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深宇宙探査船団フェルンディオ  作者: えだまめのさや
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転生、そして拾われる


 「——っざけるんないわよ、あんのクソ上司!」

 「まぁまぁ先輩、愚痴ならいくらでも聞いてあげますから……」

 

 早見ハルは個室居酒屋に半ば無理やり連れ込んだ後輩にビールを手酌してもらい、一気に流し込む。

 その飲みっぷりと言ったら男性顔負けの見事なもので、これが愚痴らずにいられようかと全身から負のオーラが滲みだしていた。

 ハルは孤児であった。

 幼い時に両親を亡くし、親類がいなかったために施設に預けられた。

 それなりに苦労した人生ではあるが、そこそこ大手にも就職出来たし、今のところ生活は順調だ。

 そう、金銭的な意味では。

 仕事の内容はゲームの企画開発である。

 もともとゲームなんて作っていなかったシステム屋が一念発起して作られた部署に配属されて早六年。

 今までシナリオゲームしか作ってこなかったのだが売れ行きは上々。次の一手として新たなジャンルに手を出そうかと企画開発チームの面々が部長に対して企画をプレゼンするのが今の仕事だ。

 だからハルは、ロボット戦闘ゲームを推した。

 マーケティング調査を実施し、ライバル各社のここ数年の発売ジャンルと傾向を調べ上げ、さらにはどのようなシステム言語で加発されているか、流行りのソフトウェアは、開発工数はどれくらいかを調べ上げ、プレゼンに臨んだ。

 その結果は、否だった。

 もちろん会社の方針として戦闘モノのゲームはやらないだとか、ハルのプレゼンでは部長の心に響かなかったのなら諦めもつくし、次の企画を見つけようとも思う。

 しかし現実はもっと低俗な理由で却下された。

 

 『ロボット戦闘モノ?施設にいた君にゲームの何が分かる。君は小さい時にどれだけゲームに触れたんだい?触れてないだろう?そんな君がゲームをとやかく語るんじゃないよ』

 

 四月に今の部長にトップがえられてからというもの、何故か自分に対する風当たりが強くなったとは感じていた。

 それでもマーケティングに対して売り上げがどうとか、そこそこの売り上げを出している時にもっと稼げないだとか、小言程度だったので「部長も上から業績について色々言われてるんだなぁ」と思ったぐらいだったのだが、今回の件で違うということがはっきりした。

 

 ——部長は私が嫌いなんだ。

 

 それも好き嫌いではない。生理的に毛嫌いされているのだ。

 孤児に対する偏見、常識が無いとでも言いたげな視線、言葉の端々に棘がある言い方。

 部長にも思う事があるとか、昭和の人間だからなんて言葉で同僚からははぐらかされたが、きっと彼らにも部長は相当言い含んでいるのだろう。

 だからこうして後輩ぐらいしか愚痴る先がいないのだ。

 

 「——ありがとうございやしたぁ」

 

 店を出ればすでに十時過ぎ。

 都会の端っこにあるここは街灯こそ少ないがそれなりに人通りは多い。

 潰れている後輩に肩を貸し、迷惑をかけたと反省すると同時に、この時ばかりはお酒に強い体質に嘆く。

 何もかも忘れてられたら良いのに、それすらも出来ずに明日の出社が憂鬱になる。

 

 「ほら、起きて。これじゃあ電車に乗れないじゃない」

 

 タクシーはダメだ。後輩の家が分からない。

 叩き起こしてホームで待つこと数分。

 後輩は立ったまま器用に寝るのでわき腹を絶えまなくつついているが、狙いが外れて胸に当たった時は思わず「……でかっ」と唸ってしまった。

 私より小柄な後輩のふくよかな胸をまじまじと見入っていたら、いつの間にか目の前に黒い影に気付く。

 いつの間にか電車が来ていたのか、と寝ている後輩を揺さぶって電車に乗ろうとしたら、ドアが無い。

 

 「……?」

 

 一歩引いて視野を広げれば、それは電車ではなかった。

 年代物の電灯が鈍く照らし出すそれは、どこかの映画で見た大きな昆虫だった。

 ずんぐりとした体躯たいくに六本の足が延び、二本はカマキリの様にギザギザな刃がついている。

 疲れからか、それとも酔いがまわって幻覚を見ているのか。

 しかしハルは死の匂いを感じた。幼い時、両親がハルをかばって死んだ時と、同じ匂い。

 急速に頭が回り始める。

 

 ——これは現実?じゃあこの化け物はなに?

 

 考える間もなく化け物は右の鎌を振り上げた。

 

 「先輩っ!」

 

 起きていたのか、無意識に突き飛ばした後輩が目に入る。

 三メートルほど先の床に尻もちついている様子に、どこか安堵を覚えた。そこならば、巻き込まれて死ぬことはない。

 次の瞬間、ハルの意識は夜空へと消えた。

 

 * * *

 

 時間が止まった世界。

 一人の女性が頭部から股下まで半分に切り裂かれ、駅のホームに転がっている。

 周囲には恐怖にとらわれた女性や、何が起きたのか呆然としているサラリーマンの姿が見える。

 そして、女性を襲った黒い影も。

 

 「速やかに復旧班を編成してください。解析班は三○分ごとに報告を。上への定時報告は私からしますが、合わせて広報には会見の準備をさせてください。本件は重大インシデント、クラスAとして役員にまで報告されています」

 

 どこからともなく、光の粒をまとってホームに現れたソレは、続いて現れる光に対して的確な指示を飛ばす。

 いわゆる『神』と呼ばれる彼ら、特に指示を飛ばしている監督役の彼は今回起きたイレギュラーに対して相当の危機感を覚えていた。

 

