平和の歌姫と黒き番犬
『拝啓、最愛の獣人ベルリ様。今日私はあなたとの結婚の約束を破り、獣人を迫害した国王と結ばれます』
ウエディングドレスに身を包んだ私は、結婚式会場の控室で、幼き日に結婚の約束をしたベルリへ手紙を認めていた。
居場所が分からないので宛先も書けない手紙を綴る私を、家族は暗い顔で見つめていた。
それでも、私は一人手紙を書き続けた。この想いが、あの人――狼獣人であるベルリに届いてほしいと願いながら。
『私たちが育ったイルヘルムは、十年前に即位して獣人迫害政策を推し進めた国王のせいで、とても暗くなっています。きっと鼻も耳もよく利くベルリがいたら、あちこちで悲しい知らせや嘆きの声が聞こえ、国王の兵に斬られた人々の血が鼻につくことでしょう』
と、そこでペンを止めてしまった。
「……やはり、暗い内容になってしまいますね」
「カイナ……」
私を心配するように声をかけた公爵位を持つお父様だが、顔を覗き込んだ途端に黙ってしまった。
それだけ、今の私はどう取り繕っても暗い顔をしているのだろう。
だけどもう少しだけ、せめて一つの区切りとして、十年前に離れ離れになり、会うことのできない日々が続いても愛することを忘れなかったベルリとの決別のため、続きを紡いだ。
『でも、ベルリもこの国のみんなも愛してくれた私の歌声は健在です。あなたが秘密で教えてくれた狼族の歌は、今も誰にも聞かせたことはありません。
ああそれと、あれからも詩人の方が私に様々な肩書を付けようとしました。特にお気に入りなのは、「平和の歌姫」です。私の歌には、人々の荒ぶる気持ちを押さえて、平和を導く力があると言ってくださった詩人がいました。歌声をそれだけ褒められたのですから、今も多くの人に愛されています』
この国では、アムリターラ公爵令嬢カイナという名より、歌姫のカイナと呼ぶ人が多い。私自身、歌うことが大好きで、幼い頃から噴水広場や大通りの中で歌ってきた。
荷馬車で商品を運ぶ商人も、巡回する騎士たちも、初めてこの国を訪れた人々も、みんな立ち止まって歌い終えるまで聞いてくれた。
そうして万雷の拍手を受けながら私に言い寄ってくる貴族の男性たちは、いつも金色の瞳でベルリが睨みつけて追い払っていた。
いつしか歌姫の番犬と呼ばれるようになっていたベルリと私の仲は国中で称賛されるところとなり、公爵令嬢の私と一介の獣人に過ぎないベルリとの身分差は、イルヘルムに住む人々の想いが無くしてくれた。
私が歌を奏で、それをベルリが守ってくれるのなら、誰も文句を言わなかった。
狼族として屈強なベルリが守るから私の歌が途絶えることがないのなら、誰もが早く大人になって結ばれることを願ってくれていた。
現国王が即位するまでは。
十年前、イルヘルムの国王が急病で亡くなったとき、王位継承権は第一王子と第二王子の二人にあった。
本来なら勉強家で民を思いやっていた第一王子が継ぐところだが、あまりにも突然の死に目を付けた隣国が取り込もうと侵略の手を伸ばしてきたのだ。
それを阻止するために、第一王子は隣国の王族へと婿養子として向かった。
第二王子含め、自分が隣国からイルヘルムへの関心をなくすまでは閉鎖的でもいいから、外敵を国の中へ入れないようにと強く命令したそうだ。
そういう経緯もあり、この国は第二王子が統べることとなった。
しかし、第二王子のティンプルは権力に胡坐をかき、甘やかされて育てられてきたと皆が知っていた。
我儘で世間知らずで願いが叶うことがなければ、権力を振りかざして無理やり叶えてきた。
当然国を統べる器ではなく、第一王子の残した目付け役と共に国政に乗り出したのだが……
「獣人はこの前抱いたが臭くてたまらない! あんな者どもは僕の国に不要だ! よってイルヘルムから全員追放とする!」
住民の三割を占める獣人を全員追放するなどという暴挙に出た。
第一王子の残した目付け役たちは、お父様によると家族を人質に取られ、ティンプルの暴挙に手出しができなかったそうだ。
今でも、そのお触れが出されて国を追われることとなったベルリとの別れは覚えている。
涙ながらに行っては嫌だと縋りついていた幼い私へ、必死に涙をこらえながら、ベルリは優しく抱きしめて約束してくれた。
「この鼻が君の匂いをずっと覚えている。この耳は絶対に君の歌声を忘れない。だから、君はこれからもみんなの前で歌い続けてくれ。いつかきっと、迎えに行くから」
私は何度も頷いて、黒い狼の耳をなでた。いつだって、ベルリはそうされることが好きだったからだ。獣人たちを追い出そうとする騎士たちも、そんな私たちを眺めて、ほんの少し時間をくれた。
騎士たちもティンプルの政策に誰もが異を唱えたいが、逆らえば一族野党皆殺しにされる。
