表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

内に眠る魔法


 町外れ。

 沢山の背の高い住居が並ぶ狭苦しい道を抜けた先にひっそりとその店はあった。



 こじんまりとしていて、黒を基調にした佇まい。

 迫り出した屋根に「創作魔法ショップ 黒装束の溜まり場」と書かれた看板があった。

 ここらでいう黒装束とは攻撃形の魔法使いを指す。



 でも、こんな店の名前だとなかなか一般の人は入り難いな。

 僕は少し店に入るのを躊躇ったけど、ここまで来てすごすご引き返すのもなんだし、とりあえず中を覗いてみる事にした。

 一応僕も黒ローブ着てるし、場違いな人ではない・・・はず。



 開いたままのドアから店を覗くと、薄暗い店内を一望できた。

 人一人通るのがやっとの隙間が左右に伸び、店のカウンターへと繋がっている。

 後は、よく分からない大きなモンスターの頭蓋骨とか、中で煙がもくもくしてる水晶玉とか、摩訶不思議な文字がびっしり書かれた布切れとかが所狭しと並べられていた。

 カウンターには今は誰もおらず、カウンター奥の従業員用の通路のような所からは光が漏れている。

 といってもその通路は幾重にも重なったショールのような布で塞がれていたので通路の奥の様子は見えなかった。

 


 僕は何か面白いものでもないかと、少し店の中に足を踏み入れてみる。

 床は真っ黒い石でできており、ところどころ白で何やら文字が書かれていたけど、なんて書いてあるかは読めない。

 天井には3つほど頼りない光球が浮かんでいただけで、ほとんど真っ黒。

 店内を眺めるのに必要最低限の光しかこの店にはないようだ。

 


 もしかしたら今店番をしている人はたまたまトイレにでも行ってるのかもしれない、と僕は考え、とりあえずいくつか商品を見てみることにした。

 何か冒険に役立つ掘り出し物があるかもしれない。



 近場にあった棚に近寄り、いろいろと眺めてみる。

 だが何度見てもよく分からない物が多い。



 何やら毒々しい赤紫の粉が詰まった瓶とか、からからに干からびた木の根っことか、得体の知れない液体に漬けられた何かの目玉などなど。

 一体これらは何に使うんだろう。

 呪いの道具だったりして・・・・。

 うわ、自分で考えて鳥肌が立った。



 カッシュのやつ、よくこんな所一人で入って行けたもんだ。

 ・・・いや、待てよ。

 ここがカッシュの行った店だと100%言い切れるのか?

 もしかしたらカッシュが地図に一本道を書き忘れたかもしれない。

 ここらは細い道が沢山あってどれがどの道かいまいち分からなかったし。

 僕の情報はカッシュに口で教えてもらったのと簡単な地図だけなんだから、100%間違えていないとは言い切れない。

 こう考えると不安はむくむくと大きくなっていった。

 


 少し遠いけど、一度カッシュの所へ引き換えそうか。

 いや、もう帰ろうかな。

 良ければ覗いてみようかな?っていうくらいだったし。

 誰もいないんならここに特に用はない。

 どんな良いアイテムがあってもこんなにごちゃごちゃしていたんじゃ何がどこにあるか分かったもんじゃない。

 それにここにあるほとんどが得体の知れない物だし。

 


 そうだそうだ、こんな不気味な場所早く出よう。

 僕はうんうんと頷き、出口に向かってくるりと踵を返す。

 


 が、その瞬間、がしりと腕を何かに掴まれた。

 あんまりにも驚くと声なんて出ないものだ。

 僕は驚きで息が詰まり何も言えない間に、凄い力で腕が引っ張られ、つまずいてこけても尚引っ張られ続けた。

 


 僕はここで死ぬのかと涙が滲んできたとき、腕から背中に何か柔らかい物が触れ、急に明るい場所に出る。

 顔を上げるとそこにはショールのような暖簾。

 


 そして呆然と引きずられるまま行くと、部屋中真っ白で何の模様もない所へ連れて行かれ、ようやく僕は自分を引っ張っていた者がいる方を振り返ることができた。

 振り返った先にはフードを目深に被った黒ローブの長身の人間が。

 顔を確認しようとすると、目の前に経つ人物が急にしゃがみ込み、視線を僕に合わせた。



 ローブの影できらりと光る朱の目。

 つり上がった口から覗く犬歯。

「ひやあぁぁぁぁ!」

 ようやく僕は声を出すことができた。

 が、僕は全く驚く必要がなかった事を次の瞬間思い知る。



「やっぱ、ケイじゃぁないかぁっははははは!!相変わらずビビりだなぁ、へぇっへっへっへっ。」

 昔よく聞いた変な笑い声。

 そして無造作に取り払ったフードから見える赤毛。



「ネアル!!」

「けっけっけ、久しぶりぃ。」

 やつは笑いながら手を後ろに回し、長い赤毛をローブの外に出した。

「わ・・・髪長いのは相変わらずなんだ。」

「へへへ、魔を操る者からしたら当たり前だべ〜?」

「・・・だ、だべ・・・。」



 昔っから変なやつだとは思ってたけど、ここまで変なやつだったっけ?

 さっきから無意味に変な笑いを連発するし。

 それにこいつこんなにつり目だったっけ?

 ものすごい悪いやつみたいな顔してるぞ。

 僕が首を傾げながら、ネアルの顔を見ていると、とっとっと、と言う足音が上から響いてきた。



 あ、この店って2階があるんだ。

 確かカッシュはネアルがこの店のオーナーだって言ってたけど、一人でやるのは大変だろうしね、きっと誰か別の従業員を雇っているんだろう。

 僕は部屋の入り口に顔を向ける。

 足跡はどんどんとこちらに近づいて来ていた。

 きっと今ネアルが変な笑いを連発していたから何事かとやって来たんだろう。

 すぐに足跡が間近まで迫り、誰かがここにやって来た。



 そして、覗いた顔に僕は再び声も出ないほどの衝撃を受ける。

 なんと、僕の目の前に現れた顔は再びネアルの顔だったのだ。

 振り返るとそこには面白そうに笑う嫌味なネアルの顔。

 そして視線を前に戻すと僕の前にいる新手のネアルも笑顔を浮かべた。

 ただ、新しくきたネアルの笑みは心底うれしそうな笑顔だ。



「ケーイ!!」

 そして急に目の前のネアルに僕は抱きしめられた。

「ぎゃあぁぁぁあぁ!!」

 ここでようやく僕の声は自由を取り戻す。



「よく顔を見せて!」

 今度は両手で顔を挟まれる。

「むぎゅう・・・。」

「やー!やっぱケイじゃんかー!」

 再び抱きしめられる僕。

 その力たるや半端ない。

 というかネアルってこんなスキンシップが好きなタイプだっけ?

 つーか、僕にあっちの趣味はない!



「私だよ、私!ネアル!覚えてる?!」

「あ〜・・・覚えてるともさ。」

「そう?!よかった!学生時代そんなに話す方じゃなかったからすっかり忘れられてるのかと思って!」

「はぁ・・・。」

 僕はようやくネアルの腕から開放され、情けない返事を返しながら再び首を傾げた。



 このネアルもなんか変だ。

 妙に女っぽい。

 一人称も私だったし。

 ネアルって自分のこと私なんて言ってたっけ?

