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天使と悪魔そして休日

 僕らは一目散に僕たちの拠点となるバーのある町へと帰った。

 なんだか後ろからあの茶色いテカテカしたヤツらが、カサカサという音を立てながら追いかけてるんじゃないかという感覚が、ずっとあったからだ。

 町の門を潜ったとき、ようやく僕らは安心して歩くことができた。

 汗だくで必死の形相で町に駆け込んできた僕らを見て、道行く人たちは不思議そうな顔をして僕らを見ている。



 そして僕らはぜーひゅー言いながらようやくバーへと帰った。

 そのころには既に日は暮れかかっており、バー「ラムザ」という看板がすでに店の前の路上に出ている。

 そう、ようやくその時気づいたがこのバーはラムザという名前らしい。

 中に入ると店内はすでに開店準備が完了しており、いつ客がやって来ても良いような状態だった。



 そして、僕の先に店の中に入っていたクイットがいきなり大声を出した。

「キトン!!」

 何だ何だと前方を見やると、カウンター前に立って誰かと話している長身の女の子らしき人の姿が。

 


 そしてカウンター奥を見ると、そこにはにこやかに、カウンター前に立つ彼女と話す金髪の女の子の姿が。

 この二人は一体誰だろう?

 ?マーク飛び交う僕を他所にクイットは走り出し、振り返った女の子に抱きついた。

 


 そしてカウンター前に立っていたその女の子がヴィクマー族だということに気づく。

 ヴィクマー族と言うのは人間7.動物3くらいの割合で、動物のような見た目と身体能力を持つ種族。

 目の前にいる彼女は猫と人間が掛け合わさったような見た目で、赤茶色の髪の間にオレンジの毛の猫のような耳が生えていた。

 首と胸の部分を覆うだけの服を着ており、腕とお腹は丸出し。

 腰には布が巻いてあり、2本のベルトがついている。

 オレンジの短いスカートに黄色と白の縞々靴下、スカートの中にはオレンジと赤茶色のこれまた縞々模様の尻尾が垂れていた。

 そして手と足の先だけはオレンジの毛で覆われ猫のような形になっている。

 


 始めて見るヴィクマー族に僕は若干ビビッていた。

「おい、ケイ。顔、引き攣ってるぜ。」

 そんな僕の顔をにやけ顔でリクが覗き込む。



「う・・・。あ、それで、あの人は誰?」

 僕は返す言葉がないので、とりあえず彼女が誰なのか聞いてみる。

 今クイットと親しげに話す彼女はいったい何者?

 まぁ、この店で働く冒険者の一人ではないかとは思うけどさ。



「あいつはキトン・マーティアル。クイットの同期で、唯一クイットとビシウスの関係を知っているやつだ。」

「え?じゃぁ、話を聞いてみようって言ってたのはあの人?」

 さっきダンジョンの中でクイットと、謎の男ビシウス・ウィキッドの関係について何か知っている人に話を聞いてみようとリクと話したけど、その人がまさかこんなにタイミングよく帰ってきてるなんて。

「いやぁ、タイミングばっちりだ。」

 リクはそう言うと楽しく談笑するクイット、キトンさん、そしてカウンター奥の女の子のお喋りの輪に入って行った。

 僕も恐る恐る近づいて4人の話が聞こえるくらいの所でまず見守る。



「よぉ、キトン久しぶりだな!」

「おっ、リクじゃん!リクと会うのも1ヶ月ぶり?」

「おぉ、そーだな。それくらいか。」

「いや、さぁ、大変だったんだよね〜・・・。って、そこの・・・ちょっと個性的な人は誰?」

 楽しく談笑を始めたリクとキトンさんであったが、キトンさんの目線が不意に僕を捕らえた。



 よく見るとキトンさんの金色に光る目は瞳孔が縦。

 さ、さすがヴィクマー族と言うべきか・・・。

 というか、個性的な人ってどうなの?

 まぁたしかにローブ二枚重ねの上に皮アーマー+胸当てというのはかなり個性的だとは思うけどさ。



「おぅ、こいつは昨日来た新入り!ケイっつーんだ。」

 僕がもやもやしていると不意にリクが肩に手を回し、女の子3人の輪へと僕を入れた。

「え、えっと、ケイオス・ニル・ウェグナといいます。ケイと呼んでくれれば・・・。」

 僕がおどおどと言うと、キトンさんは笑いながら僕の肩をバシバシと叩いた。

 彼女はそんな力を入れてないつもりなんだろうけど、結構堪える。



「そーんな、堅苦しく話さなくたっていいよ!どうせ私より年上か同い年くらいみたいだし?そそ、私はキトン・マーティアル!キトンって呼んでくれればいい!」

 と言うと彼女まで僕の肩に手を回しワハワハ笑った。

 何というかテンション高くノリノリな人である。

「冒険帰りなのに、あんたったら元気ね〜。そこは相変わらずってとこ?」

 そこでクイットも笑い、カウンター奥にいる女の子も笑った。



「アレ?ケイッたら何見てんの〜?」

 僕がカウンター奥に座る女の子を見ているとクイットが顔を覗き込んできた。

 目が半眼である。

 べ、別に何も考えてないよ!

 ただ誰だろう?って思ってただけさ!

 口に出してそう言えばいいものを僕の口は動かない。

 代わりに僕の顔は真っ赤になった。



「・・・あ、そっか、ケイはまだフローラのこと紹介してなかったね。」

 クイットは急に冷めたような顔をし、少し間を空けて言った。

 一瞬何か悪いことでも言ったかと気にしたけど、クイットの表情はすぐにさっきと変わらぬ笑顔に戻っている。

 今の何か冷たいような表情は何だったんだ?



「彼女はフローラ・キャーリット。フローラは私たちと違って店番グループね。」

 クイットに紹介されフローラさんはとても可愛らしい笑顔を浮かべ、

「よろしく。フローラって呼んでくださいね。」

と軽く頭を下げた。

 か、彼女をエルフらしい性格と言うんだ、クイットよ!!

 と心の中で思わず叫んでしまったことは僕だけの秘密だ。

 


 フローラは長い金髪を二つくくりにしていて、その物腰は清楚なお嬢様といった感じ。

 少し幼く見える中に大人な所もあって、年は僕と同じくらいだろうか。

 で、その大人な所というのが肩の部分が大きく開けた黄緑色の服だ。

 胸元にはきれいな宝石のような石がいくつか散りばめられており、腕にも澄んだグリーンの石がついた金の腕輪をしている。

 そしてその腕にも服と合わせた黄緑色の何というか長い手袋のようなものをしていた。

 もし僕に服についての知識があれば彼女の見た目をとても正確に、尚且つ美しく30字以内でまとめることができたのに、なんていう突拍子もないことを考えてしまう僕がいる。

 ちなみに足元のほうはカウンターの影になって見えなかったがきっと緑系統のきれいなスカートを穿いているんじゃないかと思う。



「おいおい、ケイちゃんったら顔が赤いぜ?」

 リクが茶化し

「おうおう、ほんとだ。まったくわかりやすいなぁ、ケイちゃんはー!」

 とキトンが悪乗りする。

「な、なんだよぉ!」

 いい反論が思い浮かばず僕は何とかそう言っただけ。

 そんな情けない僕を見て周りの人たちがわっと笑った。

 フローラは口元を押さえてニコニコと笑っている。

 僕は顔が以上に暑くなっていくのを感じた。

 


 そしてふとクイットを見ると彼女と、はしっと目が合う。

 がすぐに逸らされた。

 あれ・・・なんだか腑に落ちないというか、もやもやするというか・・・。

 そんな僕の複雑な心境とはお構いなしにリクがキトンに話を振った。



「あ、そだそだ!おめぇが帰って来てんなら、ブレイズのヤローも帰ってきてんだろ?」

「そうだ!そいつのことすっかり忘れてた。ブレイズなら先に部屋に帰ってるよ!会いに行ってあげれば?」

「おぉ、そうする。よし、んじゃ、ケイも一緒に行こうぜ!女子どもはそこで盛り上がっておいて、俺たちは男3人で積もる話をすっからよ!」

 と、リクが勝手に話を決め、僕は状況が飲み込めないままリクに肩に手を回された状態で、えっちらおっちら階段を上っていった。





「ちょ、ちょっと、リク!ブレイズって誰さ?」

 いきなり2階へと引っ張っていかれた僕だったけど、さすがにずっと黙ってるわけにも行かない。

「ん?ブレイズってのはな、俺たち冒険者グループの仲間!ま、会って話せばすぐ仲良くなれると思うぜ?」

 ようやく肩に回していた手は解かれたけど、今度は腕をつかまれ、僕は相変わらずリクに引っ張られ続けた。



 似たようなドアが続く廊下を通り、とある一室の前で止まる。

 そしてリクがこんこんと軽くドアをノックした。

「お〜い、ブレイズ、俺・・・」

 とまだ言葉を言い終わらない内に扉が勢いよく開いた。

 


 そして現れたのはまたもヴィクマー族。

 まぁブレイズという名前から察せられるとおり今度は男だったんだけど。



 黒髪の中に茶色の毛の小さな耳。

 キトンと同じく目は金色で瞳孔は縦。

 黄色い少し変わった服を着ており、肩や腰に赤い帯のようなものを巻いている。

 手や足の先も耳と同じ茶色の毛で覆われ、彼にも尻尾は生えていた。

 けど彼の尻尾はキトンと違ってかなりふさふさしており、触るとなんとも気持ち良さそう。



「リク!!ひっさしぶりだなぁ!!ん?そっちは?」

「こいつはケイっつーんだ、最近入った新入り!」

「どうも、ケイオス・ニル・ウェグナといいます。ケイと呼んでください。」

「ん!ケイな!俺はブレイズ・バルフ!呼び捨てにしてくれりゃいいから。ま、立ち話もなんだし、中入んな!」

 と終止にかにかとブレイズは話し、僕らは彼の部屋へと入った。



 部屋は僕の部屋とほとんど変わらない造りで家具も少なくとても質素だ。

 まぁ、冒険者は冒険が仕事なんだから自分の部屋なんてあってもないような物だから、家具がないのも当然かな。



 でも僕の部屋と違うところが一点だけあった。

 それは壁に貼られたポスターだ。

 そこにはマグマが煮えたぎる中、羽を広げ悠々と飛んでいる赤いドラゴンのイラストが描かれている。

 僕がそれに見入っているとブレイズがそのイラストについて教えてくれた。



「そいつはマグナリアスって呼ばれる伝説のドラゴンだ。俺の夢はそいつに会うこと、まぁいまこの世にいるかどうかも分からないようなやつだけどな。」

 それを聞いて僕はふんふんと頷いた。



 確かにドラゴンという生き物には冒険者であれば一度は会ってみたいと夢見るものだ。

 まぁ、なかなか会えるものじゃないし、会えたにしても相手が悪ければおうちに帰れなくなる。

 会ってみたいけど、会いたくない、そんな感じだ。



 僕的には確かに冒険を始めたころ、ドラゴンに会えるものなら会いたいと思っていたが、聞くのは嫌な噂ばかりで、会いたいという気は当に失せていた。

 ブレイズはポスターを見つめたままの僕の横にどっかと腰を下ろし、まぁ座れよ、と一声かけてくれる。

 僕はとりあえずポスターから目線を話しブレイズの横に腰掛けた。



「んで、リク、まず何から話そうか?」

「じゃぁ、まず今回の仕事のことを簡単に聞かせてくれよ。」

 リクもブレイズの前にどっかと腰掛け、僕は自動的にブレイズの話を聞けることとなった。

 僕はここにいる必要がないように感じていたけど、さっきの女の子連中の中にいるのも気が引けるし、部屋に一人籠もるのもアレだから、まぁいいか。



「今回はイルダの武術大会に参加してきたんだ。」

「え?冒険じゃないの?」

 イルダというのはこの町から北の方へ行った国の名前。

 よくは知らないけど武術大会が開かれるくらいだから、魔法より武術に力を入れているんだろう。

 にしても大会に参加って、それもここの仕事?



