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新しい生活へ

 僕はフリーターである。

 要するに無職だ。

 こんな状況に陥って早一週間。

 心の傷は一週間もあればぼちぼちと回復はしたが、いまだにあの時のことを思い出すと身が竦む。

 そしてどうして僕がここにいられるのか疑問にも思う。

 まぁ、それもこれも僕の恐ろしいほどの運の良さのせいだろう。

 でもどうせ運が良いなら自分の体だけじゃなく、心のことも考えてほしい。

 僕のハートはおかげさまで傷だらけだ。

 ガラスのハートにあの状況はきついものがあった。

 でも、ようやく僕のガラスのハートも修復が大方完了。

 そろそろ僕を雇ってくれる人が現れてもいい頃合じゃないか?

 腕はそれなり、そしていろんな意味でバランス型の僕だ。

 まぁ、バランスを保つために服装は少し妙だが、それでも腕は悪くないんだ。

 強いわけではないけれど。

 

 僕は床に座り込み、壁にもたれかかったままカウンターを見た。

 そこにはここのご主人、リゼロスさんが暇そうに頬杖をつき、ぼんやりと入り口のドアの方を見ているのが見える。

 ここ最近の不況と平和のおかげでこの兵士斡旋所は閑古鳥が鳴きっぱなし。

 閑古鳥はさぞ喉が痛いことだろう。

 代わりといってなんだが僕はこないだの面接会場でもらってきた喉飴を口に放り込んだ。

 

 もちろん僕はそこの面接で落ちた。

 だからここで居候のままぼんやりと引きこもりのような生活をしているわけだ。

 だいぶ前にもらった飴だからか少し溶けて歯に引っ付く。

 でも効果は覿面、口の中は歯磨きしたときみたいにスースーし始めた。

 ちょっとこれは思ったより効果が強いな、喉が痛いわけでもないのに、喉飴なんて食べるもんじゃないかもしれない。

 そんなことを思いながら喉飴と格闘していた、そんなときだった。

 

 不意に扉が開くベルの音が。

 カウンターでうとうとしていたリゼロスさんがはっと顔を上げ、目を瞬かせた。

「ここ今開いているよね?」

「あぁ、はい。」

 入ってきた若い男をまじまじと見つめながらリゼロスさんはうなずいた。

 その男の背はあまり高くない、標準的な体型といったところだろうか。

 黒いアーマーと白いマント、白いブーツ、腰には剣を差している。

 その剣の柄には繊細な彫刻が施され、色とりどりの宝石がちりばめられていた。

 きっと彼は騎士か、そこから派生する職種の人だろう。

 彼はの頭は短い金髪で、阿保毛というのだろうか毛がひとふさ跳ねている。


「今急ぎで仲間が必要なんだ。」

 彼は言った。

 つまり彼は雇い主を探しに来たわけでなく、雇いに来たというわけだ。

 リゼロスさんが少しうれしそうな顔をする。

 リゼロスさんはなかなか表情を表に出さない人だけど、さすがに今のご時勢、なかなか新たに戦士を雇おうという人も少ないし、当然の反応だ。

「どのような人をお探しで?」

 リゼロスさんはカウンターの周りを散らかり放題埋め尽くす書類や本などの山の中からファイルを一冊取り出した。

 そこには確か、今雇い主を探す人たちの簡単な情報と写真がまとめられている。

 今は僕みたいな雇い主待ちの人が多いからファイルの分厚さは尋常じゃない。

 周りに散らばる書類たちも昔はこんなに多くなかったのに、最近は職にあぶれてこの戦士斡旋所に来る人たちが急激に増えたから、様々な人のデータが多すぎてまとまらないようだ。


「いや、別にどんな人でもかまわない。ただ、いくつか冒険を経験していて、それなりに戦える人であれば。」

 リゼロスさんの質問に男が言った条件はたったそれだけだった。

 最近はいろいろと注文をつける人が多く、なかなかぴったりの人が見つからないというのに、そんな条件ならほぼ全員当てはまるじゃないか。

 って、これは僕も当てはまるぞ。


「はぁ・・・誰でもいいと・・・。」

 リゼロスさんはファイルを閉じたまま困ったような顔になった。

 まぁそれはそうだろう、候補が多すぎる。

「あ、でも急ぎだから、そうだな・・・。じゃぁ、今この建物内にいる人全員雇おう。」

 リゼロスさんは男の言葉にあんぐりと口をあけた。

 そしてすぐ苦虫を噛み潰したような表情になる。


 まぁそれも無理はない。

 普段はこの斡旋所には何人も雇い主待ちの戦士たちが待機しているが、今はほとんど全員職探しの真っ最中。

 ここでずっと雇い主を何もせず待っていたりなんかしたら生活できなくなってしまう。

 だからみんな雇い主を待ちつつ、今日もどこかで働いているというわけだ。

 ま、僕は貯金があったし、ここで世話になっているし(もちろんお金は払っている!)、ガラスのハートの修復作業で忙しかったからずっとここにいて、ぼんやりリゼロスさんの顔を眺めたりとかしていたのだけど。


 ・・・ま、何が言いたいかというと今この斡旋所には僕しかいないのだ。

 そしてリゼロスさんは軽くうつむき表情を隠すと、僕の方を指差した。

 男が僕を見る。

 僕はあわてて立ち上がり姿勢を正した。

 彼は僕を頭の先からつま先まで眺める。

 あ、僕そういえば妙な服装してたなぁ、といまさらながらに思い出した。

 僕は黒く裾の長いローブの上に、フード付きの白いローブ、そしてその上に皮製の簡単なアーマーをつけ、その上にはさらにブレストプレート(胸を覆う部分的な鎧)をつけるという素晴らしく個性的なファッションを展開している。

 リゼロスさんが苦々しい顔をしながら僕を見た。

 だが男は表情一つ変えない。


「他には?」

 ・・・僕に対してのコメントはないのか!

 ・・・これはどうなんだろう?

 僕は見なかったことにされたのか?

 OKなのかNo Thank youなのかはっきりしてほしい。

 ノーコメントほど辛いものはないと今実感した。


「こいつだけだ。」

 そう言ったリゼロスさんはもう終わりだといわんばかりに片手で目を覆っている。

 待って、リゼロスさん!!