 「時間停止は最大でも八時間です。それ以上は並行世界への影響が大きく許可できません。会見はマスコミに通知してから一時間後に、最終方針決定は六時間後とします」

 

 光は四方に散らばると、忙しなく動き始める。

 溜息一つ。

 彼は改めて裂かれた女性とその奥で手を伸ばす女性、そして黒い影を見る。

 ずいぶんと面倒なことになった、というのが本音だ。

 

 ——介入はギリギリ間に合わず、目撃者は多数。

 

 それでも時間停止により被害拡大は最小限で抑えられたのは僥倖ぎょうこう

 目撃者多数とは言え記憶の改竄かいざんは範囲指定で行われるので、大した作業量にはならない。

 しかしこれをどう改竄したものか。

 隕石落下、はたまた屋根が崩れ落ちた。

 女性の遺体をいったん修復した後、状況に合わせて再度破損させるとなると、不自然にならないよう気を付けるのが厄介だ。

  続いて、黒い影を見やる。

  地球から見れば外宇宙生命体。遠い未来でソラバチと呼称されるモノ。この時間軸にいてはいけないもの。

  通常であればこのようなモノは太陽系に侵入する前に検知し、担当部署に連絡し、何らかの手段で担当部署が回収するのが規則だ。仮にそれが出来なかった場合は、こちらの部隊が排除する手筈てはずとなっている。

  

 「それでも、こちらの監視網を三つも超えられた」

 

 ソラバチの形跡けいせきはこれから辿ることになるが、最後の最後、成層圏に張り巡らせた最終検疫ラインまで気づくことが出来なかったのはこちらの失態だ。

 

 「——個人的な分析は後回しですね。今は事態の収拾に動きましょうか」

 

 そういうと、辺りを忙しなく飛び交う光の中へ彼も消えていった。

 

 * * *

 

 早見ハルは目が覚めると、草原の上に立っていた。

 

 「ここは……?」

 「——ここは、貴女たちからすれば天国、またはあの世と呼ばれる世界です」

 

 背後からの返答に驚いて振り向けば、なんとも珍妙な姿をした青年がいた。

 テレビでしか見たことが無いような、司祭だが司教と呼ばれる人が来ているような、白いローブ。きらびやかに揺れる金と青の飾りが彼の神秘性を増している。

 

 「さて、時間がありませんので手短にお話します。早見ハルさん。簡単に言ってしまえば貴女は死にました」

 「……はい?」

 

 いやいや何を言っているのか、とハルは全身を見て、気づく。

 足がない。いや、正確には透けている。

 

 「……えっと、つまり私って、幽霊ってことですか?」

 「正確には魂だけの存在です。本来であれば魂は世界へとかえるのが道理なのですが、少々問題が生じました」

 

 目の前の青年曰く、彼はいわゆる神であり、ハルは本来死ぬ予定ではなかった。何らかの不具合により地球外生命体が侵入してしまい、ハルは殺された。

 そして、ハルが殺されたことで地球の未来が大きく変わってしまった。

 

 「人一人が未来まで影響力を及ぼすのは数人なのですが、貴女はまさにその数人に該当します」

 「あ、あたしがですか?」

 

 自分を指さし、ハルは戸惑う。

 別にお金持ちでもなければ総理大臣でもない。

 ただの会社員であるハルが、どうして未来にまで影響を及ぼす人物なのだろうか。

 

 「貴女は本来の時間軸ではとあるゲームの開発者として、名を馳せることになります。そのゲームは百年にわたりシリーズ化され、さらに遠い未来、とある人物が貴女のゲームに着想を得て、人類の技術が飛躍的に向上します」

 「そ、そうなんですか」

 「しかし貴女は死んでしまった。これがまず大きな問題です」

 

 彼は更に説明を加える。

 遠い未来、この世界は二つの可能性に分岐する。

 一つは人類が太陽系を捨て、外宇宙で生活できるようになる未来。

 二つ目は、外宇宙での生活に順応できず、滅びる未来。

 可能性は並行世界として同時に存在し、神はどちらも管理するのだという。

 しかしハルが死んでしまったせいで、一つ目の世界である人類が外宇宙で生き延びる可能性世界において、人類の滅亡が確定してしまう可能性があるらしい。

 神はあらゆる時間軸で世界が正しき姿になる様に管理しているのだが、ここで人類が亡びてしまうと正しき世界の姿とならず、大きな矛盾が生じるとのこと。

 それを回避するために、死んでしまったハルを滅亡の可能性がある世界に転生させ、滅亡を回避させる算段をつけたこと。

 

 「他の時代に転生させるのはこれまでも例があります。そして、本来貴女が世界に与えるはずだった影響は、やはり貴女自身で与えた方が矛盾が少なくて済みます」

 

 青年はそういうと手を差し出した。

 手を、と言われて恐る恐る差し出せば、優しく握り返された。

 突如差し出した手を伝い、フラッシュバックの様にあらゆる知識が、映像が入り込んでくる。

 

 「これから転生する時代の基礎的な知識、貴女の経歴、行きつく先の情報を与えました」

 「ず、随分身勝手なんですね、神様って」

 

 軽い眩暈めまいにふらつきながらも、半透明の足で踏ん張れば転ぶことは無い。

 未だ駆け巡る知識に翻弄されながら、おぼろげに戦闘知識が求められる事に気付く。

 

 「あたしが必要とかって言ってる割には、随分危険なところに放り込もうとしてるじゃないですか」

 「心配ご無用です。貴女の戦闘力はほぼ最大にまで引き上げておきました。さらにジャグと呼ばれる戦闘用ロボットもお付けいたします。貴女はそこで、運命に流されるまま生きてください。喩え運命を拒否しても、それすらも運命なのです」

