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仮面侯爵と二度目の恋  作者: 七瀬翔
19/24

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「レティシア、似合っているよ」


 柔和な笑みを浮かべたシオンはそう言って、着飾ったレティシアを褒めてくれた。

 ありがとうございます、と言いつつ、レティシアは彼が差し出してくれた腕に手をかける。けれどあまり自身の体重をかけず、触れる程度にとどめる。

 侍女たちによってなんとか取り繕われていたものの、シオンの身体は枯れ木のように痩せ細っていて、表情も幽鬼のように青白い。

 間近にいるレティシアにはそれがまざまざと分かる。

 何度も何度も出席と返事を出していてついにこの日までシオンが舞踏会に出席することはなかった。だから彼が出席することは喜ばしいことで。扉の向こう側にいる貴族もそう思っているはずだ。

 レティシアも嬉しい気持ちはあった。

 今まで何度となく、シオンの体調が悪くなり、レティシア一人で政務をこなすことが多かったからだ。特に舞踏会は彼が参加できないとレティシアも参加できないため、そのまま二人して欠席となることが多かった。

 だから初めての舞踏会にどきどきする気持ちもあったが、それと同時に大丈夫だろうかという不安もあった。

 今こうやって立っているのも彼にとっては辛いことのはず。

 まして何時間もかかる舞踏会とあってはーーーー。

 途中退席することも可能だが、シオンはきっと周りの者が言わない限り、何があっても退席しようとはしないだろう。それだけ意志の強い人でもあった。

 そこに強く惹かれたレティシアは心配する気持ちはありつつもあまり強く嗜めることができない。

 代わりにシオンの腰に自分の腕を回し、支える意志を伝える。


「・・・レティシア、不安かい?」


 その言葉にはっとしてシオンの方を見る。

 そこには先程と同じ笑みを浮かべたシオンがいた。

 嘘を吐くことは容易い。

 公的な場で貴族に対して嘘や愛想を言ったことは数知れない。だから人を欺く声色も笑顔も心得ている。誰にもレティシアの真意を看破されない自信もある。

 けれどシオンには嘘を吐きたくなかった。


「はい、実を言うと。シオン様の体調が心配で。本当に大丈夫ですか?」

「これでもいい方なんだ。それに君と一度舞踏会に参加したかった」


 きっと引き攣って痛いのだろう。大きく口角を上げた笑みを見せてくれるが、ぴくぴくと頬が痙攣している。


「シオン様・・・私も嬉しいです。この日を迎えられて本当に・・・」


 感極まって涙が出そうになるが何とかこらえる。

 貴族の前に出る前に侍女が施してくれた化粧を崩れさせるわけにはいかないし、何よりシオンに迷惑をかけたくなかった。

 そんなレティシアの頬をシオンは骨が浮き出た手で愛おしそうに撫でてくれる。


「シオン様。よろしいでしょうか」


 扉を固めていた騎士にそう問いかけられ、シオンは頷く。


「レティシア。私が死んでもどうか悲しまないでくれ」


 扉の開く音と舞踏会の喧騒に紛れて、シオンが呟いた言葉はレティシアの耳には届くことはなかった。



 舞踏会当日。

 レティシアはアンを含めた数人の侍女に身支度を整えてもらっていた。

 数日前に完成して届けられたドレスはレティシアの身体にぴったりだ。

 ドレープが効いたスカート部分は二重になっていて、上の布は薄くレースのようになっている。光沢がある素材を使っているので動くたびに光を反射して煌めく。袖部分はきつすぎずゆるすぎず。

 黄金色の髪は左右で編み込み、編み込んだ髪を後ろで纏めた。纏めた部分にはレナルドが選んだ装飾品の一つであるガーベラを付けた。残った髪はそのまま背中に流す。

 化粧はレティシアの容姿をそのまま活かすために薄く施した。

 手に白の手袋をはめて準備完了。

 部屋を出て階下に降りる。

 馬車は既にアンが呼んでくれている。


「あら、お兄様」


 玄関にはレナルドが待ち構えていた。しかも夜会服を着ている。


「いろいろ聞きたいことはあるだろうけれど、馬車に乗ってから聞くよ」


 差し出されたレナルドの手にレティシアは己のものを重ねた。



「それで、どうしてお兄様も参加なさることになったんですか?確か今回も参加なされないとおっしゃっていませんでした?」


 向かい側に座っているレナルドに、馬車が動き出すと同時に尋ねる。それほど彼が舞踏会に出ることは珍しいのだ。


「うん、まあ、端的に言えば父上に言われたから」

「お父様に?」

「ああ。自分は今回参加できないからその代わりに、と。まあ、それは建前で本当は婚約者を探してほしいんだろうね」

「それはそうだと思いますが・・・けれどそういうことは以前にも何回かありましたよね。その度に断っていたような・・・」

「うん。けど、今回レティはユーフェリアとの婚約を発表するだろう?ということは結婚するも同義。俺もそろそろ約束を果たさないとなーと思って」


 約束とはきっと「俺はレティが結婚するまで婚約もしないよ」と言ったことだろう。

 なるほど、守るつもりはあったようだ。


「逆に何故そこまで私の結婚にこだわっていたのですか?今では私と同年代の令嬢方のほとんどが婚約してしまっていますよ。早い者は結婚も」

「うーん・・・俺が先に結婚したらレティは家に居にくくなるだろう?もちろん、相手はレティのことを邪険にしない相手を選ぶつもりではあったけど」


 そんな思いが、あったのか。と、感動したのも束の間。


「あとは、結婚したら奥さんや子どもの相手をしなくちゃいけなくなるだろう?その前に存分にレティと触れ合っておこうと思って」


 付け足された言葉に唖然とした。きっとこっちが本音だ。


「・・・そうですか。ちなみに、どんな相手がお兄様の理想で?」

「レティみたいな子かな。我を出さなくてある程度の教養があって、おとなしい子!」


 レティシアの声が一段低くなっていることに気が付かないまま、レナルドは嬉々として理想のタイプを語った。

 探せばいくらでもいただろう。数年前までなら。

 そして最初の言葉は聞かなかったことにする。

 流石のレティシアでもまあまあ引いた。

 妹を結婚相手の理想に当てはめるのはいかがなものか。

 しかし恋愛とは理想通りにいかないものだともいう。

 かつて話していた理想の結婚相手と違う相手と結婚したが幸せそうな令嬢を何人か知っているし、交友のある令嬢方から借りた何冊かの恋愛小説にも自分が理想としていた異性とは異なる相手に惹かれるという話もあった。

 だからレナルドが今話した理想とは全く異なる相手と結婚したとしてもおかしくはない。


「・・・お兄様の理想的な相手については何も意見しないことにします。見つけられることを祈っています」


 内心では若干引いていることを隠しつつ、微笑む。

 その笑顔に満足したのか、レナルドは笑い返した。


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