王子の葛藤7 王子と騎士団長
ある日の朝方、ご飯を食べたスレイフルは今日の剣の訓練に備えて自分なりの準備運動をしていた。訓練は毎日ではないがスレイフルの気が向いたときなどに、かなりの頻度でやる。基本的には誰かに教わるわけではなく、自分の思うように剣を振り回すだけである。また、不定期ではあるが、騎士団の誰かが暇な日はだれかがスレイフルの相手をしてくれる。そういった場合は、特に決まった型などはなく、その日の状態、筋肉痛だとか、元気が有り余っているとか、悩みがあるとか、そういった面を考慮してその日毎の団員がやることを決めてくれている。
この日も、たまたま休みになった騎士団長がスレイフルの相手をしてくれることになっていた。スレイフルとしても、ツワモノ揃いの騎士団の、それもトップに相手をしてもらえるということでかなり心が弾んでいた。
夢中になって裏庭で剣を振り回しているスレイフルに、声がかかった。
「精が出ますね、坊っちゃん」
振り回していた剣をとめ、声のした方へ顔を向けるとTシャツ一枚の騎士団長がいた。
「おはようございます」
スレイフルは、身分で言えば自身の方が上であることはわかっているが、騎士団長に向き直り、敬語で挨拶をしながら丁寧に腰を曲げた。スレイフルにとっては、今は王子と騎士団長という関係ではなく、先生と教え子という関係であるため、その方が適している態度だと思った為である。
「おはようございます、王子」
同じように丁寧にお辞儀を返され、スレイフルは少しむず痒くなった。ただ丁寧に返されただけでむず痒くなったのではなく、帰ってきた声の色に、どこかからかって楽しんでいるような色を感じた為である。
「では、今日はこいつを使ってやりますか」
そう言って団長は普段スレイフルの扱っている子供用の木剣の倍以上の大きさの木剣を地面に置いた。
「坊っちゃんは今までこいつを使ったことは?」
その大人用の木剣の大きさに圧倒されて声が出なくなっていたスレイフルは、とりあえず首を横に振り回した。
「はっはっはっ!そうですかそうですか!」
スレイフルのその反応に、随分と楽しそうな反応を団長は返した。
「坊っちゃんはもう十分こいつでもいいとは思ってたんですよ」
普段、子ども用しか振り回していないスレイフルにとって、大人用の物はそれはそれは憧れの代物である。いつか自分も騎士団員と同じようにかっこよく振ってみたいと思っていた。しかし、当然のように大人用はそれだけ重たく大きい。まだ十にも満たないスレイフルには過ぎたる代物であると、スレイフル自身は考えていた。
そんなことを考えながらいると、その顔に不安を見出したのだろう団長が更に続けた。
「なあに、心配いりませんよ。子ども用とはいえ、坊っちゃんは木剣をあんなに軽々と振り回せるんだ。あんだけできたら大人用でも素振りくらいできますよ」
団長はスレイフルを見ながら、とても気持ちのいい笑顔でそう言った。
「じゃ、とりあえず持ってみましょうか」
団長がそう言って手を大人用の木剣に差し向けた。スレイフルは言われるがまま、とりあえず持ってみることにした。持ち手の下の方を左手、上の方を右手でしっかりと握り込み、持ち上げてみると、思った通りとても重たかった。確かに重たかったものの、それでもふらつきながらではあるが胸の前で構えることが出来るくらいには持てていた。
「じゅうぶんじゅうぶん!坊っちゃんくらいの歳でそこまで持てたら十分ですよ!」
何とか胸の前から崩さないように持ち続けることに必死なスレイフルよりも嬉しそうで楽しそうな声で団長は言った。
「いくら元々力持ちだろうとしっかり鍛錬してなきゃあそのくらいの歳で大人用のコイツを持って形を保つなんて、まあ無理なんですよ。それが出来てるってことは、坊っちゃんはちゃんと鍛錬してきたってことです」
