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「レティ。この日って確か何もなかったよね?」
「ええ、ないですよ」
兄のレナルドから日にちに関して問われるのは初めてだった。
レティシアは王族の婚約者ではなくなったが、未だにお茶会や舞踏会のお誘いがひっきりなしに届く。
先のレヴィからの誘いもその一つ。
そしてあれからも何件かのお茶会の招待され、赴いていた。
レヴィの婚約者のジークのように意見を聞かれることも、頻度は少ないがあるにはある。
そんなわけで、シオンからユーフェリアに婚約者が変わった今もなにかと忙しい。
誘ってくれた貴族のお茶会や舞踏会にはなるべく参加するようにしているので、週に何回かは邸にいないことがある。
その間、レナルドはどうやら誰かを邸に招いているらしく、その跡が残っている。
レティシアには気づかれていないと、レナルドは思っているようだがばればれである。
レナルドにとっては些細なことかもしれないが、物の位置が変わっていたり、紅茶や菓子の量が減っていたり。目に見える変化があるのだ。
だがレティシアは気づいていないふりをしている。
家族であってもすべてを知る必要はないと思っているし、もしかしたらレナルドもやっと異性に向き合おうとしているのかもしれない。
今まで散々、「俺はレティが結婚するまで婚約もしないよ」と息巻いていた手前、紹介しにくいのかもしれない。
どうやら父もレナルドがこっそり誰かを邸に招いていることを知らないようだし。
ここはレナルドが紹介してくれるまで気長に待とう、と親のような気分で構えている。
「そうか。なら良かった」
レティシアがいない日を尋ねるならともかく、いる日を尋ねるとは。
もしかして、ようやく邸にこそこそと招いていた人物を紹介してくれる気になったのだろうか。
その日は父はいないので、先にレティシアに紹介してから、と考えているのかもしれない。
「何か、大事なことでもあるのですか?」
単刀直入に聞くこともできるが、それで臍を曲げられてなしにされても困る。だから婉曲に尋ねた。
「うん、まあね」
レナルドは実に良い笑顔で頷いた。
これは確定かもしれない。
「ああ、でも別に着飾った格好はしなくていいよ。動きやすい格好で」
「動きやすい格好、ですか・・・」
これは、どういうことだろう。
相手にも緊張せずに普段通りにしてほしいという意味で、いつも通りでいいならまだ分かる。
だが動きやすい格好でとは。
どこかに出掛けるということなのだろうか。
「その、どこかに出掛けるのでしょうか?」
たまらず尋ねてしまう。
「うん。ドレスとか着なくていいよ。ほら、レティは何回かしか見たことないかもしれないけど、俺乗馬するの好きだろう?その時の格好みたいな。レティは持ってないと思うから侍女に適当に見繕ってもらうし」
「はあ」
気の抜けた返事しかできない。
詳細を聞こうとも思ったが、兄の表情を見てレティシアは諦めた。この顔は当日になるまで教えてくれない顔だ。
約束の日当日。
レティシアはレナルドが言っていたように乗馬服に身を包んでいた。
てっきりただの動きやすい服かと思っていたので、侍女から乗馬服を着せられた時は戸惑った。
今まで目にすることもなかったものだ。
上は襟のついたポロシャツ。ボタンもいくつかついていて機能性が重視されているが、襟には白色の線が入り、色もピンクと可愛らしくなっている。
下はキュロット。レティシアの体型にぴったり合っている。
邪魔にならないように長い金色の髪はひとつに纏められている。
準備を終えて最後にアンからは白の手袋を渡された。
乗馬に行くということだろうか。
流石にこの格好で邸に客人を迎え入れることはできない。
「アン、何か聞いていて?」
「いいえ、まったく」
お手上げ、というふうにアンは両手を挙げた。表情も困惑気味だ。
「今朝、レナルド様にこの服一式を説明のないまま渡されまして」
なるほど、それは困惑するわけだ。まさか使用人の立場からどういうつもりなのか、と尋ねる訳にもいかない。
「そう。そういえば、お兄様は?」
「この服を渡された後、すぐお出かけになりました」
それもアンの疑問を深める理由になっているのだろう。
客人を迎えに行ったのだろうか。
「お兄様から他に何か聞いていて?」
「はい。準備が出来次第、外に出るように、と」
「外?」
疑問に思いはしたものの、アンもそれ以上のことは聞いていないらしく、アンを伴ってとりあえず外に出る。
レティシアは乗馬はしたことないので、レナルドに乗せてもらうということだろうか。
レナルドはよく馬に乗る。
父に書類を届けに王城に行く時や気分を晴らす時など。
