6
シオンと過ごしたあの噴水には行けないが、その近くには申請すれば誰でも行ける小さな庭がある。
そこは生垣で周囲を囲われ、かつてシオンと共に過ごしたあの場所を思わせた。あの場所と同じようにベンチが置いてあるのも理由の一つだろう。
「ここには初めて来ました」
「王宮の庭は王妃様がお世話していると聞いたことがあるのですが、本当なのですか?」
「ええ、そのようです。流石にすべてを世話することはできないので、王妃様自らが育てているのは一部に限られているようですが、王宮の庭師と話し合い、どこに何の花をいつ育てるのかなどを決めているそうです」
王妃の唯一の趣味だ。だから今度は何の花を植えるのかを庭師と共に考えるのが一番楽しいのだとレティシアは王妃の口から直接聞いたことがあった。その時の表情は少女のようにかわいらしく、思わずレティシアも笑みをこぼしてしまった。
「その、ユーフェリア様はどのようにシオン様とお知り合いに?」
一角に置かれていたベンチに腰掛け、ずっと気になっていたことを聞いた。
「シオン様が十七になられた年に、同年代の貴族令息が一同に集められた会がありまして。そこで初めて言葉を交わしました」
その当時のことを思い出しているのか、ユーフェリアはここではない場所を見ている。
「確か、レティシア様の兄上も私やシオン様と同い年でしたよね」
「はい。なのできっと兄も参加したのでしょう。その時の話は聞いたことありませんが」
苦笑をもらした。
レティシアの兄のレナルドはあまり自分のことを話したがらない傾向がある。だから彼が社交界でもてはやされていることをレティシアは親交のある令嬢から聞いて知った。
「では、もしかして兄ともそこで?」
「いいえ。多くの令息が参加していましたので、挨拶する時間がなく。それからもあまりお会いしたことがありません」
そしてレナルドは社交界に参加するのが稀なのである。それは参加すると必ずといっていいほど令嬢に囲まれるからだ。
レティシアが結婚するまで婚約もしないと吐いているレナルドからすれば、令嬢に囲まれるのは面倒なこと極まりないのだろう。
けれどそれは逆効果な気がレティシアはしている。
滅多に参加しないレナルドが仕方なしに断れなかった舞踏会に参加すると、どうなるか。もちろん、囲まれるに決まっている。それも殺気だった令嬢方に。なのに懲りずにレナルドは舞踏会に参加しない。
次期侯爵として伴侶を得ないのは如何なものかと思うが、結婚しないとは言っていないのでーーレティシアが結婚するまではーー仕方がないと諦めている節が父にはある。
父が何も言わないのでレティシアも何も言わないが、心配ではある。
そんな兄なのでユーフェリアが面識がないのも当たり前だ。
「その会からシオン様とお近づきになられたのですね」
「偶然に偶然が重なって、シオン様に重用されただけです。私にはもったいないことでした」
上部だけでなく、心からシオンに敬意を抱いているように見えた。
「その、結婚しようとは思わなかったのでしょうか。ユーフェリア様の同年代の令息方は結婚されていったでしょうし」
聞きづらいことではあったが、気になっていたのでレティシアはユーフェリアに尋ねた。
「そうですね。シオン様が結婚されるまでは、とは思っていました。私の父は上が結婚するまでは自分も結婚してはいけないという考えの持ち主でして。少々古い考え方だとは思いますが、私もそうしようと」
つまり考え方はレナルドと似ていたわけだ。レナルドはレティシアが結婚するまで、ユーフェリアはシオンが結婚するまで。
「婚約をされようとは思われなかったのですか」
「私は、口下手で」
確かにユーフェリアは話すのが得意だとは言えないだろう。だがそれでも彼はシリウス侯爵家の嫡男だ。その地位の妻を望む令嬢は多くいるはず。
とは思ったものの、ユーフェリアにも色々あるのだろう。深く聞くことは止めた。
私はどうしたいのだろう。
ユーフェリアと別れてからレティシアはずっと考えている。
公的な場で会ったのは一回だけ。
その時はろくに会話もしなかった。それにあの仮面も付けていなかった。
だから今日初めて彼と私的な会話をした。
確かにユーフェリアの申告どおり、口数が少なく、話し上手とは言い難かった。
しかしその数少ない言葉から彼の誠実さが伺われた。
亡くなった今もなおユーフェリアはシオンのことを心から敬愛している。
今回少しの時間会っただけで判断できることではない。レティシアにとって一生を決める大事な選択。
だが思い返してみればシオンとの婚約はレティシアの意志関係なく結ばれた。それどころか物心ついた時には既にシオンの婚約者でそれがレティシアにとって当たり前のことだった。
そう思うと今回の婚約話は自分の意志で決められるし、直接会って話すこともできた。
令嬢によっては結婚する日に初めて相手に会う人もいる。
恵まれていると感じる。
この婚約話はシオンからもたらされた話。
彼の提案を拒否するという選択肢はレティシアの中になかった。
シオンの判断を信じていたということもあるし、彼の意志を裏切りたくないという思いもあった。
それにこれ以上の縁談はもう望めないだろう。
レティシアより三歳上で侯爵。年齢も爵位もユーフェリア以上に釣り合う貴族はもう社交界にはいないだろう。
もとよりレティシアには修道院に入るという選択肢はない。
心が決まったレティシアは自分の部屋を出て、父の書斎に向かう。
「入っていいぞ」
ノックをするとすぐに応答が返って来る。
「失礼します。お父様、シオン様からご提案された婚約の件について決めましたので、そのことを伝えに参りました」