 俺って言ってた気がするけどな。



 そして、僕がこうしている間にもまた近くで足音が。

 まさかと思って顔を上げると目の前の、部屋入り口には新手のネアル。



「あぁあぁぁ・・・。」

「ケイ!!」

 僕はもう驚く気力もなかった。

 が、新手のネアルはものすごく驚いている。



「ケイじゃないか!・・・僕の事覚えてる?・・・やっぱ忘れてるかな?あんまり話さなかったしさ・・・・。」

 今度のネアルは喋りながら段々と声が小さくなっていき、最終的には縋るような目でこちらを見るだけになってしまった。

「も、もちろん、覚えてるさ。」

 何となく居たたまれなくなってそう声をかけると、彼はぱっと表情を明るくして僕の隣に座り込んだ。



 こうして僕はどういう状況か理解できないまま、3人の同じ人間に囲まれてしまったのである。

 というか新しく来たネアルも彼らしくない。

 ネアルは自分のこと僕なんて言わなかったし、話す途中で声が小さくなるなんてことはなかった。

 むしろ喋ってる途中に一人で興奮して声がでかくなるようなやつだ。



 どのネアルもどこか違うけど、強いて言えば最初のやつが一番、僕の記憶の中のネアルに近いかな。

 というわけで、最初僕を連れ込んだネアルに向き直る。



「これは一体何。」

 ずばり単刀直入に聞いてみることにした。



「ふへへへ。さすが冒険者やってるだけはあるな〜。驚くのは最初だけってかぁっははは。んまぁ、3人いたらなんか落ちつかねーべ?ほれ、“僕”と“私”はさっさと仕事に戻りんさい!くっくっく・・・。」

 ネアルは一頻り笑いながら、後からやって来た二人を追い払った。



「くくく、この笑いはなぁ・・・ちょっと今の俺じゃどうにもなんないから、へっへっへ・・・。気にしない方向でな、ふふふふ。」

 ネアルはそう前置きして話し始めた。

 こいつは一体何に対して笑っているのかという疑問は今は置いておくことにしよう。



 で、ネアルの話は笑いが混じってなかなか先に進まず、分かりづらいこと、この上なかった。

 仕方ないので、ローブのポケットにしまっておいたメモ帳にネアルの話しをまとめてみることにする。

 で、このメモを読み返してみると。



 まずネアルは僕らと同時期に学校を卒業し、放浪の旅に出た。

 で、いろいろあったらしい。

 この“いろいろ”の部分は話すと一ヶ月はかかるといわれたので、話そうかとも言ってくれたけど丁重にお断りした。



 で、その”いろいろ”の間に、いろんな危ない魔法を身につけたし怪しげな術を覚えたし、魔法関連の道具も沢山見つかったし、知識もついたし、それなりに稼ぐ事もできたという。

 そして、アイテムも集まったし、結構な魔法の腕も手に入れたという事で、貯めたお金で店を開く事にしたんだとか。

 


 で、店を開いた理由が、しばらくこの町でゆったりしたかった、って言うのと、後継者を作りたいからだという話。

 後継者ってところで僕は、結婚して子供でも作るのか?!と勘違いしたら、本気で大笑いされた。

 どうやらネアルの言う後継者っていうのは才能のある人を適当に寄せ集めて、自分の会得してきた魔法やら何やらを伝授して、自分みたいな人を増やすという事らしい。

 もちろん、ネアルのような、といっても魔法の腕を受け継ぐだけで、性格までは受け継がない・・・らしい。



 そんで、とりあえず活動の拠点としても生活を支えるためにしても、店を立ち上げた。

 が、しかし、この店は町の外れだし、店(と本人の)怪しげな雰囲気やちょっと周りと比べて異質な空気から人は近寄らず、店兼住居にする土地や建物は確保できたものの誰も雇うことができなかったそうな。

 で、ネアルとしては魔法の研究もしたいし、店もしたいし、後継者探しもしたいのに、手が回らなくなってしまった。



 そこで、思いついたのが自分を増やすこと。

 そして、旅で身に着けた術やら何やらを駆使して自分の分身を作り上げ、ネアル3人で働いているという事らしい。



 それで、今この話をしてくれたのが主人格とも言うべきネアル。

 2番目に現れた妙に女っぽいネアルは、ネアル本人の明るさや楽しいところ、商売についてや親しみやすそうに振舞う感情などから生まれたそうで、なぜか女っぽくなったらしい。

 その女っぽい彼が“私”。

 普段は店番をやっているんだとか。

 そしてさっきまで“私”が店先じゃなく2階にいたのは、3番目の彼と話があったかららしい。



 で、その3番目の彼はネアルの真面目さとちょっと陰気な感じ、それから大人しさから誕生したそうだ。

 普段は2階の特別室で、町の人達の家系や血筋を調べ、そこから魔法使いの資質がある者を探したり、他にも様々な道具を使っていろんな情報を集めているとの事。

 調べ事に使う道具についても少し話してくれたけど、僕に理解できる話ではなかったので、メモは取らなかった。



 で、最後主人格に残ったのが、変な所。

 つまり妙な笑いを連発するとか若干嫌味な性格とか。

 後残るは膨大な(変な)知識。

 彼によるとその知識のおかげで一応平静を保てているらしい。

 明るさや、限りなくないに等しいけれど人付き合いの良さや、真面目さなんかは全部分身のほうに移してしまったから、よりおかしな状態になっているんだとか。



「だからさぁ、くっくく・・・、ケイさ、だれかうちでも働けるような、ふふっ、人を紹介してくれ〜っへっへっへ。」

 最終的にネアルから出たのがこれだった。

 いや、最初から薄々何か面倒なことに巻き込まれるんじゃないかとは思ってたよ?

 でもさ、それは無理な相談だ。

 モンスター並み・・・いや、モンスターよりたちの悪いネアルと毎日顔を合わせて、同じ店で働くんだよ?

 僕だったら絶対嫌だ。



「くくっ、ケイさ・・・。そんな嫌そうな顔するなよ。お前がここで働くわけじゃないんだからな、ははは。大体今は不況真っ只中だべ〜?仕事なら何にでも食いつくよーなのがその辺ごろごろしてら〜はっはっは〜。」

 その笑いを聞いてるとどんな人もすぐに逃げ出すと思う。

「あんな、俺のこの笑いはぁ〜、分裂してるからここまでひどいものであってぇ〜、普通はぁ〜、もそっとマシだぁ〜っはっはっは!」

「もそっとかい!」

 これとほとんど変わらないんじゃねぇ?



「ちゃんと礼もやるから〜。そうだ、どっかから雇って来てくれてもいいぞ〜、へっへっへ。おい、“私”!ちょっといくらか前金用意してくれ〜。」

「ちょ、ちょっと待って!紹介しろなんて言われても無理だ!」



 僕がネアルに向かって反論を開始しようとした時急に肩に手が置かれた。

 不意に肩に手が置かれたことに驚き反射的に振り返ると

「お願い!」

 と言う声と共に僕の顔に真っ黒い封筒が叩きつけられた。

 今の声の感じからすると“私”だ!



「な、何するんだ!」

 僕は顔を覆うように張り付いた封筒を摘む。



「・・・あれ?」

 おかしい・・・!

 払いのけようとした封筒が顔から離れなくなっている!



「ちょ、これ、どうなってるんだ?!」

 どんなに引っ張っても全く取れる気配がないし、破れる気配もない。

 しかも皮膚に張り付いているわけでもない。

 一体これは何なんだ?



 まさか・・・

「ケイ君に今ちょっとした魔法をかけさせてもらいました〜。私達の言うことを承諾しない限り一生剥がれないゾ!」

 と言う声が聞こえ、この場を去っていく“私”の足音。

 さっき近づいてくるときは足音なんかしてなかったっていうのに!

 今はその足音さえ嫌味に感じた。

 一生離れないって、これ、魔法と言うより呪いじゃないかぁ!!



「さぁ、引き受けてくれるカナ?ヒッヒッヒッヒッヒ。」

 わあぁ、このままじゃ殺される!!

 唐突に僕の頭に「冒険者ケイオスここに眠る」と刻まれた墓石が浮かんだ。

 このまま彼の言うことに頷かなければ今後どんな仕打ちがあるか知れない。

 どうするかは後で考える事にして、とりあえず、頷こう。



「わ、分かった!探して来てあげるから!変な魔法はかけるな!」

 そう言った途端僕の額から封筒がはらりと落ちた。



「よしよし、ひひひ。最初っからそう言ってくれりゃ良かったんだ。けけっ、涙目だぜ?」

 僕はそう言われようやく僕の目に涙が溜まっていることに気づいた。

 う・・・男なら泣くな!僕!