 

 そろそろ時間です、と告げると急激な眠気に襲われた。

 瞼を開ける事が難しく、体が沈んでいく感覚。

 

 「——覚えておいてください。貴女の生は望まれ、祝福されたものだったと。それは次の人生でも同じこと。どうか、忘れずに」

 

 意識が沈む前に響いた声は、どういう意味なのだろうか。

 

 * * *

 

 次に私が目を覚ますと、青白い光が支配する無機質な狭い空間だった。背もたれはお世辞にも座り心地良いものではなく、けれど体をしっかりと支えてくれる、そんな感触を返してくれる。

 両手に握られた操縦桿そうじゅうかんを意識した時、これがジャグと呼ばれるロボットだと気が付いた。

 私は今、ジャグに搭乗していて宇宙を彷徨さまよっている。

 

 「——は?宇宙?」

 

 いや待て、どうしてこうなった。

 頭を掻こうとしたらヘルメットに手が当たる。なるほど、宇宙服なるものを着込んでいるんだった。

 「ええと、あの神様の話が本当なら、ここは転生先で、なんでこんな状況かというと——」

 

 ——時はXX年、人類は外宇宙生命体に襲われた。三宮さんのみやハルは宇宙に散る故郷を後に、父が残してくれたジャグで、一人広大な宇宙の旅に出たのだった……!(完)

 

 「いや完じゃないのよ完じゃ!人の人生勝手に終わらせるんじゃないわよ、脚本誰よ!」

 

 頭を振りかぶり、再度整理する。

 名前は三宮さんのみやハル。女性、一六歳。

 いわゆる貴族出身で技術者の父を持ち、開発途中だったジャグのテストパイロットとして一○歳より活躍。

 一五歳の時に外宇宙生命体と戦闘が度々起こる様になり、ハルは開発途中だった亜空間格納技術とジャグと人体の合一技術を人体に施すほど戦闘が身近なものになり、一年後にはついに母艦が沈没。

 父の「生きてくれ」という言葉と共にジャグに乗り込んで脱出し、そのままコールドスリープすることはや二○○年。こうして目覚めたわけだ。

 

 「一○歳でロボ……ジャグに乗るとかすごいわね。これがアニメかゲームなら強化人間なんて疑われるわよ」

 

 いや、神様曰く戦闘力を最大にまで引き上げているのだから実質強化人間だ。

 さらに知識を深堀していけば、どうやら今の人類にはディーと呼ばれる、脳波を利用したサイコキネシスみたいな能力があるらしい。

 あと貴族出身とあったが、どうやら人類が宇宙に進出した時、ディーを使いこなして財を成しただとか軍事で多大なる貢献をしたものが貴族のような扱われ方をしたのがそのまま根付いたらしい。

 宇宙にまで進出しておいて貴族制度が残っている事もあれだが、サイコキネシスだとかロボットだとかを考えれば最早何でもありという様相をていしている。

 

 「——で、これからどうしろっていうのよ」

 

 神様は運命に流されるまま生きろとは言われたが、広大な宇宙を漂流者として生きろというのは無いだろう。

 ひとまずジャグのレーダー系統をいじっていると、遠くに小規模な爆発が起きた。この世界の知識が直ぐに戦闘の爆発だと教えてくれる。

 爆発は次第に幾重いくえにも重なり、激しさが増していく。

 

 「この距離じゃ誰が戦っているか分からないわね」

 

 安易に近付いていいものなのだろうか。

 否、運命に流されろという事ならおそらく救援に駆け付けろということだろう。

 わざわざハルを転生させるほどなのだから、これはゲームのチュートリアルだと思えばいい。

 両手の操縦桿を倒し、加速する。

 ジャグの背部スラスターが震え、粒子をまき散らしながらハルは爆発が連鎖する戦場へと突っ込んでいく。

 

 * * *

 

 「我が軍、戦闘を開始しました。初撃命中率は三五、敵損耗率は不明」

 「そのまま戦線を維持。第二、第三防衛ラインの構築を急げ」

 

 オペレーターからの了解をもってダリは前方に映し出された戦場に目をむける。禿げた頭と豊かな顎髭あごひげがトレードマークの彼は、艦橋の艦長席に腰かけることなく仁王立ちで映像を食い入るように見る。

 時折こちらの戦闘機が放つ爆撃で敵のシルエットが浮かび上がり、己の直感を確かなものにする。

 

 「——間違いない。ソラバチだ」

 

 ダリにとってみれば実に五○年ぶりの再会となるソラバチ。

 当時は一体の襲来に対してこちらは戦闘機四三機、戦艦二隻を喪う甚大じんだいな被害を被った。

 そのソラバチが今、数にして三○体がモニタに表示されている。

 

 「本部と船団にSOS、いや緊急避難指示を出せ。あれ相手ではこちらも長くはもたん」

 「すでに本部には連絡済みです。速やかに船団に合流すると返答が来ております」

 

 本部が船団に合流するまで、どんなに急いだところで三時間は掛かる。そこが勝敗ラインだ。

 それまでに何人が生き残れるか。

 五○年前からこちらの戦闘力も比類なき向上を見せたが、それが通用するかどうかは分からない。

 戦場は開始当初から殉死者を前提とした防衛ラインを構築しなければならない。

 

 「各員に通達しろ。敵はソラバチだ。各個撃破ではなくツーマンセルで遅滞攻撃に専念。隙をついて艦砲射撃による撃破を実施する」

 「各機、ツーマンセルに移行。繰り返す、各機——」

 「艦砲射撃、一番から五番を指定。射撃要員は速やかに準備を——」

 

