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シェルト公爵邸に到着した時には既に舞踏会は始まっており、邸の入り口は閑散としていた。
公爵家の従者の案内で舞踏会の会場となっている部屋の入り口前まで歩く。
会場前にはレナルドと同じ夜会服に身を包んだユーフェリアが待ち受けていた。
レティシアを認めると目を見開いたが、それも一瞬ですぐに手を差し出される。
その手にレティシアは手を重ねる。
二人とも手袋をしているのに、互いの温度を感じる。
「じゃあ、私は先に言っているよ」
すっかり猫を被ったレナルドはそう告げると、返事を聞くことなく会場へと姿を消した。
「では私たちも参りましょうか」
ユーフェリアの顔にはあの仮面はついていない。だからただれたような痕がはっきりと見える。
どうか、今夜集まっている貴族が彼のことを傷つけませんように。
そんな密かな想いを抱いてレティシアはユーフェリアと共に会場内に足を踏み入れた。
二人が姿を現すと会場内中の人々がこちらに視線を向ける。
レティシアの手を握るユーフェリアの手が少し震える。そんな彼を励ますようにレティシアは彼の手を強く握る。
アメジストの瞳と目を合わせる。
不安で揺れていたが、レティシアと目が合うと、決意を込めた瞳で見つめ返してくれた。
それにレティシアは小さく頷き、また歩き出す。
今まで繋がりのなかった二人が何故共にいるのか。
貴族たちはそんな訝しげな目でこちらを見ている。
「来てくれて嬉しいよ、レティシア、シリウス侯爵」
周囲のざわめきをものともせずに、シェルト公爵はにこやかに出迎えてくれる。
一通り挨拶をし、握手を交わし合った後、シェルト公爵は招いた貴族たちに向き直って口を開いた。
「このたび、王命によりこちらにいるリーゴット侯爵が娘、レティシアとシリウス侯爵が婚姻を結ぶことと相なった。皆、祝福してほしい」
正確には王命ではないが、そう宣言することで少しでも反発を減らそうとする思惑があるのだろう。
突然の発表に戸惑っていた貴族だったが、どこからか二人の婚約を祝う拍手が聞こえたかと思うとすぐにその音は大きくなった。
「では、此度の舞踏会を楽しんでくれ」
大方拍手が落ち着くと、シェルト公爵は再度舞踏会の開始を告げた。
その宣言により、二人に集まっていた視線も少なくなり、各々が知り合いと話し出す。
「レティ姉様!」
聞き慣れた声に振り向けば、そこには婚約者の腕に手をかけたレヴィの姿があった。
婚約者のジークと共にゆったりとした足取りで二人の元へ歩み寄る。
「あら、レヴィ」
「その、この度はご婚約おめでとうございます!あ、名乗りがあとになってしまい、申し訳ありません。ギルバート伯爵が娘、レヴィでございます」
最後にはユーフェリアの方を向いて挨拶をした。
少なくなったとはいえ、興味津々な目線は未だにあるが、レヴィは気にすることなく言葉を交わしていた。もちろん、彼女の婚約者でもあるジークもだ。
「いえ、お祝いの言葉ありがとうございます。改めて名乗らせていただきます。シリウス侯爵、ユーフェリアと申します。レティシア様とは親しいのですか?」
「はい。親しくさせていただいています。どうか、レティ姉様のことを幸せにして差し上げてください。私が偉そうに言うことではありませんが」
レヴィは目に涙を浮かべている。それにそっとジークは手巾を渡す。微笑ましい光景だ。
「レヴィ、いつまでもお二人の邪魔をするわけにはいかない。私たちはここで失礼しようか」
落ち着いたレヴィに向かってジークは穏やかな声音でそう言った。
「そうですね。ではお二人とも楽しんでくださいね」
レヴィとジークの二人は笑顔で喧騒の中へ消えて行った。
「レティシア様は社交界へは一度しか参加されたことがないのですよね」
「はい。なので、緊張でどきどきしています。公務の時にもこんなに緊張はしませんでした」
大体の知り合いに直接婚約の挨拶を済ました後、貴族の集まっているところから少し離れ、休憩がてらユーフェリアと言葉を交わす。
確かに、シオンとともに参加した初めての舞踏会では緊張しなかった。
自分で吐いておいて、レティシアは信じられない気持ちになる。
二回目とはいってもたかが、公爵家主催の夜会だ。王族主催なら緊張するのも分かるが、公爵主催の舞踏会はざらにある。これからもあるだろう。
なのに、何故こんなにも激しく心臓が拍を打つ?
気持ちを落ち着かせようと、視線を会場内に転じる。
会場内には色とりどりのドレスに着飾った令嬢たちが数多く見える。
女性たちで集まっている者もいれば、ーー恋人か夫かーー異性といる者もいる。
でも彼女らに共通していることは一様にレティシアを見ているということだ。
見られることには慣れているのでなんとも思わない。
心なしか、少し落ち着いた気がする。
兄が目に映ったせいかもしれないが。
レナルドはレティシアの予想通り、大勢の女性に囲まれていた。
そんな女性たちをレナルドは愛想よく相手している。
嫌なら嫌と邪険に扱わないのがレナルドである。
好きな相手とも嫌な相手とも同じように接する。
だからこそ彼を好きな人間は多い、という。
レティシアは社交界の情報には詳しくないので、すべてお茶会で同年代の女性たちから聞いた話であるが。
それに加え、レナルドは滅多に舞踏会や夜会に参加しない。なので、一度参加すれば彼と少しでも話そうと女性たちが群がるというわけである。
それが嫌だからレナルドは参加しないそうなので、悪循環である。
はたからみてもレナルドは女性たちと話すのが好きそうに見える。全然嫌がっているようには見えなかった。
「昔・・・昔もレナルド様は参加されるたびに令嬢方に囲まれていました。今も変わらないのですね」
ユーフェリアの声に、レティシアは彼を見上げる。
彼はレナルドのことを見ていた。
「だからこのような場に参加するのが嫌なのだそうですよ。お兄様は私が結婚するまで婚約もしないと豪語されていたので」
「そうなんですね。だからレナルド様はあまり参加されなかったのですね」
「でも私が婚約したことでお父様から急かされたらしく、今回参加することになったらしいです」
思わず、レティシアは笑みをこぼす。
「・・・レナルド様に認められたということでしょうか」
ふとユーフェリアの漏らした言葉にレティシアは首をかしげる。
「それは、どういう意味ですか?」
「いえ、なんでもないです。・・・私と踊っていただけますか?」
誤魔化されてしまった感は否めなかったが、音楽隊によって音楽が奏で始められたのも事実。
はい、と返事をし、差し出された手にレティシアは己のものを重ねた。