けれど、私とベルリの仲を祝福してくれている。悲しい現実と心の中にある想いから、強く強く抱きしめ合う私たちに可能な限りの時間をくれた。
それでも、永遠に続けばいいのにと思いながらの抱擁は引き裂かれ、ベルリたち獣人はどこか別の国へと消えてしまった。
始めの内は隣国の第一王子に知らせて、ティンプルを止めてくれると信じる人々もいたが、閉鎖的でもいいから外敵を国の中へ入れないようにとの命に従ったティンプルは、獣人こそが敵だとし、謂れのない罪を突き付けた。
罪もなく追放されたのならまだしも、ティンプルを含む一派がそう言うのなら、隣国を統べるために必死だった第一王子には手出しができなかったのだろう。
十年経った今も、獣人はイルヘルムに入国すらできない。
ただ臭かったというだけで、獣人たちは祖国に帰ることができなくなってしまったのだ。
それでも、私はベルリとの約束を信じた。次々に追加されていく政策のせいで暗くなっていくイルヘルムの中で歌い続けた。
今まで通り、噴水広場や大通りはもちろん、貧民街でも富裕層の住む一角でも歌い続けた。
暗い国の中で顔に影を落とす人々も、私の歌を聞いた時だけは笑ってくれた。時には泣かせてしまった。覚悟を決めたように胸を張る騎士もいた。
そういう人々がベルリの代わりに守ってくれて、この十年を過ごした。
だが、大きな失敗をしてしまったのだ。
お父様に頼んで、私の歌を大きなホールで貴族の方々に聞いてほしいと頼んでしまった。承認されたが、その場に居合わせたティンプルが歌の途中で立ち上がり、喚くように宣言した。
「この女を嫁にする!」と。
既に十人以上の女性と結婚しているというのに、私を妻として迎え入れると決めてしまったのだ。あまつさえ、私の歌すらも自分の物だと決めつけ、城の中以外で歌うことを禁じられた。
お父様は守ろうとしてくれたけど、公爵家の権力で逆らえば、民へ重税を強いると脅してまで手に入れようとしたのだ。
もはや、だれもティンプルに逆らうことはできなかった。私を守れる人もいなかった。
そういう過程があって、今日この日に、私はティンプルと無理やり結婚を結ばされる。
「カイナ、そろそろ時間よ」
「……ええ、分かっていますわ、お母様」
立ち上がり暗い顔で振り返った私を見て、お母様は酷く辛そうな顔をしていた。口を開きかけたのを見て、私はどうにか微笑んで見せる。
何度も聞いた、助けてあげられなくてごめんねという台詞を言わせぬよう、例え嘘でも心配ならいらないと伝えたかったのだ。
「アムリターラ家の恥にならないよう、この身をティンプル国王に捧げます」
強がりなのは、お父様もお母様も承知のことだろう。けれど、これからきっと会えなくなるから、せめて最後は笑顔で別れたかった。
ベルリとは、結局泣き顔のまま離れ離れになってしまったから。
「……情けない父になってしまったが、せめて最後の仕事はさせてほしい」
教会にて誓いをするティンプルの所までエスコートする。私は情けなくなんかないと心で呟きながら、その肩に身を寄せた。
認め途中の手紙は、お母様に預けた。これ以上悲しい事は書きたくないし、私の想いは、いつまでも心の中で在り続けるから。
「……行きましょう」
私がそう言うと、父はゆっくりと歩き出す。赤いカーペットの敷かれた教会の中で、騎士や貴族たちが暗い顔をしながら私を哀れむように見ていた。
だというのに、バージンロードの先に待つティンプルだけは満面の笑みだった。
顔立ちだけは第一王子に似て良いというのに、欲望のせいで肥えた服に合わせて作ったというスーツは、何人もの女性を自らの物にしてきた証のように皴が目立つ。
一歩ずつ父と共に進むバージンロードで、私はこれまでの人生を走馬灯のように思い返していた。
頭に浮かぶのは、家族のこと、ベルリのこと、そしてやはり、歌だった。
ティンプルと結婚してしまっては、歌うことは城の中でしかできなくなってしまう。
この場にいる騎士たちも、貴族の方々も、教会の外で暗い顔を浮かべているだろうイルヘルムの人々にも披露できなくなってしまう。
とても悲しい事だと、私は思った。私の歌に救われたという感謝の言葉や、勇気を授かったと言ってくれた人々はどうなってしまうのかと不安に駆られた。
なにより、大勢の前で歌うことが出来なくなっしまうことが、とても辛かった。
だからだろうか。ステンドグラスから差し込む陽光の下、エスコートを終えたお父様がティンプルに私を託す瞬間、スゥッと息をのみ、いつも奏でてきた歌を教会内に響かせる。
ティンプルも、お父様も、騎士も貴族も、この場にいる誰もが驚いていた。同時に、魅了されていた。これからこの歌が自分だけの物になるからか、愉悦に浸っていたティンプルは、いいサプライズだと手を叩いて喜びだす。