 微かな振動が足元から響く。

 事前待機していた一番の艦砲から極太のレーザーが撃たれ、ソラバチに命中した。

 青白い爆発が広がるが、粉塵の中から直ぐにソラバチが姿を見せる。すぐさま戦闘機が注意を引きつけるために射撃を再開し、もう一機は摘んでいるコンテナからミサイルを発射する。

 

 「命中。敵損耗率は不明」

 「分析データは本部と船団に随時送っておけよ」

 「了解」

 

 戦場が激しさを増していく。

 響く振動は次第に絶えまないものとなり、戦闘機が一機、また一機と落とされていくたびに追加の人員を戦艦から出撃させる。

 

 「ノエル、敵母艦は確認できたか」

 「いえ、確認できません。しかしソラバチの背後に強力なジャミング波を検知。隠蔽いんぺいと思われます」

 「場所は特定できるか」

 「特定可能です」

 「よし、主砲一番から三番を起動しろ。敵ジャミング波の中心に叩き込む」

 「——主砲準備完了。いつでもどうぞ」

 「よし、撃て」

 

 * * *

 

 「なによ、あれ」

 

 ようやく戦艦らしき影が見えて来たかと思えば、ハルは戦場の反対側に突如として出現した虹に驚く。

 直前に赤い閃光が戦艦から伸びていたことを考えれば、何かを攻撃したのだろうとは分かるが、それがどうして虹になるのかが分からない。

 驚きは更に続く。

 虹が霧散したかと思えば、宇宙の景色にひびが入り、ガラスが割れるかのように景色が飛び散り、中から真っ赤な塊が姿を現した。

 

 「あれは……」

 

 知っている。

 二○○年前、三宮ハルの母艦が沈められた時にいたものだ。

 早見ハルとしては小一時間まえに転生してきたばかりではあるが、体の奥底が熱くなるのを感じる。

 親の仇を見つけた言わんばかりにたぎる全身に落ち着けと激を飛ばし、けれどスラスターをフルスロットルまで引き上げる。

 急激なGが掛かり背もたれに強く押し付けれられるが、それも速度上限まで達すれば幾分やわらぐ。

 そろそろ戦艦もこちらを捉えるころだろう。

 ハルは救難チャンネルを開き、呼びかける。

 名乗るのは三宮ハルとしての所属だ。

 

 「こちら、識別番号SGT001。第三深宇宙探査船団サゴニウス所属、三宮ハル。前方の戦艦、応答願いたい」

 

 繰り返す。

 

 * * *

 

 「艦長、急速接近中の不明機より救難チャンネルを受信」

 「不明機で救難チャンネルだと?モニタに回せ」

 

 艦橋前方に広がる長大なモニタ。その左半分に映し出されるのは、見たこともないコックピットと異様なパイロットスーツに身を包んだ女性。

 ヘルメットで反射して顔は見えないが、声から判断するにまだ若い。

 

 『——り返す。こちら、識別番号SGT001。第三深宇宙探査船団サゴニウス所属、三宮ハル。前方の戦艦、応答願いたい』

 

 「サゴニウス?二○○年前に沈んだ船団じゃないか」

 「識別番号確認、パイロットのバイタル一致。搭乗者は三宮ハル。最終ステータスはMIA」

 

 MIA、つまりは戦闘行動中行方不明。疑問は尽きないが、バイタル情報まで正しいとなると三宮ハル本人なのだろう。

 さらに光学映像で捉えた機影が表示された。

 

 「なんだあれは……」

 

 あまりにも異質。

 メーガ2の戦闘機が宇宙や大気圏内での戦闘を想定して、いわゆる飛行機型なのに対し、接近する機影は船外作業用のロボットにも似た、いわゆる人型をしている。

 人型のロボットは汎用性は高いものの、関節部の脆弱性や操作性の悪さから現在では戦闘機として活用されているものはいない。

 それが時速にして八万kmを超える速度で近付いてきている。

 その速度はメーガ2所属の戦闘機が出せる最高速とほぼ同等だ。それだけの速度を出そうと思うと、人型の場合は関節部に多大な慣性が働いて分解してしまうというのに、映る機影は事もなく飛んでいる。

 

 「——各員そのまま戦闘は継続。ノエル、念のため戦闘機を二機飛び立てるように準備させて回線を開け」

 「了解。回線、開きます」

 

 ダリは頭を振りかぶり、思考を切り替える。今重要なのは近付いてきている機影が救難チャンネルでこちらに呼び掛けており、おそらく敵対意思はないということ。対話の余地があるという事だ。

 ダリは艦長席手元にあるマイクを手に取ると、呼びかける。

 

 「こちら第二十五深宇宙探査船団フェルンディオ所属、戦艦メーガ2、艦長のダリ。応答せよ」

 『——ちら、第三深宇宙探査船団サゴニウス所属、三宮ハル。応答感謝する。戦闘中と判断し、手短に用件を伝えるわね。貴艦らが対峙しているのは二○○年前、故郷であるサゴニウス船団を沈めたソラバチの母船。当時の戦闘データを共有させてほしい」

 

 同時、モニタにソラバチと母艦の詳細なデータが送られてくる。特にソラバチについてはどこを攻撃すればいいか、どんな攻撃が有効かまでが記されている。

 ダリはマイクを切り、すぐさま情報を精査させるよう指示。

 

