王子の葛藤3 王子と姉
あれから、部屋に戻ってきたスレイフルは、机の上に紙を置き、たまたま気が向いたため絵を描いていた。
きままに、楽しく、思いつくままに描いていると、戸を叩く音が聞こえてきた。
「スー、いる?はいってもいい?」
「はい、どうぞ」
戸をちょっと重たそうに開けて、姉が部屋にトコトコと入ってきた。
「こんにちは、スー。もうお昼だからおはようはおかしいものね」
そう言って姉は笑った。
「こんにちは」
スレイフルも、姉に対して笑いながら、そう答えた。
「なにをしていたの?」
「絵を描いてました」
「そうなの!見てもいいかしら?」
「はい、どうぞ」
そう言って、スレイフルはまだ描きかけの絵を姉に渡した。
「ん〜♡」
嬉しそうに『弟』の絵を眺める姉。
そんな姉を、スレイフルはどこかで見た覚えがあった。
今朝、なんとなく話をしたメイドの一人。あのメイドも、いま絵を見てる姉上も、どちらも同じ、『弟を持つ姉』なんだな、とスレイフルは思った。
「やっぱりスーの絵は綺麗でいいわね!」
自慢げに、姉は言った。
「ありがとうございます」
「これってまだ途中なの?」
「はい」
「そうなの、じゃあはい!ありがとうね」
姉が絵を返してくれた。
「ところでスー、あなた今日人助けをしたんですってね」
「人助けですか?」
「ええ、マルコが庭で苦しんでるのを見て医務室からメリアを連れて行ったんでしょ?」
名前は分からないが、おそらく庭に蹲っていた人のことだろう。そう思ったスレイフルは、なぜ姉が既に知っているのか疑問に思ったが、それについて聞くことはしなかった。姉は、本当に周りのことをよく知っている、誰がどうしたかというのは、誰よりも把握していることをスレイフルは知っていた。だから、疑問に思ってすぐにその疑問は解消されていた。
「たぶんそうです」
「たぶんって、なんで?」
「お名前まではわからなくて」
スレイフルはへの字眉の微笑みで答えた。
「そっか。どっちでもいいわ。とにかく!えらいわね、スレイフル!」
そう言って、姉はスレイフルの、『弟』の頭をわしゃわしゃした。
「あ!そういえばお絵描きの途中だったのよね!ごめんね?邪魔になってなかった?」
途端に困り顔になって縮んでしまった姉に、スレイフルは優しく答えた。
「なってませんよ。むしろ、姉上とお喋りできてよかったです」
実際に、絵を描く事そのものをしたかったわけではなかった。ただ気分転換をしたかったスレイフルは、姉と話しをして、褒められて嬉しかった。
「ほんと!ならよかった。じゃあそろそろ私戻るわ。また後でね、スー」
「はい、また」
部屋から出ていく姉を見送りながら、スレイフルは自分の心が温かくなっていたのを感じた。
「おれも、さいのうあるのかな」
褒められたことに、スレイフルは照れもあったがやはり嬉しかった。自分はあまり人の役にたつことができていないと感じていたスレイフルには、感謝や褒めの言葉が、なにより、嬉しかった。自分も誰かのためになれる。
その温かさを感じながら、スレイフルは描きかけの絵に、明るい色を、楽しそうに乗せていった。