とある令嬢の回想
ユーフェリア・シリウス様は社交界デビューされてからものすごく人気な方でした。
トルネシアの社交界では、毎年多くの令嬢令息が社交界デビューしますが、その年はとりわけ、二人の令息に注目が集まっていました。
一人はリーゴット侯爵の息子、レナルド様。もう一人はシリウス侯爵の一人息子、ユーフェリア様。
二人は太陽と月に喩えられていましたね。
レナルド様の御髪は太陽のように輝いていて、誰とも同じように快活に接していらっしゃっいました。
一方、ユーフェリア様は月のような暗い御髪で、口数もあまり多い方ではありませんでした。
だから、令嬢たちの人気はどちらかというとレナルド様の方が高かったのですが、レナルド様は性格に反して頻繁に舞踏会に参加することがなく、なので必然的にユーフェリア様の方に令嬢方は吸い寄せられていました。
でも私はユーフェリア様の方が好きでした。たとえレナルド様が舞踏会に積極的に参加されていようとも。
私のような弱小貴族の令嬢が判断を下すようなことではなく、まして私には当時婚約者がいたので、そんなことを判ずる立場にはなかったのですが。
レナルド様は確かに社交界で言われているように快活で話しやすい人だとは思います。
けれどそれが本音であるようには私はどうしても思えずーー社交界が建前でできているようなところだとは私も心得ていますがーー口数は少なくとも、建前をおっしゃるようなことのないユーフェリア様の方に好感を抱いていました。
そうはいってもお二人とも社交界の評判を気にするようなそぶりを一切見せることはなく、その点、私は二人のことを好ましく思っていました。
けれどそれもトルネシアをあの流行病が襲う前までの話、でした。
その病は庶民に最も大打撃を与えましたが、貴族も例外ではありませんでした。
舞踏会やお茶会も一時、開催が国によって中止され、華やかだった夜の宴が無くなると、一気に国の雰囲気は寂れたようになりました。
その時期のことは今振り返っても胸が締め付けられるようです。
幸いなことに私の家族も婚約者も無事でした。それだけが救いでしょうか。
やっとのことで流行病が落ち着き、舞踏会が以前のように開催されるようになった頃。私は久々にユーフェリア様にお目にかかりました。
風の噂で、彼のご両親は流行病により亡くなり、同世代の貴族の中で一番早く爵位を継がれたとのことでした。
風貌は確かに爵位を継いだからか、幾分立派になられていました。けれどもそれと同時に以前はなかった、流行病の痕が顔にできていました。
ご両親と共にユーフェリア様も流行病に罹ってしまったということでしょう。
私はそう思うと同時に泣きそうになってしまいました。
あんなに麗しく、社交界をときめいていた彼は、病のせいで両親を亡くし、自身にもひどい痕ができてしまった。なんとひどいことでしょう。
そして社交界は傷物には厳しい社会です。
令嬢たちは殊更嫌います。
何度か貴族の令嬢だとは思えない、ユーフェリア様に対する罵詈雑言を聞いたことがあります。聞くに堪えないものでした。
ユーフェリア様もその言葉は聞こえていたことでしょう。令嬢によってはわざと聞こえるように吐いていた者もいましたから。
けれど彼はそんな態度にも怯むことなく、舞踏会に参加されていました。
立派だとは思いましたが、私は疑問にも思いました。
ユーフェリア様は特に婚約者を探していらっしゃる様子もない。なのに、自分に悪意しか齎さない舞踏会に参加する意味はあるのか。ふとそんなことを疑問に思いました。
それからしばらくしてユーフェリア様は社交界から姿を消されました。
お姿を見れなくなったことは悲しくなりましたが、ユーフェリア様にとっては良いことでしょう。無理して自分を傷つける場所に参加する必要はなかったのですから。
もうお姿を見ることはないかもしれない。けれどユーフェリア様がどこかで幸せでいらっしゃるならそれでいい、と思いました。
おかしいでしょう?別に恋愛感情を抱いていたわけではありませんし、親のような感情を抱くには些か歳が近過ぎます。
けれどユーフェリア様の社交界デビューを見ていた私がそんな気持ちを抱いても特段おかしくはないのかもしれませんね。
とにかく、私はユーフェリア様の幸福をただただ祈りました。
でもそんな私の予想を裏切ってユーフェリア様は再び社交界に現れました。
――――彼の婚約者と共に。
ユーフェリア様の婚約者となられたのは、トルネシアの王太子であられたシオン様の元婚約者、レティシア・リーゴット様。
そうユーフェリア様とありし日に共に持て囃されていたあのレナルド様の妹御です。
私は思わず目を見開き、掴んでいた夫の腕をつい強く握りしめてしまいました。
「ちょ、ちょっと、どうしたんだい?」
夫の戸惑いを含んだ声に答えることなく、私は一心に二人を見つめました。
レティシア様は兄上のレナルド様と同様、社交界での評判はすこぶるよく、見る目の肥えた令嬢たちからえらく褒められていました。
そんなレティシア様は公の場では表情を崩されることはありませんでした。それはこの国の王太子の婚約者であられたからでしょう。
けれどそんなレティシア様が今は安心したようにユーフェリア様の腕に寄りかかり、多少ですが表情を緩めています。
そんな表情は今まで見たことありません。
この舞踏会に参加していた令嬢たちもこぞって目を丸くしています。
レティシア様に腕を貸しているユーフェリア様もどこか安心しているように見えます。
思わず、私は泣いてしまいそうになりました。
ユーフェリア様はやっと。やっと、自分を幸せにしてくれる人物と巡り会ったのです。
「良かったね~。君の推しのユーフェリア様が幸せになって」
ふと夫から言葉をかけられました。
視線をあの二人から夫に移します。
「おし?」
「ああ。君は別にシリウス侯爵に恋をしているわけでも、まして親のような気持ちを抱いているわけでもないだろう?」
「ええ、そうね」
以前に抱いたことのある気持ちを夫に言われ、同意を示すように首を縦に振ります。
「だから君のその感情は推しを推す感じ、なのかな。僕も詳しくは知らないんだけど」
「おしをおす・・・?」
「んん。まあ、細かいことは置いといて。ユーフェリア様が幸せを掴まれて、本当に良かったよ。僕も心からそう思う」
何やら理解できない言葉を言われましたが。とりあえず、ユーフェリア様がお幸せになられて、なんだか自分のことのように心が温かく、幸せな気持ちに満たされます。
私は夫に、レティシア様と同じように安心して寄りかかり、二人のこれからを心から祝いました。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。