「よし、んじゃちょっと待ってな。」

 そして不意にネアルが立ち上がった。

「あ、その封筒の中の金使ってどっかから誰か連れてきてくれ。余った分は謝礼として渡すから。へぇっへっへっへ・・・。」

 そしてネアルはふらりと部屋から出て行ってしまった。

 とりあえず待っとけって言われたんだから仕方なく、僕は部屋に座ったままネアルの帰りを待つことにする。

 逃げようと思えば逃げられるけど、後が怖いから、大人しくしておくに限る。



 しかし、僕はカッシュの所で買ったおやつや蜜があるだけで、暇を潰す物などない。

 でもさっき尻持ちつくみたいに派手にこけたからな。

 一応買ったものを入れておいた袋の中を調べてみよう。

 引きずられている間も何とか握り締めていた袋を覗くと、ふんわりと甘い蜜の香りと、香ばしいポップカッシュの匂いが鼻をついた。

 瓶が割れたりしていないかとチェックしてみたけど、何ともない様子。



「よかった〜。」

 僕はほっと一息ついた。



 が・・・待てど暮らせどネアルが帰ってこない。

 と言うか何の物音もしない。

 


 ・・・仕方ない。

 少し怖いけど、封筒の中身を見てみよう。

 ネアルって結構悪戯好きな所があるから、もしかしてこの封筒また引っ付いたりするかもしれない。

 でも、こうした罠に引っかかってやらないと話は先に進まないんだ。

 


 どっかから僕の様子をニヤニヤしながら見ているネアルの様子が目に浮かんだ。

 恐る恐る封筒を手に取る。

 しかし、封筒はもう引っ付くことはなかった。

 少し拍子抜けしながらも僕は封筒の口を見る。

 


 特に封はしてないようだ。

 僕はぱかっと封筒の口を開け、思い切って中を覗き込んだ!

 


 ・・・しかし。

 全くもって何の仕掛けもなかった。

 入っていたのはネアルが言ったとおり本当にお金、ただそれだけ。

 


 そして封筒から取り出してみてその額に驚いた。

 6000リル入っていたのだ。

 数千リルなんてなかなかほいほいと人に渡せるような額ではない。

 


 そんなにも高額!!というわけでもないけど、これだけあればかなりいい物が食べれるし、冒険者用の格安宿なら2ヶ月くらい泊まりこめる。

 さすがにこんなにも貰うわけにいかない。

 帰って来ないようならこっちから探しに行こう。

 そうして僕は封筒にお金をしまい、立ち上がりかけた時だった。



「おまっとさ〜ん。」

 出て行ったときと同じようにふらりとネアルが部屋に帰ってきた!



 しかし

「あ?ネアル・・・その目・・・。」

 さっき話していたネアルと全く目つきが違っていたんだ。

 そういえばさっきのネアルと“私”“僕”は見た目こそそっくりだったものの、目つきだけはそれぞれ違っていた気がする。



 さっきまでのネアルは異常なほどの釣り目。

 そして“私”はパッチリした目、“僕”は少したれ目だった。

 それが今目の前にいる彼は少しつり気味だけど半眼、さっきのどのネアルとも違う目つき。



「う〜ん、ケイって鋭いやつだな〜。あっちゅー間に見破っちまった、くくく。」

 ん?今の感じでいうとあと2,3個間に笑いが挟まっていいようなものを、最後に一回笑っただけ?

 なんか明らかにさっきまでのネアルと違うぞ。

 まさか、4人目?!

 いや、でもさっき“3人”に分裂したって本人が言ってたし・・・。



「いやぁ、鋭いけど、ちょっと考えが甘いな。ま、そこがケイらしいっていえばそうなのかもな。ははは。」

 ・・・なんか笑いがちょっと爽やかになっている気がする。

 何と言うかさっきまでの3人全員合わせたような性格・・・



「あ!」

 もしや!

「ようやく気づいたか?そうだ、久しぶりに一人になってみちゃった、どぅお?ケケケ。」

 最後ふざけて女っぽい言葉を混ぜつつ、ネアルは笑った。



「・・・あ、いや、まぁ、一人になったほうが話はしやすいね。」

 僕の返事を待つような間が開き、苦し紛れにそう言うと、ネアルは満足したようにもう一度笑った。

「よし、そんじゃ・・・」



「ちょっと待って。」

 ネアルは再び何か話し出そうとしたので、僕は一旦その言葉を遮った。



「あのさ、これ、こんなにも貰えないよ。」

 僕はお金の入った封筒をネアルに差し出した。

 確かにネアルの店で働けるような従業員を探すのはとんでもなく骨の折れる作業だけど、さすがに6000リルは貰い過ぎだ、半分で良い。



「・・・その値段で妥当だ。貰え。」

 ネアルの顔に急に笑顔が消え、僕は驚き言葉に詰まる。



「俺はちゃんと計算した上でお前にそれを渡したんだ。お前の行動パターンは大体読めている。この町に住む同級生たちについては当に調べ済みだ。お前が今ラムザという店で働いているのもそれまで、冒険に出ていて一週間ほど前にこの町に帰り、それまで戦士斡旋所で過ごしていたのもな。」



 急に流暢にネアルは話し始め、今回本当に彼を怖いと思った。

 今さっきまでならちょっとした冗談くらいの怖い気持ちしかなかったけど、今感じているのは本当の恐怖。

 彼ならきっと僕の古傷を思う存分広げられる。



「・・・お前はこの後、悩みながらもこの店を出、リゼロスという斡旋所のオーナーに会いに行こうとした事を思い出す。そして受け取った6000リルを見て、斡旋所で人を雇うことができるという事に気づく、そしてお前は斡旋所で4000リルを支払い、二人の人間を雇う。そして俺に紹介し、残った2000リルを手間賃として受け取る。」

 僕は息を呑んだ。

 そうだ、僕は確かにリゼロスさんに会いたいと思っていた。

 彼はリゼロスさんについても調べ済みなのか?!

 と言うか彼は僕についてどれくらい知っている?



「・・・どう?おれっちの占い。当たってるだろ?へへへ」

 僕の背中を悪寒が走ったのと同時に、突然ネアルは元の調子に戻った。



「う、占い?」

「そうだ。俺んとこにはケイが知らないようなもの凄い道具がたーんとあるんだ。近い未来を占うことなんて簡単だ〜ぶはははは!!」



 僕はさっきとの態度の変わりように目を瞬く他なかった。

 まるで今さっきネアルが流暢に話していたのは幻惑の魔法にかけられていたみたい。

 いや、実際そうかもしれない。

 たぶん悪戯半分に僕に幻惑の魔法をかけたんだ。

 うん、きっとそうに違いない。

 


 もしかしたらまた変な魔法をかけられて思い出したくないことを、勝手に思い出してしまうかもしれないな。

 ここはネアルの言う事は極力聞いてやることにしよう。

 まぁ、いざとなったらこっちには天使と悪魔がついてるし、どうにかなるさ。



「まぁ、とにかく、依頼料はちゃんと渡したぞ。・・・で、もう一つ、お前に良い事をしてあげよう。」

「・・・良い事?」

 何となくネアルの良い事は僕にとって悪い事のような気がしたけど、余計なことを言ってへそを曲げられてしまっては面倒だ。

 ここは相槌を適当に打ちつつ話を聞こう。



「ケイ、この店の名前覚えてる?」

「え?う〜んと・・・たしか「黒装束の溜まり場」じゃなかったっけ?」

「あ〜惜しいな。へっへっへ、正解は「創作魔法ショップ 黒装束の溜まり場」、だ。」

「・・・ふん。」

 それなら別に正解にしてくれたって良いじゃないか。

 ほぼ合ってるし。



 というより、創作魔法ショップなんて聞いたことないな。

「ねぇ、その創作魔法ショップっていうのどういう意味さ。」



「え〜知らないの?ぷぷっ、おっくれてるぅ〜。」

「帰っていいデスカ。」

「まぁ、待て。」

 腹が立ったのでこれを機に帰ろうとしたけれど、あっさりがっちり肩を掴まれた。

 う〜ん、逃げらない。



「あのな、創作魔法ショップっていうのは、その店オリジナルの魔法を取り扱う店の事だ。」

「へぇ〜、なるほど。」



 大体の魔法使いは広く使われている魔法から覚えていく。

 例えばファイアーボールなんていう火の玉をぶつける魔法なんて世界中で知らない人はいないくらい知れ渡っている基本的な魔法の一つ。

 そして、最初の内はそのファイアーボールとかの基本的な魔法を一通り覚えて、どんどんその覚えた魔法の威力を高めたり短い間に連続で発動できるように自分の魔力を鍛える。

 こうして世の中にある魔法を身につけて強化していくのが普通の魔法使いの成長だ。



 しかし中には基本的な魔法を組み合わせて一つの強力な魔法に変えたり、逆に一つの魔法を分解して、新たな魔法生み出すなんていう魔法使いもいる。

 そして世で大魔法使いと呼ばれる人は今までにない全く新しい強力な魔法を生み出したりなんかしているんだ。

 要するに本当に偉大な魔法使いのする事というのは、自分で新たな魔法を生み出す事。



「最近はな、自分で新たな魔法を生み出すのが魔法使いの目指すべき目標だ。今時古臭い魔法を強化していくだけなんて古い。今は自分で作る時代だ。そして新たに誕生した魔法を極めるべきだ!そうは思わないか!!」