 「情報提供感謝する。して、貴殿は救助を希望か?」

 『いいえ。出来れば援護させてほしい。あれはあたしの、言うなれば親のかたき。けれど無理にとは言わないわ」

 「……いや、こちらも状況は芳しくない。援護していただけるならお願いしたい」

 『わかったわ。チャンネル回線の情報を貰えるかしら。ソラバチはこちらの会話を盗聴出来る。早々に暗号回線に切り替えた方がいいわ』

 「承知した。直ぐに専用暗合回線を準備しよう」

 

 よろしくね、とモニタ映像が切れる。

 代わりにピックアップされるのは送られてきたソラバチのデータと、こちらが五○年前に襲撃された時のデータを突き合せたデータだ。

 

 「……こちらが持っている精度以上だな。完全に信じるのもあれだが、今はこれにすがるしかないのも事実」

 「各機に展開しますか?」

 「……そうだな。ソラバチの攻撃パターンと弱点データだけに絞り、各機に展開しろ。合わせて救援機についても連係しておくように」

 「了解」

 

 すぐさまオペレーター達がハルから受け取った情報を展開していく。

 数秒後、一機がソラバチの撃破に成功したと報告が入った。

 

 * * *

 

 「——さて、あたしも行きますか。ほら起きて」

 

 右手でコックピット中央、球状モニタを二度三度と叩く。

 それまで周囲の機影を投影していたモニタだったのだが、ラインで表現された目と口が現れる。。

 

 『——寝ていたわけではありません。貴女の変化に戸惑っていただけです』

 「……その様子だと、何も知らない感じね」

 

 ジャグに搭載されている支援AI。特に名前もないので転生前のあたしは機体名のままジャグと呼んでいた。

 ジャグはあたしの人格が転生前と後で変わっていることに違和感があるのか、記憶の中の受け答えとは違く、若干硬い返答だ。

 このあたりどう説明したものかと思うが、出来れば神様パワーでやっておいてほしかったとも思う。

 

 「ちょっと色々あってね。戸惑う所はあるかもしれないけど、今は目の前の敵を潰すわよ」

 『了解しました。戦闘モードを起動します」

 

 コックピット正面、外が見えるモニタの周りに幾つかサブモニタが追加され、天井からは様々なボタンが並んだパネルが下りてくる。

 そのパネルの中からスラスターのリミッター解除ボタンをいくつか押していき、最後に武器として杭打機パイルバンカーを選択する。

 

 カマキリの様な腕を持ち、ハチの様なはね、異様に膨らんだ腹部はカブトムシかと思わせるソラバチの弱点は、その副部と頭部を繋いでいる胸部。

 そこを背中側から質量任せの一撃を加えると、簡単に破裂する。

 もっとも、胸部は小さくて簡単に攻撃出来ない所ではあるのだが、ツーマンセルで挟み込めれば難易度は比較的下がる。

 しかし単機で相手をするとなると、なかなか背を見せないソラバチに対しては正面から相対するのがセオリーとなる。

 転生前の記憶だと、三宮ハルは杭打機だけでソラバチのふところに潜り込み、撃破するという荒業あらわざをやってのけていた。

 

 「なら、今のあたしにだって出来るでしょ」

 

 加速する。

 狙うはソラバチの母艦。

 相手がこちらに気付けば、否応なくソラバチが向かってくるので、それを一つずつ潰しながらの突貫だ。

 

 「まず一つ!」

 

 正面から体当たりしてきたソラバチに対し機体を捻り、回避様かいひざまに杭打機を差す。

 杭打機はソラバチ胸部に当たった瞬間、あらかじめ装填されていた極太の杭を打ち込み、ソラバチの胸部が弾ける。

 

 『敵生体反応消失』

 

 ——良かった、今のあたしでも出来そうね。

 

 ジャグの言葉で意識を切り替え次弾《次の杭》を装填、再び駆ける。

 神様パワーを疑っていた訳ではないが、ハルは安堵した。ちゃんと戦えると。

 体感でいうと数時間前までOLだった自分が、何故か戦える。その事に疑問を感じていない訳ではないのだが、今はそれよりも三宮ハルが感じる復讐心に身を委ねているといった方が正しい。

 

 ——運命に流されるがままに、か。

 

 次のソラバチが背後から迫るのを感じ、操縦桿を操作する。

 回避運動と疑似餌チャフを巻き、ソラバチから飛んでくる光線を避けた。

 光線そのものの威力は高くないのだが、当たると機体が侵食される。人間でいう毒という状態。

 浸食は一定範囲拡がり、侵食された部分はよくわからない理屈で防御力が下がったり機体性能が著しく落ちる。

 

 「しつこいっ」

 

 こちらの無茶な挙動にぴたりとついてくるソラバチ。

 

 「ジャグ、杭打機パイルバンカーを両足に展開して」

 『——展開完了』

 

 両足の爪先に小型の杭打機が装着される。

 いくわよ、と掛け声一つ。姿勢はそのままにスラスターを逆噴射。

 体が座席から飛び出すほどのGが加わるが、急停止した機体にソラバチが突っ込んでくる形となる。

 激突。

 両足のパイルがソラバチの顔を掠め、鎌の付け根、胸部に直撃する。

 

 「二体目!」

 

 弾けた衝撃波を追い風に停止した機体を加速させる。

 ソラバチの母艦まではまだ遠い。

 

 『ハルさん!メーガ2オペレーターのノエルです!左前方の戦闘機デルタ2がソラバチからの攻撃が被弾、異常な出力低下により救援を求めています!対応可能ですか!?』

 「ツーマンセルじゃないの?」

 『す、すでに一機が被弾、現在メーガ2に収容中です!』

 「……わかったわ。聞こえた?ジャグ」

 『対象機を補足。モニタに表示します』

 