 まだ可能性はゼロじゃない!

 ただ・・・ノーコメントなだけさ!


「そうか・・・。」

 男はそこで考え込むように黙ってしまった。

 気まずい沈黙が続く。

 こういう時時間って妙に長く感じる。

 

 やがて、男が口を開いた。

「仕方ない、雇おう。」

 僕とリゼロスさんはそろって目を瞬かせた。

 仕方ないけど雇ってくれるって!!仕方ないけど!

 

 リゼロスさんは見る間に笑顔になると、お金を入れるトレーを引っ張り出した。

「紹介料2000リルです。」

「少し高くないか?」

 リゼロスさんの言った代金を聞き、男がすかさず言った。

 確かに普段の紹介料は1500リルだ。

 が、そこは100戦練磨、超ベテランのリゼロスさん。

 表情は笑顔のまま何も言わない。

 ただ、理由はわかっているだろう?と目が訴えていた。

「不況、か。」

 男は軽く息をつくと財布を取り出し、ぴったり2000リル支払った。

「はい、毎度。」

 リゼロスさんはお札をチェックした後、カウンター下にしまいこむ。


「ケイ。」

「は、はい!」

 そして不意に僕はリゼロスさんに呼ばれ、思わず気をつけの姿勢をとった。

「今の様子全部見てたな?」

 僕はこっくりと頷く。

「というわけで、お前は今この人に雇われた。お前は雇ってくれるなら誰でもいいと言っていたから彼の名前も素性も一切聞かなかった。それでもいいな?」

 僕はぎこちなくだが再び頷いた。

 そういえばこの男は何の仕事をしているのか、僕を雇って何をさせるのか、詳しい話を一切聞いていない。

 こ、今度からはきちんと詳細を聞いて、雇ってもらうかどうか決めてから紹介してくれと伝えよう。

 まぁ今度があればの話だけど。


「それじゃ、ケイ。しばらくお別れだ。たまには帰ってこいよ?」

「はい!」

 僕は身を隠す程の大きなマントを羽織り、荷物の入ったリュックを引っつかむとリゼロスさんに深々と頭を下げた。

「そんじゃ気をつけてな。・・・コイツをよろしくお願いします。」

 リゼロスさんったらまるで僕の父親みたいだ。

 まぁ確かに年はそれくらい離れてるけどさ。


「それじゃ、行こうか。」

 そう男は笑いかけると店を出て行く。

 僕はもう一度リゼロスさんに頭を下げると、長く世話になった斡旋所を出た。



                        :



「僕はウィルス。ウィルス・ラムゼリアだ。君は?」

 店を出て、大通りに入ると彼は言った。

「えっと、僕はケイオス・ニル・ウェグナといいます。ケイと呼んでくだされば結構です。」

 僕は慣れない敬語に舌を噛みそうになりながらも返事を返す。

 そんな僕の様子を見てウィルスさんはふっと笑うと

「僕もウィルスでいい。それにそんな畏まった話し方じゃなくていいよ。でも、いきなり親しく話せというのは立場的に難しいかな。まぁ、これから徐々に仲良くなっていこう。」

 そう言って僕の肩をぽんぽんと叩いた。

「は、はい。」

 僕は少し猫背気味になって返事を返す。

 僕はそんなに人と話すのが得意じゃない。

 むしろ苦手だ。

 まぁ、長いこといっしょにいればそのうちに仲良くなれるだろうとは思うけど。


「それじゃ、少し急ごうか。すぐ近くの建物に仲間を待たせているんだ。そこに着いたらその仲間に案内を任すから詳しいことはそれに聞いてくれればいいよ。」

 ウィルスはそう言うと歩くスピードを上げた。

 彼の白いマントが風になびいて翻る。

 その後姿はなんだかとてもかっこよく見えた。

 この人の戦う姿を見てみたい。

 しかし僕のそんな思いはすぐには叶いそうにないことをこの後思い知らされることとなる。



                      :



 しばらく歩き、僕は大通りに面した小奇麗なレンガ造りの建物に辿り着いた。

 看板も何もないその建物に、僕はウィルスに促されるまま入る。

 その中は少し洒落た雰囲気が漂っており、天井には美しく輝く光球がいくつも浮かんでいた。

 床も綺麗に磨きこまれている。

 沢山の椅子やテーブル、そしてステージのようなもの、さらに、奥にはカウンターが設置されており、カウンター奥にはたくさんのお酒の並んだ棚。

 見た感じバーのようだ。

 それじゃ今は準備中ということで、看板なんかはしまわれているのだろうか。

 

 そして目を引いたのは建物の小洒落た内装だけではなかった。

 カウンターの前に並べられた丸いすに、細くすらりと長い足を組んで座る少女に僕の目は釘付けだったのである。

 少女といってもそんなに幼いというわけでもない。

 年は16,7くらいだろう。

 僕より1つか2つ年下くらいか。

 そして僕は別に彼女のほっそりとした体型に目を奪われていたわけじゃない。

 僕が見ていたのは彼女の長くとがった耳、そうエルフだということに目を奪われていたんだ。


「クイット。連れて来たよ。」

 僕が彼女の横顔を見つめていると、ウィルスが彼女に話しかけた。

 どうやら彼女はクイットという名前らしい。

 なるほど、いい名前・・・なのだろうか?