「は・・・はぁ。」

 またネアルのやつ急に流暢な話し方になったぞ。

 僕はその迫力に押され、微妙な返事しか返せないけど。

 でもこれはきっと素でこんな感じなんだな。

 別に僕にとって変な事はないし。



「で、俺は魔法の捜索を開始したわけだ。新たな魔法の誕生の足がかりになるような凄いやつのな。そして今ではどんどん新たな魔法を生み出している。そうだ、ケイも魔法作りやってみたらどうだ?使えるのが基本的な魔法だけでも組み合わせや魔力の籠め方、詠唱次第で魔法はどんどん化けるぞ!!」

「ふ、ふぅん。じゃぁ、時間がある時にね・・・。」

「おぉ、そうしな!」

 どうやらネアルは興奮すると話し方が流暢になるらしい。

 まったく、本当によく分からないやつ。



「で、良い事って何なのさ?」

 まぁ、創作魔法の話がここで出たんだから、魔法関連の事だとは思うけどさ。



「あぁ、それそれ。へへへ、ケイには特別にタダで、ここだけのオリジナル魔法を教えてやろう!」

 ネアルはタダのところを妙に強調して言った。



 それにしてもここだけのオリジナル魔法?

 ということはネアルが作った魔法って事になる。

 そ、それって大丈夫なのか?



「じゃぁ、今から言う3つの中から選べよ?まず、攻撃魔法。」

 それはとっても危なそうだ。

 できればそれは御免蒙りたい。



「次に補助魔法。」

 誰かを呪うとかそんなのが出てきそうな気がする。

 これも遠慮したいな。



「最後に実用的魔法。」

 それは良さそう・・・って聞いた事ないぞ、そんな魔法の系統。

 魔法っていうのは大体実用的でしょ?



 でもまぁ、それが一番危険が少なそう。

「じゃぁ、最後の実用的魔法で。」

 僕がおずおずと言うと、ネアルはやっぱりな、とでも言うようににやりと笑うと、何やらぶつぶつ呟き始めた。



 もしかして、魔法の詠唱?

 また何かやらかすのか?

 が、僕がそんな事を考えている間に詠唱は終了していたようで、ネアルはゆっくりと腰を下ろし始めた。



 床に座るのか?と思ったのもつかの間、ネアルの動きは途中で止まる。

 ネアルの状態はいわゆる空気椅子に座っている状態。

 いや、空気椅子は椅子がないんだから座っているとは言えないか。



 でもネアルったらものすごく余裕のある表情を浮かべてるぞ。

 まるで本当にそこに見えない椅子があるような。

 そう考えつつ僕が怪訝そうな顔をしてネアルを見ていると、彼はまたケケケ、と笑った。

 ・・・とっても嫌味だ。



「どうやらその顔を見るに、俺がふざけてると思ってるんだな?へへへ、ふざけてなんかねーよっと。」

 ネアルはそう言うが早いか足を地面から離した。

 するとおっかなびっくりネアルは宙に浮いたままじゃないか。



 じゃぁ、さっき何やら呟いていたのは今ネアルが使っている魔法の詠唱だったわけだ。

 でも一体ネアルはどんな魔法を使っているんだろう?

 空中浮遊の魔法かな?

 でもそれじゃ既に存在してるからオリジナルとは言えないし。



「ま、ケイも座りたまえよ、ほら後ろに俺と同じの用意してあるから、へへっ。」

 ネアルはニヤニヤ笑いを浮かべたまま僕の後ろを指差す。

 僕は早く本題に入りたいながらも、ここは従う他ない。

 渋々後ろを振り返ってみた。



「・・・何もないじゃないか。」

 後ろを振り返った所で部屋の出口があるだけだ。

 特に変わったものはない。



「もっと下だ、下。足の付け根あたりの高さ!」

 と、後ろからネアルの声。

 僕は言われたとおり視線を下にずらす。



 すると、何やら床が歪んで見える所があった。

 何というかそこに透明の何かが浮かんでいるような。

 僕は後ろのネアルをを気にしながら恐る恐るその透明な何かに手を伸ばす。



「な・・・にこれ?」

 恐る恐る触ってみたそれは何かふわふわした感じ。

 風が寄せ集まった塊みたい。



「それが、今回ケイ君にお勧めする魔法!その名も〜「空気椅子」〜!!ワーワー。」

 妙にテンション高くネアルは言うと拍手まで始めた。

 というか空気椅子って、なんとも安易なネーミングだ。

 かっこよさの欠片もないな。



「ま、とにかく座ってみ?意外と座り心地はいいぞ!ぬへへへ。」

 僕はネアルの妙な笑いに苦笑いしつつもゆっくりとその“空気椅子”に腰を下ろした。

「お、ほんとだ。ふかふかしてて、座り心地良いね。これ。」

 意外と力強く僕を支えている空気の塊は、なかなかに良い感じだった。

 これだと椅子がない場所でも便利だ。



「よぉし、それじゃぁ、レッスンに入るぞ!」

 ネアルの方を向くとネアルはやる気満々といた表情。

 きっと今まで客なんて数えるほどしか来なかったんだろう、というのがひしひしと伝わってきた。



「まず、メモ帳を出す。」

「え、メモ帳持ってるの前提?」

「持ってるだろ?マメなケイの事だし。」

 ・・・なんでこうネアルのやつは僕のことをこうズバズバと見抜けるんだ?

 まぁ、メモ帳持ってるのは合ってるし、マメってよく言われるけどさ。

 僕はとりあえずメモ帳を取り出す。



「んじゃ、これから詠唱文句言うからメモして。」

「あ、ちょっと待って。」

 今思い出した。



 僕は魔力を貯めて自分の力で魔法を発動させるタイプであって、呪文を唱えたりはしないんだ。

 呪文を教えてもらっても使い方がよく分からない。



「あん?呪文なんて言うだけ。言えば勝手に魔法が発動すんの。とりあえず話は後で聞いたるからとっととメモる!“魔の力よ・・・」

 少し不機嫌そうな顔を浮かべつつ、ネアルは僕の反応を待たず呪文を言い始めた。

 慌ててペンを取り出し、メモを取る。



「“大気を操り、我を支えよ。空気椅子!”こんだけ。」

「・・・短いな!」

 これじゃ拍子抜けだ。

 もっと長々と呪文を唱えるのかと思っていたけど、これだけ短いなら覚えるのも簡単だ。



「じゃ、呪文唱えてみ?」

 ネアルに言われ、僕はメモ帳を見つめた。

 何かいざ呪文を使った魔法を発動させるとなると、妙に緊張するな・・・。



「えっと・・・“魔の力よ、大気を・・・」

「ちょ、ストップストップ!!」

 急に詠唱を止められ、僕は驚いてネアルの顔を見つめた。



「おいおい、そのまま読むやつがあるか!ちゃんと詠唱用に変換しないと!」

「へ、変換?」

 何だそれ?