 建前上援護として参戦しているので、ここで味方を捨ておくのは心苦しい。

 コックピット全面のモニタ、正面に敵母艦である赤い球体を映し出しているところへ、新たに二つの表示が加わった。

 緑色の円で示されるそれが救助対象機で、それを執拗に狙うオレンジの円。ソラバチは思うように動けない戦闘機をもてあそんでいるかのように体当たりを繰り返している。

 彼我ひがの距離は五○キロメートル、ジャグなら一瞬だ。

 スラスターにありったけの推進力を注ぎ込み、行く。

 

 「デルタ2聞こえる?今から救援に向かう、出来るだけソラバチから離れて」

 『こ、こちらデルタ2!ダメだ!推進力が足りなくて逃げられん!』

 「落ち着いて。チャフかフレアはある?」

 『——あ、あるぞ!』

 「次に体当たりされたらそれを撒いて直ぐに転回してメーガ2へ。後はこちらで何とかするわ」

 『すまん、頼む!』

 

 ハルは天井のパネルから物体を延焼させる特殊弾を左腕に装填。右腕には杭打機パイルバンカー

 

 「ジャグ、射撃お願いできるかしら」

 『了解しました』

 

 ソラバチもこちらに気付いているだろうが、それでも戦闘機への遊びをやめるような気配がない。

 ソラバチが再度戦闘機に体当たりした。

 上から強靭な腹部を叩きつけ、戦闘機がひしゃげる。何とかスラスターへの直撃は避けているようだが、あと二回も受ければ動けなくなるだろう。

 と、目の前で突如キラキラとしたチャフが爆炎と共に撒かれる。戦闘機が予定通り転回したのを確認すると、ジャグが『射撃開始』と無機質に伝えてくる。

 すると眼前がんぜん、宇宙に漂うチャフが盛大に燃え上がる。

 僅かな時間だが、チャフが燃える炎の壁は戦闘機を隠し、ソラバチから標的を見失わせる。

 

 「——今!」

 

 壁を下から潜り込み、弧を描くようにハルは突撃。

 襲い掛かるGに歯を食いしばりながら、視界が暗くなる。

 急激な加速を掛けたことで目から血液が失われているのだ。

 それでもすでにソラバチは正面に捉えた。

 ここまでくれば目隠ししてでも倒せるほど、三宮ハルは戦闘経験を積んでいる。

 右腕を振るう。

 極端に視野が狭まった視界でソラバチの爆散を確認すると同時、ジャグからの、AIだというのにどこか気の抜けた声が響いた。

 

 『敵母艦、急速に宙域から離脱。ほかのソラバチも撤退していきます」

 

 結局、ハルはソラバチを三体撃破したところで戦闘は突如として終了した。

 

 * * *

 

 質素な造りをした執務室。

 大きさはそれほど広くなく、執務机と来客用のテーブルが置いてあるだけの部屋。

 入口と反対側には大きな窓があり、色とりどりの花と優雅に流れる噴水の庭園を三階から見下ろせる。

 この邸宅の主、オルソボワード・ハイリー伯爵は現在来客の予定を控えていた。

 

 「それで、彼女の出自は本当かね、執事長」

 「はい。識別番号とバイタル情報は確かに、二○○年前に沈んだ第三深宇宙探査船サゴニウスに所属していた三宮ハル、彼女本人と確認されました」

 「二○○年前の亡霊か、はたまた救世主となりうる女神か……。彼女の事、まだ船団には悟られていないな?」

 「時間の問題かと」

 

 よい、とハイリー伯爵は手元にある報告書を眺める。

 第三深宇宙探査船サゴニウス。

 外宇宙の調査船団としては三回目に出向した船団だ。特徴的なのは船団のほとんどがあらゆる宇宙研究開発の技術者で占めていたこと。

 他の船団が人類の宇宙進出に向けた足掛かりとすれば、サゴニウスはただひたすらに天の川銀河の中心へ突き進んでいく事を目的としていた。

 表向きは。

 そもそも深宇宙探査船団の本当の存在意義は、秘匿されているが、要は口減らし。

 地球に住めなくなった人類が宇宙へと進出し、増えすぎた人口をどうにかしようと考え出したのが本来の始まり。

 さらにサゴニウスは密命も帯びていた。

 当時人類に発現した特殊能力、通称ディーと呼ばれる能力の解明。

 それを知る者は当時からの貴族だけであり、さらには貴族の中には深宇宙に希望を見出して搭乗する者も少なくなかった。

 かくいうハイリー家も、ロマンを求めて飛び出した貴族の一つ。

 

 「しかし、サゴニウスが技術者の集団であったことは本当だ」

 

 人類が宇宙で暮らすようになってから数世紀。

 いつかは太陽系を飛び出して外宇宙に進出することは予想されていたのだが、しかし歴史を紐解けば人類の科学進歩は停滞した。

 それを打開するためにサゴニウスが結成されたのだ。

 

 「——来たようだな」

 

 邸宅正面、門から車が入ってきて正面につける。

 下りて来たのはハイリー伯爵家が抱える戦艦メーガ2の艦長ダリ。続いて軍服を着た数人が下り、最後に見覚えのない黒髪の少女。

 

 「……若いな」

 「バイタルデータから年齢は一六歳相当だそうです。おそらくサゴニウスを脱出した後、コールドスリープについたものかと」

 

 執事長は一旦部屋を後にし、客人を迎えにいく。

 しばらくして扉がノックされた。

 促せばダリ、少女、執事長と入ってくる。メイドすら入れないのは、これから話すことは最重要機密になる可能性があると考えれば最小限の人員だ。

 

 「ボワード伯爵、くだんの女性をお連れいたしました」

 「ありがとうダリ艦長。まぁ座ってくれたまえ」

 