「あぁ、そうか、お前はまだここのスタンスがよく分かってねんだな?ここはな、ほんとに何でもやるんだよ。モンスター退治や洞窟やらダンジョンの探索から始まって、各種大会への出場、荷物運び、または荷物を輸送する馬車なんかの護衛、はたまた沈没船の引き上げだとか、探し人探し、怪盗を捕まえるなんていう探偵まがいの仕事もあれば、芸人の代わりにステージで芸を披露したり、勉強が分からない子供に勉強教えに行ってやるなんていう仕事までありえないくらいここの仕事は幅広い。ま、冒険者は人手がどうしても足りなくなったりでもしない限り子供の勉強を教えるなんて仕事はやんねーけどな。」

 それを聞いて僕はわーと目を瞬くばかりだ。

 いろんな意味ですごい場所だな、ここはほんとに。



「今も確かシーが隣町の魔術大会に行ってるよな?」

「いや、シーは俺たちより少し先に帰ってきたみたいで、今は疲れて寝てるよ。」

「シー?」

 どうやらシーというのは人の名前のようだ。

 また新しい仲間が登場か。

 今日部屋に帰ったら人の名前を皆メモしていておいた方が良いかもしれない。



「シーっていうのは魔法の天才!そうだ、明日リクたち休みだろ?シーも今日帰ったばっかだから明日休みだし、ケイ、君は魔法を使うようだからシーに手解きを受けたらいいんじゃないか?きっと新しい発見があると思うし、それに自分が今まで使っていたのとは一味違う魔法を習得できるかもしれない。」

 ブレイズは僕のローブ姿を見ながらそう言った。

「何せ相手は魔法の天才だからな!」



「う、うん・・・。」

 僕は二人に対して気のない返事を返すくらいしかできなかった。

 僕は今だに魔法使いか、戦士、どちらを取るか迷っている。

 けど魔法を新たに魔法を習得するとなれば、魔法使いの道を選ぶことになるだろうし。

 僕としてはもう少し悩んでいたい。

 


 が二人は僕のそんな気持ちなんて知らないわけで。

「よし、んじゃシーのやつも夕飯のときには出てくるだろうし、そん時に聞いてみるか。」

「んだな!」

 と勝手に話が進んでいる。



 まぁいいんだけどさ。

 二人は僕のことを思って行動してくれているわけだし。



「あ、そうだ、んで大会、どうだったんだよ?」

「あぁ、もちろん優勝だ!」

「お!すげぇな!で、商品は何もらえたんだ?」

 


 ん!これはさっきの話よりは俄然興味がある。

 どんな規模で歴史はあるのかないのかとか分からないことだらけの大会だけど、優勝したとなればそれなりの賞品が出ているはずだ。

 いったい何を貰ったんだろう?



 ブレイズは近くに投げ出してあったリュックサックを漁ると白い布に包まれた何かを取り出した。

 それを取り出すブレイズの顔はとても嬉しそう。

 これは相当良い物貰ったんだ!



 そしてブレイズは、握り拳より一回り大きいくらいの布に包まれた何かを片手に乗せ、ゆっくりと布を捲っていった。

 僕とリクは興味津々でその様子を覗き込む。

 一体どんなお宝だろう?

 宝玉かな?

 それとも何かの加護を受けた装飾品?



 そして、ブレイズの手に最終的に乗っかっていたそれは、

「・・・悪魔?」

 そう、僕とリクがほぼ同時に呟いたそれだった。



 ブレイズの手に乗っかっていたのは褐色の肌をした女の悪魔の彫像。

 その彫像の背中には悪魔の証のようにも見える巨大な蝙蝠に似た羽が生え、彼女の足元には炎の様なものが渦巻いている。



「ちょっと貸してみそ。」

 僕がその彫像を覗き込んでいると、リクが半ば奪い取るように彫像を手に取った。

「お、おい!」

 ブレイズの事なんかリクは無視し、彼は奪い取った彫像を眺め回すことに夢中だ。



「うわ、軽いな、これ!」

 見た感じその彫像は何か重そうな金属で作られているように見えたのだが、リクは片手で軽々と持っている。

 何か魔法でもかけられているのだろうか?

 まぁなにか加護があって自分の身を強化してくれたしても、重たかったら持ち歩く気しないもんな。

 大体見た目が悪魔だし。



「おいおい、リク!見るだけなら構わないけど絶対壊したりとかすんなよ?それ職人さんの手作りらしくて、この世に二つとないんだからな!」

「分かってるって!」

 リクは軽い返事を返すとブレイズに背を向けて、なにやらごそごそし始めた。

 後ろからリクの手元を覗き込むと、彼はその彫像をいろんな角度から眺めたりこつこつ叩いている。



「何やってんのさ?」

「あん?そりゃ、なんか仕掛けでもないかって探し・・・ぐゎ!!」

 僕の方を向いて話しつつ、彫像を弄っていたリクが突如変な声を出した。



「あぁ・・・・むぐ!!」

 僕が声を上げようとしたらリクに口を塞がれてしまったけれども、そのリクの手元にあった彫像!

 それが綺麗に真っ二つに割れていたんだ!



「お、おい?まさか、何かやらかしたんじゃ・・・?」

「いやいや・・・まさか!!」

 ブレイズのいる後ろからだんだん真っ黒な影が伸びてきた。

 振り返ると、そこには金に光る2つの目!

 別に僕は悪いことをしたわけじゃないのに、ブレイズの顔を見て思わずビビッてしまう。

 リクはというと彫像を後ろ手に隠したまま、いつの間にか立ち上がり引きつった笑顔を浮かべつつ、どんどん出口へ向け、後ずさり。

 僕もブレイズのあまりの剣幕に押され座ったまま後ずさり。



「おい、お前ら、何やってくれたんだ?」

 おまえ・・・ら?!

 ぼ、僕は関係ない!!

 が、案の定言葉が出ない。

 僕はあわあわと首を振った。

 だがしかし僕への誤解はそんな事では晴れない。

 ブレイズはだんだん低い唸り声を上げ始め、心なしか彼の体の毛が逆立ってきたように見える。

 そして、ちらりと彼の口からのぞいた歯は、・・・長くて・・・鋭く尖っていた!



「うわわわわ・・・!」

「と、とりあえず、一時退散だ、ケイ!!」

 座ったまま後ずさりしていた僕はいきなり腕を引っ張られ引きずられるようにブレイズの部屋を出た。



「待て、コラ!」

 ブレイズの怒鳴り声が後ろから聞こえたけど、さすがシーフ。

 リクの足の速いこと速いこと。

 ブレイズもヴィクマー族だから足は速いのだろうけどこちらは足が速いだけじゃなく身軽だから、軽いフットワークでどんどん走る。

 僕が多少足を引っ張っているようだけど、あっという間にリクは2階の廊下を走り抜け、1階に下りた。



 そして、軽くジャンプし、カウンターを飛び越えると、カウンターの影にリクは身を潜める。

 そんなリクとどうしようか慌てる僕を見て、カウンター奥でグラスを磨いていたフローラが目を丸くした。

 辺りを見るとクイットとキトンの姿はなく、今はカウンターにフローラが待機しているのみのようで、ほかに人の姿はない。

 僕はフローラにすまないと思いながら頭を下げると、カウンターを乗り越え、リクの隣に隠れた。



 と、同時に階段の方からドドドドという地響きのような足音が。

 どうやらブレイズが2階から降りてきたようである。



「あ、フローラ!リクともう一人ケイってのがここに来なかったか?」

 息遣い荒くそう質問するブレイズの声。

 僕がちらりとフローラの方を見ると、彼女もこちらの方を困ったような顔をしてちらりと見た。

 それを見て僕とリクは、一生懸命顔の前で手を振ったり、バツ印を作る。

 それでフローラは何か事情があると察してくれたのか、

「さっき、あわてた様子で外に出て行きましたよ?」

 と言ってくれた。



「そっか、さんきゅ。」

 そして遠ざかっていく足音。

「ちっくしょ、あいつらぁ!!」

 最後に聞こえたブレイズの声は、多少の弁解では許してもらえない雰囲気があった。



 どっと出るため息。

「はぁ、助かった。ありがとな、フローラ。」

「どういたしまして・・・。それよりブレイズ相当怒っていましたけど何をやったんですか?」



 やはりここは説明をしておくべきか。

 というわけでさっきブレイズの部屋で起こしてしまったことを僕らは手短に話した。



 すると、そこへいきなり

「あれ?何でリクたちがカウンターにいんの〜?」

 と声がした。



 僕とリクは各自悲鳴のような声を上げ、カウンターへ隠れる。

 が、今の声はどう考えてもブレイズではない。

 頭で反復してみるとさっきのはキトンの声だ。



「お、おい!びっくりさせんなよ!」

「な、何?こっちだって何で二人がそっち側にいるのかびっくりだよ!」

 キトンはカウンターを挟み僕らを繁々と見た。

 とりあえず僕らはいそいそとカウンターを乗り越える。



「・・・何やらかしたかは知らないけど、君たち、お宝に興味はないかい?」

 どうやらキトンは僕たちが何をやらかしたのかについてはさほど興味はないらしい。

 これはきっとリクの日ごろの行いの悪さの賜物だな?



 そしてキトンはなにやら芝居がかった口調で話を切り出した。

「実は私もブレイズと一緒に武術大会に参加してたんだ。女性の部でさ。で、優勝しちゃったのよ!!」

 胸を張るキトン。



 うわぁ、この店から大会に参加した人二人とも優勝・・・?

 こんな面白可笑しい性格の彼女だけど、いざ戦闘となったら恐ろしい力を発揮するのかもしれない。

 僕は少し鳥肌が立ってしまった。



「お?そんじゃ、キトンも何か賞品貰ったのか?」

 リクが目を輝かせた。

 後ろ手には真っ二つに割れた彫像を持ったまま。

 全くこんな時によく平気な顔して話してられるよ。



「もっちろん!ブレイズも賞品貰ったって言うけど見せてくれないんだよね。」

 ・・・まぁ、さっきの悪魔像は若干露出度の高いものだったから、見せたくないのも分からないでもない?



「じゃぁ、さっきのお宝に興味はないかっていうのは?」

「そう、この賞品についてさ!」

 僕の質問にキトンは大いに頷くと、ブレイズが取り出したのと同じように白い布に包まれた何かを僕らに見せた。



「これはね〜、すごく綺麗な物なんだよぉ・・・!」

 そういって布を捲り、現れたのは、美しい天使像だった。

 純白のローブ、風になびく金髪、白銀に輝く翼・・・。

 そして足元には王冠のように広がる水の輪。



「うおぉ・・・。こりゃすげぇな。」

 ブレイズの持っていた悪魔像も迫力があり、綺麗だけど、この天使像もまた違った美しさで、見るものを虜にするような感じ。

「ほほぉ、ちょっと見せてもらっていいか?」

「ん?いいよ〜。」

 キトンは得意満面といった表情のままリクに天使像を渡した。



 渡してしまった。



 数秒後・・・恐れていたことが。

「・・・あ。」

 リクと僕は揃って声を上げた。

 案の定、天使像を悪魔像と同じく弄くっていたリクはまたしても真っ二つにしてしまったのである。



「・・・・!!」

 キトンが目を見開く。

 フローラも口元を押さえた。

 スーッと僕は血の気が引く。

 リクはまさかといった表情で固まった。



 が、しかし、リクはすぐに我に返り、天使像を悪魔像と一緒にズボンのポケットの突っ込んだ!

 そしてどう言い訳しようかと考えを巡らせていた僕の腕を掴み、ダッシュで店の外へ出る。

 僕は頭の回転が追いつかずリクに引っ張られるまま。

 


 最後に店内で見たのはどうしようかとうろたえるフローラの姿と、まだ固まったままのキトンの姿だった。



                            :



 走りに走って、辿り着いたのは港だった。

 そう、言い忘れていたけれどこの町は港町だったのである。

 もう日が沈みかけ辺りはほとんど暗くなりかけ、人影もほとんどなかった。

 僕は人がいないのをいい事に、思わず海のバカヤローと叫びたくなったけど、叫んでいる間はないのである。



「どうすんのさ!っていうかなんで逃げるんだよ!謝れば許してくれたかもしれないのに!」

「おめーはキトンのこと知らねーから、んなこと言えるんだよ。あいつ頭に血が上ると、正常な判断ができなくなるからな。気ぃ失うまで殴り続けるぞ。」

 リクの溜息交じりの物騒な言葉に、僕は再びさーっと血の気が引いた。



「ま、とにかく何とかしねーといけねーってのは、変わんねー。」

 僕はキトンにたこ殴りにされる図を想像して首を振った。

 しかもこうして逃げてしまったんだからあの場にいたフローラにも嫌われただろうし、さらにクイットに知れたら何を言われるかわからない。

 しかも第一の被害者であるブレイズがこれでは黙っちゃいないだろう。

 悲劇が更なる悲劇を呼ぶ!!