団長に褒められていることは分かっているが、流石に剣に集中しないと危ういスレイフルは何も団長に反応を返せなかった。
その後は団長の指示通り、ゆっくりではあるが素振りを何度かこなし、途中で休憩をはさみ、子供用の木剣に切り替えて打ち込みの練習に入った。
「じゃあ次は俺に直接打ち込んで来てください!」
楽しそうに、自信満々にそういう団長にスレイフルは驚いた顔を向けた。
「はっはっはっ!なぁに、心配いりませんよ!全部防ぎきってみせますし、なにより実戦で鍛えられてますから!これくらいじゃあ怪我しませんよ!」
暗にスレイフルの攻撃は自分には無駄だと言われており、貶されているようにも聞こえるその発言だったが、スレイフルには嫌味には聞こえなかった。そもそもスレイフルが驚いたのは、もしかしたら団長に怪我をさせてしまうかもしれないと思ったからである。そして、団長は恐らくそんなスレイフルの不安を感じとり、拭うためにそう発言したのだろうとスレイフルは感じたのである。実際、団長の声色は調子づいて羽目を外している様な声ではなく、どこか穏やかで子どもを安心させてあげようとしているような、優しいものだった。
「さあ!どこからでもどうぞ!」
大きく広げ、ポンとその胸を軽く叩き、スレイフルへと攻撃を促した。それを見たスレイフルは、嫌々でも嬉々としてでもなく、ただ真剣に団長に向かっていった。
「よーし!ではここまで!」
丁度お昼ごはんの時間帯になりかけたくらいで団長が言った。
「中々やりますね、坊っちゃん!あれだけコイツを振り回したあとにまだここまで動けたなんて!」
ヘトヘトになりながらもスレイフルはあれから小一時間、休むことなくただひたすらに団長へ打ち込んでいた。足が空いてるとおもえば足へ、肩が空いてるとおもえば肩へ、兎に角必死に、真剣に攻めたのだった。しかし、どれだけ打ち込んでも団長には防がれてしまっていた。打つところ打つところ全てに、まるでそこに打たれることがわかっているかのように先に剣を構えられ、直接団長の体へ当てることは出来なかった。
「では!これで今日は終わりにします!ありがとうございました!」
「あ、ありがと、う、ござ、いました」
朝と同様に丁寧に挨拶をする団長へ、ヘトヘトになりながらも真剣にスレイフルは挨拶を返した。
それから数時間後、家に帰ってきていた騎士団長は自身の妻と話をしていた。
「そうだ!聞いてくれ!また坊っちゃんが強くなってたんだよ!」
「あー、はいはいそうですかー」
「そんな適当に流さないでくれよお!」
「スレイフル様がすごいことは何度も聞かせてもらってますからねー」
「いやいやほんとにすごいんだって!相手が俺でもひるまずにどんどん攻めてこられるし、子どもなのに大人用の木剣も持てるんだって!」
「はいはい、わかったって。それで?今日はなにしたの?」
「ああ!そうだ!えっとな、まずは剣を、大人用のあれをな!素振りするところからでな!その後に子ども用にかえてうちこんでもらったんだ!」
「へー。貴方のことだから手加減せずに一発も貰ってないんでしょ」
「まあな!いや俺じゃなくて、俺もすごいけど!それでも素振りをあんだけ大人用のでしたのに、その後なのに疲れてるはずなのにだよ!休まずに俺にずっとバチバチしてこられたんだよ!」
「はいはい、分かったから落ち着いて」
「ほんと、凄い方だよ!諦めずに真剣にやり続けられるんだから!」
「はいはいはい、よかったわねー」
(実際スレイフル様がすごいことは他の人からも聞いてるしね。一生懸命だし人の事を思いやれるし考えられる。ほんと、お会いしたことはないけどよくできたお方だよ)
その後も、いつものように興奮冷めあらぬ夫の話を、流しつつもきちんと聞いてあげる妻であった。