最後の歌を思う存分歌い終えると、静かに礼をした。
「ご清聴、ありがとうございました」
手を叩くティンプルを無視して、今まで私の歌を聞いてくれていた全ての人に感謝するよう頭を下げる。
顔を上げれば、ティンプルが私の肩を抱いた。
「素晴らしいではないか! 僕たちの門出に相応しい!」
「……ありがとうございます」
「さて神父! 早くこの者と僕を祝福するのだ!」
頷く神父も納得していない様子だったが、聖典を読み上げ始める。そうして、誓いのキスをするようにと告げれば、ティンプルは礼儀も何もなく、ただ欲望のままに私の肩を掴み、その唇を寄せる。
「……ごめんね、ベルリ」
初めてのキスは二人でしようと決めていたことを、この刹那に思い出し、途切れるような声で口にした。
その時だ。頭上のステンドグラスが割れ、何者かが私とティンプルの前に降り立ったのは。
黒い髪の合間から覗く金色の瞳が私を捉えたとき、これは夢ではないかと疑ってしまった。
なにせその瞳は成熟していたが、一日たりとも忘れたことのない輝きで、頭には、片時も忘れたことのなかった狼族の耳が生えていたのだから。
見とれていると、黒き大人の狼獣人は怒りの瞳でティンプルを睨みつけた。
「この男が無能なお陰でここまで来られたが、哀れなものだな」
ティンプルは、頭上から降ってきたステンドグラスの破片が痛いと喚いていた。
しかし、すぐに騎士たちを喚き散らすように呼んだ。剣を構えて集まりつつある騎士たちだが、私の肩を優しく抱きしめてくれた人は、鋭い爪と牙を見せながら口にする。
「約束を果たしに来たぞ、カイナ」
堂々と立ち言い放つ姿は、十年前の面影を残しつつも、立派な大人の狼獣人として、この場にいる全員の瞳に映った。
「やっぱりベルリだ!」
私がその名を叫ぶと、騎士たちは一様に動揺した。なにせ、皆が知っているのだから。
歌姫カイナの番犬ベルリのことを。
剣を構える騎士たちに迷いが生じる。だが戦わなければ、ティンプルにどんな目に遭わされるか分かったものではない。
にらみ合いが続く中、教会の外から沢山の声がする。
「歌姫様を逃がせ!」「時間を稼ぐんだ!」「騎士様たちも目を覚ませよ!」「あの二人を忘れたのか!?」
私の歌を聞いてくれていた人々だった。こんな真似をすれば、タダでは済まないというのに、教会へ乗り込んできたのだ。
だが、私を抱き上げたベルリは声高に告げる。全ては自分が扇動したのだと。
「愚王ティンプル、お前は自らが虐げた獣人の手先にかみつかれたからといって、まさか罰を与えないだろうな」
「な、なんだとぉ! ここに押し掛けた者は皆殺しに決まっているだろう!」
「それでも王のつもりか? 追い出した獣人と花嫁はみすみす逃がし、残った人間を殺して満足か? だとしたら、思っていた以上に男としても無様だな」
ベルリはとことんティンプルを煽ると、高らかに告げた。
「俺の名は黒狼ベルリ! 愚王ティンプルから歌姫を助け出し、人間を扇動した獣人だ! よく聞け愚王とその騎士よ、これから逃げる俺を全員で追って真っ先に殺さなくては、行く先々でイルヘルムの国王の醜態を知らせるぞ!」
だから、騎士も兵士も自分と連れ去った私だけを追え。そう告げると、私を抱き上げたまま、教会に乗り込んできた人々に困惑している騎士たちの上を飛び越えて外へ出る。
状況を把握しきれていない外の警護に当たっていた騎士の剣を躱し、風のように速くこの場を去ろうとする。
しかし私を抱えていたせいか、その背中に一本の矢が突き刺さった。
「ベルリ!」
「くっ……これくらいは、覚悟の上だ!」
矢を引き抜いたベルリは、そのまま駆け抜けていく。やがて検問が見えてくると、見張りの騎士たちは待ちかねていたように門を開けた。
「歌姫を頼むぞ!」
「俺たちに斬られるなよな! 番犬!」
既にティンプルの目の届かないところで、味方を作っていたようだ。感謝すると告げながら、ベルリはイルヘルムの外へと走り去っていく。
私はただ、必死に胸の中でしがみついていた。情けないが、今の私にできるのはそれくらいだ。
敢えてできることがあるとしたら、
「……ありがとう、ベルリ」
そう、感謝の言葉を伝えるだけだった。
####
ティンプルからの追っ手が来る前に深い森の中へ隠れることができた。
息を切らせながら、私とベルリは、ようやく互いの顔をはっきり見つめ合う。
言いたいことがいっぱいある。聞きたいことがいっぱいある。でもまずは、背中に負った矢傷をどうにかしなくてはならない。
「持ってきたよ!」
大樹に寄り掛かったベルリの指示通り、泉で清潔な水を汲み、傷口に塗り込むための薬草を摘み、包帯代わりにシダの葉を束ねて持ってきた。