 まぁ名前の評価なんてうまくは出来ないがとにかくきちんと覚えておこう。

 

 彼女はくるりとこちらを向いた。

 長いエメラルドグリーンの髪が揺れる。

 う~ん、エルフってどんな動きでも絵になるなぁ。


「あれ?一人だけですか?」

 彼女はやはりエルフらしい大人しい性格なのか、声は少し小さく柔らかい調子。

 けど涼やかで綺麗な声だ。

 この声で歌なんか歌っちゃうと、もう聞き惚れてしまうんだろうなぁ。

 顔は綺麗というより可愛いといった感じかな。

「そうだ。それじゃ僕は次へ行くから、彼に案内を頼む。」

 ウィルスは頷き、それじゃ、とマントを翻すと急ぎ足で建物から出て行った。

 僕はその後姿をぼんやりと見送る。


「ねぇ、アンタ。ボーっとしてないで早くこっちきなさいよ。」

 僕は後ろからした声に思わず身を強張らせた。

 その声はさっき涼やかで綺麗だと表現した声そのまま。

 ただ口調がおかしいと感じた。

 僕はぎこちなく振り返る。


 そこには口を真一文字に結び、足を組んだまま腕組みをしてこちらを見据えるエルフの少女の姿。

「はい?」

 僕が強張った表情のまま首を傾げると

「聞こえてないわけじゃないでしょ?早く来なさいってば。この距離じゃ話し難いでしょ!」

 さっきとは打って変わって彼女の口調はとても強気だった。

 僕は無意識のうちに軽く横に首を振っていた、そんな、まさか、僕の理想のエルフ像が音を立てて崩れていく・・・と。


「アンタ、ちょっと何?その顔。・・・やっぱりあんたも理想のエルフ像・・・とかなんかそんな感じのもんを持ってたんでしょ?」

 図星を突かれ、僕の動きは止まった。

「まったく、アンタって分かりやすすぎ。もうちょっと表情抑えたほうがいいんじゃないの?悪いやつに漬け込まれるよ?」

 僕はただ目を瞬くばかりである。

「あのね、エルフはみんながみんな、大人しくっておしとやかで、聡明で、綺麗で、魔法が得意で、賢くて、スタイルが良くて・・・なんて思ってるのは大間違い!!何?おしとやかって!黙ってニコニコしてるだけなんて耐えらんないっての!いい?あんたが持ってるエルフ像は間違い!ここにいるあたしはあなたの考えているエルフの性格の逆をいくから!そのつもりで!」

 息を荒くしてそう言い、彼女は大きく息を吐いた。

「は・・・はい。」

 僕は彼女の迫力に押され情けない返事を返すのみ。

「じゃ、分かったら、早くしてよ、隣でも一個空けてでも好きなところに座ればいいから。」

 彼女はカウンター前の椅子を手で示した。


 こんな強気な性格は僕の苦手な人ランキング第一位に入る。

 まずうまくやっていけない、僕はそう思った。

 だが、しかし説明というのを受けなければ話にならないわけで。

 僕は恐る恐る彼女の席から一つ離れた椅子へ腰掛けた。

 彼女はそんな僕を見て息を吐くと、さっきより調子を落として話し始めた。

「とりあえずアンタは何も知らないだろうから、ここや私たちについて簡単に説明しようか。あ、その前に自己紹介したほうがいいね。アンタもずっとアンタ呼ばわりじゃいやでしょ?」

「あ、あぁ。」

「あたしはクイット・カルセトル。クイットって呼んでくれればいいから。」

「僕はケイオス・ニル・ウェグナ。・・・僕はケイって呼んでくれればいいよ。」

「そっか、ケイね。そんじゃ、説明に移ろっか。」

 彼女はそこで笑顔を浮かべた。

 う、笑った顔はかわいいのに、性格は僕にとっちゃ最悪だ・・・。

 本当に僕はここでうまくやっていけるのか?


「ここはさ、まぁ見ての通りバーなんだけど。クランというかギルドというか、そういう団体としても活動しているわけね。」

 クランやギルドという団体は人々の様々な依頼を解決したり、町なんかの自治に取り組んだりしているもののことだ・・・たしか。

 僕には縁のない場所だったから詳しくは知らない。


「そんで、夜になればここに町の人とかいろんな人が集まって、いろんな依頼や情報がこの店に集まるってわけ。そんで私たちがその依頼とかを解決すんの。」

「それで、ウィルスさんがこの店・・・っていうのか・・・ここのオーナーなわけかな?」

「うん。そーいうことになるかな。まぁあの人はほとんどここにはいないけどね。」

「いない・・・?」

 それじゃウィルスさんは普段何を?


「ウィルスさんについてはほとんどわからないんだ。不意に帰ってきたと思ったら新しい仲間を連れて来るから迎える準備をしてくれ・・・とか、仕事を持ってきて仕事のメンバーを割り振るだけでまたふらりとどこか行っちゃったりとか。」

「それじゃ、さっき出て行ったけど、もうしばらく帰ってこない・・・とか?」

「いや、今はまた新しい人を雇いに行っただけ。まぁウィルスさんについては私よりも他のメンバーに聞いたほうがいいと思うよ?」

 

 なるほど。

 やはり僕はよくわからない世界に単身突入してしまったようだ。

「ま、そういうわけだから、明日から冒険ね。」

「え?ぼ、冒険?」

「そーよ。まさか店番でもすると思ってたの?それならわざわざ戦士斡旋所には出向かないって。」

 そのまさかだ。

 最初のうちはこの環境になれるためにここで店番でもするのかと思ってた。

「あのね、店番とか、情報や依頼の整理、それから荷物運びとか、簡単な仕事は私たちとは別の人がやってくれるから、私達はまとまった書類の中から自分たちの能力に見合った仕事を選んでそれをこなすわけ。」


 う・・・冒険と聞くとまたトラウマが・・・。

 うまくやれるのか?

 僕は・・・。


「どうしたの?あ、やっぱ不安だよね。」

 僕の顔を見て彼女は少し心配そうに言った。

「大丈夫だって、最初は簡単な仕事からやっていくし。私だって偉そうに話してるけど、ここに来てそんなに長くないからさ。」

「う、うん。わかった。大丈夫だから・・・。」

 僕は忍び寄ってこようとした眩暈や頭痛を振り払う。

「んじゃ、いいんだけど。まぁ、とにかく今日からあんたの家はここ。部屋に案内するからさ。今は紹介したくても私以外みんな出かけてるし、しばらくは部屋で休んでれば?」

「そう?それなら・・そうさせてもらうよ。」

 

 少し今は一人になりたい。

 席を立った彼女の後を僕はゆっくりと追った。


                         :



