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仮面侯爵と二度目の恋  作者: 七瀬翔
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完結済みですので、毎日19時に投稿していきたいと思います。

よろしくお願いいたします。

 侯爵令嬢であるレティシア・リーゴットは彼女が物心つく前からトルネシア王国たった一人の王太子、シオン・ヴィ・トルネシアと婚約を結んでいた。

 ただシオンは病弱で、少し風が吹いただけでも倒れてしまうほど体が弱かった。

 それでもシオンは己の責務を果たそうと王太子に与えられる書類仕事を病弱な身体を酷使して行った。

 レティシアもそんな彼の役に立とうと、シオンが出席できない公務に全て出席し、王宮で行われた妃教育にも精を出した。

 口さがない貴族たちは妃教育を施しても意味がないなどと宣ったが、そんな陰口を聞き流しレティシアは妃教育を続けた。


 シオンは生まれた時から医者に長くは生きられない、成人まで生きられたら奇跡だ、と言われるほどだった。

 だからシオンが王になることは万に一つもないと言われていて、次期国王は現国王の実の弟だと実質決まっていた。

 王がそのことを宣言することはなかったが、貴族の間でも王族間でも決定事項のようなものだった。

 それなのにシオンは、そんな周りを気にすることなく、ただひたすら自分のできる公務をこなし続けた。

 そんなシオンを間近で見ていたレティシアはどうにかして彼の役に立ちたいと王太子の婚約者に相応しい行動をするよう心がけた。

 それがいつしか社交界の令嬢たちの間で評判になり、レティシアは「トルネシアのガーベラ」という二つ名で呼ばれるようになった。本人は預かり知らないことだが。


 シオンの婚約者となり十数年、挫けそうになることは何度もあったが、レティシアは誰にも弱音を吐くことはなかった。誰かに弱みを見せるという行為は王太子の婚約者に相応しくないと考えていたし、レティシアの苦悩はシオンに少しでも会っただけで霧散したからだ。

 レティシアはどんなに忙しくても一日に一回、シオンに会うようにしていた。

 それが婚約者の義務だと考えていたのもあるが、一番はシオンに会いたかった。その気持ちが大きかった。

 いつからその気持ちを抱いていたのか、最早本人にも分からないが、シオンの役に立ちたい、シオンに褒められたい。ただそれだけのために厳しい妃教育にも忙しい公務にも耐えていた。

 だから世間で持て囃されているような聖女のような気持ちなどレティシアには微塵もなかった。


 そんなレティシアの心の支えになっていたシオンはつい先日ひっそりと息を引き取った。

 死に目に会うことはできなかった。

 シオンは亡くなる数日前から体調を崩し、面会することが叶わなくなっていた。

 けれどそれは特別なことではなく、年に数回ほどそうなることがあった。

 だからレティシアは特に気にすることはなかった。数日もすれば治ってまたお会いすることができる。そう楽観的に考えていた。


「シオン様が身罷られた?」


 リーゴット侯爵、つまりレティシアの父からそう告げられた時、レティシアの頭は正常に働かなかった。

 視界には見慣れたいつもの家のリビングが映っているはずなのに目の前は真っ暗で何も見えなくなった。

 父は尚も何か言葉を発していたが、レティシアの耳には届かなかった。


 次にレティシアの記憶にあるのはシオンの葬礼だった。

 トルネシア王国の王太子が亡くなったとあってその葬礼には国中の貴族が参列した。

 そんな中でレティシアは彼の婚約者として王族の末席に就き、弔辞を読み上げた。

 国中の貴族の前で読み上げたわけだが、緊張感など皆無だった。レティシアの心の中にはぽっかりと穴が開いたような、未だにシオンがもうこの世にいないことが信じられないような、レティシア自身にもよく分からない感情が渦巻いていた。

 のちにレティシアの弔辞は国の歴史に残るほど素晴らしいものだと賞賛されたが、レティシアにとってはどうもいいことだった。


 その後、近しい者だけで納棺が行われた。

 そこでレティシアは初めて涙を流した。

 シオンが亡くなったと聞いてからレティシアは一滴も涙を流さなかった。レティシアが涙を流さなかったのは婚約者の意地ではなく、彼を喪ったという実感が未だに伴っていなかったからだ。だが納棺の際、シオン様にはもうお会いできないのだ、と思っただけで涙が一粒零れ落ちた。