 このままじゃ帰ることができないじゃないか!

 僕は頭を抱えしゃがみこんだ。



「おいおい、ケイ、顔上げろよ。とにかくなんか手を打たねーことには・・・な?」

 リクの声の調子が急に柔らかくなった。

 思わず見上げるとにっこりと笑うリクの顔。



「ほれ。」

 そう言ってリクが何かを渡そうと手を差し出し、僕も反射的にリクから何かを受け取ろうと手を差し出した。

 そして、手渡されたのは・・・割れた彫像、それも両方。



「んじゃ、俺はちょっと用事思い出したから。」

 言うが早いかリクは走り去って、どこかへ消えた。

 僕はしばらく状況が飲み込めないままに固まる。

 


 ・・・これはいったいどういう状況?

 ちょっと整理してみよう。

 


 今日はまず洞窟に行って、例のモンスターたちに襲われた。

 その後ビシウスっていう人に助けられ、なんとか町に帰る。

 


 そして、キトンやフローラと出会い、ブレイズとも話した。

 キトンとブレイズはイルダという町の武術大会に参加してそれぞれ天使と悪魔の彫像をもらう。

 そしてリクがそれを両方とも真っ二つに割る。

 両方の場にいた僕は巻き添えを食らった。

 


 そして、逃げてきた僕は、たった今リクにその彫像二つを渡され、リク本人は姿を消してしまう・・・。

 つまりは・・・。

 


 リクだけ逃げた?!

 


 い・・・いやいや、まさかそんなはずはないよ。

 用事を思い出したって言ったっけ?

 な、何の事だろう?

 もしかしたらこの状況を一気に解決する方法を思いついて、それに関係する用事なのかもしれない。

 


 まぁ、リクの性格を考えれば、その可能性は限りなく低いけど、リクが全ての責任を僕に押し付けて逃げてしまったとはまだ言い切れない。

 とにかく、リクは再び帰って来ると信じることにして、まずは僕なりに何か解決方法を考えよう。

 僕はお人よしを売りにしている賢明な小市民だからね。

 とりあえず良い子にしていれば不幸は身に降りかからないはず・・・だ、うん。



 まず僕は天使と悪魔二つの像を見比べた。

 どちらの像も同じようなポーズだ。

 悪魔は足元に炎の渦、天使は足元に王冠のような形をした水が象ってある。



 そういえばブレイズが言っていたけど、これは職人さんの手作りで、この世に二つとないっていう話だ。

 芸術品っていうのは多少は脆いかもしれないけど、武術大会の優勝者のお守りにするくらいの物がこんなに脆く作られているだろうか?

 普通、冒険者のお守り用に作られたものならできるだけ頑丈に作ろうとするはず、簡単に壊れてしまうような物じゃないはずだ。

 仮にも武術大会の優勝賞品なんだから。

 つまり、この像が真っ二つに割れたのは、壊れたわけではないのではないか?

 


 僕は試しに割れた断面を見てみた。

 よく見るとそれぞれの彫像の半分には細かな穴がいくつか、もう半分にはちょうどその穴に嵌まりそうな出っ張りがいくつかついている。

 要するに、真っ二つに割れたのは壊れたわけじゃなく、元から半分に割れるようになっていたんだ。

 だからこんなにも綺麗に二つとも割れてしまったのか。

 僕は二つの像を元通りに引っ付けあわせ一息ついた。



 しかし、待てよ?

 何で、元から二つに割れるようになんてしてあるんだろう?

 物事には何事にも意味がある、そうどこかの有名な冒険者が言っていたっけ。



 となると、この像にも何か秘密があるんじゃないか、という疑問が湧いてきた。

 もう一度思い切って半分に像を割ってみる。

 そういえば半分に割ってできることといえば、限られてくるじゃないか。



 どうするか・・・それは僕が思うに、天使のパーツに悪魔のパーツを合わせることだ。

 逆に悪魔のパーツに天使のパーツを合わすことも。

 まぁ、何も起こらないかもしれないけど、試してみる価値はある。

 僕の好奇心が久しぶりに掻き立てられた。



 僕はあまり危ない橋は渡りたくはないけど、元々これは、詳細は知らないとはいえちゃんとした大会の賞品で貰った物だ、危険な物じゃないはず。

 本当は優勝者であるブレイズやキトンが仕掛けの有無を試すべきかも知れないけど、しばらくは二人と話す勇気が湧かない。

 それに像の謎を解いて、像が半分に割れたのに理由があったことをきちんと証明できれば、もしかしたら許してもらえるかもしれない、という事もある。

 


 こうして僕は一度深呼吸すると、少し緊張で震える指で、天使像の片割れに悪魔像を嵌めた。

 が、しかしまだ何も起こらない。

 でも、二つの異なるはずの彫像の片割れ同士は驚くほどぴったりと合わさった。

 二つの像の足元に渦巻く炎と水さえも綺麗に合わさっている。



 僕は息を整え、残った彫像同士の欠片を合わせた。

 暗くなった中、人のいない港に一人座り込み何かを弄っている姿はかなり異様だっただろうけれどそんなことは気にしていられない。

 


 そして僕は少し不気味な姿になった彫像を地面に並べて置いた。

 僕と彫像の間は一陣の冷たい風が通り抜ける。



「・・・やっぱ何もなかったか。」

 僕は背を丸め、溜息をついた。



 が、溜息を吐き終える前に、目の前の二つの奇妙な像に異変が起こったんだ!

 二つの彫像が光り輝き、それぞれの像から淡い光の玉が飛び出し空へ打ち上げられた。

 すっかり暗くなった空に上って行った光は徐々にスピードを落としていったが、速さを失うごとにその光は大きくなっていく。



 そして上昇を止めた頃、その光は僕の身の丈ほどある巨大なものに変貌していた。

 驚きで動けなくなった僕はそれを呆然と眺めることしかできない。

 きっと僕はかなりの間抜け面だろうな、なんてことを考える僕が頭の隅にいるのを感じながら僕は光の玉に見入った。



 なんだか神々しくも見える光だけど、どこか闇があるような、そんな不思議な輝き。

 そうして少し間を空け、僕は何とか動けるようになってよろよろと立ち上がった。



 が、またしても僕の身に予想外のことが起こる。

 立ち上がったのを見計らったかのようにその光が僕に向かって突っ込んで来たからだ!



 避ける間もなく僕とその光は正面衝突し、僕の体は軽々と吹き飛ばされる。

 そして地面に落ちた僕は目を開けていられなくなった。



                      :



 はっと我に返り僕は目を見開いた。

 どうやら僕はしばらく気を失っていたようだ。

 僕は吹き飛ばされたときと同じように上を向いたまま、大の字になってぶっ倒れていた。

 


 そして、僕の目の前に見えたのは暗くなった空でも、バーの天井でも、自分の部屋の天井でもない。

 目の前には何もなかった。

 ただただ真っ白な空間。

 天井がない。

 


 僕はむくりと起き上がった。

 ここは危険な場所ではないような気がして、不思議と落ち着いた気持ちでいられる。

 


 しかし見渡す限り何もないこの場所では、何をすればいいのかさっぱり分からない。

 上下左右すべて真っ白。

 一応地面は硬いけれど、何でできているか分からない。

 見た感じ出口はないようだ。

 


 これは困ったことになったとぼんやり考える。

 そんな時だった。



「ようやく封印が解けたと思えば、こんななよなよしたやつなわけぇ?」

「まぁ、そんな文句ばっかり言わないでよぉ。それに出て来れたんならそれだけで良いじゃないか〜。」

 なんて声がどこからともなく聞こえてきた。



 その声は女性、しかも二人だ。

 片方は澄んだきれいな声ではあるものの、今時の若い女の子のような話し方。

 クイットとはまた違った僕の苦手なタイプの話し方だ。

 


 そしてもう片方は少しハスキーな感じの女性の声。

 でも少し間延びした話し方はのんびりした印象を受ける。



「・・・何?」

 僕は誰?とは言わずそう聞いた。

 誰?なんて聞いて、また新たな顔と出会うのは勘弁してほしい。

 そうじゃなくても今日は沢山の人に会って名前を覚えていられるか心配なんだから。

 


 そういえば、同じ店で働いてる魔法の天才って呼ばれてる人の名前は何だっけ?

 スー?いやリー?・・・あ、シーだ!

 


 そんな事を考えているとふっと目の前の空間が歪んだ。

 そして二つの人影が現れる。

 僕は思わず顔を顰めた。

 何も出てきて欲しくなかったのに。

 まぁ、姿が見えず言葉だけがどこからか聞こえるって言うのも嫌だけどさ。



「もうちょっと驚かない?普通。」

「まぁ、落ち着いて話ができるからいいじゃないさ〜。」

 そして僕の目の前に現れたのは、宙に浮かぶ天使と悪魔だった。



 二人とも例の彫像にそっくり。

 一人は天使のようで、もう一人は悪魔のよう。

 


 天使の方は像と同じく美しい白銀の翼を背中にたたみ、服の足元部分はカラフルで上質そうな布がいくつも使われ、まるでドレスのよう。

 服には袖がなく、ほっそりとした両腕には大きな金のリングを通しており、そのリングは宙に浮かんでいる。

 その手首にはぴったりとした金のリングが嵌められ、そこからは薄いベールのような布が伸びていた。

 肩にも同じようにベールのような細い布をかけ、腰にも同じような物を巻いている。

 靴は履いておらず彼女の足元は何もないはずなのに、地面に着地した瞬間水の上に立っているかのように波紋が広がった。

 流れるような金髪は腰まで伸び、いくつか三つ網にされている。

 頭にもサークレットというのか飾りをつけており、なんとも豪勢な出で立ち。



 そして、お待ちかね悪魔さんのほうは天使のほうと比べて露出度が高いものだった。

 胸元、肩、おなか、太ももが・・・。

 どこも鍛えてあるのか、それなりに筋肉がついているようだった。



 彼女の方には蝙蝠のようなイメージの中の悪魔そのままの羽が生え、全体的に黒尽くめ。

 その黒い服には赤い模様が入れられ、少し禍々しく感じる。

 腰周りには武器なのか何なのかよく分からない三角の金属板がいくつか浮いており、肩にも、用途不明の飾りのような物が。

 天使の彼女と同じように片腕には銀の大きなリング。

 もう片方の腕や首下にも銀のリングがあった。

 そしてぼさぼさの白い髪に顔の右半分を覆う真っ赤な文様。

 その文様に覆われ、閉じたままの目が印象的だ。

 それから足元は燃え滾る炎に覆われ、先が見えない。

 彼女は地面に降りると、翼は閉じられ黒っぽいマントに変わった。



 もう彼女ら二人は見た目だけで僕はお腹一杯である。



「はじめまして。今回私らの封印解いたのがあんたね。」

 天使の彼女が口を開いた。

 どうやら口が悪いのは悪魔さんの方ではなく天使さんのようだ。

 まぁ、声の感じからして、そうじゃないかとは思ったけど。

 もうその手には驚かないぞ。

 見た目と性格が違うっていうのはね!!ふん!!



 にしても封印?

 あの彫像には見た目どおりの悪魔と天使が封印されてたって?