 案内された部屋は小さなさっぱりとした部屋だった。

 家具は小さなベッドと机と椅子、そしてこれまた小さな棚だけ。

 部屋の奥には窓があり、その窓の外には小さな鉢植えくらいなら置けそうなスペースがあった。

 まぁ、僕はそんなに植物が好きとかいうわけじゃないから、この窓の外のスペースは使うことはないだろう。

 僕が部屋の中を歩き回っていると部屋の入り口のほうからクイットの声がした。


「それじゃ、誰か帰ってくるか、開店の時間が近くなったら呼びに来るからさ。それまでは荷物を降ろしたりとかして、好きに過ごせばいいよ。」

 そういうと静かにドアの閉まる音がし、僕は一人になった。

 一応用心のため、部屋の鍵を内側から閉めておく。

 そして、さっき受け取った部屋の鍵を机の上におくと、僕は背負っていたリュックを床に降ろした。

 ついでに重たいブレストアーマーを外す。


「・・・このままの服装で過ごすのはさすがにな・・・。」

 僕はそう考え皮製の鎧も脱いでおいた。

 これで戦士としての能力は一時的に失われてしまったけど、まぁ、魔法が使うことができれば大体のことには対応できるだろう。

 僕は護身用のナイフをローブの中にしまい、腰にさしていた剣も鎧と一緒に置いておいた。

 

 そして僕はリュックの中にしまっておいた着替えなんかを棚にしまう。

 小さな棚だったから僕の少ない荷物でもスペースを埋めてしまうには十分。

 もう小物しか棚には入らないだろう。


 そして、短い引越しの片づけを終え、僕はベッドに倒れこんだ。

 大きく息を吸って、吐く。

「冒険・・・か。」

 声に出して言ってみる。 

 だが特に頭が痛くなるということはなかった。

 やはり傷も少しは薄れてきてくれていたようだ。

 僕はこれまでずっと冒険者として様々な仲間たちといろいろな所に冒険へ行っていた。

 木の生い茂る密林、モンスターがうようよいる暗いダンジョン、アンデットモンスターの溜り場の沼、そして死者の塔。

 

 僕が冒険で最後に訪れたのはその死者の塔と呼ばれる塔だった。

 そこには人間でもモンスターでも死んだものが集まると言われる場所で、そのとおり骨や死体がわらわらと現れ僕らを苦しめたんだ。

 それでも何とか上に上り、かなり上っただろうというところで・・・アイツが・・・


 すると突然僕の頭が割れる様に痛んだ。

 悲鳴を押し殺したうめき声がもれる。

 やはりこれ以上は思い出したくない。

 命辛々帰ってきたときは冒険者を続けようとは全く思っていなかった。

 

 でも僕は冒険や、仲間たちとの旅の楽しさをまた味わいたかったんだ。

 だから斡旋所に出向いた。

 今までの冒険ではハズレも多かったけど、中には目を見張るような財宝を発見する、何てこともあったんだ。

 おかげで僕の財布はそれなりに潤っている。

 でもこのままではいつか貯金も切れるし、働かなくては老後が心配だ。

 やはり明日からは心を入れ替え、すっきりとした気持ちで、NEWケイとしてやっていこうじゃないか。

 大丈夫、クイットは腕にあった仕事をすると言っていたし。


 僕は冒険に思いをはせながら、ローブからあるものを取り出した。

 それは、すごく昔の思い出の冒険で手に入れた宝玉。

 すんだ青をしており、その石の中には最初信じられなかったんだけど、人のような形をした小さな生き物がうずくまっていたんだ。

 本当に小さくてよくは見えないんだけど、その生き物はちょうど体操座りをしたようなポーズ。

 背中には何かきらきらしたものが生え、妖精のようにも見えた。

 その生き物はどうして石の中にいるのか、生きているのか死んでいるのかもわからない。

 それにこれがなんと言う石でどういった力、意味を持っているのかも知らない。

 けど、どんなに高く売れようとこれを手放そうという気にはならない。

 これは僕の思い出であり、お守りだ。

 僕は不安になった時、この石の中の小さな人に話しかける。

 返事は返ってこないけれど、いつも大丈夫だと言われているような気がして心が落ち着いた。


「僕は明日からまた冒険をするんだ。ちゃんとうまくやっていけるよね・・・?」

 “ダイジョウブ”

 いつもの返事。

 僕はそれで安心し、重くなってきた瞼を閉じた。



                         :



「ケイったらー!!」

 僕は部屋の外から聞こえるけたたましい声と、壮絶なノックの音で飛び起きた。

 慌てて部屋の鍵を開けるとすごい勢いでドアが引いた。

 そして真っ赤な顔をしたクイットの姿が。

「アンタ!ほんとびっくりしたんだからね!何度呼んでも返事がなかったし!」

 彼女はぐっと握りこぶしを作るとダンッと床を踏みつけた。

 僕は一瞬殴られるかと思ったけど、さすがにそこまではしてこない。

「今仲間のうちの一人が帰ってきたから!早く行くよ!」

 そしてクイットはそれだけ言うとぷりぷりと怒りながら先に行ってしまった。

 僕はあわてて後を追い、階下に降りる。


 僕が下に降りるとカウンターに金貨を広げ、ニヤニヤしながら数えている男の姿があった。

 男は緑のバンダナをつけ、長めの茶色い髪を後ろで縛っている。

 緑の上着に、緑のズボン、これまた緑のブーツを履いており、半ズボンから出る足には茶色いタイツという、僕ほどではないが個性的な出で立ち。

 どことなく木を連想するその体は結構細身だ。

 バンダナや、腰につけられたベルトに留められたナイフを見る限りでは、彼はシーフのように見えた。

 シーフというのはダンジョンに仕掛けられた罠のチェックや解除、鍵のかかった扉や宝箱なんかの鍵開け、そして素早い身のこなしで敵を翻弄するという、手先が器用で身軽な人に向いた職業。

 確かバンダナとシーフ七つ道具、軽い小柄な武器でシーフになることができるはずだ。

 シーフの恩恵は身が軽くなるとかそういうものだった気がする。


「リク!連れて来た!」

「おぅおぅ、ごくろーさん。」

 クイットに声を掛けられリクと呼ばれた男は小さな袋に金貨を詰め込むとこちらを向いた。

 そして品定めでもするような目で僕を上から下まで眺め回す。

 彼は明るいちょっと赤みがかかったような茶色い目をしており、どことなく狼みたいで一度目をつけられたらとても厄介な気がした。

 年はよく見ると僕と同じか、一つ上くらいに見える。

 ここには大人ばかりがいるだろうと思っていた僕だったけど、少し安心した。


「へぇ、確かクイットの話によるとそのローブの上にアーマーまでつけてたって話じゃねぇか。」

 不意に彼が言った。

 初対面なのにずいぶんと口が悪い。

「そうだけど。」

 僕はむっとしながら返事を返す。

「ふ~ん。」

 そいつは僕の表情を見てにやりと笑うと

「・・・あ、それでだ。明日は俺、クイット、オメーの3人で依頼こなしに行くからな。たぶん今日冒険者グループのヤツは俺しか帰ってこねーから。」

 見た目の話からは離れそう言った。

 

 冒険者グループ?