流石は獣人というだけあり、自然の中で傷を治すにはどうすればいいのか心得ている。
私は言われるがまま、泉の水で傷口を洗い流し、すり潰した薬草と水を混ぜたものを塗り込み、その上からシダの葉を重ねると、ツタできつく巻いた。
「たす、かる……」
「喋らなくていいから! 今は安静にして!」
「いや……せっかく十年ぶりに会えたんだ。俺は君と、話したいことも聞きたいことも沢山あるんだ」
言われ、私は国王に追われていることを忘れ、自然と微笑んでいた。
「同じ事、考えてたんだ」
「カイナも、俺と話したかったのか……?」
「当たり前だよ……この十年で辛い事の方が多かったけど、嬉しい事とか、楽しいことも確かにあったから。ベルリもきっと、同じくらい沢山のことを経験したんじゃないかなって、気になっちゃって」
「……先に言っておくと、この十年間、約束通りお前以外の女に手は出さなかったぞ」
「それは私もだよ――ベルリのこと、信じてたから」
「ああ、俺もだ」
人間と獣人。公爵令嬢と一介の狼族。残された者と追い出された者。
違いはこんなにあるのに、私たちは十年間も同じ想いを抱いていたのだ。
「私ね、今すっごく嬉しい」
追っ手は来るだろう。傷だって応急処置しかしていない。そもそもこの後どうするかだって分からない。
だけど、私とベルリは笑いあう。すると、ベルリがハッとしたように、ポケットから何かを取り出した。
獣の革で包まれた小さな袋は、封を解くと、中から歪な形をした指輪が出てきた。
私が目を奪われていると、ベルリは申し訳なさそうに頭を搔いた。
「結婚式を台無しにする手はずだったから、一応用意していたんだが、色々と余裕がなくてな……こんな物しか用意できなかったが、受け取ってくれるか?」
不安げなベルリの言葉に、私は気づくと涙をこぼしていた。途端に慌てだすベルリだが、私は泣きながら微笑んで、「だったら」と、涙を拭いながら口にした。
「結婚式の続き、ここでしよう?」
「続きって……」
「私も、あんな王様だけど誰かの妻になる覚悟を決めてたの。お父様もバージンロードを歩いてくれて、私自身、一人の女としての最後の別れも済ませたつもりだった。でも、誓いのキスをして指輪をはめる前になって、心から愛している人が、まるで観劇の英雄みたいに現れてくれた」
その英雄様が、戸惑うように私を見つめる瞳を揺らがせた。
「俺が、その続きをしていいのか? 周りは森で、誰もいなくて、こんな鉄で作った指輪しかないのに、いいのか?」
「うん、だって相手がベルリだもん」
それが全てだった。ここがどこで誰がいようといまいと、相手がベルリなら結婚の誓いをする。
「十年間、待ちわびていたからね」
「なら、その……仕方ないか。俺も相手がお前なら、いつでもどこでもこれを渡せるように持ち歩いていたんだ」
ベルリは指輪を摘まむと、私の手を取った。そこに少し痛かったけど、歪な形をした指輪が通される。
嬉しいと、心から思えた。ベルリも顔を赤くしながら、私を見つめる。
私から指輪は用意できなかったけど、この後どうすればいいのかは分かっている。
瞳を閉じると、ベルリの乾いた唇が重なった。
私たちはこの時、ようやく十年越しの約束を果たした。種族間を超えて、結婚できたのだ。
十年分の幸せを感じながらのキスは、まるで無限に続くように感じられた。しかし、ベルリが唇を離すと、顔を歪める。
「ッ……!」
「ベルリ?」
「なに、ちょっと傷が痛むだけだ。少し眠れば、狼の血が治してくれる」
「――だったら、こっちで寝て」
私はベルリに膝を指差すと、苦笑された。
「膝枕されるような歳じゃないぞ」
「この十年でやってみたかったことがあるの。膝枕と一緒に、プレゼントも送るから」
プレゼント? と首を傾げながら、ベルリは頭を私の膝に乗せた。
目を閉じたベルリに、私は静かな声で歌を紡ぐ。
二人きりの時にしか歌わなかった、狼族の歌。紡ぐ歌詞は、孤独な一匹狼が愛を知って大勢の群れに歓迎されるというもの。
寝ながら聞いたベルリは驚いて目を開けそうだったけど、そっと手のひらで覆った。
「お休み、ベルリ。ゆっくり眠ってね」
歌の途中にそう言うと、ベルリの頬を涙が伝った。ゴシゴシと拭ってから、コクリと頷いて、そのまま眠った。
私はずっと、傷ついた愛する人のために狼族の歌を奏で続けた。
####
翌日、流石は狼獣人というだけあり、あれだけの応急処置で傷が治ったベルリは、森に隠していた荷物から自分用と私への着替えを取り出した。
簡素なローブに身を包んだ私は、ベルリの手際の良さに感服していた。
色濃く血の付いたベルリの服と、私が着ていたウェディングドレスをビリビリに千切って川のほとりに散らせたのだ。
