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仮面侯爵と二度目の恋  作者: 七瀬翔
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 今まで公務や妃教育に忙しく、劇を観劇する時間もなかった。だからこれが初めての観劇になった。

 大きな劇場の中で、響きやすいような設計になっているとはいえ、自分の声だけで観客に声を届ける。ただ大きな声を出すだけでは登場人物たちの心情を表すことはできない。

 気持ちを込めつつ、観客にも伝わるような芝居をしなければならない。

 こんな難しいことはない。

 劇が終わり役者たちが舞台に勢揃いした時、レティシアは柄にもなく、彼らに盛大な拍手を贈った。

 幕が完全に下ろされ、客たちはぞろぞろと席を立ち出す。


「どうでしたか?今のお芝居」


 くるりとユーフェリアの方へ顔を向ける。


「え、ああ、その、素晴らしい劇、でしたね」


 ユーフェリアの表情は戸惑いを含んでいた。

 急に話しかけられて驚いたのだろうか。


「その、あまりにも主役の方の演技力がすごくて、言葉にならないというか」

「確かに素晴らしかったですね」


 ヒロイン役の女優の演技は噂にたがわぬほどの演技力だった。

 歌はもちろん、話し声でさえ少女時代と成年時代で微妙に異なっていた。

 少女時代は高く細く、成年時代はその声が少しだけ低くなっていた。

 特に恋に落ちる舞踏会のシーンが良かった。

 そのシーンはヒロインだけでなく、ヒーロー役である俳優の演技力も光っていた。

 目だけで彼女に恋に落ちたことを表現していたのだ。

 そして劇後半の、王女が縁談を伝えられる場面、大国に向かう道中でヒーローに助け出される場面。どれをとっても胸が締め付けられる。

 こんな気持ちになったのは初めてだ。

 まさか劇でこんなにも感動するなんて思いもしなかった。


「また劇を観に行きたいです」


 ぽろりと漏らした言葉にユーフェリアも小さく頷く。


「是非、また私と観劇してくださいますか?」


 ユーフェリアの反応に思わず、レティシアはそう提案してしまう。

 彼女の方からは無機質な白い仮面しか見えない。だから彼が何を思っているのか分からず、不安になった。

 こんな気持ちは久しぶりだ。


「はい、是非」


 ユーフェリアは顔を背けたままだったが、左目をちらりとレティシアの方へ向け、答えた。

 その美しいアメジストの瞳と初めて目が合った。

 一瞬レティシアの鼓動が跳ねる。

 目を大きく見開いてしまう。こんな感覚は初めてでどう対処していいのか分からない。

 シオンと話している時にもこんな感覚を持ったことはない。シオンと会っている時はいつもさざ波のような落ち着いた気持ちでいられた。なのに、今は荒れている。落ち着いた気持ちでいられない。

 でもそんな気持ちもすぐに落ち着いた。ユーフェリアが視線を逸らしたからだ。


「つ、次はユーフェリア様の観たい劇を観ましょう。今回は兄が決めてしまいましたから」


 今抱いた感情を知られたくなくてレティシアは矢継ぎ早に言葉を続けた。

 それに、今回の劇はきっとレナルドがレティシアと同年代の令嬢が好んで観ている劇を考えて選んでくれたもの。ユーフェリアのことは一切考えられていない。


「私の観たい劇ですか。どんな劇があるのでしょう。私は世間に疎くて」

「そうですね・・・私もあまり詳しくはないのですが、今日観た恋愛の話から冒険譚、ある歴史上の人物を題材にしたものなど、ですかね。でも最近は恋愛の劇が多いそうですよ」


 忙しかったレティシアが劇のことを知っているはずもなく。

 劇を観に行くことを提案してくれたレナルドが、あの後嬉々として教えてくれたことをそのままユーフェリアに伝えた。

 レティシアと同じく乗馬以外これといった趣味がないはずのレナルドが劇のことを知っていたのは驚いたが、大方、レティシアと一緒に観に行くつもりで色々と調べていたのだろう。本人に聞いたわけでないが、レティシアはそんな気がしていた。


「その、レティシア様と一緒なら、どんな劇でも」

「まあ、嬉しいです。でも今度は二人で決めましょうね。楽しみが増えました」

「は、はい・・・そ、その具体的にはいつ観に行きますか?」

「え・・・いつ、ですか」


 まさか日取りを聞かれるとは思っていなかったので少々驚く。


「そうですね・・・。王都ではしばらくこの劇が上演されて、他の劇はやらないでしょうから・・・数ヶ月後になるかもしれませんね」

「そう、ですか・・・」


 顔半分しか仮面のせいで見えないのに、悲しげな表情になったように、レティシアには見えた。


「あ、劇ももちろんですけれど、違う場所にも出掛けたいです、ね・・・」


 はしたないかな、とは思いつつも、ユーフェリアの表情が見ていられず、考えるよりも先に声に出してしまった。

 レティシアの言葉にはっとしてユーフェリアが顔をこちらに向ける。


「その、すみません。気を遣わないでください。レティシア様がよろしいなら一緒に出掛けますし、嫌なら・・・」


 その言葉にレティシアは思わず眉を顰めてしまう。

 何故、こんなにも卑屈なのだろう。

 やはり社交界で相当嫌な目に遭ってきたのだろうか。

 兄同様、社交界とは縁が薄いのでレティシアには分からない。

 だけど。唯一確実なことは、レティシアに対して遠慮や配慮などしてほしくないということ。

 ありのままのユーフェリアでレティシアに接してほしい。

 これから家族となるのだから。

 このまま夫婦になっても、心が通ったとは言い難い。

 自分の心を押し殺して、レティシアの思う通りにしてほしいなんて、レティシアの理想とする夫婦ではない。

 心の底からユーフェリアと親交を深めたい。それがのちのち違う感情になればもっといいと思っている。


「ユーフェリア様。自分の感情を押し込めないでください。まだ、難しいのかもしれませんが、私の前では素直になってほしいのです。・・・ゆくゆくは家族となるのですから」


 身長が大分異なるが、それでもユーフェリアとしっかり視線を合わせる。

 ユーフェリアは目をきょろきょろと所在なく彷徨わせている。

 仮面に隠されている病気の痕のせいで自分に自信が持てずにいるのかもしれない。

 だから思わずレティシアはその無機質な仮面に触れた。

 びくっとユーフェリアは反応する。だが拒否はされなかった。

 温かい体温は感じず、冷たい。


「あの、レティシア様・・・?」

「私はこの痕を醜いとは思いません。あなたが、病気と戦って勝利した証です。誇ってほしい、とは言いませんが、卑屈になる必要はないです」

「あ、ありがとうございます。そんなことを言われたのは初めてです」

「すみません、不用意に触れてしまって。でも私の気持ちは先程の言葉すべてに尽きます。ぜひ、劇以外にも出掛けましょうね」


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