 そこからとめどなく涙が溢れ出た。嗚咽を漏らすことはなかったが、泣き続けるレティシアに気づいた王が傍らに寄り添ってくれた。


 それから一週間。

 忌中を終え、トルネシア国内は以前のように活気を取り戻している。

 市場は賑わいを見せ、貴族たちは王宮に何事もなかったかのように出仕している。

 そもそもシオンが公の場に姿を見せることはほとんどなかった。

 だから王族に近しい者でない限り、その死を身近に感じることはなかっただろう。

 レティシアもシオンの死という現実に向き合おうとしている。

 決してこの一週間も逃げていたわけではない。だがかといってその死を乗り越え、先に進もうとしていたわけでもなかった。

 シオンの婚約者となってからずっと続いていた妃教育も無くなり、王族の公務に出席しなくてもよくなった。

 解放された、という感覚はなく、ただ無感情にこの一週間を過ごしていた。

 寂しいのか、悲しいのか、前に進みたいのか。

 レティシアは自分でも自身の感情がどこにあるのか分からなくなっていた。


 凹凸の少ない平らな道をリーゴット侯爵家の馬車は進んでいく。

 その馬車の中から眼前に聳える城を見上げ、レティシアはこれまでの人生に思いを馳せていた。

 物心ついた時からシオンの婚約者だったレティシアには自分の時間なんて存在しなかった。

 シオンの代わりに公務をこなし、公務がない時間は妃教育に費やした。

 唯一空いた時間はシオンに会うために使った。

 シオンに会っている時だけは心和らいだ。

 そんな多忙なレティシアにシオンは申し訳なさそうな表情をしたが、彼のためならどんなことも苦ではなかった。


「到着いたしました」


 その声とともに、馬車の扉が御者によって開けられる。

 最後にシオンと会ってから城には訪れていなかったから一か月ぶりだった。

 今日登城したのはシオンの父、この国の王に呼ばれたからだ。

 レティシアの父も一緒だ。

 父にエスコートしてもらい、馬車を降り、一か月程前までは毎日のように通っていた廊下を歩く。

 華美な装飾は一切ない。

 これは歴代の国王の方針だ。

 城を飾り付けるより、民の生活を豊かにすることにお金を使った方がいいという考えから、無駄なものは一切ない実用的な城になっている。

 これも妃教育の一環で教わった。

 そんな考えの国王が歴代続いたからこそトルネシアは五百年もの長きに渡り、平和な世を維持し続けている。



「面をあげよ」


 朗々と響き渡る声に、レティシアとリーゴット侯爵は顔を上げた。

 それを確認した玉座に座る王はにこりと表情を崩した。

 貴族に向けるものではなく、親しい者に向ける、嘘偽りのないもの。

 それを見てレティシアも張っていた気を緩め、その顔に笑みを浮かべた。


「よくぞ来てくれたな。リーゴット侯爵、・・・レティシア。今日はそなたに聞いてほしいことがあってな」


 時候の挨拶を飛ばして、王は早速本題に入るようだ。


「私に聞いてほしいことですか?」


 心当たりがなく、つい疑問の表情を浮かべてしまう。ちらりと横にいる父を見ると、彼も心当たりがないらしく、レティシアと同じような表情を浮かべている。


「ああ。亡くなった私の息子、そなたの婚約者でもあったシオンが遺した手紙があってな。その内容を聞いてほしくて、今日来てもらったわけだ」


 そう言うと、横に控えていたこの国の宰相であり、王の幼馴染でもあるシェルト公爵に目配せした。

 それを受けたシェルト公爵は王に一礼し、一歩前に出ると懐から手紙を取り出した。


「この手紙はシオン殿下が生前残されたものでございます。シオン様は自身が亡くなられた後の幼い頃からの婚約者であるレティシア様の今後を心配され、この手紙を残されました。では、代読させていただきます」


 ーーーーそう切り出してシェルト公爵が読み上げたのは、レティシアの今後を心配したシオンがユーフェリア・シリウス侯爵との結婚を勧める内容だった。


「ただこれは命令ではなく、あくまで推挙ですので、決定権はレティシア様にあります。王族からの話ではありますが、レティシア様は気にされる必要はありません」

「ああ、そうだぞ、レティシア。そなたは今までシオンのために尽くしてくれた。わしもシオンもそなたが幸せになるのが一番の願いじゃ。だからリーゴット侯爵。もしこの話を断ったとしてもレティシアを責めないでやってくれ。また無理に他の結婚話を進めることは極力避けてほしい。・・・侯爵家としては次の話を進めたいのは重々承知の上なのだが」

「ありがたくも恐れ多いお話でございます。・・・私もレティシアには物心つく前に婚約者を決めてしまったという負い目があります。この後の人生はこの子の自由にさせてやりたいという気持ちがありました。ありがたく、そうさせていただきます」

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