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ユーフェリア視点です。
「私はこの痕を醜いとは思いません。あなたが、病気と戦って勝利した証です。誇ってほしい、とは言いませんが、卑屈になる必要はないです」
私の仮面に触れ、彼女はそう言った。
そんな言葉を掛けられたのは初めてだった。
両親は比較的仲の良い夫婦だったと思う。
周りの家族の基準が分からないので判断のしようもない。
だが大きな喧嘩をしていた記憶はない。
そんな両親との関係は良好で、父は将来爵位を継がせる私に厳しかったが、その分母は優しかった。
それでバランスを取っていたのだと思う。
もう確認のしようもないーーーー。
両親は数年前にトルネシアを襲った流行病により亡くなった。
私もその病に罹ったが、運良く助かった。顔左半分に残る痕を遺して。
それが原因で私は社交界で爪弾きにあった。
社交界で遭ったことはとても言葉では言い表せない。
けれど、たった一人だけ。たった一人だけ私に優しい言葉をかけてくれた人がいた。
でもその人は私には到底手の届かない人で。
歳の差でも身分差でもない。
その人はとっくの昔にこの国の王太子の婚約者となった人だったからだ。
王太子であるシオン・ヴィ・トルネシア様は生まれながらに病弱で、王位を継ぐことはないと言われるほどだった。
だから「私の方が貴女に相応しい」と言って強引に彼女の婚約者という地位を奪うことは可能ではあったと思う。
けれど私はそんなことはしなかった。
シオン様の信頼を得ていたこともあるし、そもそもシオン様はとても素晴らしい方だったからだ。
病弱な身でありながら、できる限りの公務をこなし、臣下にも気を配っていらっしゃる。
身体が弱いこと以外は完璧な方だった。
そんなシオン様の代わりに舞踏会に参加してほしいと言われれば誉れ高いことだった。
社交の場は貴族にとって重要な場になる。私的においても公的においても。
そんな場に出ることのできないシオン様に代わり、私は情報を収集するため舞踏会に出た。
苦痛ではなかったといえば嘘になる。
参加するたびに令嬢方に痕のことを罵られた。そればかりか私の容姿についても。
藍の入った黒髪も紫色の瞳も。この国では珍しいもの。悪魔のようだと言われた。
出るたび出るたび心を抉られた。
人が、怖くなった。
けれどそんな私に唯一悪意のない言葉を向けてくれた人がいた。
令嬢が私に向けて嘲りの言葉を放っている時も誰も彼も知らんふりをしていたというのに。
同じ年頃の令嬢が私を貶める言葉から助けてくれた。
なのに。なのに、そんな私に優しい言葉を掛けてくれたのはシオン様の婚約者で。
世界はなんと残酷なのだろうと思った。
私を罵詈雑言から救ってくれたのは、私などが到底手の届かない場所にいる人で。いや、そんなことを思うことさえ烏滸がましいほどの人で。
それでもそんな聖女のような方がシオン様の婚約者であられるのは当然のことだとも思えた。
以降、シオン様と謁見する時はこの不埒な気持ちを知られないように細心の注意を払ってきた。
シオン様から奪うなど大それたことをするつもりは全く持ってなかった。
そんなことをすれば私を信頼して、信を置いてくださったシオン様を裏切ることになる。それだけはしたくなかった。
けれど、私のこの浅はかな想いはシオン様にはお見通しだったということだろう。
シオン様亡き後、邸に届いた国からの手紙。それには私とシオン様の元婚約者となってしまったレティシア・リーゴット侯爵令嬢との縁談話が書かれていたのだから。ーーーーシオン様の直筆で。
しかもこの縁談が成るかは彼女次第。彼女が断れば、なかったことになる。
つまり、私の気持ちをシオン様はご存じだったということだ。
断られると思っていたのに、彼女はこの縁談を受けた。
複雑な心境だった。
シオン様に申し訳ない気持ちになったのに、一方で彼女が私のことを忌避していない、と分かり嬉しい気持ちにもなった。
こんな感情、本来私が抱いてはいけないものなのに。
そんな私の心情などつゆ知らない彼女は私に優しく接してくれた。
その度に胸が高鳴った。
こんなの、駄目なのに。
自分を卑下してばかりいる私を叱咤し、鼓舞してくれた。
そんな彼女を愛しいと思う。
私は貴女にずっと恋焦がれてきたのです。シオン様の婚約者だった時から・・・ーーーー。
こんなことを知れば、彼女はきっと私から離れていくだろう。こんな私の卑しい気持ちを知れば。
本当のことを知らない彼女は、新たな婚約者となった私と気持ちを育もうと懸命に努力してくれている。
その気持ちを無碍にはしたくない。だけどその感情も本当は自分を正当化するために抱いているものではないのか。
毎日毎日そんな自問自答ばかり。
「ユーフェリアは下を向いてばかりだなぁ。レティならともかく、俺と目を合わさないのは何かあると勘繰ってしまうよ」
「あ、も、すみません」
そう言われ、面を上げる。
目前にはどこか彼女の面影が残るレナルド様が。
私は彼女の新しい婚約者となってからことあるごとにレナルド様に邸に招待される。そしてその時は絶対に彼女はいない。
彼女と同じ金色の髪。瞳の色は翡翠ではなく、アクアマリン。面立ちも彼女よりはシュッとしていて、精悍。
爵位を継いでいるかの違いはあるが、身分は同じ侯爵。
対等の関係だ。
彼が何故私を頻繁に招待してくれるのか。
多分、私が彼女、レティシア様に相応しい婚約者なのか見極めようとしているのだろう。
「今度一緒に外乗に行かないか?馬には乗れるんだろう?」
「ええ、まあ・・・どちらに?」
「王都から少し外れた場所にあるシノリアだ。あそこは人も少ないし、話をするのにぴったりだろう?」
話・・・?