そこにベルリが用意していた熊の死体と血を大量に撒いておけば、いくらか頷く。
「こんなところか」
「ベルリはすごいね、こんなことまで考えてたなんて」
私とベルリの死の偽装だ。筋書では、森へと逃げた私とベルリだが、熊に襲われ命からがら逃げようとするも、川にぶつかり逃げ場を失う。狼獣人と熊が死闘を繰り広げた後に両者とも死んでしまい、私もまた戦いの中で体を引き裂かれ、二人揃って川に流されていった。
ベルリは狼獣人というだけあり、動物の言葉が分かるそうで、どうやったら自分たち熊が人間と狼獣人を襲ったか分かりやすくする方法を教えてもらったそうだ。
「本当なら、用意していた狼の血があったんだがな……まさか矢で射貫かれるとは」
「不幸中の幸い……ではないね」
「いや、傷を負ったのは知れ渡っているだろうからな。より死んだことの現実味が増しただろう」
これで、私たちが死んだことにしてくれたら、追っ手を気にすることなく逃げられる。
と、そんな考えが浮かんだときに、一つの疑問も浮かんだ。
「この後はどこに行くの?」
この森を含め、イルヘルムの領地はまだまだ広い。どこかの村や下級貴族の治める領地に身を隠しても、いずれ見つかってしまうだろう。
そんな私の問いへ、ベルリはしっかり考えがあると口にした。
「実は、十年前に当時の第一王子が向かった隣国へ行こうと思っている。ここからだとかなり距離があるが、隣国まで君を連れて行けたら問題は解決するんだ」
「ん? どういうこと?」
首を傾げる私に、ベルリは公爵令嬢にして民の支えだった私の証言が必要だと言った。
「第一王子は、隣国で確固たる地位を築いている。政治に口出しする力と知恵が十分にあるんだ。それだけに多忙でな。イルヘルムの現状について色々と知らされているようだが、どれを信じたものなのか迷っているそうなんだ。特に知らせを届けるのは一介の行商人だったり、外敵だとされた獣人だったりと、信じるには不十分な相手ばかりらしくてな」
そこまで聞くと、私は合点がいく。
「アムリターラ公爵令嬢の私が直々に現状を伝えればいいんだね!」
「そけだけじゃない。第一王子は君の歌姫としての名も知っているようでな。民を想って歌い続けた君が、外敵とされる獣人に救われたと話せば、更に信憑性が増す」
十年間歌い続けた日々は無駄ではなかった。自らに授けられた歌声に感謝しつつ、早く行こうとベルリの手を取った。
しかし、ベルリは難しい顔をする。
「その、人目を避けて隣国まで行くルートは決めてあるんだが、俺たち獣人が通るようなその名の通り獣道でな。時間もかかるし、食料も自然の中から得た物に限られてしまう。正直なところ、君が耐えられるか不安でな……」
腕を組んで考えこみ、ベルリは唸っている。私はつい、とことん思いやってくれるベルリに微笑んでしまった。
そうして、気合を入れる。
「大丈夫だよ! 私だってこの十年間、ただ歌っていただけじゃないんだから!」
ベルリといつか再会したとき、獣人差別のあるイルヘルムではなく狼族の暮らすような山でも生きていけるように、公爵家の書庫で必要な知識は頭に入れてある。
食べられる山菜や、疲れに効く薬草の数々。動物や川魚の調理法も頭に入っている。
公爵家のメイドたちが不思議がっていたが、学んでおいてよかった。
「だから、一緒に行こう? 隣国まで行くのを、私たちなりの新婚旅行にするつもりでね!」
言うと、ベルリは苦笑いだ。
「追っ手が来るかもしれないのは忘れないでくれよ?」
こうして、私とベルリの逃避行が始まった。
####
私の指で鈍く光る指輪を目にしながら、ベルリが仕留めてきた野鳥やウサギを調理する。
包丁はないから鋭利な石で代用し、火を起こすために水気のない枝を集めて焚火を作り湯を沸かす。鳥の羽はもいで焼いて食べられるようにする。
「いただきます」
二人で口を合わせて食べた結婚後の初めての料理は、お世辞にも美味しいとは言えない。私はまだまだ未熟で、今まで公爵令嬢として甘やかされてきたのだと痛感する。
けど、私の料理を美味しいと言って食べてくれるベルリがいる。夜の闇の中、焚火の明かりに照らされた笑顔につられて、私も微笑んでしまった。
「あまりガツガツ食べるのはみっともないよ」
なんて、人間の価値観として言ってみれば、
「狼は骨も内臓も食べるんだから仕方ないだろ。美味いならなおさらだ。カイナこそ、そんな量で足りるのか?」
「私は人間だからね。骨は食べないし、内臓は本当なら取り除きたかったんだけど、狼族は好んで食べるって学んだから」
そう言ってベルリの食べる手が止まると、私をチラッと見る。
「調べてくれていたのか」