 それってこの店の冒険者の人たちのことを指すのだろうか?

 でも、この3人で冒険?

 ・・・クイット、そしてリクと呼ばれたこいつ。

 僕が苦手な性格の人ランキング上位にどちらも食い込んでいる。

 やはりうまくやっていける自信はなかった。


「お、そーだ。オメー名前聞いてなかったな。名前は?」

「・・・ケイオス。ケイオス・ニル・ウェグナ。ケイって呼んでくれればいい。」

「そーか、ケイだな。俺はリク・アロンゾ。呼び捨てで構わねー。」

 お互いよろしくな、と挨拶を交わす。

「じゃ、自己紹介も済んだことだしさ。店の開店準備するよ!」

「え?僕らは冒険だけなんじゃ?」

「誰が冒険“だけ”なんていった?冒険もしつつ店もやるの!」


 クイットの剣幕に押され僕は不承不承うなずくしかなかった。

 それを見ていたリクが笑いをこらえてるのを見て、いっそ蹴っ飛ばしてやろうかとも思ったけど、止めておく。

 僕はシーフに攻撃を当てられるほど身軽ではなかった。



                        :


 店は不況の割りに繁盛していた。

 席はすぐに満席になり、依頼を書いた書類を持ってくる人、情報屋なんかも多い。

 店は夜更けまで営業するらしく、僕ら冒険者グループのメンバーは早々に引き上げることにして、今僕はベッドの中だ。

 店で出された夕食はどれも絶品で、レストランとしてもやっていけるような腕前だった。

 実際ここに夕食をとるためだけに来る客も少なくないとか。


 そして店の中では不思議と会話が弾んだんだ。

 僕はリクやクイットにこれまでどんな仕事をしてきたのか、とかいろんなことを聞いた。

 そして明日の仕事もその時決めたんだ。

 僕が慣れない環境、メンバーで冒険に出るという点を考慮してか、近場の小さな洞窟へ出向くことに。

 その洞窟には最近カサカサという何かが動き回る音が響き、その洞窟の中に生えるきのこや薬草を採りに来た人たちが怖がっているらしい。

 それで洞窟内に入り、何がいるのか確かめてきてほしいとのこと。

 モンスターならできれば退治してもらいたいということだ。

 一応調査だけの仕事だし、リクたちの話によるとその洞窟は一本道で分かれ道なんてなく単純なものらしくて、かなり簡単な仕事だそうだ。

 モンスター退治までするとなったら荷が重いが、モンスターと遭遇したら逃げても構わないとのこと。

 それにモンスターが出るとしても虫が大きくなったような(ちょっと気持ち悪いけど)雑魚モンスターばかりらしい。

 それなら僕でも何とかできるだろう。

 早速明日の朝出発とのことだ。

 さぁ、早く寝て明日に備えることにしよう。



                          :



 朝クイットやリクと一緒に階下に下りると朝食をとっているウィルスがいた。

「やぁ、ケイ、おはよう。早速冒険か。しっかり食べていきなよ。」

 そう言うウィルスもアーマーを着込み剣を下げ、パンパンに膨らんだ鞄を足元に置いている。

「また、出かけるんですか?」

 クイットが聞いた。

 ウィルスと話すときは彼女は敬語になるらしい。

 まぁ僕もそうだけど。

 残るリクはというと黙ったまま何も話さなかった。


「あぁ。これから僕は僕の方でまた冒険だ。あ、それと昨日あの後はいい人材がいなかった。まぁ一人仲間が増えればそれで十分だろう。」

 ウィルスは僕の方を見てにっこりと微笑む。

 そして彼は朝食を食べ終えると、鞄を肩にかけ、すぐに建物から出て行った。


「・・・あの人は一体何してるの?」

 僕がクイットとリクに聞いたが二人とも首を振った。

「俺はアイツが何してるかは知らねー。だがな、一つ言えるのは、ウィルスのヤローは相当強ぇ。しかも、同じくらいかそれ以上の力を持った4人の仲間と行動してるって話だ。その4人のうち1人とは会ったことあるが、何つーか、オーラが違うっていうか。うまくは言えねーけど、俺たちはその人たちの足元にもおよばねぇってことだ。」

 昨日なんか話している間中ヘラヘラとしていたリクだったけどその時はかなり真剣な顔をしていた。

 ・・・いつの日かウィルスの戦う姿を見たい。

 そう思う僕だったけどそこまでたどり着くにはずっと時間がかかる気がした。


「なんかしんみりしちまったな。はえーとこ飯食って出ようぜ。」

 リクは少し力ない笑顔を浮かべそう言うと、カウンターに待機していた男の人に朝食を頼んだ。



                        :