 いや、でも確かに魔法の詠唱は何言ってるのか分からない言葉を使っているのしか見たことない。

 普段話している言葉をそのまま呪文として使うのは相当な力を持っている人じゃないと無理だろう。



「あー、ケイは魔法の授業はあんま受けてなかったからな〜。確かにチャージ型は呪文覚える必要がないから楽だけどさぁ。呪文覚えてからは呪文型の方が格段に楽だぞ?」

 そうは言われても呪文についての知識なんてないに等しい。

 まぁ複雑な魔法を使う時何かは呪文を唱える必要が出てくるのかもしれないけど、今の僕にはそんな難しい魔法を使う魔力も技量もないからなぁ。



「ま、ケイには特別だ。変換した方教えてやるからそれメモりな。いやぁ中級者にでもなれば呪文への変換くらい簡単にできるんだがなぁ。」

 ネアルはぶちぶちと小言を言いつつ、僕を促した。

 慌てて再びペンとメモ帳を構える僕。



「じゃぁ言うぞ、“ミヌツコリエ チエカワ イヨチラ ヲルンソシウヤ”だ。」

 何だそれ?

 何の規則性もないぞ?・・・いや、よく考えればあるのかな?

 とりあえず聞こえた通り僕はメモを取る。



「よし、んじゃ、今度こそ唱えてみ?きっとケイにもできるはずだ。少ない魔力で発動できるからな、へへへへ。」

 こうしてネアルに値踏みするような目で見られた僕は、その視線にムッとしながらも立ち上がり、メモの通りの呪文を唱えた。



「みぬつ、こりえ・・・、ちえかわ、いよちら・・・、をるんそしうや。・・・あれ?」

 唱えてみたものの何も起こらない。



「ははははは!!おい!最後に空気椅子!って言わないと意味ねーぞぉ。ケケケケケ。」

 ネアルは首を傾げてメモ帳を見つめる僕を見て腹を抱えて笑い出した。

「そ、そんなに笑わないでよ!!」

 何がそんなに可笑しいんだよ!

 そんなに変な顔してないだろ?

 まったく人の失敗をゲラゲラ笑うなんてほんと嫌味なやつだ。

 というか最初から教えててくれればこんな失敗はしなかったのに!



「ミヌツコリエ チエカワ イヨチラ ヲルンソシウヤ、空気椅子!!」

 僕はメモ帳片手にネアルに指を突きつけ呪文を唱え終えた。

 と、不意に何か空気の塊のような物が僕の指先に出現し、ネアルの顔に向けて突っ込んで行く。



「ぶふぉっ?!」

 腹を抱えてひーひー言っていたネアルの顔面にそれは見事命中し、ようやくネアルは笑いを止めた。

「うおぉ、これは人にぶつけるという使い方もあるんだな!!なるほど新しい発見だ!」

 空気の塊をがっしと掴みネアルは一人で笑っては何やら呟いている。



「あのー、ネアル?これで用は終わりかな?帰って良いだろうか?」

 僕がおずおずと聞くと、ネアルはまだいたの?とでも言いたそうな目で僕を見た。

「あぁ、もう良いよ。あ、空気椅子は自分が思ったとおりに動いてくれるから、うまく活用してくれたまえ。」

 と言うとネアルは再び空気椅子を見つめ、何やらぶつぶつと言い始めた。



 まぁ、これでようやくここから帰ることができるようだ。

 帰りにリゼロスさんのところに寄って、ラムザへ帰ろう。



                       :



「ご馳走様〜!」

 いやぁ、食べた食べた。

 いろいろ動き回って疲れたよ。



 あの後ネアルの店を出て、リゼロスさんの所に顔を出した。

 何とかそこで2名ネアルに紹介できるような人を探し出し、ネアルの店に案内してからようやく僕はラムザに帰って来れたんだ。

 帰って来た時は昼飯時を少し過ぎた辺りで、皆はもうご飯を食べ終わった後だった。

 それで、キトンとブレイズは再び裏の空き地に行っていて、クイットは眠っていて、リクはまだ起きて来ていないらしい。

 待っていてくれたのは残るフローラだけだったというわけだ。

 フローラはクイットが眠るまで話をしていて、寝た後に階下に降りてきたらしい。



「それで、シーっていう人は・・・?」

 確かその人が魔法を教えてくれるとかいう話じゃなかったっけ?

「はい、今ブレイズさんたちと一緒に空き地の方に出ています。会いに行ってみると良いですよ。」

 カウンターを拭きながらフローラがニコニコと答えてくれた。



「あぁ、そうなんだ、分かった。それじゃ会いに行ってみるよ。」

 僕はフローラに軽く頭を下げて、空き地へと向かった。



                        :



「ケイ!帰ってたんだ!」

 僕が空き地に向かうと丁度キトン達は休憩中だったようで、すぐに駆け寄って来た。



 そしてそこにはもう一人見知らぬ男の子の姿が。

「この子は?」

 キトンたちと一緒に駆け寄ってきた男の子を見下ろして、僕が聞くと驚愕の返事が返ってきた。

「この子が“シー”だよ。」

「え?!」

 


 確か魔法の天才とかいう話じゃなかったっけ?

 それがこんな小さな10数歳くらいの子?



「僕はシー・ノアルス。シーって呼んで!!」

 慌てる僕を他所に彼は人懐っこそうな笑顔を浮かべた。

 彼は青いローブを身にまとい、白いズボンにブーツといった出で立ち。

 特に杖や短剣といった武器は持っていないようだ。



 が、一つ目に付くものがあった。

「その・・・首から提げてるのは・・・何?」

 彼の首には宝石がいくつか埋め込まれた大型モンスターの角のような物が提げられている。

 これは何か特別なアイテムなのだろうか。



「あぁ、これはね、召喚魔法を使うのに必要なものなんだよ!」

 再びニコニコしながら言うシー。

 召喚魔法?それって確か世界的にも使える人が少ない伝説とも言える魔法じゃなかったっけ?!



「へへ、ケイったらやっぱり予想通りの反応だね!でも天使や悪魔を使える人よりは珍しくないから安心しなよ!」

 さっきからニコニコしながら僕の表情を伺っていたキトンが言った。

 いやいや、それじゃ安心できないでしょ。

 逆に不安だよ。



 でも、彼の使う魔法を少し見てみたいな。

 確か召喚魔法っていうのは異界から何かモンスターのような強力な生き物を呼び出すんじゃなかったっけ?

 強力な魔力を持つ人ならドラゴンでも昔に滅んだ生き物でも何でも呼び出せるとかいう話だけど。



「んじゃぁ、俺たちは場所を譲るからさ。早速魔法の特訓に入りなよ。俺たちはここで見学しとくから。」

 今度はブレイズが言い、キトンと連れ立って、巨木へと上っていった。

 どうやら彼らは木の上から僕らの様子を見るらしい。



「それじゃぁ、どんな特訓が良い?魔法の強化?魔力の増強?それとも新しい魔法でも覚える?」

 心底楽しそうに、シーは左右に揺れながら聞いてきた。

 どうやら人に何かを教えるのが楽しくて仕方ない様子。

 まぁ、教える腕はどのくらいか分からないけど、とりあえずその特訓を受けてみようじゃないか。



「じゃぁ、魔力の強化が良いかな。」

 天使と悪魔を呼び出すに当たり、魔力不足を補っておかないといけないと思っていたんだ。

 いくら凄い魔法を覚えても、魔力不足で使えないんじゃ意味ないしね。

 ・・・でも魔力を増やすって一体どうするんだろう?



「おっけー!!えっとね、魔力を増やすには、魔法を使いまくるのがイチバン!!」

「え。」

「それじゃぁ、戦ってみよう!」

「ちょ・・・」

「いくよー!モナセワゾウエ ヲルヌケトウヤ・・・」

 僕の声も聞かずシーは何やら呪文を唱え始めた。



 い、一体何をしようとしてるんだ!?

 戦うって一体どういうこと?

 相手の技量が分からないから一体どんなものを出してくるのか分からない。

 というかやっぱり彼は何か召喚魔法を使おうとしているのだろうか?

 どこかの魔術大会で優勝するくらいだ。

 小さいとはいえかなりの力を持っていることは明白。

 ・・・う、かなり怖いぞ。

 でも相手は僕よりずっと年下の男の子・・・。

 恐怖が表情に出ていない事を祈る!