 っというか天使と悪魔って敵対してるようなイメージがあるけどなぁ。

 まぁ、さっき普通に会話してたから敵同士ではないようなんだけど。



「・・・あなた方は一体何者で?」

 僕はとりあえずそう聞いた。

 何にせよ僕に何の用事があるのかはっきりしてもらいたい。

 というか封印を解くべきは僕じゃなく、大会優勝者のブレイズたちなんだから、何とかして僕は元の場所に帰らなくては。



「あぁ、私たちは見てのとおり天使と悪魔。妖魔バ・・・待って、妖魔って二つ名おかしくない?私妖怪でも魔でもないじゃん。」

「え?でも今までは妖魔で自己紹介してなかったぁ?」

「だって、あなた、前私たちがここに出てきたのっていつよ。ずっと前でしょ?そのころは頭が回んなかったけど、今はそれなりに年食ってんだからそれなりに頭も働くってもんよ。」

「えぇ?急に言われてもいい二つ名なんて早々は〜・・・。あ、堕天使とかどうぉ?なんかカッコいい気がするけど〜。」

「誰が堕天使よっ!あなたはともかく私は堕ちてなんかないっての!」

「う〜・・・。」



 何か話がどんどんずれていっている気が。

 というか僕の存在を忘れていないか、そこの二人。

「おほん!」

 わざとらしく咳払いすると、二人は思い出したように僕を見た。



「あ、あのね、私は「バリア」、こっちが「キルア」って名前なんだけど、こう、なんかかっこいい感じの二つ名っていうのか、そーいうのが思いつかないんだよね。何かない?」

 返ってきた言葉からして僕がした質問はほぼ忘れ去れられているようだ。

 一応名前は分かったけれども、何をしたいのかが分からない。

 キルアという名前の悪魔さんもさっきからうんうん言いながら考えてるし。



 とにかく何か良い感じの二つ名を考えないと、話を聞いてくれなさそうだ。

 このバリアとかいう天使は我が儘そうだしね。

 


 そうだな、天魔・・・とか?

 でもそれじゃなんか天馬と被ってあれだな。

 あ、そうだ天と死の使い!とかってかっこよくないかな。



「天と死の使いっていうのは?」

「なぁ〜いす!!」

 僕が言うと悪魔さんが晴れやかな笑顔を零す。

 口から覗いた尖った歯が若干怖いけど、悪魔の笑い顔の割には随分と爽やかだ。

 この悪魔さんは悪い人じゃなさそう。



「ふ〜ん、ま、妖魔よりかはずっと良いね、それでいこっ!」

 なんか引っかかる言い方だけど、天使の方も納得したようだ。



「それじゃ、改めて・・・。天と死の使い、バリア、そして、キルアの封印を解いたあなたは、私たちの力を操る権利が与えられました〜。」

「わ〜。」

 淡々と語る天使と喜んで拍手をし始める悪魔。

 


 ・・・何?どういう事?

「ま、簡単に言うと、あんたは今日から私たち二人の力を使えるってことよ。」

「というと?」

 


 力を使えるといっても悪魔と天使が身近にいるわけじゃないんだから、いったいどれくらいのパワーかなんて分からない。

 大体が、力を操るべきは僕じゃなく、ブレイズやキトンだ。



「えっとね、まず天使と悪魔が使う強力な術が使えるのと、私たちを戦闘の場に呼び出すことができるのと、私たちの能力のいくつかを貸すことができる・・・などなどいろいろあるね。ま、どれにしても結構魔力使うんだけど。」

 ・・・魔力を使うってそれじゃ、僕に戦士の道をあきらめて潔く魔法系に移れと言っているようなものじゃないか・・・。

 僕はまだ戦士か魔術師どちらの方向に進むか決めていないのに・・・。



「待ってよ、君たちの封印を解くべきは僕じゃないんだ。君たちの封印された彫像を入手したのは僕じゃない。」

「何言ってんの、実際封印を解いたのあんたでしょ?運命よ、運命。潔く受け入れなさい。一回体に入ったら、その体が死ぬまで私たちは出られないから。」

「え?」

 何?その体に入るっていうのは。



「あ、そうだ、あんた最初光の玉みたいなのにぶつかったでしょ?あれが私たち。んで、体に入っちゃった時点で、あんたは私たちを受け入れるしかないの。あんたが私たちの肉体を、私たちが元いた場所から召還しない限り、私たちの精神はあなたの中に居続けるの。私たちは魂みたいなものであんたの一部になる。だから、あんたが見たものは私たちにも見えるし、あんたが感じたことも分かるし、あんたの知識も私達の物。逆に私たちの知識なんかはあんたの物になる。でも私たちの体は魂が抜けた状況だから私たちの体は、あんたがこっちに私たちの体を呼び寄せない限り動かせないから。OK?」

 矢継ぎ早に何やらいろいろと話され僕の頭はショート寸前。

 何?僕の中に死ぬまで居座り続ける?

 受け入れる他ない?

 一度入ったら抜け出せない?



「ま、諦めるこったね。大丈夫、悪いことにはならないって。」

 天使は肩を竦めた。

「まぁ、目が覚めたらちょっとびっくりするかもしれないけど、そのうち慣れるから〜。それじゃ、お休み〜。」

 最後悪魔さんの言葉が聞こえたあと、僕の意識はぷつりと途切れた。




                           :



 どれくらい経ったのだろうか。

 僕はゆっくりと目が覚めた。

 目覚めた場所ははふかふかとした布団の中。

 


 布団・・・? 

 うっすら目を明けるとそこは一度寝ただけだけど、懐かしい僕のベッド、そして自分に割り振られた部屋。



「何だ・・・。夢か。」

 安心して起き上がる僕。



(夢じゃないよっ!)

 が、突如として頭の中に響いた声に思わず身を縮めた。

(夢なわけないじゃない!私たちをまたつまんない場所に帰す気?!早く起きなさい!)

(ちょ、ちょっとぉ、寝起きの人にあんまり怒鳴るといいことないよ〜。ごめんね、ちょっと黙らせておくからぁ。)

 頭の中で僕の意思とは関係なくそんな会話が繰り広げられ、すぐに静かになった。



 どうやらさっき見ていた夢のようなものは残念なことに夢じゃないようだ。

 頭の中で繰り広げられたさっきの会話が何よりの証拠。



 僕は溜息をつくとベッド脇においてあったブーツを履いた。

 僕はいつの間にか黒いローブ1枚だけになっている。

 確か港に居たときに意識が途切れたんだっけ。

 それじゃぁ、リクが助けてくれたんだろうか?



 まぁ、何にせよ、アーマーや上に来ていた白いローブを脱がせてもらっている所からすると、誰かの世話になったのは明白だった。

 僕はとりあえず新たに出した黒のローブに着替えると上に予備の白ローブを羽織り、一階に向かうことにする。

 とりあえずは僕が港で倒れた後、どうなっていたのか。

 そして僕自身に起きたことや彫像について話さないといけないし、ブレイズやキトンにも謝らなければ。


 

                              :



 階下に降りると、階段から降りてきた僕に背を向けるようにして、カウンター席にブレイズ、キトン、クイットが並んで朝食をとっているのが見えた。

 カウンター奥には誰もいない。

 フローラはまだ寝ているのだろうか?

 というよりか今は何時くらいだろう。

 3人が朝食をとっているということはそんなに遅い時間ではないようだ。

 


 そして、僕は動こうにも動けなかった。

 何故って近づこうにも空気が重いから。

 だってさっきから3人は一言も話さないんだもの。

 


 僕は一体どんな顔をして出て行けばいいんだ?

 出て行ったときのみんなの反応が僕には予想ができなかった。

 怒られる?それとも口を利いてもらえない?

 どうしても僕は一歩を踏み出せない。

 


 そしてうじうじと僕が迷っていたそんな時。

 カウンター奥に、壁を隔ててある厨房から誰かが出てきた。

 何か温かそうな飲み物を置いたボードを手に持っている。

 


 フローラだ!

 


 そして丁度フローラは僕の方を向いた形で出てきた。

 フローラがボーっと突っ立ってるだけの僕に気づくのにそう時間がかかるはずがない。

 フローラはすぐに驚いたような声を出した。

 その声を聞き、カウンターに座る3人も僕の方を何事かと振り返る。

 


 次の瞬間

「あ!」

「ケイ!!」

「無事?!」

 なんて各自大声を上げてどたどたと駆け寄って来た。



 僕は思わず身を硬くする。

 殴られるんじゃないかとかいろいろと考えてしまう。

 が、彼らは僕をニコニコした顔で取り囲んだだけだった。



「いやぁ、良かった。体は元気そうだったからそのうち目を覚ますとは思ってたけど、心配してたんだ。」

「ほんと良かった〜。彫像も大事だけど、それよりも君のほうが大事だからねぇ。」

「えぇ、元気になったようで本当によかったです。皆さん心配していたんですよ?」

「ケイってば、ばっかじゃないの?!危険なものには手を出さないのが常識でしょ?!」

 な〜んて言ってくれている。

 クイットは言葉は怒っていたけど、顔は笑顔だ。

 笑いながら怒られたのは今回が初めてかもしれない。



「とにかく何で倒れたのか、話して聞かせてくれよ。」

 ブレイズにせがまれ僕は皆に挟まれるようにして、カウンターの席に着いた。



                            :



 こうして僕はリクと一緒に港へ逃げた事。

 リクが彫像だけ残して姿を消した事。

 その後彫像の仕掛けを解いた事。

 そして仕掛けのせいで僕は気を失っていた事を丁寧に話してあげた。

 皆は神妙な顔でふんふんと聞いてくれている。



「それじゃ、その像から出てきた光の玉ってのが、ケイの中に入ったってわけだな?」

「で、どうなったの?」

 ブレイズの言葉を聞きながらクイットが先を促す。



 いや、この先は話すべきか話さないべきか、悩みどころだ。

 だって、天使と悪魔が僕の中に入ったって言ったって信じてくれるはずがない。

 というか僕は説明をする自身がなかった。

 信じる信じないっていう前に話が伝わらないかもしれない。



 が、そんなときに頭の中のあの声が復活した。

(えっと、人気ランキング1位がフローラ・キャーリット・・・あの金髪の子で、2位が・・・)

「どわぁああぁ、やめて!」

 僕は思わず声に対して大声を上げた。



 みんなに聞かれたらどうするんだ・・・と言おうとして僕は口を噤んだ。

 だって、みんなが気色の悪いモンスターでも見るかのような目で僕を見ていたから。

 


 とりあえずは頭の中の疫病神をどうにかしなければ。

(ちょっと!人の頭の中勝手に見ないでよ!)

 僕はとりあえず頭の中でそう言ってみる。

 たぶんこれでも会話できるはずだ。



(いいじゃん、私たちにも目の前にいる人が誰なのか情報が必要なんだからさ。それにあんたが大事に思っている人とかの情報もね、知っておいた方が良いでしょ?それに私たちの声は外には聞こえないから良いじゃん。)

(そーいう問題じゃないんだよぉ・・・。)

 僕は頭を抱えた。

 どうすればこいつは僕の精神をかき乱さずにいてくれるのか・・・。



「お、おい、ケイ?大丈夫か?やっぱ何かあったんだな?話してくれよ。」

「そうですよ。ここの皆は家族も同然です、隠し事は無しですよ。・・・どうしても話せない事なら仕方ないですけど・・・。」

「何言ってんのフローラ!これは異常!絶対口を割らせないと!」

 クイットの恐ろしげな言葉で僕はすぐに顔を上げて、ぶるぶる首を振った。



「話す!話すから痛い目見せるのは勘弁!」

 クイットの事だもの、何をやらかすか分かったもんじゃない。

 まだ魔法を使ったとこは見てないけど、まぁそれなりに戦えるはずだし、痛い目には会いたくないからね。



「そんじゃ、早く話しなさい。」

 命令口調で言われたのが少し癪だったけれども、僕は話すと言った以上は天使と悪魔のことを話さなければ。

「えっと、今僕の中には天使と悪魔がいるんだ。」



「ハァ?」

 僕が言った僕の中に天使と悪魔がいる発言に返ってきたのは、案の定そんな声と間の抜けた表情。

「あの、彫像の中に天使と悪魔が封印されてて、それが今僕の中にいるんだよ。」

 僕は一生懸命話したけど、今度は全員可愛そうなな人を見るような目で僕を見た。



「もしかしたら、ケイのやつなんか魔法でもかけられたんじゃないか?」

「うん、悪戯でもされたんじゃない?人を惑わす魔法って簡単なものは大体どんな人でも使えるし・・・。」

 ブレイズとキトンが顔を見合わせる。



「私惑わしの術を解く魔法使えますから解いて差し上げましょうか?」

 フローラまでそんな事を言い始めた。



 う、やっぱり誰も信じてくれない・・・。

 そんな折

(ほら、あんた!こういう時こそ、召還よ!)