「当たり前でしょ? 結婚するって約束してたんだから! 狼族の里でも暮らしていけるように普段から食生活も気を付けていたしね!」
「……なら俺も、どこかに住むとなったら君に合わせられるように努力しないとな」
「そうだね……住むなら、どこがいいかな」
「君が不便をしない大きな街なのは大前提として……俺としては、こういう森とか草原が近いと狩りができてありがたいな」
二本脚のベルリが四本足で逃げる動物たちを追いかける姿を想像して、少し吹き出してしまった。
「追いつけるの?」
「舐めるなよ? イルヘルムを追い出されてからはお前を助け出すために鍛えに鍛え続けたからな」
グッ、と胸に突き刺さる言葉を当たり前のように口にするものだ。私のために努力してくれていたなんて、嬉しくてときめいてしまう。
なんとなく悔しくなって、私も言い返した。
「私だって、ベルリに見つけてもらいやすいように才能だけに頼らずに歌を学んできたからね!」
「ならその歌を、逃げる日々の中で聞かせてくれ」
どうやら、狼族より人間の方が情緒が豊かなようだ。それとも、私が敏感すぎるだけだろうか。
まぁでも、なんにしてもだ。こんな会話を食事を囲みながらできるだなんて、結婚式会場の控室で手紙を書いていた私に知らせたらどれだけ驚くだろう。
途端に手紙の内容も明るくなるのだろうか? 暗い顔をしていた私がウキウキしだして、お父様とお母様を困惑させるだろうか。
それだけ、ベルリとの初めての夕食は幸せだった。こんな日々が続くなら、私はベルリとの結婚生活を一生森の中で過ごしたっていい。
「……いいものだね」
なんともなしに呟いた言葉に、ベルリも食べていた鳥を手放すと、私の隣に座った。自然と私がベルリの肩に頭をコテンと乗せれば、優しく肩を抱いてくれた。
ああ、もうこのまま一つになってしまいたい。私の初めてを捧げてしまいたい。
けど、ベルリはフッと笑った。
「俺の鼻は、発情の匂いを嗅ぎ分けられるんだが?」
「えっ!」
はしたない。恥ずかしい。そんな思いが頭の中でぐるぐると回っていると、ベルリがクククと声を殺して笑った。
「冗談だ。だが反応から見るに、俺の勘は当たっていたようだな」
「むぅ、このっ!」
意地悪をしたベルリへ、私は覆いかぶさるように立ち上がった。ベルリも戯れるように笑顔で私をいなしながら、二人の夜は更けていく。
いつかどこかの小さな村でいいから、家を買って二人で毎日こんな生活を送りたい。
十年越しの約束が叶った私が抱く望みは、そんなささやかなものだけだ。
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何日も何日も歩いた。旅といえるほどの日々をベルリと過ごした。
私たちは、十年経っても変わっているようで変わっていないのだと、毎日思う。
幼き日のように私の歌を聞いて集まってくる動物たちへ、ベルリは睨むのではなく、これは俺の女だと警戒するようなまなざしを向けていた。
幼い頃から狼獣人として身体能力に優れていたベルリは、大人になって更に強靭な肉体を手にしていて、私も大人の女性になっていて、かつてのように二人で水浴びなどは恥ずかしくてできなかったりもした。
この逃避行は、とても楽しかった。充実していた。何より、幸せだった。
そして逃避行を終えた後にも、私たちの日々は続く。第一王子にイルヘルムの現状を伝えて国が元に戻れば、お父様やお母様と再会することも、民に歌を披露することもできる。
未来は光り輝いていた。少なくとも、あと少し歩いた先にあるという橋を越えれば、隣国の領内だ。
このまま、こんな気持ちがいつまでも続くのだろうと思っていた。
けれど、現実とは残酷だった。隣国とを繋ぐ切り立った崖にかけられた橋を前にして、私とベルリは立ち止まってしまう。
「……ようやく来たか」
橋を前にして、イルヘルムの騎士たちが数十名待ち構えていた。
ベルリは自らの鼻を押さえて、人間の匂いはしなかったと狼狽しているが、すぐにその理由は分かった。
イルヘルムの騎士たちは、体に動物の毛皮を何枚も着こんでいる。そのせいで、ベルリは嗅ぎとれなかったのだろう。
数十名の騎士たちを前に、ベルリは私にさがるように言う。鋭利な爪と牙をむき出しにするけれど、相手はザっと見ても二十名はくだらない騎士だ。いくらなんでも勝てるはずがない。
しかし彼らが剣を抜くと、その顔に迷いや躊躇いが見られた。しばらく沈黙が続くと、騎士の一人が私たちに向けて声をかけた。
「なぁ、どうか抵抗しないでくれないか?」
それは懇願するようで、これから命を懸けた戦いをする騎士が発するものとは思えない。