「・・・スキアナホディモヤラ ヤバヂソワ ミワエクレエアキマエ ウモカセヲルナモオナ セゴチワイロヲス・・・マグ・クラウディア!!」

 


 ・・・これは一体何語なんだ?

 最後の一節は何かの名前のように聞こえないでもなかったけど、他はぜんぜん意味が分からない。

 が、次の瞬間頭の中に不意に言葉が響いた。



(“魔の存在よ、我に応えよ。世界の狭間より呼び出さん。魔を受ける大雲よ、今こそ我の前に姿を現せ、マグ・クラウディア!!”) 

 バリアでもキルアでもないこの声、というかさっきのシーの声とそっくりだ!

 もしかしてさっきのシーの言葉が翻訳されてるのか?

 でも一体どうして?

 これも悪魔や天使の力なのか?

 一回クイットの心の声も聞こえたし・・・そんな力があってもおかしくはない・・・? 



 そして僕が首を捻っている間に空に変化が現れた。

 さっきまで雲一つなく晴れ渡っていた空に突如黒い煙のような物が出現したんだ!

 それはどんどん大きさを増していく。

 


 でもこれは確かにさっき頭の中に響いた言葉にあった大雲に見えなくもない。

 煙のようなそれは最終的に物置小屋くらいのサイズまで巨大化した。

 大きくなるのをストップしてからは、ぴたりと動きが止まる。



「マグ!いつもみたいに特訓に付き合ってね!」

 シーはそんな大雲(?)に笑顔を浮かべたまま近寄り、ぽんと触れた。

 すると突然煙から光が発射される。

 最初は驚いて思わず目を瞑ってしまった僕だけど、あまり眩しくない。

 その黄色い光は煙の中心に光源があるようで、煙の隙間から見え隠れするそれは、まるで煙に目と口がついたみたいだった。



「こいつはマグ!魔法を受け止められるだけ受け止めてくれるから、心置きなく、魔法連発していいよ!」

「で、でも戦うって言ったよね?」

 戦うっていう事は向こうも何か攻撃を仕掛けてくるって事ではないのだろうか!!



「ううん、マグは僕が動かしたり、指示を出さない限りは動かないから大丈夫。ゆっくり魔力を貯めるなり、詠唱するなりすれば大丈夫!」

 ぐっと親指を突き出すシー。

 うーん、まぁ、それなら安心して良さそうだ。



「マグは一定上の魔力を貯めると消えるから、マグを倒すのを目標にがんばって!」

 なるほど。

 それなら僕が覚えている魔法をいろいろと使ってみよう。

 最近はあまり魔法使う事もなかったし。

 じゃあ、どんな魔法を使おう?

 僕がそう思いを巡らせた時だ。



 何か頭の隅で光るものを見た気がした。

 何だろう?

 頭の中で何かが訴えているような。

 今まで経験した事のないような感覚。

 僕は頭の中で見えている(?)光に近づいていく。

 何かが見えそうだ、これは何?



 僕は集中するために目を閉じた。

 周りはとても静かだ。

 シーも、木上のキトンやブレイズも何も話さない。

 時折聞こえるのは風で草花や木が揺れる音だけ。



 僕は意識を光へと向ける。

 何かが見える。

 いや、感じる?



 泳いで行く文字。

 文字は何かの言葉を紡いでいる。

 その字は金や銀に輝き、時折赤く光り黒く染まる。

 この文字群は何?

 何かの呪文?

 誰かへの言葉?



 分からない。

 なぜ僕にこの文字は見えるのだろう?

 悪魔の力?天使の力?それとも両方?

 というかこれは“見えて”いるのか?

 僕は今目を閉じているはずなのに。



 でも考えたところで解決の糸口は見えてこない。

 だったら今できることをやってみるだけだろう。

 僕はいくつも流れている文字列の一つを追った。

 ざっと見た感じ何かの呪文のように見える。

 試しにこの言葉を唱えてみようじゃないか。



(虚空の光よ、集いたまえ。大いなる力よ、宝玉に変われ。かの力、三つ指へと宿り、空へ放たれん。)

 僕はこう唱えた。



 つもりが、口から出た言葉は似ても似つかない、全く別の言葉だった。

「ケイナハキラヤ チダアチモオ エアニリツコリエ ハイギャキヌコヲル キネツコリマテイブフタヨダラ サロホニトロヲ。」

 僕は驚き目を見開く。



 そして驚いているのは僕だけじゃない事に気づいた。

 目の前のシーも、木の上にいる二人も目を大きく開いて、僕を見ている。

 そして驚くべきはこれからだった。



 僕の腕が僕自身の意思とは関係なく動いたのだ。

 親指、人差し指、中指が上を向き、僕の右腕は空へと上げられる。

 右腕以外は自由なようで、僕は自分の腕を見上げることができた。



 そして左手で右腕の自由を取り戻そうと試みてみる。

 しかし、いくら強く力を込めても僕の腕はピクリとも動かない。



 そして、ほんの一瞬。

 いや、一瞬にも満たないかもしれない。

 まるで瞬きをしたかのように目の前がほんの少しの間だけ暗くなった。

 世界一面の光がその間だけなくなったような感覚。



 そして少しボーっとしたのもつかの間、僕は高く上げた右手にかなりの熱を感じた。

 熱を帯びた右手を見上げるとそれは白い、靄のようなものに包まれようとしていた。

 靄は、まるで虫の吐く糸のようで、どんどんと僕の手に絡まっていく。



 そしてあっという間に僕の手は白い何かで覆われ、そして不意に辺りは眩い光に包まれた。

 僕は思わず目を瞑る。

 眩しくてとても目を開けていられない。



 そして、眩しい以前に手が熱い!

 通常ではありえない程の熱を帯びている。

 もう手が溶けてしまうんじゃないかと思うほど熱い。

 でも、この熱さは燃えるような熱さとは何かが違っていた。

 炎による熱は尾を引いて残り、火傷になったり爛れたりもする。

 しかしこの熱は火傷をしそうという危機感はなかった。



 ただ本当に溶けそうなほど熱い。

 今すぐ井戸にでも手を突っ込みたい気分だけれど相変わらず僕の右腕は動かなかった。



 そして暑さのせいなのか、それともまた他に要因があるのか、僕の意識は朦朧としてくる。

 眩しくて瞑った目。

 こうして目を瞑ったままでいればすぐにでも眠ってしまいそうだ。

 思い切って目を開けてみようか?

 このまま眠ってはいけない。

 僕の手はまだ上がったまま、これから“何か”を起こそうとしているから。



 もう少し抵抗すればこれから起ころうとしている“何か”をどうにか止められるかもしれない。

 僕は恐る恐る目を開けた。

 相変わらずとても眩しい。

 でも何とか眩しさを堪え、どうにか目が慣れてきた。



 顔を上げる・・・そこにあったのはさっきまで見えていた晴れ渡る青空ではなく、ただ何もない真っ白な世界だった。

 そうここは、あの二人、悪魔と天使と出会ったところと似たような場所。



 そしてまだいう事を聞かない腕を見上げればそこには、伸ばされた3本の指の上に乗っかるように、美しく輝く球があった。

 だが球には実体がない。

 輪郭線というのか、線が見当たらない。

 ただの光の塊のように見える。



 そして、僕はそのあまりの美しさに状況も忘れ見入ってしまった。

 確かさっき頭の中で読んだ言葉に“大いなる力よ、宝玉に変われ”という節があったっけ。

 ぼんやりとした頭でそう考える。



 そして僕は一度瞬きをした。

 一瞬にも満たない暗闇の後、目を開けた時、見えたのは変わらぬ球と、青い空。



「あれ?」

 僕は思わずそう声を上げ、上に向けていた顔を前に戻す。



 そこには相変わらず驚いた顔のまま立っているシーと彼に寄り添うように浮かぶ雲のような生き物マグ、そして木の上から下りてきたキトンとブレイズがいた。

 さっきまで真っ白な世界にいたのに、戻ってきたのか?

 あの白い世界は?

