決ってことかぁ?」
リクが拍子抜けしたような声を出した。
確かに僕としても、もっと何かあるのかとか思ったけどさ。
まぁ、十分冒険したし、危険にも晒されたし、早いとこ帰って休みたい。
「んじゃ、帰るか?」
「あ!ちょっと待って!ラムザに帰る途中広場に寄っていいかな?」
この古井戸へ向かう途中、シアグラード広場を通ったのを僕は思い出した。
昨日僕の買ってきていたポップカッシュはバリアに食べられてしまったんだ。
広場を通るついでにポップカッシュを買って帰ろう。
「ちょっと寄りたい店があるんだ。」
「店ぇ?でも俺たち全員泥っ泥だぜ?いいのか?」
そういえばそうだ。
僕は体を見下ろし、みんながみんな、頭から足の先まで泥だらけであることを思い出した。
「あぁ、だいじょぶっすよ。泥の扱いは任せてください!」
と言うと僕の後ろに浮かんでいた手が、また良い音を立てて指を鳴らした。
すると僕らの体についていた泥が全部からだからさらさらと落ちていくじゃないか。
「おぉ!君すごい!」
僕が褒めると彼嬉しそうにもじもじと指を絡ませた。
「んな、魔王ですもん!これぐらい、できて当然っす!」
彼は単純だし、魔法を使うと怖いが根はいいやつのようだ。
「あ!そうだ、ちょっと取りに行きたいものがあるんで、少し待っててください!」
と言うと彼はふっと目の前から姿を消した。
そして驚く間もなくまたふっと現れる。
「何取りに行ってたの?」
僕が聞くと彼は動きを止め、少し間を空けた。
「・・・後で言うっす。」
僕は別にそんなに気になる事じゃなかったので、それ以上は聞かなかったけど、後ろのリクは何か気になるようだった。
しかしそんな事は気にせず、彼は元の調子に戻る。
「よし!そんじゃもう一発移動しますか!」
彼がさっき僕らの泥を落としたときと同じように指を鳴らし、僕らは井戸の外へと出た。
こうしてようやく僕らは日の射す広い場所に出られたんだ。
そして僕らが最初に言った一言、それは
「石畳万歳!」