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仮面侯爵と二度目の恋  作者: 七瀬翔
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「ーーーー特に目立った行動は控えるべきだと。ただ、動向の監視は怠らないように」

「ありがとうございます。やはり、あなたの意見を聞いて正解でした」

「お役に立てたのなら何よりです。でもこんなことはもう考えていらっしゃったことでは?」

「実を言うとそうなのですが、誰よりも外交に通じているレティシア様の意見と同じだと知れただけで、自分の考えに自信がつくのです」

「そう言ってもらえるととても嬉しいです」


 銀の髪をゆるく束ねたジーク・シェルトはにこりと笑ってみせた。

 レヴィからジークがレティシアの意見を聞きたがっていると聞いたレティシアは彼が働く王宮の一角にある執務室を訪れていた。

 彼と会ったのはまだ数えるほどだ。

 けれどジークの父であるシェルト公爵とは何度も会っているので、何回か彼の息子のことを耳にしたことがあった。だから不思議と親近感が湧いている。

 レティシアは王妃教育を何年もの間受けていたので、政治・経済についての知識は並みの貴族にも引けをならないほどだ。

 だからこそジークはレティシアの意見を訊きたがったのだろう。


「これからレティシア様は何かご用事が?」

「いいえ。邸に帰ろうかと」

「そうですか。実は王妃様が久しぶりにレティシア様とお会いしたいと。この後何も用事がなければ、とのお話でしたが」


 シオンの母である王妃とはもう数ヶ月も会っていない。

 王妃はシオンと同じく身体が病弱で、もともと謁見する機会が少なかった。けれどそんな王妃は体調が良い時は必ずと言っていいほどレティシアを召してくれ、他愛ない話に興じた。

 嫁姑関係というのは王族であっても直面する問題であるが、王妃はお淑やかな性格で、えらくレティシアを気に入ってくれていた。

 未来の母になるかもしれない王妃とは良い関係を築けていることはレティシアにとっても嬉しいことで、またそのことに関係なく、レティシアは王妃自身が好きだった。

 だからシオンが亡くなってから、王妃にお悔やみの言葉を述べるために謁見したいと思っていたのだが、彼が亡くなったショックで王妃は精神が不安定になり、体調を崩したことで会えずにいた。


「王妃様の体調はもう大丈夫なのですか?」

「ええ。ここ最近は安定されているようです。今日私が意見を聞くためにレティシア様をお呼びしたと聞いて、あなたが良ければ是非会いたい、と」


 トルネシアの為政者の細君でありながら威張ったところがなく、控えめなところもまた好ましい。それが王の伴侶に相応しくないとけちをつける者もいるが。


「こちらからお願いしたいくらいです。今からでも?」

「少しお待ちください。確認させますので」


 ジークは役人を呼ぶと、王妃の都合を確認させにやった。


「・・・レヴィは元気そうでしたか?」

「ええ。ジーク様にお会いしたいと言っていましたよ」


 王妃からの返事を待つ間、二人は共通の話題で盛り上がった。政治以外の話題で二人の間で通じるのはもちろん、彼の婚約者であるレヴィのことだ。

 ジークは次期宰相として日々を忙しく過ごしている。妃教育に勤しんでいたレティシアとは比べものにならないほどに。

 だからレヴィはなかなか婚約者であるジークに会うことができない。レティシアは忙しくとも一日に一回は会えていたから、それと比べても頻度が少ないことが分かる。

 二人はレティシアと同じく幼い頃に結ばれた婚約者同士であるが、仲は悪くない。

 それが親愛の情なのかそれ以上の感情によって結ばれているのかはレティシアには判断できないが。


「ジーク様がいかに素晴らしい方か、招かれたご令嬢方に力説していましたよ」


 それができたのは、他の令嬢たちにも婚約者がいる身だったからだが、それでもきっとレヴィの心中は婚約者を自慢したいのと、誰にも知られたくないという相反する二つの気持ちで占められていたことだろう。


「それはお恥ずかしいですね。私のいないところで自分の話をされるのは」


 そう言いつつも、ジークも満更そうでもない。

 口ではそう言いつつも、婚約者に褒められるのは嬉しいのだろう。


「失礼します。王妃様がレティシア様にお会いできるとのことです」


 先程ジークに呼ばれた役人が帰って来るとそう告げた。


「では、レティシア様。今日は本当にありがとうございました。レヴィのことも今後ともよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。レヴィによろしくお伝えください」



