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王子の葛藤8 王子と料理人

 いつものように、お昼ごはんを食べたあと、スレイフルはいつになく無気力になっていた。なにか嫌なことがあったとか、そういうことではないが、なんとなくぼけぇっと庭で空を眺めていた。普段であればもう少しくらいは体を動かしたくなるところ、この日に関しては全くと言っても良い程に何もする気が起きずにいた。


 あれから暫く、そのまま庭に座り足を伸ばし、両手を少し後ろについて空を眺めたままいたら、スレイフルは不意に小腹が空くのを感じた。この日もお昼ごはんはいつもと同じだけ食べた。しっかり食べているのにもかかわらず、なにか食べたくなったスレイフルは何か貰えないかと思い、食堂へ向かった。


「おや、坊っちゃん」

食堂へ向かう途中で、スレイフルは声をかけられた。

「どうしたんです?元気なさそうですけど」

「ああ、ちょっとお腹が空いてね」

心配そうに顔を向ける料理人に対し、スレイフルは自身のお腹に顔を向けて右手でさすりながらそう言った。

「なるほど…」

料理人はそう言って上を見上げ始めた。

「なら、なにか作りましょうか」

「いいの?」

スレイフルは少し驚いた。食事の時間以外にも何かを作ってもらえ、かつ食べることも許してもらえるとは思っていなかった。

そんな驚いた反応に、料理人は笑顔でこたえた。

「勿論!それが俺たちの仕事ですから」

「そうか…。ありがとう」

「いいんですよ!じゃあ厨房に行きましょうか」

丁寧にお礼を言うスレイフルを、料理人は優しく厨房へと案内した。


「おう、どうした、まだ休憩だろ」

「坊っちゃんがお腹すいたそうで。なにか振る舞おうと思いましてね」

「そうか。なら、好きにしな」

「へへっ。ありがとうございます」

厨房に入ってすぐの、料理長と料理人のやり取りをスレイフルは見ていた。

「坊っちゃん、出来るまで少し時間かかりますけどここいますか?」

料理人がスレイフルの方に振り向き、尋ねてきた。

「居てもいいの?」

スレイフルとしては、厨房やその付近は料理人しか近づいてはいけないものだと思っていたため、その質問に少し驚いた。しかし、嬉しくもあった。スレイフルにとっては料理の作り方の世界は全く今まで関わったことのない、未知の世界であった。当然、味付けや品目に対してのスレイフルなみの好みはあったが、それらを自分で作るという発想にあまり至ったことがなく、また至ったとしても自身は料理人ではないから駄目だと諦めていた。

「見ていきますか?坊っちゃん」

「いいの?」

「ええ、勿論」

笑顔でこちらを覗いてきた料理長のその発言に、スレイフルは更に驚いた。しかし、嬉しくもあった。


 それから、料理人が料理を作っているところを、スレイフルは近くで黙ったまま釘付けになっていた。色々な調理器具の使い方、様々な食材の扱い方、どれをとってもスレイフルには新鮮で面白かった。いつも自分が食べるときに出てくるあれらの、色とりどりな、美味しい料理が、こうやって作られている、その工程にスレイフルはとても心躍っていた。


「できましたよ!坊っちゃん」

ずっと目を輝かせながら見学していたスレイフルに、料理人が声を掛けた。

「これは?」

「茎の砂糖漬けと、葉の和え物です」

普段の食事では出てこないような、料理名通りすぎるシンプルな料理がスレイフルの前に現れた。砂糖漬けは文字通り、とある山菜の茎をスレイフルでも一口で複数個放り込めるくらいの長さに切ったものをそれなりの時間、砂糖に漬けたもの。対して葉の和え物は、その山菜の葉を細かく刻み、いくらかの液体と軽く混ぜ合わせたもの。砂糖漬けに関しては、元々瓶に詰めてあっあものであり、スレイフルが出来上がるまで見ていたのは和え物の方であった。

「どうぞ、食べてください」

優しい笑顔で促され、スレイフルは手を合わせた。

「いただきます」

食事前の挨拶をし、スレイフルは先に和え物を食べてみた。

「!」

とてもシンプルな工程で、シンプルな見た目で、とても美味しかった。

「美味しいでしょ?」

料理人にそう聞かれ、スレイフルは一旦手を止め、でも和え物から目を離すことなく首を縦に何度かふった。

「へへ、よかった」

目を輝かせ、美味しそうに和え物を頬張るスレイフルを、料理長と料理人は嬉しそうに眺めていた。


 スレイフルはそのまま勢い衰えることなく和え物を全部食べ終え、砂糖漬けも一つ口に入れてみた。

「…!」

今までスレイフルが食べてきたお菓子類は、ケーキ等の所謂焼き菓子で、どれもぱっと見でわかるほど手が込んでいるものばかりであった。しかし、今食べているこれは、全く手が込んでいるようには見えず、ただ瓶に砂糖と一緒に茎を詰めているだけに見える。スレイフルには、それが衝撃的だった。

「うまいでしょ?」

笑顔で料理長がスレイフルに尋ねてきた。スレイフルは、今度は料理長の方を向き、力いっぱいの頷きを一回した。当然、目を輝かせて。


 出してもらった分をものの見事に完食したスレイフルは、料理人と料理長にお礼を言い、自室に戻ってきていた。とりあえず椅子に座り、外を眺めながら考え事をしていた。

 スレイフルは今まで、どんなことでも一生懸命、沢山手をかければかけるほど良くなり、逆に手をかけずに簡単なことだけしていればいるほど駄目になるものばかりだと思っていた。しかし、今日の昼下がりに料理人と料理長に食べさせてもらったものは、そのどちらもが明らかに簡単なもので、手が込んでいるとは言えなかった。それでも、とても美味しかった。

 スレイフルは少しだけ、気持ちが楽になった気がした。例えどんなことでもずっと続けなければ意味がなく、何事も手を掛け過ぎなければいけないのでは無いかと思う節があったが、今回の件で、それは全てではない、手がかかり過ぎていなくとも問題なく、寧ろそちらのほうが良いこともあると知って。


 枠に置かれた肘のその上、手のひらの上に載せられたそこからは、どこか悩みが吹っ切れて心なしか爽やかな笑みが、窓に反射していた。

 


おまけ 料理長と料理人


「茎の砂糖漬け、あんなに喜んでもらえるんすね」

「当たり前だ、俺が作ったんだからな」

「誰が作っても同じじゃないんすもんねえ」

「なんだ、作ったことがあんのか」

「試しに家でやってみたんすよ。でもここまでうまくいきませんでした。アク取りっすかね」

「ほー、アク取りが大事とわかったか」

「当たり前っすよ、誰のもとでやってると思ってんすか」

「はっはっ!それもそうか。だが、アク取りだけじゃないんじゃないか?」

「他になにかあるんすか?」

「そりゃ当然、漬物だからな。時間も大事だ。お前のことだ、長くて1日くらいしか漬けてなかったんだろ。さっきの和え物みててもそうだ。そんなに急いで作らなくてもいいんだよ」

「へー。でも、さっきのは仕方無いっすよ。折角楽しみに待ってくれてる人がすぐそこにいるんすから。すぐにでも食べてほしいじゃないすか」

「がっはっは!それもそうか、料理人の性ってもんかもなあ」

さらにおまけ

昔、筆者が幼い頃に、「ふきがし」?という名前だったか、フキの茎を砂糖漬けにしたようなものを食べたことがあります。それがとても甘くて美味しかったので、登場させました。

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