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仮面侯爵と二度目の恋  作者: 七瀬翔
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 当てもなく彷徨い、やっと見つけた小屋は何年も使われていないのか、ぼろぼろで蜘蛛の巣が至る所に張られていた。

 連れていた馬は雨の当たりにくいところに繋ぎ止める。

 扉を押すと、ギィーという鈍い音と共に開いた。

 中も蜘蛛の巣が至る所に張っていたが、意外にも外よりは風化を感じさせない。

 造りもしっかりしていて、雨漏りの心配もなさそうだ。

 扉と向かい合うように暖炉がある。ここも蜘蛛の巣だらけだったが、取り払い、適当に積まれていた木々で火を起こすことにする。


「あの、私、火の起こし方が分からなくて。ユーフェリア様は分かります?」

「いえ、すみません、分からないです」


 それはそうか、と思い直す。

 レティシアもユーフェリアもれっきとした貴族。

 火起こしは生まれた時から使用人がやってくれていた。だから火を起こす方法など知るはずもない。

 かといってこのままというわけにもいかない。

 突然雨が降り出したせいで、レティシアもユーフェリアもびしょ濡れ。

 もちろん、替えは持ってきていない。


「レティシア様。汚れていますが、布がありました。風邪を引いてはいけません。これをどうぞ」


 手で落とせるだけ落とした薄布を差し出される。

 確かに年月の経過によりそれは黄ばんでいて、所々黒ずんでいる。

 だがそんなことで文句を言うつもりはレティシアには毛頭ない。


「いいえ。私だけでなく、ユーフェリア様もご一緒に。ね?風邪を引いてしまわれますわ」

「で、ですが・・・」


 言葉に詰まってしまったユーフェリアに構うことなく、レティシアは彼と共に薄布を被る。

 距離は今までで一番近い。

 腕と腕が触れる。

 互いの服は濡れていて寒い。

 けれど触れているところから暖かくなっていく気がした。

 座っていても身長差分の差はある。

 右横に座るユーフェリアを仰ぎ見る。

 彼は正面にある暖炉を眺めている。

 レティシアから見えるのは白い仮面だけ。

 身体全体がびっしょりと濡れているので、仮面をしたままでは蒸れてしまうかもしれない。

 でも外してほしい、とは言えない。

 レティシアの視線に気付いたのか、ユーフェリアの顔がこちらを向く。


「・・・先程の雨のせいで中断、してしまいましたね」


 レティシアの方に顔が向いてはいるものの、視界に映る大半は表情がない仮面で、ユーフェリアが何を考え、思っているのか、レティシアには分からない。

 だが先程とは違い、さほど時間はかからなかった。

 ザーザーと外の雨音が聞こえる中、ユーフェリアはそっと仮面を外した。

 確かにそこにはいつもレティシアが見ていた右半分とは違い、赤く変色した肌が顔の半分を覆っていた。深く火傷したかのようだ。

 それと同時に美しいアメジストの瞳がレティシアの目に飛び込んでくる。

 自信がなさそうにきょろきょろと宙を彷徨わせている。

 そんな彼を励ますようにレティシアは優しく微笑みかける。

 徐にユーフェリアの痕に触れる。

 触れた瞬間、彼はびくっと肩を震わせた。


「貴方が闘った痕、なのですね」


 目を細め幼子をあやすように、ユーフェリアの頬を触る。

 そのレティシアの右手をユーフェリアは前触れもなく掴んだ。

 彼から触れてきたのは初めてで、レティシアはどきりとする。

 もしかして触られるのが嫌だったのだろうか。


「・・・ありがとうございます。そんなことを言われたのは、初めてです」

「無理に、とは言いません。私の前だけでいいので、仮面を取ってほしいのです」


 無理な願いだっただろうか。

 ユーフェリアに強制することはしない、と自分で決めておきながら、欲が出てしまった。

 シオンの婚約者だった頃から常に相手のことを考えて行動してきた。