「ここか。」

 あまり多くない荷物片手に町を出て小1時間。

 町の外の草原を抜け、僕らは洞窟前へと辿り着いた。

 洞窟前まで道はきちんと舗装されており、人がよく訪れる場所だということが伺える。


「音は・・・しないね。」

 片手に対虫型モンスター用殺虫スプレーを手にしたクイットが言う。

 僕も耳を済ませてみたが例のカサカサいう音は聞こえなかった。

「まだ朝はえーから寝てんじゃねぇかぁ?」

 リクは冗談交じりに言うとさっさか中へ入っていく。

「あ!ちょっと待ってよ!」

 クイットと僕は慌てて後を追った。

 洞窟内は暗くじめじめしており、よく見えない。


「ケイ、光球。」

 リクが言い、僕はうなずくと、手を合わせふわりと離した。

 小さな光の球が生まれる。

 僕はそれを3つ作り、それぞれの頭上に浮かべた。

 おかげで結構明るくなり、辺りを楽に見渡すことができるようになる。

「さすが、魔法使えるやつは違うな。クイットはこの光球出すの苦手でいっつもまいってたんだわ。」

「うっさい!私は精霊使いなの!精霊魔法がうまく使えればそれでいいんだから!」

 クイットはリクに食って掛かる。


 そうなのだ、クイットは精霊使いだったんだ。

 これも昨日バーで夕食をとりながら聞いたんだけどね。

 精霊使いになるには精霊文字の縫いつけられた腰巻、そしてウサギの耳、それから精霊石と呼ばれる精霊の力が宿った石3種類以上が必要とのこと。

 これを身につければ精霊の力を操れるようになるという恩恵が受けられる。

 といっても精霊魔法を扱うには、才能の問題があり、才能のある人は水や火なんかの強そうな精霊が数対操れるらしいけれど、才能のない人は泥の精霊とかいう微妙な精霊を少ししか操れないらしい。

 

 それで精霊の形には大まかに2種類あり、火の精霊を例として出すと、1つは火そのもののような見た目をしていて、比較的力の強いタイプ。

 もう1つは人型など生き物の形をしており、会話や意思疎通のできるタイプ。

 つまり火の精霊で言うと火をモチーフとした人や獣のようなものを呼び出せるらしい。


「でもよ、こいつったら微妙な精霊しか呼び出せねえんでやんの。しかもこいつの言うことまったく聞かねえんだぜ?まぁ一応光の精霊はちゃんと使えるんだけどな。」

 と昨日リクが言っていた。

 クイットが使えるのは光の精霊、そしてもう一つは始まりの精霊と名乗るよくわからないヤツらしい。

 クイットが使う精霊はどちらも人型で、会話ができるから比較的扱いやすくはあるらしいけどクイットの魔法の腕はあまりよろしくないようだ。


「ったく!そんなこと言ってる場合じゃない!早く行こ!」

 クイットはリクを突き飛ばすと僕の腕をつかんでぐんぐんと先へ進んでいく。

「お~い、待てよ~。」

 そういって駆け寄ってきたリクだが急にクイットが立ち止まったせいで思わずこけそうになった。


「何だ?急に止まんなよ。」

 そうむっとした声を上げたリクだが僕らの目の前の光景を見て、目を瞬いた。

 僕らの前には本来の道であろう穴が真っ直ぐに続いていたが、壁にぼこぼこと不恰好な穴がいくつもできていたのだ。


「なんだぁ?この穴。もしかしてあの変な音が関係してるってのか?」

 さすがシーフというべきかリクは早速穴を点検しに行った。

「う~ん、まだぽろぽろ崩れてるから最近できたもんじゃねぇかな。これは面倒なことになってきたぜぇ。」


 いくつか穴をチェックしながらそう言ったリクだが急に動きを止めた。

「おい、ちょっと静かにしてろよ。」

 僕はそう言われ思わず息を止めた。

 するとどこか遠くからたくさんのものが動き回るようなカサカサという音が聞こえた。

 僕らは瞬時に青ざめる。

「お、おい、これヤベェかもしれねぇ。今の音からすると結構な数だ。」

「で、でも音の正体が何か確かめてこないといけないんでしょ?」

 リクとクイットがこそこそと言う。

「とりあえずは一番奥まで言ってみようぜ。」

 リクが提案し、僕らはとりあえず前へと進んだ。



                        :



