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かつてシオンと歩いた庭には今は向日葵が咲き誇っている。
目にも眩しい黄金色の向日葵は一斉に太陽の方を向き、光を取り込もうとしている。
「ここの庭はシオン様と何度か訪れたことが?」
「え、ええ」
話しかけられ慌てて返事をする。
右を見れば、細身の体型のユーフェリア・シリウスがレティシアの速度に合わせて歩いてくれている。
その顔には顔のほとんどを覆うほどの仮面が付けられている。白くて長い、三日月のような仮面だ。
驚いたが、レティシアは表情には出さなかった。
レティシアは結局答えを決められず、父に一度ユーフェリアと会いたいと願い出た。
彼と会ったのはシオンと唯一参加することができたとある舞踏会だけ。
その時の彼は令嬢たちから心無い言葉を浴びせられていた。
それは彼の顔の半分を覆うほど遺っていた病気の痕のせいだった。
数年前に流行った疫病のせいでユーフェリアは顔左半分に焼けただれたような痕が残ってしまっていた。
またその疫病のせいでユーフェリアは両親を亡くしていた。つまり疫病のせいでユーフェリアは両親を失って若く爵位を継ぐことになり、社交界からつまはじきになることになってしまっていた。
その疫病は平民だけでなく、貴族にも流行って国に大打撃を与えたが、ユーフェリアほど病気の痕が残っている者はいなかった。平民の中にはいるにはいたが。
だからユーフェリアには実は平民の血が混じっているのではないかと根拠のない噂さえ囁かれた。
貴族は自身の血に誇りを思っている。平民の血は汚らわしく、貴族の血は高貴だと。
そんな馬鹿げた話があるかとレティシアは思うが、未だにそれを信じている者が大勢いることも確かで。
だからユーフェリアは社交界から白い目で見られていた。
トルネシアでは珍しい髪と瞳を持っていたことも原因の一つだろう。
東の方に多くいるという夜の闇のような黒に、これまた珍しい藍色が少し混じっており、不思議な光沢を放っている。アメジストのような瞳は見ていると吸い込まれそうになる。少し吊り上がった眦に鼻梁の通った鼻。
何でもユーフェリアの母方に東方出身の者がいるらしく、彼はその先祖帰りでそのような容姿になったのだそうだ。
そんな容姿もトルネシアの社交界にふさわしくないと言われている。
貴族の令嬢は処女であることが求められる。処女でない令嬢は性に奔放で貞淑ではないという烙印が押されてしまう。
それに比べて令息にはそんな強い縛りはないが、男女共通で顔や身体のどこかに疵がある者は敬遠される傾向にある。それが例え、自身の意思ではないものにしても。
けれど彼はシオンから重用されていたこともあって、王族からの信頼も厚く、爵位を継いでいる貴族たちは表面上は友好的な関係を保っている。だからユーフェリアの容姿を舞踏会などで貶めるのはもっぱら令嬢たちなのである。
レティシアは痕ができてからのユーフェリアとしか会ったことがないが、それまでの彼は社交界でレティシアの兄と肩を並べるほど持て囃されていたという。
しかも彼はそんな評判を気にするそぶりも見せなかったそうだから、そんな態度も令嬢方のお眼鏡に叶ったのだろう。
なのにユーフェリアには婚約者はいない。
社交界で令嬢たちから持て囃されていた頃から婚約者はいないそうだ。
そして顔に痕が残っている今、婚約者を見つけられるはずもない。彼は未だに独身だ。まあ、彼と同い年のレナルドもまだ婚約者さえいないのでなんとも言えないのだが。
そのユーフェリアをシオンは次のレティシアの婚約者に薦めた。
確かに彼はシオンの私室に入れるほど信頼されていた。だがユーフェリアは婚約者を勝手に決められて嫌ではないのだろうか。こちらに拒否権はあるが彼には?
「あの、ユーフェリア様」
レティシアの問いかけに、前方に視線を向けていたユーフェリアはこちらを見る。けれどレティシアとは視線が合わない。
「はい、なんでしょうか?」
「ユーフェリア様にとってこの婚約は不本意なものではないのでしょうか」
「どういう、ことでしょうか?」
ユーフェリアの形の整った眉が少し下がる。悲しいのだろうか。
「私はこの婚約の話をシオン様からいただきました。ユーフェリア様もですか?」
「はい。直筆のお手紙でいただきました」
困惑しながらも律儀に答えてくれる。
「ユーフェリア様は数少ない、面識のある同年代の貴族の方ですが、それでも親しいという程ではありません。貴族の結婚は双方の利益になるからするもので、初対面同士でも結婚することがあると言われてしまえば、それまでですが・・・」
それでもシオンは婚約の意思はレティシア次第だと言ってくれた。だから彼の意見も聞いてみたいと思った。
「私はシオン様からいただいたこの話を厭うてはいません。シオン様が王太子だから、とかでもありません。でも・・・でもレティシア様は嫌、ではないのですか・・・?」
そう言われ、レティシアはユーフェリアの顔を見つめる。
彼はきっと自身の顔にある痕のことを言っているのだろう。
その痕のせいで社交界で散々な目に遭ってきているはずだ。
だからレティシアが王太子からの推薦を断れずにいるのだと思っているのだろう。
「いいえ、嫌ってなどおりません。この婚約の話が嫌ならその打診があった時点で断っています。・・・判断がつかなかったからこそ、私はあなたに一度お会いしたいと思っていました」
にこり、と微笑めばユーフェリアは顔を逸らしてしまった。
「・・・固い話はこれで終わりにしましょう。私たちは数えるほどしか会っていない上に、あまり私的な話をしてきませんでした。私はユーフェリア様ともっと友好を深めたいのです」
「そのお言葉、嬉しいです」
未だに目は合わないが、紫色の瞳は太陽の光に反射して、宝石のようにきらきらと光り輝いていた。