 返事を持ってきてくれた下級役人の案内の元、レティシアは王妃の住まう離宮へと向かっていた。

 王妃は政務や舞踏会が行われる本宮には住んでおらず、そこから建物を別としている、俗に離宮と呼ばれる場所に居を構えている。

 それは王妃に良い感情を持っていない貴族から王妃を遠ざけるためだと言われている。

 だから先ほどまでいた部屋から少し歩かなければならない。


「レティシア様。ここでお待ちください」


 だが案内されたのは離宮は離宮でも王妃の私室ではなく、客室だった。

 てっきり王妃の私室に案内されると思っていたレティシアは驚いたが、表情には出さず、部屋に入った。

 客室といっても、リーゴット邸にある客室よりも広く豪華で、王族の一人が住んでいると言われてもおかしくない。

 下級役人が退出してから十分も経たないうちに王妃と彼女付きの侍女が現れた。

 侍女はテーブルに軽食と紅茶を用意し終えるとすぐに退出した。


「レティシア、久しぶりですね。さあ、座って」

「ありがとうございます」

「ごめんなさいね。私の部屋だとあなたが萎縮してしまうと思って、こちらにしたのよ」

「そうだったのですね。体調の方は、大丈夫ですか?」


 体調が良くなったとはいうものの、顔は青白く、最後に会った時より幾分か痩せているようにみえる。

 やはりシオンを亡くしたショックはまだ癒えていないということだろう。


「ええ、まあ。これでも良くなった方なのよ」


 レティシアの心情を察したのか、王妃は淡く微笑んだ。


「その、この度はーーーー」

「やめましょう、レティシア。私はもちろんだけど、あなたも辛いでしょう」


 レティシアがお悔やみの言葉を述べようとすると、やんわりと王妃に止められた。


「シオンのことは思い出すと本当に辛いの。今でも涙が出てしまうくらい」


 王妃の瞳から涙が一粒零れ落ちる。レティシアもその言葉につられてシオンのことを思い出し、瞳が湿る。


「あの子は本当にいい子だった。病弱な身体でしか産めなかった私を責めなかった。陛下もよ。とても優しくて常に私のことを考えてくださる。私には勿体無いことだわ」


 政略結婚だったが、夫婦仲は良い方だろう。

 王は身体が弱く、貴族から邪険に扱われる王妃のために細心の注意を払っている。

 貴族の出入りする王宮ではなく、少し離れた離宮に王妃の居室を構え、周りの者たちはすべて王妃に害をなさない者ばかりなのもそのことを表している。


「陛下が王妃様のことを愛していらっしゃるがゆえです」

「そう、ね。私の周りにいる者は皆とても優しいわ。レティシア、あなたもね」


 レティシアが差し出した手巾を受け取り、王妃は眦を拭った。


「あの子は本当に良い子に育ったわ。私には勿体無いくらいの。それでも幼い頃はままならない自分の身体に怒っていたこともあったわ」

「シオン様がですか?」

「ええ、そうなのよ。レティシアは知らなかったのね。まあ、あの子は他人に弱みを見せなかったから」


 涙を滲ませながらも王妃は懐かしそうに笑った。


「ねえ、レティシア。あなたさえ良ければまたシオンのこと、話してもいいかしら?」

「ええ、もちろんです」


 トルネシアの王太子はシオン亡き今、王弟になっている。彼は身体が頑丈で、また王とは歳が離れており、どちらかというとシオンと歳が近かった。

 そんな若く、将来性のある現王太子のために貴族たちは彼が王として即位するための準備を意気揚々と行なっている。現王はまだ退位するほど年老いてはいないが、シオンを亡くしたショックで退くのではないかとまことしやかに囁かれているからだ。

 そんな何もかも王妃にとって悪い状況は、自身の肩身が狭くなる以上に、我が子のことを忘れられているように感じるのだろう。


「はい。私もシオン様のことをもっと話したいです。シオン様のことを話すと、皆悲しそうな、こちらを労わるような表情をするのです。皆がこちらを慮ってくれているのは分かります。けれどシオン様との思い出は辛いことばかりではありません。楽しいものばかりです。そんな、私の些細な話も聞いてくださいますか?」

「もちろんよ、レティシア。私もシオンのことをたくさん話したいわ。私の体調の良い日だけになってしまうけれど・・・」



 それから訥々と二人でシオンのことを語った。

 彼のことを思い出すと悲しくもなったけれど、それ以上に忘れていた彼との楽しい記憶も思い出して、また涙を流した。

 最後には二人して涙を流しながら、笑いあった。


「楽しかったわ、レティシア。ありがとう。もうあなたは帰るのかしら?」

「はい」

「気を付けて帰ってね」

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