 どれくらい経っただろう、急に道が開け、広い場所に出た。

「たぶんここが一番奥だ。道が広げられてなかったらの話だけどな。」

 今までまっすぐ歩いてきたけど、奥に行けば行くほど横穴の数は増えていった。

 一部道が無理に広げられたような所もあったし、無理やり削られたような壁も至る所にある。

 やはりここには大きな何かがいるようだ。


「確かここは、前きたときは広いホールみたいになってた。そんでここに一番たくさん茸とか薬草が生えてるんだ。」

「でも確か前来たときは、道中にも茸生えてたはずだろ?それが今回は1つも生えてなかったな・・・。」

 クイットの言葉にリクが首を傾げた。


「とりあえずこの部屋調べようぜ。ケイ、お前この部屋全体明るくできるか?」

「うん。たぶん、できる。」

 僕は手を合わせ、さっきよりゆっくり、大きく腕を広げた。

 するとまばゆい光を放つ大きな球ができあがる。

 そして僕はそれを天井のほうへと上昇させていった。

 徐々に部屋の全貌が明らかに・・・。


 そして僕らはまた目を見張った。

 その広い部屋には先ほどまでのような、人の手である程度整えられた道はなく、代わりにおびただしい数の穴が壁一面に開いている。

 僕らはきょろきょろと辺りを見回しながら部屋の真ん中辺りまで行ってみた。

 振り返ると僕らがやってきた道の上の壁にも穴が大量にできている。

「うげぇ、なんか妙にきもちわりぃ光景だな。」

「ほんと、なんか出てきそう。」

 リクやクイットの言葉に僕は大いに頷いた。

 さっき一回カサカサ音を聞いただけでさっきからは何も音がしない。

 それに生き物を何も見かけなかった。

 モンスターの1匹くらいは現れるだろうと思っていたのに。

 何かずっと見張られているような気がして、僕の背中を気持ちの悪い汗が伝った。


「ん・・・なんか音がしないか?」

 リクが目を閉じ耳を澄ました。

 僕もそうしてみる。


『カサカサカサカサ・・・・』


 聞こえてきたのは例の音だった。

 そしてその音はどんどんと大きさを増していく。

 僕らは思わず身を寄せ合った。

 何か大量のものがこちらに近づいてきている。

 僕は特に害のない妖精みたいなやつがひょっこり出てくるんだったらいいんだけど、と突拍子のないことを考えて首を振った。

 だって妖精はカサカサなんていわないもの。

 そうそれはまるで台所なんかに出現する茶色くってテカテカした虫を彷彿とさせるような音・・・。


 そして目線を上の方に開いた穴に向け、僕は息が止まった。

 上を向いたまま固まっている僕を不審に思ったのかリクが素早く上を向き、見えたものを認識した途端、まだ瞑ったままだったクイットの目を手で押さえた。

「ふぇ?!」

 いきなり当てられた手に驚きクイットが少し大きな声を上げる。

 そして次の瞬間1体しかいなかったそいつが、クイットの声を聞いたからか、身の毛もよだつような声を上げた。


 その後僕が見たのは地獄のような光景。

 そう、巨大なあのアレ(名前の方は自主規制)が大量に穴から現れたのである。

 僕は一瞬の間に何時ぞやに見た冒険者用雑誌での、目の前に現れたそいつらの解説を思い出した。

 そこにはこう記されている。


『皆さんは史上最凶とも呼ばれるモンスターを知っているだろうか。

 そう最“強”ではなく最“凶”だ。

 それは最も遭遇したくないモンスターと言っても過言ではない。

 その名も「ジャイアントG」。

 名前だけだとどんなものか、今いち分からないだろう。

 ジャイアント、それは大きい、巨大な、という意味合いを持つ。

 そしてGというのは何を意味するのか。

 それは誰もが知っており、誰もが忌み嫌うあの虫の略だ。

 食べ物がある場所に現れ、茶色くてかてか光るボディーに、ひょっこりと生えた触角。

 ここまで言えば誰もが分かるだろう。

 名前を載せる勇気が私にはないため、ここにその虫の名を書くのは控える。

 そして、皆さんにお分かりだろうか。

 巨大なGの恐ろしさが。

 そう、見た目だけでも身が竦み上がるが、一番恐怖が増幅されるのはそいつらが立てる音がある。

 普段はGの足音が聞こえるなんてことはまずないだろう。

 漫画なんかではカサカサという音で表現されているが、実際そんな音が聞こえることはない。

 家にいたらカサカサと音がした。

 そこでGを連想する人はまずいない。

 しかし、ダンジョンの中では別だ。

 カサカサという音を聞いたら、それはもしかするとジャイアントGかもしれない。

 ちゃんと心を決めて前に進まなければ暗がりからそいつが出てきた途端卒倒してしまう危険性がある。

 それほどまでにヤツのビジュアルは凶暴なのだ。

 さらにモンスター化したヤツは雑食である。

 突如対象にダンジョンに押し入り、そこに住むモンスターを食い荒らしたという報告もいくつかあるくらいだ。

 そして死体も生きている体もやつらにとっては関係ない。

 なんにせよすぐに食らいつき、食す。

 何せ彼らは生きるのに必死だ。

 仲間が多くなかなか食事が回ってこない。

 食事は全て早い者勝ち。

 その必死さゆえにとてもしぶとく、また従来のGと同じくして大変に生命力が強い。

 さらに殺気を察知する力があるようで倒そうと剣を振りかざしでもすれば、今度は顔面に飛んで来ようとするだろう。

 そう、彼らは人間が自分たちの見た目を恐れていることを知っているからだ。

 そして、どこの部分が一番苦手なのかも。

 さて、長々と語ったが、もし遭遇すればどうすればいいのかを記しておく。

 やつらは硬い装甲をもち剣など刃物での攻撃でダメージを与えるのは難しい。

 一応足の密集した内側部分はそこまで硬くないが、そこを見てしまえば攻撃どころではなくなるのが必須だ。

 一番有効なのは炎での攻撃だろう。

 やつらは火を恐れる。

 火で攻撃を仕掛ければ、あっさりと退散してくれるはずだ。

 火を魔法で出す場合はできる限り詠唱やチャージが少ないものにするのがよい。

 なぜならやつらは魔法を使おうとする際の隙を突いて飛び掛ってくる可能性があるからだ。

 なんにせよ、普段から虫への耐性を上げておくに越したことはない。』


 というように記載されていた。

 僕はあまりにその記事が強烈だったため今でも内容は鮮明に覚えている。

 そしてこのモンスターは一番敵に回したくなかった。


「ちょ、何っ・・・むぐ!」

 尚も喋ろうとしたクイットの口をリクが塞ぐ。

「お前は見ないほうが懸命だ、絶対に目を開けるな。喋るんじゃねーぞ。」

 リクはそう言うとゆっくりとクイットから手を離した。

 クイットは大人しく目を瞑り耐えている。


「で、どうするよ?」

「こいつら確か火が弱点なんだ。僕は一応火の魔法は使えるけど、魔法を使おうとすると飛び掛ってくるらしい。」

 僕が言うとリクはマジかよ、と顔を引き攣らせた。

 そう言っている間にもGたちはものすごいスピードでこちらへと迫ってくる。

 もう部屋中の穴という穴からやつらは数限りなく溢れ出ていた。

「ね、ねぇ、もう我慢できないんだけど!」

 クイットが瞼を震えさせて言った。

 こいつらを見ていないからそんなことがいえるんだよ!