 席をソファに移し、二人に座るよう促す。執事長は据え付けのティーセットでお茶を淹れていく。

 まだ少女ともいうべき年齢の割には、物怖ものおじしない姿勢に、貴族の影を見た。

 黒い双眸そうぼうと視線が合えば、にこりと顔を傾げてつややかな黒髪が揺れる。

 

 「お初にお目にかかる。この領地を預かるオルソボワード・ハイリーだ。皆からはボワード伯爵と呼ばれている」

 「初めまして。第三深宇宙探査船サゴニウス所属、三宮ハルと申します」

 「サゴニウス所属……。話はある程度聞いているが、良ければ君から聞かせてもらえないかな。サゴニウスで起きた事と、何故君がここにいるのかを」

 

 いいですよ、とハルはまるで語り部の様に朗々と喋る。

 サゴニウスがソラバチと邂逅したこと。

 それから一年後にサゴニウスは大量のソラバチと、赤い球状の母船に襲われて轟沈。ハルだけが脱出したこと。

 そして二○○年のコールドスリープという漂流を終え、つい数時間前に目を覚ましたこと。

 

 「……とても信じられない事だな。——ああいや、君を疑っていたり幽霊かと思っているわけではなくてね」

 

 ボワードは手に持つ資料に目を落とす。

 

 「君は、見慣れない機体に乗っているそうだね」

 「サゴニウスで対ソラバチ用に試験開発された人型戦闘機。私はジャグと呼んでいます」

 「ボワード伯爵。彼女の持つジャグは戦局を一変させるものです。是非我が軍に——」

 「ダリ。ハルさんの前で我が物顔に振る舞うのは止めたまえ」

 「ぐっ……」

 「——とはいえだ、ハルさん」

 

 ダリの言い分もわかる。今回ソラバチと五○年ぶりに戦った我が軍は、ハルが援護に回ってくれるまでソラバチに対して有効打ゆうこうだが打てずにいた。

 時間と共に被害は増すばかりで、ハルがいなければ戦局はどうなっていたことか。

 だからこそ、ボワード伯爵は彼女をここに連れてきたのだ。

 

 「ハルさんはここ、第二五深宇宙調査船団フェルンディオについてどれくらいご存じかな?」

 「正直なところ、初耳です。サゴニウスにいた時は毎日が研究と、最後の一年は戦闘の日々でしたので」

 「なら少し、フェルンディオについてから話そうか」

 

 * * *

 

 第二五深宇宙探査船団フェルンディオ。

 就航は今から四○○年ほど前。

 就航時の人口はおよそ一○○○万人だったが、現在は一二○○万人まで増加。

 貴族も出立時で一五家、現在では二○家を超えた。

 フェルンディオの母船は当初から定員過剰気味であったため、貴族達はそれぞれが独自の宇宙船をこしらえ、随伴艦の位置づけで領土として住民に開放していった。

 一昔前は各貴族が張り合うように母船を拡張し肥大化していったが、人口増加の波がひと段落した現在では貴族の私兵、通称『軍』と呼ばれる武力拡大に力が注がれている。

 また母船であるフェルンディオには『騎士』と呼ばれるエリートで構成される護り手がおり、フェルンディオと騎士を統括するのは『管理人』と呼ばれる一族である。

 

 「貴族が領土として船を持つなんて、サゴニウスだったら考えられないわね」

 「貴族は昔から自分の領土が大好きだからね。いつまでも母船に寄生していたんじゃただ税を吸い上げられるだけだから、早期に独立することが富めるための方法なんだよ」

 

 自虐気味にボワード伯爵が答える。

 

 「しかしフェルンディオの花形はなんといっても騎士なんだ。騎士になるための学園があるほどだ」

 

 貴族の軍は主に騎士に成れなかったものや騎士を引退した者で構成されており、実力は現役の騎士に数段劣るらしい。

 とはいうものの軍は所詮貴族の権力の示威じいであり、実際の戦闘を想定したものではなかった。

 状況が一変したのは五○年前である。

 当時はただ闇雲に軍の規模を拡大していた時だ。

 突如ソラバチ数体が現れ、船団全体を攻撃してきたのだ。

 ボワード伯爵の軍は戦艦二隻を失い、四三機もの戦闘機を喪失。それでもソラバチを倒しきることは出来なかった。

 それは他の貴族の戦艦でも同じことで、唯一ソラバチを一体だけ撃破出来たのは騎士であった。

 ただ、騎士は船団全体を護るために二○○機以上が出撃し、生還したのはわずかの一○機。

 

 「そこまで騎士がやられたら、騎士の人気も落ちるんじゃないの?」

 「いや、実際は人気職のままだ。あの時、私たちは戦わなかければ死ぬという事実に直面し、自分や愛する人を護るために力が欲しいと願った。騎士は誰よりも強いという証であり、象徴としてより輝かしいものになったのだ」

 「……そういうもんなのね」

 

 もちろん裏では『管理人』が糸を引いていたこともあるだろう。それでもフェルンディオは武力の立て直しを迫られたのも事実。

 

 「我々はソラバチの再来に備え、この五○年間、力を蓄えてきた。——しかし、結果は君の知るところだろう」

 「そうね……。率直に言わせてもらえれば、戦闘機でソラバチに挑むのは自殺行為と同じだわ。だから私たちは、ジャグを生み出した」

 

 ハルがるジャグ。

 その資料に目を落とすのはボワード伯爵だけでない。ダリもまた、この五○年ものあいだくすぶり続け、今日という日に再度己の無力を味わったことだろう。

 

 「三宮ハル。君に提案がある」

 「何かしら」

 「私に雇われる気はないだろうか」

 