「召還?」

 僕はポツリと呟いた。



 彼女らを呼び出すって事?

(私たちの体を呼び出すのは重労働だけど、私たちの魂を一時的に何かに乗り移らせるか、魔力で簡易的な体を作ってもらえたら、私たち外に出れるから、私が直接説明する。あんた説明下手そうだもん。)

(何か手近なところに使えそうな体ありますぅ?)

 天使の言葉にムカッとしつつも、本人たちを呼び出せるならそれほど良い事はない。

 百聞は一見にしかずだ。



(体は見当たらないけど、魔力でも代用できるんだよね?)

(うん、そうだよぉ。)

(そんじゃ魔力の方でお願いするよ、どうすればいい?)

(光球を作る時みたいに手を合わせて、そこに魔力を溜めてくれれば良い。そしたら私たち勝手に外に出るから。あ、でも魔力はかなり多めにお願いね、話し長くなりそうだし。)

(分かった。)

 僕はこくりと頷いた。



 また一人黙り込んでしまった僕を怪訝そうに見ていた皆に

「今から証拠を見せるから見ててよ。」

 と告げ、僕は立ち上がった。



 そして両手に魔力を籠める。

 とりあえず自分の体にダメージがいかない程度、ありったけの魔力を籠めて・・・。

 合わせていた手がゆっくりと離れ始める。

 魔力が溜まってきた証拠だ。



 そして手の中から風が沸き起こり、魔力の球が形成されていく。

 球は淡く輝き、それは風船くらいの大きさに膨らんだ。

 これだけの大きさになるとそろそろ体に疲れが出てくる。

 魔力の球にはありったけの力が凝縮されているから、この魔力の球で魔法を発動させたら家一つ吹き飛ばすくらいは簡単にできるだろう。



 が、まだまだぁ・・・!

 天使と悪魔っていうくらいだ、かなり大量の魔力が必要なはず。

 僕はもう少しがんばった。



 そろそろ出てくるんじゃないか?

 そう思ったとき魔力の球がふっと僕の体から離れた。

 魔力を放し、汗がどっと出る。



 少し疲れた僕はとりあえずその場に座り込み、成り行きを見守った。

 クイットやフローラたちはいきなり僕が魔力をため始めたことにも驚き、さらにその魔力を不意に手放したことにも驚き、そしてこれから一体何が起ころうとしているのか固唾を呑んで見守っている。



(うまくいったねぇ。)

 が、不意に頭の中に響いた言葉に僕は飛び上がりそうになった。

(悪魔さん!?)



(やだなぁ、悪魔さんじゃなくてキルアでいいよ〜。)

(な、何でまだ僕の中に?)

(二人で出て行くと魔力を無駄にしそうだから一人で行くってバリアだけ行っちゃったよ〜。)

(でぇ?!そしたらあの人を止める人がいないじゃないか!)

(大丈夫だよ、出てくるだけでもそれなりに魔力使うからあれだけちょっとの魔力だったらそこまで強力な魔法は使えない。・・・あ、君がしょぼいとか言ってるわけじゃないからね?)

(いや、お、落ち込んでなんかないさ。)



 ・・・いや実際はかなりグサッときたね、今の言葉は。

 だってあれだけがんばって魔力を溜めたのに、“あれだけちょっと”呼ばわり。

 しょぼいなおめーの魔力はよぉ、って笑われたようなもんだ。

 いや、落ち込んじゃいられない。

 僕は戦士としても活動しているんだ、魔法重視じゃない。

 多少魔力が低くても別に良いし!

 


 そうこうしている間に、魔力はほぼ人の形になり、天使の姿が現れ始めた。

 が、しかしまたも予想外な事が起こる。



 天使さん。

 彼女は今本物の体じゃないから少しぼんやりとしている。

 まぁ、それはちょっと神秘的な感じがして良いんだけれども、問題はそのサイズ。

 


 なんと魔力の球の大きさ、そのまま。

 つまり風船より少し大きいかなっていう。

 


 言ってしまえば天使には見えません。

 どっちかっていうと妖精のような感じです、はい。

 


 そして彼女はみんなの目線の高さに合わせて飛んでいた。

「あんた精霊も使えたの?」

 そして第一声がクイットのこれ。

 ちょっと嫉妬のようなものが含まれている声音。



「いや、天使です。」

「・・・確かに見た目はあの天使像そっくりだけど・・・。小さいね。」

 キトンが拍子抜けしたとでも言いたそうな顔をして言った。



「自分のこと天使だと思い込んでる馬鹿な精霊じゃない?こいつ。」

 クイットが何気にひどいことを言う。



 すると今まで天使らしくニコニコとみんなの感想を聞いていた天使さんの額に青筋が・・・。

 あ、いけない、僕の経験上いやな性格の人は、意気投合するか、それの全く逆かのどちらかしか関係を持てないことを忘れていた。

 今の場合はもちろん後者である。



「あら、あなた失礼ね。私はこれでも立派な天使よ。ただ今はこいつの魔力が少ないだけでこんな姿だけどね。」

 うわ、酷いこの子。

 僕傷ついた。

 ガラスのハートなのに、僕。



(あ〜、魔力けちってサイズ小さく出たのが裏目に出たね〜。ちょっと出てる時間は短くなるけど、人間サイズで出れば良かったねぇ。)

 呑気なキルアの声が頭の中で響く。

(ちょ、ちょっと、やっぱり面倒な事になっちゃったけど、これ。)

(えっと、とりあえず、バリアがキレる前に、そのクイットっていう子の口を塞いであげて。後一言でも気に障ることを言ったら、きっと何かやらかすから〜。)



 見るとクイットがまた口を開けた。

 僕は慌てて立ち上がりクイットの前に駆け出そうとしたけれど、ローブに足を引っ掛け大転倒。

 そんな僕を見て噴き出すクイット。

 


 そして、

「あんたのご主人、こんなだけど?天使って案外しょぼいんだね。」

 ああぁあぁ!!クイットォォォォ!!

 僕は心の中で叫んだ。

 見ると天使さんの笑みを形作っている唇が引き攣っている。

 青筋がはっきりと目で確認できる!



「ク、クイット、さすがに言いすぎだろ?」

「そ、そうだよ。謝った方が良いんじゃない?」

 ブレイズとキトンはそう言いながら危険を察知したのか、椅子から降り、クイットと天使からじりじりと離れた。

「そうですよ。だって見た目はあの像そっくりじゃないですか。」

 そう言うフローラはクイットから少し離れ、カウンターの陰に身を隠している。

 皆が逃げ腰になるほど、天使の崩れかけた笑みには妙な迫力があった。



「何皆逃げてんのさ、こんなチビにそんな逃げるほど大したことできるわけないじゃん。」

“私の精霊が大したことができないんだから・・・こいつだって”

 


 ・・・え?

 今クイットが声に出したのとは別に彼女の声が聞こえた。



(あ、ごめん、今本能的に彼女の心覗きたくなっちゃって。普通ここまで酷く言わないでしょ?)

(心を覗く?そんな事が?) 

 少し怒りの滲んだキルアの声に多少驚きつつ僕は聞いた。



(あぁ、これは普通は禁じられるべき悪魔の力の一つ。まぁ私が力を使うにはあなたの魔力経由だから、他人の心を無碍に覗いたりしないよ。それに他人の心は覗いたりなんかしちゃいけない。)

 ・・・僕はその言葉を聞いて彼女は本当に悪魔だろうかと思った。

 悪魔ってもっと非情で、人間とゆったり会話できるようなモノじゃないと思ってたんだけどな。

 それって間違った認識だったのかも。

 というか、目の前の天使の形をしたものの方がよっぽど悪魔みたいだ。

 


 僕は痛む膝を庇いながら起き上がる。

 で、僕は見た。

 天使の堪忍袋の緒が切れる所を。

 さっきまで引き攣っていた口がすうっと上に・・・。

 そして極上の笑みを作り上げた後。



「天使に喧嘩売った罪は重いよ。」

 言うが早いか彼女は腕を突き出し、どこにそんな魔力持ってたんだというくらい太い魔力の光線をクイットの顔に向けて発射した。

 間近で出されたその光はかなりの熱を帯びている。

 この光が当たれば顔が・・・吹っ飛ぶ!!



 眩しさ、そして、息が止まりそうなほどの衝撃で僕は顔を伏せそうになったが、そのとき何か硬いもの同士がぶつかり合うような音が響いた。

 なんと形容すればいいのか分からないけれど、ガキン!!って音がしたんだ。



 目を開けると、光線は魔力に戻って、宙に散っていた。

 そして、クイットの目の前には天使さんより少し大きいくらいの小さな人の姿。



 その小さな人は流れるような黒髪で片目を隠した、落ち着いた大人の女性といった見た目。

 背中に大きなリボンが巻かれ、羽のようなものが背中ではなく頭上に浮かんでいる。

 そして優雅に宙に浮かぶ彼女は手を天使に突き出した格好でいた。

 どうやら彼女が光線を魔力に還したようだ。



「天使に喧嘩売るなんて馬鹿だね。あんた、今度こんな事があったら死ぬよ。」

 クイットに背を向けたまま彼女は言うと、悔しそうな表情を浮かべる天使を睨みつけ空を切るように片手を横に動かした。

 すると刃のような風が起こり天使の姿をかき消す。

 最後天使の舌打ちが聞こえたような気がした。

 


 そして、用を済ませた小さな女性も何も言わず姿を消す。

 クイットはというと、恐怖と驚きで声も出ないようだった。



                       :



 あの後クイットはフローラと共に自室へ戻った。

 さっきクイットを守った女性は、例の始まりの精霊というやつらしい。

 クイットはその精霊を自分の意思と関係なかったとはいえ呼び出したことで、かなり消耗していた。

 しばらく休んでくるとのこと。



「・・・お前が天使と悪魔を抱えているのはよ−く分かった。」

 そして、この場に残ったブレイズとキトンは僕に謝ってくれている。

 どうも二人は天使と悪魔がいると言った僕の言葉を、悪魔のような天使がいるという意味だと取ったらしい。

 まぁ、悪魔は悪魔で別にいるんだけど、どうせ二人には見えないし、無理に説明する必要はないだろう。

 実際あれは天使の姿をした悪魔みたいだったし。



(誰が天使の姿した悪魔よ!!)

 うげ、そうだ、あの後天使、バリアは僕の中に戻って来ていたんだ。

(もう、今日は寝る!起こしたら承知しないからね!!)

 そう言うと頭の中のバリアの声はしなくなった。



「あ!!」

 と、急にブレイズが大きな声を出すから僕は思わず飛び上がりそうになる。

「あぁ、びっくりさせてごめんな。実はリクの事なんだが・・・」

「あぁ、そうだ、大変!」

 今度はキトンが大声を出した。



 ・・・リク?

 あ、彼の事をすっかり忘れていた。

 一体彼は今何処に?