だが続けて、騎士たちは「出来る限りの弁明はする」とか「無駄に命を散らすなよ、番犬」とか、戦いを望んでいないように声を投げかけてきた。
それを受け、ベルリは警戒を解かないまま、なぜかと問い返した。
なぜ闘争心に身を委ねるのではなく、戦いを避けようとするのかと。
騎士たちは、ほんの少し迷うそぶりを見せてから、背後に隠れている私を見た。
「歌姫様に傷ついてほしくないんだよ……」
一人の騎士がそう言うと、並ぶ騎士たちも続けるように口にした。
「歌姫様の歌には、新米の頃から勇気づけられてきた」「戦いに疲れたとき、いつも癒してくれた」「酒場で歌ってくれた時、聞きながら飲んだ酒の味が忘れられない」
だから、私を傷つけたくない。しかしベルリを斬れば、間違いなく私は傷つく。
だとしても、ミスミス見逃せば、ティンプルにどんな仕打ちを受けるか知れたものではない。
私もベルリも傷つけたくない。けど、だからといって自分たちの命や立場とは変えられない。
でも、ベルリは戦うことを選ぶだろう。私を隣国に届けて、国の現状を知らせるために。
何より、私を守るために。
ベルリが身をかがめると、飛び上がって騎士たちを爪で切り裂こうとした。騎士たちは苦虫をかみつぶしたような顔でそれを剣で受けると、囲むように指示が出される。
二十人の人間の騎士と、たった一人の狼獣人。互いに敵対しながらも、私のことを思ってくれている。
誰もが戦いを望んでいない。ティンプルというエゴの塊が、望まぬ血を流させようとしているのだ。
私一人を手に入れるために。
今も、ベルリに切り裂かれた騎士が呻き声を上げている。騎士の剣を、ベルリがすんでのところで避けている。
いつ誰が死んでもおかしくない。もうこんなことは、終わらせなくちゃいけないのに……
私自身、ベルリと逃げたい気持ちと争ってほしくない気持ちで揺れている。でも、私のせいで血が流れ始めている。
こんな時、私に出来ることなんて――
――いや、ある。一つだけ、私に出来ることが。
スウッと息を吸い込むと、私は静かな歌を奏でた。いつかの詩人が私のことを「平和の歌姫」と呼んでくれた時の歌だ。
飛び回って戦っていたベルリも、いよいよ本気で戦おうとしていた騎士たちも、私の歌に気をとられていた。頭に血が上っていた人は呼吸を正し、傷を負った人は痛みも忘れて聞き入っている。
ベルリも、私の歌に聞き入っていた。そうしてしばらくの間、隣国との境で私の歌が響き渡る。
もう争わないでくれと、そう願いながら。私は歌い続け、やがて終わりを迎える。
「……もう少しだけ、私の言葉を聞いてくださるでしょうか」
誰も何も言わない。そんな沈黙の中、私は不器用に微笑んで口にする。
「ねぇ、ベルリ……私のせいで血が流れるのなら、もういいよ。もしこのまま戦って騎士たちにも死人が出ちゃったりして、その挙句にベルリまで死んじゃったら、私は耐えられない」
ベルリは口を開いたが、言葉が出てこない。そんなベルリの次に、私は騎士たちへ語り掛けた。
「皆さんの事、よく覚えています。小さなころから私の歌を聞いてくださいましたよね。ティンプル様が国王になってからも、私の歌に耳を傾けてくださいましたよね。あんなに暗くなってしまったイルヘルムでも、胸を張って私を守ってくださいましたよね。だから、私はあなた方に判断を委ねます」
一度言葉を区切ると、私は凛然とした態度で覚悟を決めて口にした。
「私とベルリを信じてください。絶対に隣国の第一王子様にイルヘルムの状況を伝えて、国を覆う暗い闇を払うと誓います」
騎士たちに動揺が見える。確かに、私とベルリが隣国の王都へ間に合えば、イルヘルムは変わるだろう。失態を責められることもないだろう。
しかし間に合わない可能性の方が大きい。ここから隣国の王都まで、まだとても距離がある。ベルリ一人が走るのなら間に合うだろうが、私はただの人間だ。狼獣人のベルリにはついて行けない。
所詮は違う種族なのだ。しかしその違いによる弊害が、こんなところで出てしまうとは。
信じてもらえるだろうか。断られるだろうか。誰もが口を閉じて決断を決めかねている中、遠くから動物の鳴き声が聞こえた。
よく響く鳴き声の主は、遠くの草原の彼方からだ。駆けてくる姿を見ると、一匹の馬が哀愁に満ちた鳴き声を出して近づいてきて、私に寄り添った。
風に乗って聞こえてきた鳴き声の通り、悲しげに見える表情の馬は、まるで私を心配しているようだった。
その時だ。ベルリが「可能性がある」と興奮しながら駆け寄ってきたのは。
「この馬は、君の歌に心を打たれたと言っている! 力になりたいからと駆けてきたそうだ!」
狼獣人だから馬の言葉が分かるのだろう。馬の方も、どこか上機嫌にベルリに顔をこすりつけていた。