 なのに、今するりと出てきたのは紛れもなくレティシアの本心。

 長年の妃教育で教わってきたことに叛いた少しの罪悪感とそれとは別に湧いた得体の知れない感情。

 レティシア自身も訳が分からない。

 でも後悔はしていない。

 二人の間に沈黙が落ちる。

 聞こえるのは窓を叩く雨音だけ。

 レティシアの問いにユーフェリアは声を出さず、頷くことで応えた。


「・・・私は今まで消極的で、レティシア様に迷惑を多くかけてきたと思います。すみませんでした。この性格はすぐに変えることはできませんが、変えていきたいと思います。貴女のために」


 目と目が合う。

 きらきらとユーフェリアの瞳の奥が煌めいている。

 この国では珍しい紫水晶の瞳。吸い込まれそうになる程蠱惑的だ。

 目を合わせていられず、レティシアは目を逸らしてしまった。

 今までそんなことなかったのに。

 いや、その前にユーフェリアと視線が合うことは数えるほどしかなかった。だから彼と視線を合わせたいと願っていたはずなのに。

 なのに、合った途端、レティシアの方が逸らしてしまった。


 何故?

 分からない。この生き苦しいほどの動悸は何?


「あの、大丈夫ですか?」


 胸に手を当てているレティシアが心配になったのか、ユーフェリアが尋ねてきた。


「あ、いえ。なんでもないです」


 まともにユーフェリアと視線を合わせることができない。

 相手と話すときは目線を合わす。

 妃教育で教わったことのひとつで破ったことなど一回もなかった。

 だけど仕方がないではないか。

 またあの瞳を見てしまったら、どうにかなってしまいそうで、怖くなってしまったのだから。


「・・・シア様。レティシア様?」

「あ、す、すみません。どうされました?」

「寒くはないですか?雨で衣服が濡れてしまっているので」


 普段来ているドレスより通気性の良い服を着ているが、それでも濡れてしまった衣服は重く冷たい。

 でも贅沢は言っていられない。


「寒いですが、我慢できないほどではありません」


 レティシアの返答にユーフェリアは答えなかったが、しばらくしてから彼は着ていたジャケットを脱ぎ、薄布の上に掛けた。

 ジャケットは濡れていて直接レティシアに被せることができないので、その代わり薄布に被せて、断熱性を高めようとしたのだろう。


「ありがとうございます」

「いえ、これくらいしかできず」


 再び室内を沈黙が満たす。外で降っている雨音だけしか音は聞こえない。

 感じるのは肌と肌が触れ合うぬくもりだけ。

 未だかつて異性とこんなにも密着したことはない。

 そう意識するだけで自然と、温かくなる。その温かさは触れ合った場所からレティシアの頬まで上ってきて熱さに変わる。

 いつの間にか寒さなど忘れ去り、彼と触れ合った場所が熱く感じるほどだ。

 ちら、と隣に座るユーフェリアを見上げてみる。

 火が灯っていない暖炉を一心に見つめていたユーフェリアだが、視線に気づいたのか、レティシアの方を向く。

 アメジストと目が合う。

 適度に高い鼻。薄い唇。少し白すぎる肌。雨に濡れた黒髪からはぽたりぽたりと水滴が落ちている。きっとレティシアの髪からも落ちている。

 ふと触ってみたくなり、ついレティシアは彼の髪を触ってみる。

 レティシアのものより髪質が硬い。

 そんなレティシアにつられたのか、ユーフェリアも彼女の髪を触る。


「やわらかい・・・」


 彼の漏らした感想に思わず、レティシアは唇に笑みを浮かべる。

 そんなレティシアの唇をユーフェリアは一心に見つめる。

 ふいにレティシアは目を閉じた。

 不思議な魅力のあるユーフェリアの瞳と目を合わせていられなくなったわけでも、まして眠くなったわけでもない。

 音は何もしないのに、ユーフェリアが近づいてくる気配がする。

 彼はレティシアの顎をすくい上げ————


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