王子の葛藤1
「アンデルセン、おれ、王になりたくない」
「いかが成されましたか、坊ちゃま」
スレイフルは、自分の部屋で、悩んでいた。
自分は、王子ではあるものの、その王位を継ぐべき人間ではないのではないかと。
「おれ、だめな人間だと思うんだ。
弟は、誰とでも楽しく話ができる。
姉上は、臣下含めて一人ひとりのことを把握してる。
王である父上は、国をどうするべきか考えて、決めたことをやり遂げる。
母上は、その父上を信頼し、サポートする。
…、おれは、ぜんぶできない」
スレイフルには、特別秀でた能力が無いと思っていた。弟は誰とでも打ち解けられる才能、姉は各人の能力や特性を把握し適正に管理する才能、父は人の上に立つ才能、母は他人の補助をする才能。
スレイフルには、なにもなかった。
「坊ちゃまにとって、王とはなにをするものとお思いですかな?」
アンデルセンは、聞いた。怒るでもなく、流すでもなく、ただ、聞いた。
「誰がどうしたいかを、国のすべてを把握して、できる限り叶える。
そこに不幸になる人がいるなら、なるべく不幸にならない方法をみつける。
常にだれかのためを思ってどうするかを決める。
決めたことをやり通す。
国や、暮らしている人を、大事にする。
とにかく、いっぱい」
「なるほど」
アンデルセンは、そのまま話を聞きながら、お茶を入れていた。
「その話は、他の誰かには?」
「してない、アンデルセンにだけ」
「なぜですかな?」
「アンデルセンだけは、ちゃんと聞いてくれると思ったから。いきなり潰しにかかるでも、怒るでもなく、なんでそう思ったのかを聞いてくれるって」
「そうでございましたか。私は坊ちゃまに大層信頼していただいておるようで」
ニコニコしながら、スレイフルにお茶をだした。
「おれは、決めたことをやりとげられない。
この前も、毎日やるって決めてた腹筋をやめたし。
交流会でも、弟や姉上と違って、自分の席から動けなかったし。
いつも、お世話してもらってばかりだし。」
出されたお茶を飲みながら、でも沈んでいるトーンの声を聞いた後、アンデルセンは答えた。
「坊ちゃまには坊ちゃまの才能がございますよ。それはそれは素晴らしい才能が。落ち込まれることはございません」
「おれの、才能?」
「はい。私には、坊ちゃまほど王に相応しいと思うお人はいないと思っております。
こういう言い方ですと、不敬ですかな。」
「たぶん、父上もそんなこと気にしないよ」
父上も、姉上も、母上も、弟も、そんなことで怒ったりしない。
「アンデルセン」
「なんですかな」
「話、聞いてくれてありがとう」
「ほっほっ!そのくらい、お安い御用にございます。むしろ、この老いぼれに話してくださり、有り難い限りですな」
そう言って、アンデルセンは笑っていた。豪快な笑い方ではなく、でも不快な笑い方でもなく、なんだか、楽しそうな。
「では坊ちゃま、そろそろ就寝の時間に御座います。」
「うん、おやすみ、アンデルセン」
「おやすみなさいませ」
そう言ってアンデルセンは部屋を出た。
「おれの、才能、か」
そう呟いて、ベッドの中から窓越しの星達を見ながら、スレイフルは、どこか落ち着いた表情で、眠りについた。