18
「お兄様も次のシェルト公爵の舞踏会に参加されるのですか?」
ユーフェリアと別れた後、レティシアは居間で久しぶりに兄と二人きりのティータイムを楽しみながら、お喋りに興じていた。
「ん、俺?参加するわけないじゃないか。俺はまだまだ結婚するつもりはないからね」
レナルドも口元が緩み、心なしか楽し気だ。
「まだそんなことをおっしゃっているのですか。いい加減、お父様の堪忍袋が切れてしまいますわ」
そんなことを言いつつも、レティシアも本気半分、冗談半分だ。
それを分かっているのか、レナルドも軽い口調で返事を返す。
「え、だって俺結構前から宣言してたじゃない。レティが結婚するまで婚約もしないって」
「それはそうですが・・・」
父がレナルドの結婚に対して何も言わないのでレティシアも強く言うことはできない。
だがしかし、貴族の義務の一つとして子をなすことがある。妃教育でさんざんそのことを教えられたレティシアはその考えを捨てることはできなかった。
「まあ、最悪、親戚から養子をもらえばいい話だし」
「そんなことを考えていたのですか!」
考えもしていなかったことを言われたのでレティシアは思わず目を丸くした。
確かに遠い親戚はいることにはいるし、レナルドより下の子どももいる。だが付き合いは薄いし、あちらはまさかそんなことを思ってもみないだろう。侯爵位が転がり込むことさえ下手したら望んでいないのかもしれない。
一度会ったことのあるその親戚は権力争いに無縁どころか嫌っていて、社交界にも滅多に出てこない。爵位は持っているものの、基本領地の、都市から離れたところで自分たちで農業を営んでいる。
そんな人たちをレナルドの勝手な事情で巻き込むのはかわいそうだ。
そう、レナルドに伝えると。
「まあそれは俺も思うよ。今話したのはあくまで最終手段。俺もできることなら結婚して子どもが欲しいとは思ってるから」
「できることなら、ではなく、絶対にしてください。お父様のためにも親戚に迷惑をかけないためにも」
強くレティシアが言うと、少しひるんだのかレナルドはむくれ気味になった。
「だって、俺の理想の令嬢がもう社交界にはいないんだもん」
「それは、お兄様が参加されることが滅多になくて、令嬢たちは諦めて結婚した者も多いからですよ。それに、頻繁に参加しないお兄様が知らなかっただけで、良いお嬢さんがいた可能性も今まであったのですよ」
図星だったのかレナルドはレティシアから目を逸らした。
「俺のことはいいじゃないか。今度の舞踏会はレティにとってとても大事なものだろう?ドレスとかいろいろ準備しなくちゃいけないんじゃないかい?」
「え、ええ、そうですね」
突然飛んできた話題に首を傾げつつもレティシアは答える。
「舞踏会に必要なものを買いに行くのだろう?それに俺もついて行こう」
「え?」
レナルドの言葉が理解できず目を白黒させてしまう。
「俺今までレティと一緒に出掛けたことないから出掛けたいなあと思って」
「うーん・・・こっちはレティを可愛らしく見せるし、こっちは大人っぽく見せるね」
手に持った髪飾りを交互にレティシアに当てながら、真剣な表情でレナルドは悩んでいる。
今度出席する舞踏会のためにレティシアは兄と共にドレスや装飾品を買い求めに、トルネシアの貴族が懇意にしている店が立ち並ぶ街区に建っている店の一つに訪れていた。
舞踏会で着て行くドレスは既に注文し終えている。
スカート部分がドレープ状になっている薄紫色のドレスだ。
誰を意識しているのかは明白で、レナルドは不満気だったが、次の舞踏会に出席する理由を思い出したのか、不承不承納得した。
そしてドレスを作ってもらうことにした後に、身につける装飾品を選ぶことにしたのだ。
「お兄様がお決めになるのですか?」
兄が付いてきたのはあくまでお目付け役。
いくらこの店が貴族がよく足を運ぶ街区に建っている店だといっても令嬢が一人で来るようなことは滅多にない。大抵は使用人と共に来る。
だから兄は使用人の代わりについて来たのだと思っていたのだが。
「そんなわけないだろ?」
何を言っているんだ、と首をかしげんばかりの表情だ。
「残念ながらドレスは選べなかったが、あとのものは全部選ぶつもりだからな」
まさかそこまで考えていたとは思ってもみなかったので少々驚く。だが同時にこの人なら考えそうなことだとも思った。
そしてドレスに一切口を挟まなかったことを思い出す。何故だろう。兄ならやりかねないのに。
「ドレスは、まあ、俺にはどんな形のものが今流行ってるかなんて分からないからな。一応、レティに来てほしいってデザインはあるにはあるが、それを全部詰め込んだら、変なドレスになることは間違いないから」
レティシアの疑問を汲み取り、レナルドは答えた。
ドレスの型が分からないというのは意外だったが、よく考えれば得心がいく。
ろくに舞踏会に参加しなかったばかりか彼はレティシアの知る範囲では女性と付き合ったことがない。ので、ドレスがどう出来ているかも知りもしないだろう。
「うん。これとこれにしよう」
レナルドは持っていた二つのうち、一つを選んだ。小ぶりのアメジストがついた三日月型の耳飾りだ。
「なぜ、これを?」
「ううん、なんとなく?」
根拠はないものの、答えをはぐらかされた気がした。
しかしその真意を答えてくれることはないだろう。
一体どういう意図があるのか。
アメジストはユーフェリアの瞳の色。ドレスに文句をいいつつも、しっかり装飾品にも彼の色を入れてくれる。こんな細かな気配りができるので女性にもてるのだろうなと全く関係のないことを思ってしまう。兄には内緒だが。
「手袋はこれでいいんじゃないか?」
ふと目をそちらに向ける。
レナルドは蔦模様が刺繍された淡い紫色の肘まである手袋を持っていた。
「いいと思いますが・・・本当にすべて選ぶつもりですか?」
信じられずまた同じことを聞いてしまう。
「ああ。今までレティになんにもあげてやれなかったからな」
「それは、私の妃教育が忙しかったからで・・・お兄様のせいではありません」
兄とのんびり出かける暇もないほど忙しかった。少し時間が空いても、同年代の令嬢たちと交友を深めることに時間を使った。
今思えばもう少し家族と過ごす時間に使えばよかったと思っている。
これからも過ごせるとはいえ、その時にしか味わえなかったことが確実にあっただろうから。
「別にお前を責めてるわけじゃないよ。ただ俺はレティの好みとか分からなかったから安易に買えなかっただけ。本人が目の前にいれば、どんなのが好きか聞けるだろう?」
そう言うとがしがしとレティシアの頭を撫でる。
アンに梳かしてもらった髪がぐちゃぐちゃだ。
「もう、お兄様!」
文句を言って手櫛で髪を戻しつつも、嬉しさで目元が熱くなる。
「お、これなんかどうだ?」
一応必要最低限の装飾品は決めたつもりだったが、レナルドはまだ買うつもりらしい。
そのことに少々呆れつつも、レティシアは声のする方へ足を向けた。