 * * *

 

 ハルはその言葉を待っていた。

 ここ数分のやり取りは転生前の記憶を無理やり引っ張り出し、なんとかボロが出ないように立ちまわっていたのだが、それも限界に近かった。

 転生前の記憶を深く探っていくと、自分ではない私が暴れるのだ。おそらく転生前の自分の魂が、サゴニウスの惨劇に嘆いているのだろう。

 しかし、まだ食いつく時ではない。

 

 「いいのかしら。私の存在が、ジャグというソラバチに対抗できる機体と情報を持つ私の存在が船団全体に知れ渡れば、伯爵ですら立場が危うくなるんじゃないの?」

 「確かに。君をハイリー家で囲うとすれば他の貴族からも管理人からも目を付けられるだろう。——だから、他がつけ入る余地を残して、君を雇いたい」

 「……なるほどね」

 

 ハルの持っている情報はフェルンディオにいる者ならば誰もが欲しい物だろう。それを一人で抱えるのは危険すぎる。しかし手放したくもない。

 ボワード伯爵はそのバランスを取ったのだ。

 他の貴族から見れば一人の少女も囲う事が出来ないのかと馬鹿にされるだろうが、ハルの機嫌を損ねればそもそも何も得られず、しかし伯爵だけで囲ったという事実だけが残ってしまう。

 次善の策。しかし確実に利益を得る策。

 

 「それで、ボワード伯爵が望むものは何かしら」

 「我々の要望は三つ。一つは貴女がもつジャグの情報。二つ目が戦時協力。そして三つ目が、騎士養成学園への入学だ」

 

 ジャグの情報と戦時協力はいいとして、三つ目はどういう事か。

 

 「これは個人的な事なのだが、騎士養成学校にいる息子を影から護衛してほしい」

 「護衛?それも影から?」

 

 聞けばボワード男爵は一二人もの子供がおり、騎士養成学校に通っている息子は末っ子らしい。

 ちなみに今の人類は寿命がおおよそ三○○歳であり、ボワード伯爵は一○○歳を超えたところ。

 それでも貴族だからと言って子供が一二人は、サゴニウスでの知識と比較しても多いとは思う。

 

 「息子、レイルリ・ハイリーは末っ子で甘やかされて育ってしまってね。どちらかというと才能がないのだが、自身の能力を過信しすぎており、昨年に騎士養成学園に入学してからは何かとトラブル続きでね」

 「それで私を学園に?護衛っていうよりもお守じゃない」

 「返す言葉もない。しかし学年が上がったことでレイルリはさらにつけあがる様になってしまってね。このままではいずれ身をほろぼす。親としてはどうにかしてやりたいとは思うのだが、学園は管理人の管轄であれば貴族の地位も通用しない。最悪、強制的に退学にさせるしかとも考えている」

 

 親馬鹿ね、と溜息一つ。

 

 「——わかったわ。学園に行ってあげる。けど他所よそから来た身で、入学できるのかしら?そういう学園って貴族様専用ではなくて?」

 「試しているのかね?君がサゴニウスの筆頭貴族である三宮公爵家のご令嬢であることは調べがついている。君の存在を管理人が知れば、学園への入学を拒むことなどないだろうさ」

 

 そもそも、いくら技術者集団の集まりだからと言って一般人がジャグなどを持っているはずがなく、さらにジャグを人体に格納する亜空間格納技術を施されているのだ。

 人体実験の被検体か、身分の高い貴族しかいない。

 

 しかしそれらの技術か隠してはいられない。

 本来の時間軸では、そもそもジャグも亜空間格納技術も開発されていたはずなのだから。

 これは神様から与えられた知識から比較したものだが、例えるなら今の人類は初期装備のままラスボスへの階段を上っている。このままでは死に行く運命がハルにははっきりとわかる。

 

 「——じゃあ今度はこちらの報酬について話しましょうか」

 

 ハルが望むもの。

 まず一つ目はジャグの情報を管理人にも他貴族に対しても開示する事。ハルの転生理由でもあり、神様から与えられた知識では直ぐにでもジャグの技術を広める必要があり、ボワード伯爵が一人で抱え込んでしまっては、生き残れないため。

 その代わり、ジャグの情報には金銭と引き換えで渡すことも可能とする。調査費用など諸々あるだろうし、伯爵家としては先の戦闘で少なくない戦闘機を失っているのだ。

 二つ目は市民権。

 こちらは学園に入学するので、どのみち必要。

 三つ目はジャグの整備と定期的な補給。

 ハルの機体は亜空間に格納しているからと言って、攻撃を受ければ傷つくし、弾を打ては弾薬は消費する。その整備と補給は必須。こちらも戦時協力を結ぶのだからいいだろう。

 

 「最後。戦艦を一隻貰えないかしら。ジャグが数機格納できるくらいの小さなものでいいわ」

 「……簡単に言ってくれる。そもそも戦艦なぞワンオフで設計するものが主流だ。直ぐには用意できないぞ」

 「多少時間が掛かっても良いわ。けどどうしても必要なの」

 「……わかった。その分の費用はジャグの解析費用に乗っけて管理人なり他家に売りつけて工面するさ」

 

 協議はこれにて終結する。

 ハルとオルソボワード・ハイリー伯爵は契約を結び、その後一週間はジャグの技術供与やソラバチの戦闘方法について、さらにはサゴニウスで進んでいたディーの能力分析についてボワード伯爵家の技術者や派遣された騎士を交えて議論を交わす怒涛の日々を送った。

 そして僅かばかりの休日を過ごし、ハルは制服に身を包み、二学期が始まろうしている騎士養成学園へと赴くのであった。


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