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仮面侯爵と二度目の恋  作者: 七瀬翔
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「レティシア様。着きました」


 その声にはっとして意識を覚醒させる。

 周りは最後に見た景色からがらっと変わっていた。

 見渡す限り緑に溢れている。

 青々としていて、人工物しか見ることのなかったレティシアの目には眩しく映る。

 空気も普段より新鮮に感じ、いつもより深く息を吸う。


「レティシア様。その、降りられますか?」


 その声に振り向けば、どこか気まずそうな表情をしたユーフェリアが。


「あ、ちょ、ちょっと難しいです・・・」

「分かりました。私が先に降りますね」


 そう言うと、静かにユーフェリアは馬から降りた。

 降りてすぐにユーフェリアはレティシアをそっと馬上から降ろしてくれる。

 乗った時と同じように力強く、安心できた。

 ポロシャツにキュロットという姿なので身軽だ。

 まさかレナルドはこうなることを見越してこの格好をさせたのだろうか。

 レティシアが馬に乗れないことは、言ったことはないが、レナルドは知っているのだろう。


「人が少ない上に音もあまりしなくて良い場所ですね。ユーフェリア様は来たことは?」


 ユーフェリアが馬を引き、辺りを散策する。


「いえ、初めてです。レナルド様に提案されて」

「兄がすみません。でもまさかあれから何度か会っているとは知りませんでした」

「え、知らなかったのですか?ご存じだと思っていました」

「ああ、兄は秘密主義なところがあるので。別に秘密にするようなことではないと思うのですけれど」

「その格好もレナルド様のご指示で?」

「はい。といっても、当日に着せられてやっと馬に乗ることを知ったのですが」


 レティシアが苦笑を漏らすと、ユーフェリアも少しだけ表情を緩めた。

 それに思わず目を見張る。


「生憎の天気ですが、晴れていたらもっと素敵なのでしょうね」


 レティシアの表情に気がついていないユーフェリアは話を続ける。もっとも、彼はずっと進行方向を見ていたわけなので気付きようもなかったが。

 空を見上げると、どんよりと重く垂れ込めた雲が幾重にも重なっている。雨こそ降っていないのがまだ救いか。


「レナルド様も晴れることを望んでいました。残念がっているかもしれません」

「そこまで晴れにこだわる必要はないと思うのですけれど。雨さえ降っていなければ。でもユーフェリア様は兄とここに来る予定でしたのよね。兄と二人で気まずくありません?あまり同年代の人とお話ししているところを見たことがなくて」

「そんなことはないですよ。逆に私の方がつまらないのではないかと思ってしまうほどです。いつもレナルド様から話を振ってくださるので」

「お兄様が、ですか・・・」


 まさか、レナルドは大事な大事な妹の新たな婚約者となったユーフェリアと友好を深めようとしているのか。

 レティシアの思い浮かべるレナルド像からは遠く離れている。一体どんな心境の変化があったのだろうか。


「はい。そこで、大事なことも教えてくださいました」

「大事なこと、ですか」

「ええ。家族となる者にいつまでも自分を偽るのは相手を信用していない。それは相手に対して失礼だと」


 それはレティシアのことを指しているのか。

 そう思い至ったと同時に同じ速度で歩いていたユーフェリアは立ち止まった。それに気づき、レティシアも歩みを止める。


「それに、私は以前からレティシア様のことを存じ上げていました。だから貴女様がどんな方なのか、失礼ながら存じ上げています。貴女が、この仮面の下に隠れているものを見たとしても、軽蔑されないことも分かっていました」


 そう言うと、ユーフェリアは付けている仮面に手をやり、そっと触る。


「ただただ私の心が弱く、この仮面の下を晒す自信がなかっただけです。けれど貴女には一度私の素顔を見られている上に、助けてもくださいました」


 そしてユーフェリアは口をつぐんだ。いや、言いたいことを言い終えたのだろう。

 いつのまにか先程まで聞こえていた鳥の囀りや木々のざわめきが止み、辺り一帯は静かになっている。

 静止画のように音もせず、レティシアとユーフェリア以外は見える範囲に人は見当たらない。

 ユーフェリアの左手はずっと自身の仮面の上に置かれている。

 決意したはいいものの、なかなか勇気が出ないのだろう。

 レティシアはそんな彼を静かに見守る。

 実際に行動することは決意することよりも勇気がいることだ。

 レティシアもシオンの代わりに公務を行なっていた時に何度かその場面になったことがある。

 だから彼の気持ちが痛いほど分かる。

 たとえ相手がその仮面の下の素顔を知っていたとしてもなかなか難しいものだ。

 彼は覚悟を決めるために何度も何度も深く呼吸していることだろう。

 レティシアはそんな彼の邪魔にならないように言葉を発さず、身じろぎもしない。

 決意を固めたのか、ユーフェリアは彷徨っていた視線をレティシアの方へ向け、左手で仮面を取ろうとしたその時。

 レティシアの頬に水滴が当たったかと認識すると同時にザーっと音と共に雨が降り出した。

 思わず空を仰ぎ見る。

 そこには出掛けと同じように重く垂れ込めた雲があった。ただ出掛けと違うのはその雲から雨が目で捉えられないほどに落ちてきていることだ。


「レティシア様。すぐに雨宿りができる場所に移動しましょう」


 同じように空を見上げていたユーフェリアにそう声をかけられ、レティシアは急いで歩き出す。

 二人ともシノリアに来たのは初めてだ。

 だからどこに何があるのか知る由もない。


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