 僕がそんな疑問を口に出そうとしたとき、また僕の手が勝手に動き、次は前に突き出された。



 その手の先には光る球。

 球の先にはシーとマグ。

 その少し後ろにキトンとブレイズ。

 そして巨木。

 


 ぼくは瞬時に、その猛烈な熱を帯びた球を、僕の右手は目の前に発射するつもりなのだと察した。

 それと同時にさっきから右手を覆う熱は一体何なのかも思い当たった。

 この熱は魔力によるものだ。

 あまりに密度の高い魔力は何者をも溶かすといわれているほど危険なもの。

 そして僕の3本の指の間に収まっている球はまさに高濃度の魔力そのものだった。



「危ない!」

 僕は咄嗟にそう叫び、右手を掴むが僕の右手はさっきと同じようにピクリとも動かない。

 ただ右手の指の先だけが狙いを定めるように微かに動いていた。

 僕の声で、キトンとブレイズはすぐにその場から避ける。



 しかし、シーだけはその場に留まったまま動かなかった。

 僕の手の先にある球は先ほどよりも眩しさは衰えていたが、大きさを少しずつ増していっている。

 最初は3本の指にすっぽり嵌まるサイズだったのに今やその何倍かに膨らみ、風船ほどのサイズまで巨大化していた。

 さらに魔力の濃度は最初と変わらないのだから、その威力は全く想像できないが、かなりの凄まじさを誇るだろう。



「シー!早く避けて!」

 僕はとにかく目の前にいる彼の身を案じた。

 僕の魔力自体はそこまで大きくないから目の前の巨木を倒してしまうことはあったにしても、そこまで大きな被害にはならないはず。

 とにかくシーに避けてもらわなければ。



 しかしシーは首を振ると目を閉じ、何かを呟き始めた。

 呪文の詠唱?

 この球を受け止める気?それとも身代わりを呼び出す?それとも魔力を魔法で打ち消す気なのか?

 シーは一体何をしようとしているのか予測できない。



 本当は僕自身が動いて狙いを外させたかった。

 しかし僕は既に顔以外は動きを封じられていたんだ。

 僕が今できるのは呼吸と瞬きと話す事くらい。

 ただ、今はどれも、魔法を止めるための役には立ちそうになかった。



「・・・ミワエクレエアキマエ メルワノス ヲロナマワモロ ヲロアカゼチコリ ミワエクラ スキアナホジモヤル エスエソトミウ マグ・クラウザンド!!」

 僕は黙って耳をシーの言葉に傾ける。

 今度は頭の中に呪文を翻訳する声は響かなかった。

 途中から聞き始めたから翻訳できなかったのだろうか?

 分からないけれど、シーは魔法を唱え終わったようだ。



 最後にマグ・クラウザンドとひときわ大きく叫んでいた。

 マグとついているという事は、マグをまた呼び出すのか?

 でも最初呼び出したときとは何か名前が違う気がする。



 だが、そんな詮索をしている間に球が一際明るく瞬いた。

 そして不意にそれは僕の手から離れる。



 僕が呪文を唱えてから一気にいろいろな事があった気がするけど、きっと一分経ったか経たないかくらいしか時間は過ぎていない。

 僕は眩しさと、天使がクイットに向けて光線を発射したときと同じような恐怖を覚え、思わず目を閉じた。

 そして、僕の意識はいつの間にか途切れていた。



                              :



 夢を見た。

 僕はいつの間にか自分の部屋で寝ていて、目が覚めた後、まだ夕飯を食べていない事を思い出す。

 それで階下に下りると心配そうな顔をしていた皆に囲まれるんだ。

 ちょうど天使と悪魔の件で倒れた次の日、下に下りた時みたいに。

 でもその時と違ったのはクイットの姿がなくて、変わりにリクの姿があったくらいかな。



 それで、皆から声をかけられた後、皆で夕食を食べるんだ。

 そのとき明日は冒険だからどこに行くかという話題になった。

 そしたらリクが今度は僕とリクとブレイズとシーの男だけで仕事に行こうって話になった。



 キトンはクイットが元気になってたらクイットと他に誰か誘って冒険に行くと言ってたっけ。

 それで僕ら男4人で冒険の話で盛り上がったんだけど、シーはまだ小さいから遠出ができないとフローラに釘を刺されて、近場に冒険に行く事になった。



 それで、リクが適当に依頼を見繕う事になって僕は部屋に帰り、床についた。

 


 

 そこまで見て僕の意識は戻ってきた。

 そして寝返りを打っておかしなことに気づく。

 下にあるはずの布団も上にかかっている掛け布団もない。

 地面が硬い。

 


 しかも耳を澄ませばどこかから何やら聞いたことのある声が聞こえてくるじゃないか。

「ったく。魔法を使う資質は十分なのにさぁ、魔力が全く足りないよね。アレだけの魔法発動させるのにあんな時間かかってさぁ、意識も途切れ途切れだし?体力の方までダメージいっちゃうなんてねぇ?」

「まぁまぁ、そう言わないで。私たちが言わなくても自主的に使えただけでも良しとしようよぉ。それにおかげでしばらく自由に動けたんでしょ?なんか美味しい物も沢山食べてたし。」

「まぁ、そうね。部屋にあったお菓子はすごく美味しかったし。あのお菓子の味に免じて許してあげてもいいか。」

「まったく、バリアったら本当に・・・」



「バリア?!」

 僕はその名前を聞き、覚醒した。

 さっきから聞こえるこの声はあの疫病神のような天使と、いろいろ危ない悪魔の声だ!



「あら、起きた?」

 がばっと起き上がった所に、腰に手を当て仁王立ちしているバリアの姿があった。



「あんたねぇ!魔力不足も甚だしい上で、私の魔法使おうなんざ100年早いんだよっ!!」

 どっかのお嬢様の如く発言を大声で頭から浴びせられ僕は頭がくらくらした。

「あのねぇ、ケイが使ったあの魔法は天使の使う魔法でね、ケイにはちょ〜っと荷が重かったんだね〜。」

 悪魔、キルアにやんわりとそう言われ、僕はようやく空き地で起こったあの時の事を思い出した。



「あの、シーっていう子の機転が働かなかったらあんた右手が溶けてなくなってる所よ。」

 バリアはそう言うといろいろと文句を織り交ぜつつあの時の事を説明してくれた。

 バリアは朝のあの事があってからずっと不貞寝をしていたらしいんだけど、僕が魔法を発動した所でさすがに異変を感じて起きたんだとか。

 それで何が起こったかを察したときは既に遅くて魔法を発射する直前だった。



 そこにシーが呪文を唱え、シーが数百体くらいのマグを呼び出したんだとか。



 そのマグという生き物は魔法を受け止めた後、その魔法を魔力に変えて、誰かに分け与えることできるらしい。

 そこでシーは一気に呼び出したマグで、魔法を受け止め、魔力に還し、僕の体に魔力を戻したんだという事だ。



「あんたさぁ、あんまりにも魔力を使いすぎると体が溶けて消えることくらい知ってるでしょ?まぁ、普通はそこまで危険な魔法は、魔力が少ないやつは使えないはずなんだけどさぁ。」

 そこでバリアは大袈裟にため息をつく。

 まるで魔力の少ない僕に宿ってしまったのが残念で仕方がないとでも言うように。



「ま、まぁ、バリアはこんな態度だけどさ、機嫌はちゃんと直ったから。あ、それとね・・・。」

 とキルアは僕に近づきそっと耳打ちした。

「バリアがケイの買ったお菓子食べちゃったんだけど・・・」

「えー!!」

 僕は思わずキルアの肩をがっしと掴んで思い切り声を上げた。

 ただキルアの服装はそれなりに露出度の高いものだったんでどぎまぎして、すぐに手を離したんだけども。



「ちょ、お菓子ってポップカッシュ?食べちゃった?!」

 するとキルアはシーっと自分の唇に指を当てた。

「バリアはああ見えてお菓子好きだからさ、今はそのおかげでまだ機嫌が良い方なんだよ?でも人のお菓子食べたろ?とかって怒ると最初よりずっと機嫌が悪くなっちゃうから黙っておいて!!」

 キルアにそう説得され、僕はようやく落ち着いた。

 バリアはと言うと、聞こえてるけど聞こえていないフリをしてあげるわ、とでも言うような少し不機嫌そうな表情を浮かべたまま黙っている。

 なんとも可愛げのないむかつく天使だ。



「あれ・・・?でも食べるってどうやって?」

 二人には実態がないんだから何かを食べるなんて無理なんじゃないか?