普通の貴族なら馬車で行くようなことをレナルドは馬に乗って済ましてしまう。
これといった趣味のないレナルドの唯一の趣味といってもいいだろう。
愛馬は白馬のアイリーン。レナルドがレティシア以外に可愛がる唯一の女の子でもある。
「レティシア様・・・?」
ふと聞こえた聞き馴染みの声に振り向けば、そこには馬を引いたユーフェリアの姿があった。
「ユーフェリア様?どうしてこちらに」
「実は、レナルド様に外乗に誘われまして」
「がいじょう?」
「はい。馬に乗って自然を散策することです。つい数日前に誘われて、この日にしよう、ということになったのですが・・・」
なるほど。レナルドが頻繁に会っていた相手は異性ではなく、レティシアの婚約者であるユーフェリアだったわけだ。
そして二人で出掛けさせるために今日のことを仕組んだのだろう。
それにしても兄らしくない。
何がなんでもレティシアとユーフェリアを会わせないようにすると思っていたのだが。
血のつながりがあるとはいえ、まだまだレナルドのことを理解していなかったということだろう。
「その、レティシア様は何故こちらに?」
「私はお兄様に大事な客人が来るから、と言われたのです。・・・お兄様がどうやら図ったようですね」
「図る・・・」
「はい。私とユーフェリア様を出掛けさせたかったのでしょう。私も最近までお兄様と関わる機会が少なかったので、あの人が何を考えているのかは分かりませんが。それでも良ければ、お兄様と行く予定だった外乗に私が同行しても?」
「そ、それはもちろん」
「よろしくお願いしますね」
貴族令嬢は脚を大きく開いて跨がらなければならない乗馬を嗜むことはない。例に漏れずレティシアもしたことがない。それどころか馬に乗ったことがない。
なので先にレティシアをユーフェリアの手によって馬に乗せてもらう。
乗馬を趣味としているレナルドよりも線が細く、折れてしまいそうな印象を抱いていたが、レティシアを担いだ力は以外に力強く、危なげなく乗せてくれた。
「手綱をしっかり握っていてください。この馬は大人しいので変に動かなければ暴れることはありません」
「は、はい」
普段動じることが少ないレティシアだが、少々怖くなった。
レティシアよりも遥かに大きな体躯。
馬車は日常的に使っていて馬も見たことがあったが、こんなに間近で見たのは初めてだ。
レティシアが落ち着くと、ユーフェリアも乗ってきた。
二人が乗っているわけだが、馬は動じない。ユーフェリアの言う通り、本当に大人しい馬なのだろう。
「では、動きますね。シノリアに行きたいと思います」
ユーフェリアがぽんっと優しく馬の腹を蹴ると、動き出した。
アンは邸で待機だ。
「いってらっしゃいませ」
アンに見送られ、馬は歩き出した。
二人乗りのため、比較的ゆっくりと歩いている。
手綱はユーフェリアが操っているのでレティシアは鞍にしがみつく。
レティシアを包み込むようにユーフェリアは手綱を持っている。だから彼の身体がレティシアに密着している。
平素ならユーフェリアも慌てて身体を離すだろうが、今は馬を操ることに集中していてそのことには気づかない。
異性とこんなにも密着するのは初めてだ。
シオンを支えるために肩や腕を貸したりしたことは何度かあったが、それは自分の意志であるし、意識する前にシオンを支えなければ、という思いが働き、それどころではなかった。
どきどき、と心臓が平常よりも強く鼓動を刻む。
ユーフェリアの胸がレティシアの背中に当たる。
鍛えているというほど硬くはないが、それでも引き締まっている。
ユーフェリアが手綱を操るたび、彼の腕がレティシアの身体に触れる。
気づかれないようにこっそり後ろを振り向く。ユーフェリアは前に視線を集中していてレティシアが振り向いたことに気がつかない。
レティシアと向き合っている時より堂々としている。
ユーフェリアが気づく前にレティシアは視線を戻した。
道は全く分からないが、ユーフェリアは「シノリア」に行くと言っていたので、そこに向かっているのだろう。
馬車にしか乗ったことがない上に今まで邸と王城の行き来しかしたことがなかった。
だから有名なシノリアに行くのも今日が初めてだ。
ユーフェリアの婚約者になってから初めての経験ばかりだ。
人や馬車はほとんど見かけない。
人の目があまりない道をユーフェリアが選んでいるのだろが、そうなるようにレナルドがシノリアを選んだのだろう。
シノリアは開発が進んだ王都の中で唯一、建国当時の自然を残している場所だ。
今は公園のようになっていて、市民たちの憩いの場になっている。
人はいるが、劇場のように狭い場所ではないので、ユーフェリアも気にしないだろうと考えてレナルドはそこを選んだのだろう。




