王子の葛藤4 王子と弟とメイド
ある日の昼下がり、スレイフルは気分が向いたため、だれもいない裏庭で木剣を握って自分なりに振り回していた。
ときどき、気分が向いたときはこうして時間を気にせずに振り回している。剣の稽古が無いわけではない。きちんと講師となる騎士に稽古をつけてもらう時間はあるが、それとは別でやっているのである。スレイフルも男の子だということである。
時間が気にならないくらい夢中で振り回していると、よく知っている声から呼びかけられた。
「あにうえー!」
「ベルレイフ!どうかした?」
まだ幼いスレイフルよりも更に幼い、スレイフルの弟が、メイドと一緒にいた。おそらく、メイドと一緒に散歩していたのだろう。
声をかけてきた弟は、姉よりももっとトコトコといった擬音の合う歩み方で直ぐに近づいてきた。もちろん、先程まで振り回していた木剣は下げて、危なくないように腰に差した。
「あにうえ、なにしてたの?」
「んー?遊んでたんだよ」
「精が出ますね、スレイフル様」
「そうかな、ありがとう」
弟と一緒にやってきた、落ち着きのあるメイドに褒められて、スレイフルはちょっと照れた。
「ベルもやっていい?」
「んー、ちょっと持ってみる?いい?」
弟の側にいるメイドに確認した。スレイフルは、まだ子どもだ。自分の、子どもの判断よりも大人であるメイドの判断のほうが、より安全性を確保できるものだと思ったのだろう。
「ええ、大丈夫だと思いますよ」
「そうか、じゃあベルレイフ、持ってみて」
優しく持ち手を弟に差し出し、持たせてあげた。
「もてた?はなすよ」
「うん」
べし、と剣先が地面についた。
「おもいぃぃ」
「だいじょうぶだよ、もうすこししたらベルレイフにも持てるようになるよ」
スレイフルは優しく、弟にそういった。
「れいあー、もてる?」
木剣をそのまま握ったままに、弟は隣のメイドにたずねた。
「私ですか?」
「うん!」
「どうでしょう…、宜しいですか?」
今度はメイドがスレイフルにたずねた。
「もちろん、どうぞ」
スレイフルは優しく答えた。
「では失礼しますね」
「うん!どーぞ!」
弟は『兄』にやってもらったように持ち手をメイドに差し出し、メイドもまた弟のように持ち手を握った。
「もった?はやすよ!」
まだ少し舌足らずな部分がでる弟がそういって剣から手を離した。
メイドは、弟の手が離れたのをしっかり確認してから、ゆっくりと木剣を胸の前に構えた。
「どうでしょうか?」
少しぎこちない構え方だが、腕もプルプルせずにしっかり持てている。
「すごーい!れいあすごい!」
「うん、すごいね」
キャッキャしている弟を見ながら、スレイフルもメイドを褒めた。
「恐縮です」
剣をゆっくり下ろし、頭を軽く下げて、少し照れくさそうにメイドはそういった。
「こちら、お返しいたします」
「ありがとう」
「あにうえも!」
「え、ぼくもやるのかい?」
「あにうえのみたい!」
「そうですね、私もスレイフル様の構えが見たいです」
「そ、そうか」
目をキラキラさせながら待っている弟と、おそらくそんな弟の興味のために自分も見たいと言ったメイドに対して、スレイフルも剣を胸の前に構えた。
少し、緊張していた。
「あにうえもすごい!」
「かっこいいですよ、スレイフル様」
弟とメイドに褒められ、スレイフルはまた照れた。
その後も、弟にあれしてこれしてと言われて、メイドと一緒にひとしきり遊んだ。
「んぅー」
「ん?…、ねむい?」
「んーん」
「寝なくていい?」
「ん」
「ほんとに?」
「…ん」
「ねむいならねていいんだよ」
「ん!」
遊び疲れた弟は、頭をカクンカクンと上下にさせながら返事をしていた。
「大丈夫、またあそぼう、だからおやすみ」
「…」
「眠られましたね」
「うん」
メイドとスレイフルは、ゆっくり眠る弟を見ながら、そう言い合った。
「では私はベルレイフ様をお連れします。失礼します、スレイフル様」
「うん、ベルレイフをお願いね、それと、ありがとう」
「恐縮です」
そう言ってメイドは頭を下げて、弟を抱っこして部屋に行こうとしたところでゆっくり振り返った。
「スレイフル様、かっこよかったですよ」
メイドはそれだけ言うと、またゆっくり振り返って、弟の部屋へ行った。
「…、えへへ」
かっこいいと言われて、スレイフルは普段とは違う照れがでた。
もしかしたら、あのメイドも本心でスレイフルの構えが見たいと言ってくれていたのかもしれない。そう思ったスレイフルは、暫くの間、裏庭で何をするわけでもなく、木剣の隣に座っていた。