「ケイ、ちょっとこっち来てくれ。」

 ブレイズたちはいつの間にか店の奥にいた。

 店の奥には小さなドアがあり、そこが従業員用の通路になっている。

 そしてその先に、店の裏側の広い空き地に出る裏口があるんだ。

 僕はまだ裏の空き地に入ったことないけど、仕事が休みの日なんかはそこで体術や剣技、魔法の訓練をするらしい。

 僕が小走りに駆け寄ると、ブレイズは従業員用通路に入る。

 キトンが後に続き、その後に僕が続いた。

 かなり急いでいるようで二人は僕を置いてどんどん走っていき、裏口のドアを開けると二人は外に飛び出す。

 僕も慌てて後を追い、外に出た。



 空き地といったら砂とちょっと草が生えているくらいかな、と思っていた僕だったけど、そこには大きな木が1本生えていた。

 所々草が生えた砂地の先に突然生える巨木。

 隣の高い建物と、このバーに隠れて見えなかったけど、こんな所に木が生えてたんだ。

 


 そして僕は木の上を見上げて思わず叫んだ。

「リク!!」

 なんと木のかなり高い所に、顔以外をロープで何十にも縛り上げられたリクが、木の幹に巻きつけられていたんだ。



「いやぁ、こいつ信じらんねーんだよ。実はな・・・。」

 リクを睨みつけながら、ブレイズが話し出そうとした所を

「おめーら、そこでくっちゃべってねーで、早く降ろせよぉ!!」

 というリクの悲痛な叫びが遮った。


 

                        :



 リクを救出した僕らは再びカウンター席についていた。

「んじゃ、本人の口から話してもらいますか。」

 ブレイズが言うとリクが罰の悪そうな顔で話し始めた。



「港で俺がケイに彫像渡して、立ち去っただろ?あの時実は俺、少し離れたところで様子を見てたんだ。」

「え?じゃぁ、あの時の事全部見てたの?」

「ったりめーだろ?まぁ、ケイが倒れたあと動かねーから慌てちまって、あの時の事ほとんど覚えてねーんだけど。」

「だから私たちはケイが倒れた時の事知らなかったんだよ。」

 キトンが肩を竦めて言った。



「それで、彫像を渡した事だけどよ、ケイのやつは別に馬鹿じゃなさそうだから気づくかな、と思って渡したんだよ。」

「気づくかな、って!リク最初から仕掛けのこと知ってたの?」

「ったりめーだろ?!仮にもシーフだぜ?ケイみたいな一般人が気づく仕掛けを見つけらんなかっらシーフの資格はねぇ。ま、最初から知ってたっていうのとは違う。ブレイズの時はマジでビビったな。けどキトンのを見た時に気づいた。」

 リクの言葉に僕は唖然とする他なかった。



「ま、俺シーフで打たれ弱いかんな。ここはケイちゃん使って様子を見ようってな。」

 リクはそこでニヤニヤと笑う。

 ぼ、僕を利用してたのかこいつは!



「サイテー。」

 キトンが軽蔑したような眼差しでリクを見る。

「ま、そんな事抜かしやがったからさっきまで一晩中木に縛り付けておいた。」

「こいつったら縄抜けも得意だからさぁ、入念に縛っておいたんだよね。」

 そういえばさっきリクは何十にも縛られてた。

 それはもう、しつこいくらいに。



 まぁ、キトンが一度引っ掻いただけで全部切れちゃったんだけど。

 縄が脆いのか、キトンが凄いのか・・・。

 ま、これは後者だろうな。



「うえー、腹減った。そーいや、フローラは?今日の当番だろ?」

「あぁ、フローラは・・・・。」

 とりあえず僕らはリクにさっきまでの説明をする事とした。



                        :



 いろいろあってすっかり時間がたった気がするけど、まだ朝食を食べたばかり、昼は遠い。

 シーっていう魔法使いの人もまだ起きて来なかったし、魔法の特訓は午後するとして、僕は自由時間を久しぶりに街の散策に費やすことにした。



 リクは碌に眠れてないから寝ると言っていたし、クイットはフローラと自室に戻ったまま、まだ帰って来ない。

 キトンとブレイズは午後は僕の魔法の特訓に場所を譲るから今の内に訓練を済ませておくと言って、空き地へと出て行った。

 キトンたちの訓練の様子を眺めていても良かったんだけど、僕は久々に町を歩きたい気分だ。 



 時間があれば戦士斡旋所のリゼロスさんの所を覗きに行ったりしたいけど、今日はいつもの店に行くのがメイン。

 店までの道中は露店の並んだ大通りを見ながら行く。

 大通りを抜けると宿屋や武器、防具、薬屋などのしっかりした建物が並び、その先に広場がある。

 広場の先が昨日行った港だ。



 そして今日の目的地は広場。

 僕はゆったりと広場に向かって歩き始めた。



 今は黒いローブの上に白いローブという服装。

 裾が長くてあまり動き易くはないけど、鎧をつけていない分体が軽い。



 僕は様々な露店を眺めつつ前へ進んだ。

 町は活気があり、いろんな人が歩いている。

 でも人間が多くて、あまり他の種族の姿は見受けられない。



 今思えばこの町には人間が多い。

 他の町にはもっとたくさんの種族がいるらしいんだけどね。

 まぁ一応ここは港町だし、人間以外もいることにはたくさんいる。

 僕は他人の顔を直視できないから普段は少し俯きがちに歩く。

 だから他の種族がいても気づかないだけなのかもしれない。

 さすがに小人の人たちには気がつくけどね。



「あ〜ら、ケイちゃん!久しぶりねぇ!」

 考え事をしていた所に不意に名前を呼ばれ、慌てて横を見ると少しぽってりとした体系のおばさんが露店から手招きしている。

 その露店には美味しそうな果実が並べられていた。



 実はこのおばちゃん、僕の知り合い。

 リリアルさんといって、僕が冒険者になりたての頃、僕に簡単な依頼を出してくれ、養ってくれていたも同然の人だ。



「すっかり元気になったみたいだねぇ!疲れきって帰って来たのを見た時はおばちゃん、それはそれは心配したんだからねぇ!」

 と言って彼女は僕の肩をバンバン叩いた。



 疲れきって帰って来た、というのは一週間程前。

 例の冒険から一人で帰って来た時の事。



「ほら、回復祝い!アルパの実一個、分けたげる。これ買うと高いのよぉ?100リルもするの!」

「え?!いいんですか?!」

 その握り拳大しかないピンクの木の実を押し付けられ、僕は驚いておばちゃんの顔を見た。

 普通木の実は一つ8リルくらいの値段。

 それが100リルなんて。

 100リルあれば冒険者用の宿屋で1泊できる!

 確かに元気になった事を祝ってくれるのは嬉しいけど、こんな高価な果物貰って良いのだろうか。



「いいのよ!これちょっと傷ついててね。」

 見ると実の薄い皮に茶色い線のような切れ目が入っている。

「それじゃ売れないからさ!そのままがぶりと食べちゃって!ほらほら!」

 おばちゃんにそこまで言われては、断るのも気が引ける。

 それにさっきから甘くて美味しそうな匂いが鼻を突いてたんだ。



 僕は思い切ってがぶりと一口食べてみた。

 思ったより水分が多くて、口から毀れそうになるのを慌てて飲み込む。

「あ、すごく甘い!」

 爽やかな感じの甘みで、まるでジュースを飲んでるみたいに水分が多い。

 とても美味しい!



「喜んでくれたみたいで良かったよ!またうちの店寄っていってね。ケイちゃんには安くしておくから!」

 ドンと胸を叩くとおばちゃんは大きく笑った。

 僕は何度もお礼を言うと店を後にする。



 そして僕は残った果実をちびちび食べながら露店の並ぶ通りを抜けた。

 露店の並ぶ通りを抜けた先には、宿屋や、武器、防具屋、薬屋なんかが並んでいる。

 この広い通りは船に乗ってきた人達が一番多く通る道。

 なので、店は大繁盛のようで、活気に満ちている。



 そしてこの通りには老舗も多く、冒険者に必要な物を売るここらの店にはよく世話になった。

 この辺はやっぱり変わらないなぁ。



(ねぇ・・・ケイ。)

 不意に頭の中に囁くような声が響き、思わず身を強張らせた僕だけど、すぐにキルアだと気づく。

(何?)

(ここがケイの故郷なの?)



(・・・いや、違う。ここは第2の故郷みたいなものかな。)

 そういえば僕が住んでいた村は今どうなってるんだろう?



 この町にやって来たのは今から5年ほど前。

 まだ子供子供していた時だ。

 僕は一人、生まれ育った村を出て、この町にやって来た。



(どうして?家族は?)

 それはもちろん家族もいたさ。

 村を出たいと言ったときはかなり反対もされた。

 でも、僕は冒険者になりたかったんだ。

 それが僕の夢だったから。



(夢・・・。)

 そう、僕の憧れなんだ。

 冒険者っていうのはさ。

 特に騎士。

 重たそうなアーマーを着ているのに驚くほど俊敏に動いて、大きな剣を片手で軽々と操り、人々を救った。

 


 ・・・僕が小さかった頃、5歳くらいの時だったかな。

 村が突然モンスターに襲われた。

 確か猪みたいなモンスターで、普段は必要な分だけ捕まえて食べてたんだ。

 そういった身近な、普段相手から襲ってくるような事はないやつなのに、そいつらがいきなり村に雪崩込んできて、人々を襲い始めた。

 そこへ偶然いた冒険者の一団が村を守ってくれたんだけど、そのときにモンスターに襲われた僕を守ってくれたのが騎士さん。

 それで僕は騎士に憧れ、冒険者になる事を夢見た。

 そして、冒険者養成学校のある、村から一番近い町がここだったのさ。



(じゃぁ、冒険者になるために一人でここに来たってわけかぁ。)

 そう、それで、ここの学校に入学して、大体1年くらいかな、勉強ばっかりだったのは。

 1年目以降は実践ばっかりで、3年で卒業。

 卒業する頃にはそれなりに筋肉もついてたし、知識もかなりあった。

 次の日からもう立派な冒険者になれるってね。



 あ、もちろん今だってそれなりの知識はあるし、ちょっと痩せてるけど、多少は筋肉あるんだよ?

 まぁ、そんな事はいいか。



 それで当時は一緒に卒業した同級生とチーム組んで冒険に出てた。

 そして冒険から帰ってきたある時、学校に僕宛で手紙が来てたんだ。

 何かと思って見るとさ、僕の故郷の村から。

 何か嫌な予感がしたんだけど、中身を読んでみた。

 そしたら村が、またモンスターに襲われたって言う内容だったんだ。

 それで、僕の両親もその時に・・・ね。

 だから僕はもう村には戻らないって決めたんだ。

 戻ったって僕を待ってる人はもういないからさ。



(・・・ごめん。嫌なこと聞いたね。)

 良いんだ。

 もう昔の話。

 もう立ち直ったから。



(それじゃ、さ。私からも話しておこうかなぁ。)

 え?

(ケイって悪魔の印象ってどんなのだった?)

 いや、その・・・。

(いいんだ、はっきり言ってくれれば。人の心を踏みにじる極悪非道の魔物。人の命をどうとも思わないやつ。そんな感じでしょ?)

 そ、そこまでとは言わないけど・・・。



(ケイってさ、優しいよね。)

 僕はちょっとどきりとした。

 優しいっていうのとはちょっと違う気がするんだ、僕の場合。



(でもさ、キルア、君も優しいと思うよ。君と話して悪魔にも良い人っているんだって思った。悪いやつばっかりっていうのは勝手な考えだったんだなって。)

(違う。)

(違わないよ。というかバリアの方が君より悪魔みたいだ。)

(違うんだ!!)

 急にトーンが大きくなった声に僕は足を止めた。



 後ろを歩いていた人が僕の背中にぶつかり、恨めしそうな顔をしながら通り過ぎて行く。

 僕はその人に謝りながらも再びゆっくりと歩き始めた。



(ごめん、いきなり大きい声出して。)

(いや、気にする必要ないよ。でも違うってどういう事?)



(・・・あのさ、バリアがあんな性格なのは私のせいなんだ。ちょっと長くなるけど・・・聞いてくれるかな。)

(もちろん。僕の一部なんだろ?君たちはさ。)

(ありがと。)

 そしてキルアは話し始めた。



(私はね、ケイの思っていたとおりの悪魔なんだ。本来はね。)

(本来は?)

(そう。私は今私の精神のほとんどを封印されてる。バリアによって。)

(精神を封印?でも君は僕の中にこうしているじゃないか。)

(そう。バリアは私の中にあった気まぐれな良心と、誰でも普通に持っている感情だけを残して後は封印した。私の左目と、バリアの精神に。)

(ん?よく分からないな・・・)

 精神を精神に封印?

 それは分からないけど、キルアの左目は確かに何かの文様のようなもので塞がれていた。



(あのね、私の悪い感情や本能的な感情なんかは私自身の体の一部に集めて封印するには荷が重すぎた。だから封印の領域がバリアの精神にまで及んじゃったんだ。)

(つまりバリアのどこか悪魔的な性格は、封印されたキルアの精神の影響だと?)

(そう。でもほとんどは私の左目に封印されてるから、バリアはあれくらいで収まってるんだけど。)

(じゃぁ・・・もし封印が解けたら君は・・・?)

(本来の悪魔に戻る。自分以外周りがみんな敵で、命の危機に晒されでもしない限り私の封印は解けないと思うけどね。やむを得ないときはバリアは私の封印を解くってさ。)

(そんなことして大丈夫?というより、そんなに簡単に封印したり解いたりできるわけ?)