「騎士たちよ! よく聞いてほしい! 俺が全力で休まず走り、カイナが馬に乗って駆けるというのなら、十分にお前たちが王都へ帰る前に俺たちが隣国の第一王子へ知らせることが出来る!」
私の歌が生んだ可能性。騎士たちは私とベルリ、そして一頭の馬を見ると、しばしの間悩んだ。
だがやがて顔を見合わせると、一人、また一人と尻もちをついていった。
「どうやら、知らぬ間に爪で斬られていたらしい。しばらく動けそうにないな」
「それを言うなら私も、飛び回る番犬に対応しようとして足をくじいたようだ」
皆がわざとらしく口にすると、最後に「数日はここで野営だ!」と、騎士をまとめる隊長が言った。
「各員、傷の回復に務めるように。余計なことはするなよ? 今の我々は手負いだ。誰がどこを通っても、戦っては負ける。敵が現れた場合、戦略的撤退か死んだふりだ」
騎士たちは一様に頷くと、チラリと私たちへ目をやった。
「願わくば、怪我が治って王都に帰るころには、もっと明るい国を守りたいものだな」
私たちは願いを託されたと、この場で理解する。何か感謝の言葉を口にしようとして、首を振った。
「ベルリ、隣国へ急ぎましょう」
頷くベルリと、私のために背中に乗せてくれた馬を撫でつつ、橋を渡っていく。
背後にいる騎士たちへ一度だけ振り返ると、必ず間に合わせると心の仲で誓って、馬を走らせた。
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あの後、不眠不休で走って数日、私とベルリは隣国の王都へ到着した。
とても疲れていたけれど、私はイルヘルムの公爵令嬢だと告げれば、すぐに第一王子様との謁見が叶った。
第一王子様も、イルヘルムの内情について気にかけていたそうなのだ。密偵を送っていたりしたらしいが、ティンプルと彼に入れ知恵をしていた一派がことごとく排除していた。
その度に、閉鎖的にして守っていると手紙で伝えられていたそうだ。
なんとかして不正が起こっている確証が欲しかったが、得られない日々が何年も続いた。
だから、公爵令嬢にして私の歌を知る第一王子は、話を聞くと隣国で自分が動かせる兵を率いてすぐにでもイルヘルムに戻ると約束してくれた。
隣国からの侵略は大丈夫なのかと不安だったが、すでにこの国の第一王女との結婚は済ませており、子も授かっていたので、今更心配しなくていいそうだ。
とはいえ、私とベルリがいなければ閉鎖的になっていたイルヘルムの内情を深く知り、対抗策をいくつも用意する事は出来なかったと感謝された。
直々に礼を言われ、しばらくはこの国で養生するようにと、屋敷を用意してくれた。
でもせっかくの屋敷だったが、旅の疲れでずっと眠りっぱなしだったので、過ごした感覚はない。
なにせ、私は第一王子が話をつけたと知らされるが否や、イルヘルムに戻るように命令が下ったのだ。
もっとも、結婚の続きだとかではない。ベルリと共に戻ると、失脚したティンプル一派は投獄され、獣人の姿がチラホラとみられた。
そうして、第一王子が進めていた隣国との和解の式典に、私とベルリが呼ばれたのだ。
皆の前で、歌ってほしいと。
「緊張しますね……」
数えきれないほどの人間と獣人が見守る大広場で、私はベルリと共に控えていた。
流石にこれだけの数を前に歌うのは初めてなので、身が引けてしまう。
そんな様子を、ベルリはフッと笑って背中を押してくれた。
「君の歌のお陰で俺は助けに行くことができて、傷を負いながらも眠ることができた。何より、平和の歌姫に相応しい歌声のお陰で、君の愛馬も駆けつけてきてくれただろう?」
「平和の歌姫って、あれ? その話しましたっけ?」
聞くと、ベルリは結婚式の控室で書いていた私の手紙を懐から取り出した。
「君のお母様からもらってね。俺が持っているのが一番だそうだ」
「な、中身を見たんですか!?」
「当然だろう。お陰で、この国について深く知れた。もっとも……」
ベルリは少し間を置くと、笑顔で口にした。
「過去のことだけどな」
そう、皆が暗い顔をしていたのは、もう過去のこと。私を待ちわびる人間と獣人たちは、みんなが明るい笑顔だ。
「ほら、みんながお待ちかねだ」
「分かりましたよ、もう」
そうして、私は両国の人々の待つステージに立った。持ちうるレパートリーを全て披露した会場は大興奮のまま幕を閉じ、歌で一つになった勢いを利用して、侵略の魔の手を伸ばそうとしていた隣国とは完全なる和解を果たした。
いつしか、二つの国が安定する頃、私とベルリが結ばれると、人々は口にする。
「平和と共存の歌姫」と「歌姫を導き守る番犬」と。
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