買いたい
一人の女がカツカツと、音を立てながら歩いていた。どうやら、ヒールが着いた靴を履いているようだ。道路との相性が良くないようで時折躓きそうになっている。でも、気にしてないようで何処かに向かっていた。すると、ブランド品ばかりが並ぶ店へ足を踏み入れる。入口にはドアマンがいて丁寧に開けてくれる。店員の声掛けもお手軽なショップの張りのある声とは違う。一言で表すとしたらお上品なんて言葉が似合いそうだ。女は、一目散にこの店の目玉商品の鞄の前まで行く。その様は、目がギラギラしていて物欲にまみれているように見える。女が指を指しながら、これお願いと頼むと、店員は、微笑みを浮かべる。すると、白い手袋をした手で傷を付けぬよう丁寧に持ち包み始め箱に収める。電卓で値段を表示する。0が多く、最初は幾ら分からずにいた。どうやら、40万円らしい。女は、堂々とした面持ちでクレジットカードを差し出す。リボ払いで、と。これが女の日常だった。
ある時、女は、自動車販売店に来ていた。別に車が欲しい訳では無い。ショッピングモールの中を歩いていたら勧誘されたのである。月いくらでしたら買えますよ、なんて売り文句に乗っかったのだろうか。女は、躊躇いなく契約書にサインしていた。そこには、200万円の価格。車を買うとしたら行く日も考え、慎重に買いそうなものの、この女は違った。契約を終えると、上機嫌で帰っていく。
車が納品される頃だった。女は、鉛のように身体が重くなっており、ここ一週間程ベッドとトイレの往復で過ごしているようなものだった。自動車販売店から電話が鳴り、納品したので取りに来て欲しいとのことだった。だが、動くことすらままならないのに運転することなんて到底無理だった。車を購入したのに、ここはワンルームのアパート、駐車場なし。近所の駐車場は高くつき、割引などないとの噂だった。こんな立地でよく購入したものだ。また、女は安月給で働いていて残業も多い。所謂ブラック企業。そんな女の身体はボロボロで、肌のツヤもなかった。ドアのポストには複数の封筒が入っていて、どれも宛名近くに赤字で督促、と書かれている。リボ払いのツケが回ってきたように見える。
「リボ払い払いきれない……、金融機関に借りてそれを……」
女は自転車操業をする気満々。一時的に凌げるが、借金が溜まっていくだけの。落ち着いた気持ちでネットバンキングを用い、現金預金口座へ。ネット上で金額を確認し終えると、安堵したのか布団の中へ戻った。ギリギリ支払える状況でも車のローンはキツく、急いでディーラーに電話をかけ交渉する。即決した姿に違和感を持っていたのか、クーリングオ出来る期間でもあったため、払わずに済んだ。そして、もう高い買い物はしないと心に誓ったのだった。
女の体調は戻り、鉛の重さは消え去っていた。だが、その代わり高揚感に包まれている。ハイテンションとは違う、病的なという表現が似合いそうだ。女は、ショッピングモールに来ていて、店先から中を見ていた。そこは服屋のようで価格はお手軽とも言えるほどだった。そこで複数の洋服を購入し、ショッピングバッグをひとつ持つ。ブランドと言ってもひとつ5000円以下のものばかりだった。そして、特に用事もなく、ジュエリーショップの通りを歩いていた時の事だった。
「お姉さん、手がお綺麗ですね。私の手よりお姉さんの方がきっとお似合いだと思いますわ」
「ガラス越しに見せて貰えませんか?」
「ええ、どうぞどうぞ、こちらへ」
女は案内され、ガラスケースの前に立つ。店員が話しながら説明するものを見つつも複数の品に視線が泳ぐ。そして、言うのだった。
「あれ、ください」
「あれは100万円の品ですが……」
了