(意外と封印は脆いものだよ。実を言うと今封印を解こうと思えば解けるしね。)

(え。)

(だから私はバリア以上に絶対怒らせたらダメだよ?滅多な事じゃ怒らないけど、抑えられない事もあるからね。)

 ふふ、と笑うキルアだけれど、こっちは笑うどころじゃない。

 封印しないとやばいような悪魔を抱え、さらに封印は悪魔本人が自力で解けると仰っておりまするぞ!



(大丈夫だよぉ、そんなに慌てなくてもぉ。左目さえ開かなかったら良いんだし〜。それにケイが私を呼び出さないと私は外に出られないしね〜。気楽にしてれば良いからさぁ。)

 さっきまでどことなく重くなっていた空気がキルアの言葉の調子が戻った事で払拭された。

 けれど、僕の気持ちは重いまま。



 いや、落ち込んだところで仕方がないよ。

 どうせ、死ぬまで一緒だし。

 うん、まぁ、きっとなるようになるさ。



(んじゃ、私が話したかったのはそれだけだから。私も休む事にする。お休み。)

 そういう声が最後に聞こえ、キルアとの会話は途切れた。 

 あとで少し呼びかけてみたけど反応はない。

 寝てしまったようだ。



 相手をなくした僕は少し歩を早める。

 目的地まではもうすぐ。

 広場はもう目の前だった。



 その広場はこの町で一番の観光スポットだ。

 その名もシアグラード広場。

 そしてこの町の名もシアグラード。

 


 要するにこの広場はただ町の名前をそのまま使っているだけに過ぎないなんともシンプルなネーミングなのである。

 もうちょっと何か名前を考えてあげればいいのにと思う事はあるけど、僕自身は特に何か考えようという気はないので、まぁ、気にしない事にした。



 そしてこの広場で人気なのがあちこちで売られている工芸品、輸入品。

 特に食べ物が人気だ。

 


 更にここには大陸の至るところから集まった芸人たちが自慢の芸を披露している。

 芸人たちはこの広場で資金を稼ぎ、船に乗って旅に出るのだ。

 冒険者学校に通っていたときの同級生も何人かここで芸をやり、他の大陸に旅立っていった者がいる。

 ここは芸人たちの登竜門とも言える場所なわけだ。

 そしてそんな芸人の卵と、珍しい食料を求め、人が集まり、一大観光スポットとなっているわけ。

 


 で、僕が目的の店は、この広場の隅っこの小さな店。

 そこらは人が比較的少なく、穴場スポットだ。

 その店はカウンターとその奥のいろんな機材が屋根ですっぽりと包まれている小さな出店、その名も「カッシュ・カッシュ」。



「おーい、カッシュ〜!!」

 店に近づき片手を振りながら声をかけると、カウンターからそばかすメガネの見慣れた顔が覗いた。

「ケイ!久しぶり!!・・・っつっても前会った時から一週間しか経ってないっけか?」

 こっちに大きく手を振り替えしてくれている青年こそ、僕のお気に入りのこの店の店主、「メロー・アッシュ」だ。

 


 そばかすの目立つ顔に、少し大きめの黒縁めがね、つんつん立った茶髪、そして、ポップ・カッシュとでかでかと書かれたいつものエプロンをつけている、相変わらずの格好。

「いやさ、もうとっくの昔にウェンデルの蜜は切れちゃってたんだけどさ、なかなか外に出られなくてね。」

 僕が言うとカッシュは僕の肩に手を回した。



「ほいほい、そんなことだろうと思ってた!ちゃんといつものように蜜は常備してある!」

 カッシュの指差すカウンターの上には大小様々な大きさのビンが並び、中には飴色の液体が入っている。



 これが僕の大好物その1、ウェンデルの蜜。

 ウェンデルというのは花の名前で、真っ白いその花の大きさは握り拳くらい。

 その蜜はコクのある凄く独特な甘みがあって、ミルクに混ぜて飲んでもとっても美味しいんだ。



「そんで、いつものは?」

 いつもこの辺には僕の大好物その2の香ばしい匂いが広がっているのだけど、今は珍しいことにその匂いがしていない。

「あぁ、ナイスタイミングだ!これから作るところ!」

「お!ホント?」

「おぅ、ちょっと待っとけよ〜!」

 カッシュはそう言うと店の奥に駆けて行った。



 そしてしばらく後、彼はとある機械を乗せた台座を押しながら戻ってくる。

 その機械こそ僕の大好物製造機、その名も「ポップカッシュ君1号」!



「お!まだ1号健在なんだ!」

「あぁ、でもちょっと最近調子がおかしくてね。そろそろ寿命かもしれないなぁ。」

 さて、ではそろそろこの辺でもったい振らずに僕の大好物その2の説明に入ろうか。



 僕の大好物、それはさっきの機械の名前にもあるようにポップカッシュと呼ばれるお菓子だ。

 それは手の爪くらいのサイズのカッシュという、小さな実を高温で熱することで作られるお菓子。

 そのカッシュは熱すると皮が破裂し、その代わり皮の中身の果実が茶色い膜を作る。

 その茶色い膜は結構分厚くて、熱して乾燥させるとさくさくして美味しい。

 さらにその中には種が入っていて、それもまた特に香りが良く、美味しいんだ。

 このポップカッシュをウェンデルの蜜につけてさくさく食べるのが僕にとって最高に幸せなひと時。



「よぉし!そんじゃ行くぞ!ケイ、ついて来い!」

 僕が一人ニコニコしているとカッシュはさっさと走り出して行ってしまった。



                      :



 今から始まるのはポップカッシュ作りにさまざまな演出を加えた特別ショー。

 これでお客さんを呼び寄せ、出来立てのポップカッシュと、ついでにウェンデルの蜜を買ってもらうっていう戦略。

 


 そして僕はこのショーが大好きだ!

 ここ暫く見ていなかったし、このショーをする時間もまちまちだから、かなり運がいいと見られない。

 この広場の隠れた名物っていった所かな。



「さぁーあ、皆さん!この広場名物ポップカッシュショー!見ないと損だぁー!!」

 カッシュは大声を張り上げ、道行く観光客たちを寄せ集める。

 何が始まるのか?と、どんどんと観光客たちが集まって来た。

 さすが、このいろんなものが集まるこの広場というだけあって、足を止める人たちはとても多い。

 僕は機械の一番近く、周りの客たちに自慢できるような場にいられることが嬉しかった。



「それではみなさーん!これから始まるはこのシアグラード広場名物ポップカッシュショー!」

 カッシュは観客がある程度集まったのを見て、芝居がかった口調で言った。



 ポップカッシュというお菓子はこの町以外ではあまり知られておらず、何だそれは?と口々に話す声が周りから聞こえる。

 あんな美味しいお菓子を知らないなんて、人生損してるなぁ、と僕は本気で思った。

 それほどカッシュ特性ポップカッシュは美味いのだ。



「はい!皆さんカッシュという木の実をご存知ですかぁ?」

 カッシュは機械を乗せた台座についていた取っ手を引いた。

 その台座は中が空洞になっており、いろいろと物を収納できるのだ。



 そして中に入っているのは大量のカッシュが入った布袋。

 彼は袋を取り出すと台座の蓋を閉め、袋から一握りカッシュの実を掴み出した。

 そして取り出した木の実を観客たちに見せながらカッシュは説明を続ける。



「これがカッシュの実。ポップカッシュというのはこの木の実を使ったお菓子なんです。」

 すると周りから、へぇ〜、とか、なるほど〜、とかいった声が上がり、人々が口々に話し始めた。



「はいはい、皆さんお静かに。」

 そんな観客たちをカッシュはよく通る声で制し、でかでかとポップカッシュ君と書かれた機械の赤い蓋を開けた。

「これからお見せするのはそのお菓子作り。もちろんポップカッシュは特別なお菓子ですから、調理もとってもダイナミック!」

 カッシュは手に握っていたカッシュをぱらりと機械に入れた。

 観客たちはおぉ、と歓声を上げこれから起こることに目を輝かせている。

 もちろん僕もその中の一人。

 何回も見たこのショーだけれど、飽きを感じることはない。

 何度見ても本当に面白いんだ。



「では、これから下準備をしましょう!まずカッシュの実をこの「ポップカッシュ君1号」に入れていきます。」

 そう言うとカッシュは何もない所からスコップのような物を出した。

 いきなりの珍事に観客たちはびっくり。

 今度は歓声と一緒に小さな拍手も起こった。

 


 これは魔法ではなく手品。

 魔法ならいちいち呪文を唱えるなり力を溜めないといけないけど、これはとある仕掛けがあって、チャージなしで魔法を発動し、スコップを出したように見えるんだ。



「ではまず一杯。」

 実の詰まった袋から木の実をすくい、機械に入れる。

 続いて2杯、3杯と入れていき、いつの間にか観客たちも一緒に数え始めた。

 これがカッシュのショーの凄い所、いつの間にか観客たちもショーの一部にしてしまう。

 僕はこの一体感が大好きだった。

 そして、20杯まで入れた所でカッシュからストップがかかり、カッシュは機械の蓋をし閉めた。



「はい、皆さん!これで準備その1終了!続いては火の準備です!」

 ここで観客たちからざわめきが漏れる。

 まぁ、火を使うのは機械の様子からして観客たちも何となく分かったろう。

 ざわめきの理由は、火を使うショーは危険がつき物だからだ。

 でもカッシュのショーは今まで失敗をしたことが一度もない。

 機械の調子が最近よくないとは言っていたけれど、失敗することは万に一つもないはずだ。



「さぁ、この機械のエネルギーはこれ!力玉です!」

 カッシュはまた何もない所から透明な手の平サイズの玉を取り出した。

 さすがに観客は同じ手にはそう何度も驚かない。



 でも僕はびっくり仰天した。

 だって、今までのショーはそんな玉は使っていなかったもの。

 火の準備といっても今までは火の魔法が封じられた玉、ちょうどカッシュが今持っている玉と同じくらいの大きさの玉を機械にセットして、ちょっと大き目の火をつけるっていうだけだったのに!

 僕が一人異様に驚いていると、カッシュがこちらに軽くウインクをした。



 な、なるほど、カッシュなりのサプライズで、ショーに新しいプログラムを追加したんだ!

 あとでじっくり話を聞かなくちゃ!



「これは皆さんのパワーをエネルギーに変えるものです。さぁ、皆さん、火をイメージして・・・。」

 カッシュは観客たちの前を横切りながら玉を観客たちに見せていく。

 如何わしそうな顔をしている観客も中にはいたけれど、ほとんどの人が目を閉じたり目線をちょっと上げたりしていた。

 きっとみんな火を頭の中にイメージしているんだろう。

 もちろん僕も頭の中に火をイメージした。

 一体カッシュは何をしようとしているんだろう?と、わくわくしながら。



「では皆さん。火をイメージしたままこの玉を見つめてください。そして玉に火の魔力を送り込むようなイメージを頭に浮かべてください。」

 カッシュは神妙な顔でそう言いながら玉を頭上に持ち上げた。

 観客たちの目線がカッシュの頭上の玉に集中する。

 だが、まだ何も起こらない。



「お、皆さんまだまだパワーが足りませんよ・・・!もっと念じてください!」

 少し押し殺したような声でカッシュが言った。

 僕は頭の中の炎の火力を、強に切り替える。

 フルパワーだ!



 すると、カッシュが掲げている玉の中に赤い煙が現れ始めた。

「すごい!皆さんその調子です!あなたのパワーが美味しいお菓子を作るんですよ!」

 カッシュが煽ると、玉の中の煙の勢いが増した。

 本当に僕らの力があの玉の中に入って行ってるみたいだ!