レナルド様は私に何の話をするつもりなのだろう。
シノリアとは町の名ではない。
王都郊外に位置する場所の名である。
地図にはその名は載っておらず、人々が勝手に呼んでいる通称に過ぎない。
王都近くに存在しているにもかかわらず、開発が進んでおらず、建国当時の様相を残している数少ない場所になる。
なんでもそこは由緒ある場所らしく、建国当時名のある占い師からその場所は開発してはならないという御宣託を受けたらしい。
今ではそれを信じる者はいないが、建国時のまま残っている自然は少ないため、開発しないのが暗黙のルールとなっている。
「シノリア」とはトルネシアの古語で「憩いの場」という意味である。
人々から愛称で呼ばれるくらいなので、とても人気のスポットとなっているわけだが、その大半は夫婦や恋人同士で訪れる。
だからますます不思議だ。
外乗に誘うだけならまだしも誘う場所が誘う場所である。
けれど私が文句を言う筋合いはない。
誘われるだけ光栄だ。
「その、レナルド様はシノリアに行かれたことが?」
「いや、ない」
てっきりあると思っていた。素敵な場所だったため、私を誘ってくれたのかと。
レナルド様は金髪碧眼の絵に描いたような貴公子。
令嬢たちからも人気がある。
私が参加する舞踏会でもその名を聞かないことはなかった。
けれど本人が参加していることは稀で、だから参加していれば必ず令嬢方は彼の元へ近づいた。
「ところで、その仮面は外さないのか?」
思考があらぬ方向へいっていた私はレナルド様の突然の言葉に思わず、彼の顔を凝視してしまう。
「なんだ?俺の顔に何かついているか?それとも別の誰かを思い浮かべているのか?」
時折レナルド様はこんな冗談のようなことを言う。
特段仲良くなったような覚えはない。
何回か会ってはいるが、話すのは大体がレナルド様で私は質問されたり振られたりした時に話す程度。
彼女の兄ということで仲良くなりたいという気持ちはあるが、彼女の婚約者に相応しくないと思う気持ちのせいで仲良くなってはいけないと自制する気持ちもある。
「いえ・・・仮面はーーーー」
私が彼の冗談のような言葉をスルーしても彼は何も言わない。
最初の頃は真に受けて返していたが、レナルド様の反応からどうやらそうではないらしいと知り、だが冗談をうまく返せるような話術を私は持っていないのでスルーすることにしたのだ。
「仮面は、ただ己の病気痕を見たくなくて付け始めました。周囲に見られたくない、という気持ちもありましたが」
私と目が合うたびに周囲の者は同情か汚物を見るような目で見てきた。それが耐えられなかった。
けれど一番耐えられなかったのは自分で自分の痕を見ることだった。
私の両親を奪った病。それは私の顔半分をも同時に奪った。
「ふうん。いつまでもそんな小手先の道具に頼るのは駄目だろう。いい加減、周囲の目に慣れないとな。それに俺は別にお前の痕を見ても何とも思わん。世界にはいろんな奴がいるしな」
そう言えば、彼は何をしているのだろう。
王城に頻繁に出仕しているわけではない。
かといってリーゴット侯爵家になにか特殊な家業があるわけでもない。
現リーゴット侯爵は王城に出仕し、王の信頼を得ている。だから幼い頃からレティシア様をシオン様の婚約者にすることができた。
もっとも、それはただ自分の権力を盤石にするためでなく、病弱だったシオン様の後ろ盾となるためのものだったが。
「お前はレティと添い遂げるんだろ?俺にとっては不本意だが。だったらいつまでも仮面をつけっぱなしというわけにはいかないだろう。ユーフェリアが常時仮面を付けていたらレティは信頼されていないって思うことになるんだぞ。俺はレティにそんな思いはしてほしくない。よって、取れ」
彼の言葉は私の胸の奥にぐさりと刺さった。
レナルド様の言葉に間違いはない。
私が何を思おうと、レティシア様が私の婚約者で、私はレティシア様の婚約者であることは変わらない。
レティシア様が私のことを知ろうとしているように私も歩み寄らなければならない。――――まだ難しいけれど。
「そう、ですよね。私がなんと思おうとレティシア様は婚約した以上、私との結婚を前向きに考えてくださっています。・・・そんな方の悲しむようなことはしたくありません」
「あ、ああ。そうだな。まあ、なるべく早く取ることだな。そうじゃないと、レティがなんと言おうと、俺からお前との婚約を破棄させてもらうから」
最後の言葉に私は思わず、アクアマリンの瞳を凝視してしまう。
冗談だと思いたいが、この方は本当にしてしまう気がした。
それは嫌だと心の奥で私が叫ぶ。
レティシア様にふさわしくないと散々思いながら、レナルド様にそんなことを言われれば、簡単に私の本性は剥き出しにされる。
つくづく勝手な思考だ。嫌になる。
「それで。いつ行こうか。天気の良い日がいいな」
そんな私の想いを知る由もないレナルド様は話を元に戻した。
「ん?なんだ、また俺の顔を凝視して。そんなに誰かさんに似ているのか?まあ、それは俺にとっても嬉しいが」
そしてまた冗談を言う。
そもそもレナルド様はレティシア様と面立ちが似ていると思うが、ときどきふっと漏らす笑顔はもっと似ていると私は思う。
その後、私の心情など気にするそぶりを見せなかったレナルド様主導で外乗の日にちが決まった。