「あのね、あんたの意識がない時は私たちが自由に活動できんの。だからあんたの意識がないうちは私が体を借りてたってわけ。ま、ここの夕食は美味しくない事もなかったね。うんまずまずってとこ?」

 再び偉そうに話し出す天使。



「僕の体を借りることができるなんて聞いてないよ!!じゃぁ、さっき見た夢はもしかして?」

 あの時みんなと明日冒険に行こうとかって、夕食を食べながら話していたのは、まさか夢じゃなく現実?

「あぁ、あん時はあんたの意識ふらふらしてたから、気がついててもおかしくなかったね。そっか見てたんなら話は早い。明日から冒険らしいからがんばって〜。」

 と言うと天使はふっと消えてしまった、



「あ、まぁバリアもちゃんとケイらしく振舞ってたから、おかしいと思う人はいなかったよぉ。ただ、ちょぉっとよく喋るかなぁ?ってくらいでさ〜。」

 残った悪魔は力ない笑みを浮かべた。

 もの凄く不安なんだけれども!

 明日下に下りるのがとても不安だ・・・。



「そういえばケイって体が回復するの早いよねぇ。もうすっかり体のほうは元気みたいだし〜。だから明日はすっきり起きられると思うよぉ?」

 そうなのか?

 うーん、まぁ、確かにかなりの魔力を一時的に消費したんだから、体の方にもっとダメージがあっても良いかもしれない。

 実際は疲れも何も特に感じないんだけど。



「今回の事で少しは魔力が増えてるとい〜ね〜。まぁ、今日みたいな魔法を何度も使ってたら体が持たないだろうから、段階を踏んで、ゆっくりやっていこうね〜。今度は私たちも付き合うからさぁ。」

 と、悪魔は天使のようにゆったりと微笑むと、おやすみと一言言って姿を消した。

 悪魔の天使のような微笑みを見たのは僕くらいなんじゃなかろうか、なんて事をぼんやり考えながら、僕の意識はゆっくりと沈んでいった。



                        :



 ぱちりと目が覚めた。

 窓から差し込む光は明るく、鳥の声が聞こえる。

 朝のようだ。

 


 僕はむくりと起き上がる。

 服は黒ローブ1枚になっていた。

 視線を巡らせるとベッド脇の椅子の上に白いローブがたたんで置かれている。

 


 ベッドから手を伸ばしそれを持ち上げると、ふんわりと石鹸の良い香りがした。

 あぁ、これは昨日天使と悪魔の件で吹き飛ばされて気を失った時に着ていたものだ。

 誰かが洗濯しておいてくれたらしい。

 


 そういえば洗濯で思い出したけど、僕は二日風呂に入ってないぞ。

 慌てて体の匂いを嗅いで見る。

 ・・・特に何も匂わないけれど、さすがに汚いかな。

 冒険中なら何日も風呂に入れないのは普通だけど、街にいて二日も風呂に入れないなんて、異常だ。

 今日こそは風呂に入りたい・・・けど、今日は冒険だって言ってたっけ。

 


 僕は軽く溜息をつきながらいい香りのする白ローブを羽織り、ブーツを履く。

 そして、とりあえず僕は下に下りた。



                        :



「おー、ケイ!どうだ?ちゃんと心は静まったか?昨日はえらい喋ったな!なんか変なもんでも食ったのかと心配したぜ?」

 僕が降りていった先にいたのはカウンター前の席に並んで座るリクとブレイズ、眠たそうなシー。



 そしてカウンターには見知らぬ男の人。

 そういえばここにきた次の日もこの人がいて、朝食を運んでもらったっけ。

 ブレイズも僕に気づき、よっ!と軽く挨拶をしてきてくれた。

 僕も片手を上げ、それに応える。



 そして僕は苦笑いを顔に貼り付け、皆に近づきリクの隣へと腰掛けた。

 皆は既に朝食を食べ始めているようだ。

 今日のメニューはジャムとパンと目玉焼き、そしてコーヒーというシンプルなもの。

 まぁ、シーはコーヒーじゃなくジュースだったけどね。



「ますたー、こいつにも朝食。」

 僕が席に着くとリクがカウンターにいる男の人に話しかける。

「ますたー?」

 男の人の名前・・・ってわけではなさそうな響き。

 ニックネームかな?



「あぁ、あいつはますたーって呼ばれてる。誰もあいつの名前は知らねーんだ。」

 店の奥に僕の朝食を取りに行く彼の背中を見送りながらリクが言った。



「あいつは謎の多いやつでな、悪いことじゃない限りは大抵のいうことは聞いてくれる良いやつだ。でも全くし喋んねーし、表情にもほぼ変化がねぇ。でも、料理はうめぇし、カクテル作りもうめーんだ。だからますたー。ミステリアスなバーにはぴったりのやつだろ?」

 リクはニヤニヤしながらそういったけど、僕には少し不気味な気がした。

 僕はプレートに朝食を乗せて帰ってきたますたーの顔を、思わず繁々と眺める。



 黒い短髪に、切れ長の眼。

 耳にはいくつかピアスをつけており、全体的に白っぽく、唇も薄い。

 白シャツに黒のベストという出で立ちはさすがにマスターと呼ばれるだけあって、バーのカウンターにぴったりな感じだ。

 サングラスとかがとても似合いそうだな、と僕は思った。



 そして彼は無言で僕の下に朝食一式を置くと、グラスを磨き始める。

 僕は軽く彼に頭を下げると、バターロールを手に取った。

 バターロールには丁寧に切れ込みが入れてあり、僕はそこに小さな入れ物に入れられていたジャムを塗り、齧った。

 うん、美味い。



「でな、今日の冒険なんだが、昨日も言ったけど、シーはあんま遠出できないから近場の以来を探したんだ。そしたらこの町ん中に面白そうな依頼があってよぉ。」

 リクは言うとブレイズにも話を聞くように促した。

 シーはまぁ、放っといても大丈夫だろうという事で、好きに朝食を食べさせておく事にする。

 相変わらずシーは眠たそうにちびちびパンを齧っていた。



 リクはポケットからたたまれた紙切れを1枚取り出し、それを広げる。

 そこにはこの街の一部分らしき地図が描かれていた。

「今回の冒険の地は街外れのとある古井戸だ。そこに最近夜な夜な何かの呻き声や叫び声のようなものが聞こえるらしい。」



 そこでリクはにやりと笑いを浮かべ僕の顔を見た。

 言うまでもなく僕の顔は青い。

「そんで、その原因の解明、モンスターなら退治しろって事だ。」



 前回のジャイアントGも恐ろしかったけど、今回はまたそれとは別の恐ろしいものが待ち受けているようだ!

 どこが面白そうな依頼だよぉ!

 今回はクイットがいないからビシウスの助けもないわけでしょ?

 前回はビシウスが来てくれなかったらかなり危なかったし。

 ・・・でも、ビシウスに頼ってたんじゃ、冒険にならないよな。

 それに最初は彼の存在は知らずに挑んでたわけだし。



 まぁ、きっと何とかなるだろう。

 ブレイズは武術大会優勝者、シーも魔術大会の優勝者。

 トップの腕を持つ人が二人もいるんだ、きっと問題はないさ。



「そんじゃ、飯食ったら準備して早速出発だ。忘れ物がねーようにな!」



                        :



 朝食を食べ終わった後、僕は部屋へと戻り、冒険に備え、準備をした。

 そういえば今日はキルアやバリアからの反応がないな、と思いつつ。

 彼女らはまだ寝ているのだろうか?

 でもそんな事を考えていても二人からは何の反応もなく、僕は皮鎧と、プレートをつけ、剣をベルトに留めた。

 最後にこの妙な格好が目立たないようにマントを羽織った後、リュックを担ぐ。

 


 こうして各自準備を済ませ、僕ら4人はいざ古井戸へと向かったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