 そしてどんどんと玉の中の煙は増えていき、最終的には玉は真っ赤に染まった。

「皆さん!もうOKです!皆さんの協力で、とっても美味しいポップカッシュが出来そうですよー!」

 カッシュが嬉しそうに行ってぱちんと指を鳴らすと、機械の、3分の1ほどカッシュの実が入った容器の下部分、コンロと呼ばれる場所の一角がぱかっと良い音を立てて開いた。

 


 そこは今まで火の魔力を籠めた玉を入れていた場所だ。

 僕たちのパワーで本当に火はつくのだろうか、少し不安。

 でも、カッシュは終始笑みを崩さす、玉をコンロに放り込んだ。

 そして蓋を閉める。



「ではこれから僕自身のパワーを送り着火します!皆さん危ないですから少し離れてください。」

 観客達からざわめきが再び起こり、皆後ずさりし始めた。

 そしてある程度客たちが離れたのを見計らって、カッシュは「はー!!」と大きな声を上げ機械に手を突き出す。

 途端コンロから4本の火柱が上がった。



「うわぁあぁあ・・・。」

 僕は何度も見た光景だけど、その迫力に思わず歓声を上げた。

 もちろん始めてみる観客たちはこれには度肝を抜かれたようだ。



「ではこれから木の実を熱していきますよ〜。」

 火柱がある程度収まったのを見計らってカッシュが観客たちに声をかける。

 が、声をかけ終わった途端またも火柱が上がり、そのまま火は宙に浮かび留まった。

 いきなりの珍事にまたも観客は歓声を上げる。



 そう、機械の上まで浮上した火柱は空中で燃え続け、消えないのだ。

 そして次の瞬間、4本あった火柱はぐるぐると回転を始め、大きな火の輪ができた。

 ここは前回のショーと同じプログラムだ。

 きっとさっきの力玉というのが新しく加わっただけで、後はきっと大きな変化はないのだろう。



「はい!これが本ショーの名物「幸福の火円」です!」

 そう、これは火炎と火の円をかけた、ちょっと工夫を凝らしたネーミング。

 カッシュはわざわざ、いつの間にかどこからか取り出していたボードにその技名を書き記し、ちょっとした笑いを誘う。



「では、これから幸福の粉を撒きます。熱くないですよ。手に取っていただいても結構です。」

 いうが早いか円からきらきらと輝く粒が舞い散り始めた。

 観客たちは目の色を変えてその粉を捕まえ始める。

 さすが幸福と言う文字には弱いな、皆さん。

 僕はそんな観客たちの様子を微笑ましく見ながら自分も宙に手を差し出した。



 きらりと光る粒は手に乗った途端雪のように消える。

 そうとは知らず粉を捕まえ続け、どれくらい溜まったかと手のひらを広げてがっくり肩を落とす人たちも何人か見られた。



「この粉は浴びるだけで効果がありますよ。ただ捕まえて帰るのはできないんですね。」

 カッシュはおどけた調子でぺこりと頭を下げる。

 これにはさっきまで肩を落としていた人も笑い出した。



 そして、辺りが一頻り笑顔に包まれ、火の輪も消えかけたその時だった。

 何かが大量に弾けるような音がし始めたのだ。

 


 機械に目を向けると、そこにはついに弾け始めたカッシュの実が。

 弾けたカッシュの実は綺麗な球体の膜を作り容器の中を跳ね回る。

 さっきの火円のように派手さはないけれど引き込まれるような面白みがあった。

 


 そして実が弾けていくにつれ、今度は容器の赤い蓋が小刻みに揺れ始める。

 これもいつものパターン。

 この蓋が弾けていく実の勢いに負け、外れそうになる所で、コンロの火が止まり、出来上がる、というパターンだ。

 この蓋本当に外れそうで外れない。

 いつもこの蓋今度こそ外れるんじゃないかと冷や冷やさせられる。

 


 でも、何度も見たショーだ。

 今度も何とも無しに終わるだろう、と僕は高をくくっていた。

 


 そうこうしている間にも実は弾け、もうほとんど弾け終わっただろうという頃、蓋の調子が危うくなり始める。

 観客たちは固唾を呑んで見守り、カッシュも今はただ黙っていた。

 余計なことを言って、この緊張感を破るわけにはいかないからだ。

 


 そしてついに蓋が持ち上がったり下がったりを繰り返し始める。

 こんな狭い場所に閉じ込めるな!出せ!と言わんばかりに実は跳ね回り、何とか蓋は踏ん張っていた。

 


 だがしかし、僕とカッシュの二人に予想外の事が起こった。

 コンロの火が弱くなりかけ、いつものようにショーが終焉を迎えようとしていた時、ポーン、という軽い音を立てて、何と蓋が外れてしまったのだ。

 観客、そしてショーの熟練者であるカッシュや僕までもがあんぐりと口を開けて、空を見上げた。



 飛んでいく赤い蓋に続けと言わんばかりに溢れ出すポップカッシュ。

「み、皆さん!サプライズです!今回はショー開始3周年を記念した特別ショーだったのです!さぁ、皆さん、このささやかなお届け者をお受け取りください!」

 機転を利かせたカッシュの言葉に観客たちはいち早く反応し、服の裾を広げて、降り注ぐお菓子を受け止め始めた。

 僕もローブの裾を広げお菓子を受ける。

 裾の長いローブを着ていて良かった!

 それにこれは出したばかりでそんなに汚れてもいないし。



                       :



 そして機械には半分ほどのポップカッシュを残し、もう半分は外に飛び出してしまっていた。

 カッシュはというと、観客たちに紙袋を差し出し、拾ったポップカッシュをしまう手伝いをしている。

 


 そして、お菓子をしまい手が自由になった客たちはほかの客のポップカッシュをしまう手伝いを始める。

 


 僕がローブの裾を摘み上げたまま誰かにお菓子をどうにかしてもらわないと、とおろおろしていると、カッシュが紙袋を持って近づいてきた。

「ケイ、悪いな、ちょっと俺にも予想外の事が起こっちゃって。そんでもこれはビジネスチャンスだ。悪いけど蜜の販売をやってくれないか?ほら、何度か手伝ってくれたことがあるから分かるだろ?」

 カッシュは僕のローブに溜まったお菓子を袋に入れながら周りに聞こえないように言った。

 僕はもちろん大きく頷く。



「そんじゃ、頼むぜ!」

 僕は紙袋片手に店へと走った。

 剥き出しのカウンター裏に回ると、肩にかけることができるお盆のようなものに、どっさりと瓶詰めされた蜜が置いてあった。

 僕は紙袋を邪魔にならないような場所に置き、瓶を落とさないように、尚且つ手早く盆を肩にかけると、カッシュたちの元へと戻る。

 後はいつも通り声をかけるだけだ。



「ポップカッシュにつけて食べても美味しい、ミルクに溶かしてもとっても美味しい、ウェンデルの蜜はいかが〜?小瓶30リル、中瓶50リル、大瓶80リルだよ〜。」

 すると興味を示した客たちが集まってきた。

「どんな味なの?」

 そんな声が聞こえたので、僕は盆の裏の収納口を開いた。

 そこには使い捨ての紙のスプーンが大量に入っている。

 僕はそれをいくつか取り出し集まってきた人たちに配った。



 そして、一つ中くらいの瓶の蓋を開け、「一杯だけですよ。」と注意をしつつ瓶を客たちに回す。

 すると周りから、「甘〜い!」とか「美味しい!」とか言う声が上がり始めた。

 僕がはただカッシュが作ったものを売っているだけだけど、とても誇らしく、そして嬉しくなる。



 こうして、蜜は僕の分を残して完売し、お菓子も僕の分を少しのとっておいてもらった上で、全て売り切れた。

 観客たちに拾ってもらったお菓子はお金を取らなかったので、観客たちは大満足といった様子で去って行く。



 そして僕ら二人はニコニコしながら店へと帰った。



                         :


 

 店に戻り、改めて、瓶やお菓子を詰めてもらったあと、とてもニコニコなんてしていられないという状況なのが発覚した。

 そう、すっかり忘れていたけれど、機械はついに蓋が外れてしまい、容器のほうも多少傷ついている。

 つまりポップカッシュ君1号が壊れてしまったのだ。



「そろそろ寿命かなと思ってたんだよ。さっきショー開始3週年って言ったろ?あれもほんとでさ。まぁ、本当の記念日は今日じゃないけど。でも、こいつにはショーする前から・・・かれこれ5年間くらいずっとがんばってもらってたんだよ。もう十分働いてくれた。」

 少し悲しげに話すカッシュに僕は店に置いてあった休憩用の椅子を差し出す。

 そして僕も彼の隣にもう一つ椅子を置き、座った。

 なんとなく僕からは話しかけづらく、しばらく黙っておくことにする。

 すると、しばらくしてからカッシュが口を開いた。



「あのさ、力玉っていうのを新たに追加しただろ?それ以前は炎の魔法を封印した玉を予め使ってたけどさ。あの炎の玉って意外と高いんだ。だから自分で作れないかな?って、思って。ほら、俺学校に通ってたころ、炎の魔法の研究してたろ?それを活かせないかなって思ったんだ。」



 そう、僕とカッシュは冒険者養成学校の同級生なんだ。

 カッシュは学校に通う前からポップカッシュ作りをやっていて、学校に入学してから今のポップカッシュ君1号を完成させた。

 それで、カッシュは店を開くためのお金を稼ぐため、魔法の勉強をし、それをショーにしようと考えたんだ。

 それで、冒険者として必要な武器の扱いについての勉強はほとんど捨てて、魔法の勉強に打ち込んだ。



 彼の頭はカッシュや他にも植物のことで頭が一杯。

 口を開けばカッシュカッシュ言ってたからニックネームがカッシュになった。

 メローという本名を同級生で覚えているのはもしかしたら僕くらいかもしれない。



「それでだ。いつに間にか町の隅に新しい魔法ショップがオープンしてたんだよ。何て名前の店かは覚えてないんだけどさ、同級生でネアルってやつがいただろ?」

「ネアル?・・・あぁ!魔法科の!」

 僕らの同級生だった「ネアルフィス・サウスト」、通称ネアル。

 彼は目立つ赤毛を三つ編みにし、後ろに垂らしていて、後姿は背の高い女の子みたいだった。

 学校の魔法科に通っていて、カッシュも同じ魔法科だったから二人はよく話していたっけ。

 それに二人とも炎が好きだったしね。



「まぁ、ケイは魔法も物理も薬学なんかも、どれもこれも齧ってたから、なかなか会う機会も少なかったかもしれないけどさ。そいつがその新しい魔法ショップのオーナーだったんだ!」

「えー!?あいつ店持ったの?!」

 そのネアルというやつとは話すことこそ少なかったものの、いつもなにやら怪しげな笑みを浮かべ、魔法の研究に勤しみ、学校卒業後は放浪の旅に出たとかいう話。

 まぁ、いわゆる変人だ。

 いつの間に戻ってきたのか・・・。



「いやぁ、最初は変わった店ができてるなぁ、と思って興味本位に入ってみたんだ。そしたら黒ローブの背の高い男にいきなり部屋の奥に連れ込まれてさ。ほんと心臓止まるかと思った。でも、その男ってのが・・・。」

「ネアルだったってわけか。」

「そ。そんで、そいつの店で空の魔法玉売っててさ。これに自分で魔法を封じれば、何度でも繰り返し使えるとかって話で。何度か使ってみたんだけど、今まで使ってた市販のものより、魔力の容量が多かったみたいで、一気にカッシュ君が痛んじまってさ。」



「そっか・・・じゃぁ、あの力玉っていうのは・・・」

「観客たちの目線を玉に集めて、その間に俺が玉に魔力を送ってたって話さ。まぁ、あんまりネタをばらすってのもよくないと思うけど、ケイならすぐ気がつきそうだし。」

「あぁ、そーいう仕掛けだったか・・・。でもその魔法玉って冒険での飛び道具とかにも役立ちそうだね。」

「だろ?魔法を封じた玉に衝撃を与えれば、封じた魔法が発動するっていう代物だ。強い魔法を予め封じておけば、いざというときにチャージなしでも、強力なのをガツンとお見舞いできるってわけ。」

「それ便利だねぇ、ネアルの顔も見てみたいし、その店に行ってみたいな。」

「お、そっか。まぁ、俺はカッシュ君の修理、それから改造作業とかいろいろあるから一緒に行ってらんないけど、道は教えてやるよ、行ってきな。きっとネアルも喜ぶさ。結構町の外れにある店で、暇そうにしてたから。」

 そしてカッシュに簡単な地図を書いてもらい、早速僕は例の魔法ショップへ向かってみることにした。


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