 絶対目を開けたら後悔する。

 でも目を瞑っているのも怖いのだろう。

 全ての方向からカサカサいう音が聞こえているのだから。


 そう、逃げようにも既に僕らは取り囲まれていた。

「ケイ!とりあえず魔法使え!」

「わ、分かった。」

 こうして僕は魔力を火の力へと変換する。


 魔法を使うには魔力を自分の力で変換する方法と、詠唱により力を変換させる方法、または両方を組み合わせたものが存在する。

 僕は後者、最後に掛け声のように魔法の名前なんかを叫び、威力を増幅させるものだ。

 そしてどの方法にしろ魔法の発動には時間がかかる。

 目の前のGたちは魔法を使おうとする僕を見て一瞬動きを止めると一斉に羽を広げた。


「ひぃ。」

 僕は思わず悲痛な声を漏らす。

 そしてその僕の声と新たに聞こえたGの羽音に我慢できず、クイットが・・・目を開けてしまった。


 一瞬の間が空く。

 クイットの目が大きく見開かれた。

 そして次の瞬間。


「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 耳を劈くようなクイットの絶叫があたりに響き渡った。

 万事休す。

 魔法の発動どころじゃない。

 Gたちは一番見たくない足の生え際を見せ付けつつ、こちらに猛スピードで飛んできた。

 いっそ意識を手放そうか。

 僕がそう思ったときだった。


 目の前を黒い影がよぎる。

 そのスピードや形からして絶対にGではない。

 そしてその影がよぎった場所にいたGは気持ちの悪い体液を噴出し、倒れた。

 倒れたやつはしばらくは動いていたがそのうちに息絶え、動かなくなる。

 そしてその影は周りのGを一掃し、Gたちの進軍を止めるとふっと僕らの前に姿を見せた。

 だがクイットは目の前に現れたものに気づかず、目を瞑ったまま蹲り、いやいやと首を振っている。


「お、おめぇは・・・。」

 そう、僕らの前に立つのは人種だった。

 だが背中から生えたコウモリの羽のようなものから人間ではないことが伺える。

 ボサボサの黒髪、頬に入った赤い模様、そしてすこし眠たげな赤と青、左右色の違う目。

 首元は布で覆われその布は口元まで隠している。

 モンスターの牙をペンダントのようにして首にぶら下げており、それが彼の神秘性を増していた。

 ところどころ引っかかれたように破れた服にだぶだぶとしたズボンという出で立ち。

 服装は現代の若いお洒落な子と同じようだったが、雰囲気はまるで違い、歳は20歳くらいに見えた。


 そして彼はぼそりと

「動くな。」

 と言い、僕らに背を向けた。

 その声を聞きようやくクイットが目の前の人物に気づき、声をかける。

「ビシウス!!」

 だが男は返事を返さない。

 何とか立ち上がり駆け寄ろうとしたクイットだが、僕らと彼の間にはいつの間にか見えない壁ができていた。

「魔法障壁・・・。」

 僕が呟く。

 彼はきっと魔法を発動しようとしているのだろう。

 この部屋全体を包み込むような強大な魔法を。

 僕は彼から自分にはない魔力の渦を感じた。

 きっと彼は何か“特別”だ、そんな気がする。

 ここは邪魔をせず、これからの行方を見守るしかないだろう。


 そしてGたちはようやく我に返ったようで、またもバサリと羽を広げた。

 クイットが目を逸らす。

 そして男は、長くとがった悪魔のような爪の生えた両手を前へと突き出し、そしてゆっくりと握りこぶしを作った。

 彼の周りに魔力が渦を巻き、風が起こる。

 彼の表情は見えないが、Gの裏側を見ても何のリアクションも示さないところを見ると無表情のままこの動作を行っているのだろう。

 そして彼は軽く上を見上げた。

 もう既にGは目の前だ。

 だが彼は全く慌てもしない。

 そしてもう一度顔を前に向けるとかくかくと指を動かし、手を開いた。

 その途端一気に魔力が噴出す。

 こうして辺りは赤く染まり、紅蓮の炎に包まれた。

 あまりの眩しさに目を開けていられなくなり目を瞑る。

 ごうごうという音が辺りに木霊し、他には何も聞こえない。

 ただ時折悲鳴のような、はたまた断末魔のような声が聞こえた気がした。


 そして、終始真っ白だった瞼の裏が次第に暗くなり始め、そこでゆっくりと目を開けると、辺り一面に黒い焦げカスのようなものが落ちていた。

 それはきっと例のGたちの成れの果てだろう。

 なんとなく可愛そうな気もしたが、また出てこられたら困る。

 ここは成仏してくださいと祈っておこう。

 あとの二人もゆっくりと目を開けた。

「あ、あいつらは・・・もういねーのか・・・」

 リクは大きく息を吐き出すとその場にへたり込んでしまった。


 そしてクイットはというとこちらに向き直っていた男に駆け寄る。

「ビシウス!やっぱりついて来てたんだ・・・。」

 クイットはうれしさや不安や悲しさがまぜこぜになったような顔を浮かべた。

 僕は何か二人の邪魔をしてはいけない気がして、リクの横に腰を下ろす。


「ねぇ、あの人って・・・」

「アイツはクイットの連れだ。」

「連れ?」

「あぁ。うちの店のメンバーってワケじゃねーんだけどよ。いっつもクイットがモンスターに襲われたり、危険な目に会ったときにどっからか出てきて、今みてーにサーっと問題片付けちまうんだよ。でもあの二人がどういう関係なのか・・・。」

 リクはそこまで言って首を振った。

「あいつほんとに無口でほぼしゃべんねぇ。愛想がねぇやつでさ、話しかけても無視する、っつーかさ、話しかける隙もねぇんだ。気づいたらいなくなっててよ。でも最近姿見なくなってたんだけどな。」

「ふ~ん。」

 僕はなにやら話しているクイットと男を見た。 

 かなり身長差があるなぁ、とか思いながら。


                      :



 男、ビシウス・ウィキッドと言う名のそいつはクイットとなにやら話した後、姿を消してしまった。

 それからクイットに男のことを聞いたけど名前を教えてくれただけで、多くは語ってくれない。

 リクも何度か男のことを聞いたことがあるけど教えてくれたことはないとか。 


 唯一二人のことを知ってそうな人物もいるそうだけど、今はまだ仕事から帰ってきていないそうだ。

 その人は近々帰ってくる予定らしいから帰って来次第話を聞いてみることとなった。


 そして今僕らは出口に向かって洞窟内を歩いている。

「・・・もう・・・何もいねぇな。」

 リクが口を開いた。

「そう・・・だね。」

 僕は返事を返しながら地面を見ないように前方を見やる。

 すると出口らしき光が見えた。

「クイット、もう少しで出口だよ。」

 僕はリクの腕につかまっているクイットの顔を見た。

 彼女はまだ固く目を瞑っている。

 というのも今地面には慌てて逃げ出して行ったのであろうGたちの千切れた足だの羽だのが散乱していたからだ。

 クイットにまた絶叫されては困るので今は仕方なくそのような感じでクイットを引っ張っていっているわけ。


 そうして、何とか出口にたどり着いた。

 洞窟内と比べれば、外はまだ明るく、少し目が眩んだ。

 クイットも外に出たことに気づいたようで、彼女も目を開けたけど、眩しそうにしている。


 が、目が慣れてきたとたん僕らは凍りついた。

 そう、そこには更なるGたちの残骸が残っていたのだから。

「もしかして、またビシウスのヤローが・・・?」

 リクが押し殺したような声でそう言ったとき。



「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 クイットの絶叫が再び辺りに木霊した。

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