八・五
「それでは、また明日···」
「──あ、織江?」
「····はい?」
「今日は色々ありがとう···おやすみ」
「私こそ!璃雪様の御尽力、感謝しております。どうか、ゆっくりお休み下さい」
返事をする代わりに、璃雪は笑顔で手を振りながら、ゆっくりと部屋の扉を締めた。
パタンと言う音がなって数秒後、織江は下げていた上半身をすっとお越し、廊下の突き当りに用意された自室へと向かった。
「はあ···」
流石の織江も、疲れたようだ。
海を越え、刈安の遠征団との合流から始まり、調整役として常雪の身支度、式典への同行に、紫烏の恋バナの聞き手役。果ては、姫からの常雪奪還など、新たな生を受けてから、こんなにも目まぐるしく、情報受給の多い日はなかった。働き者として定評のある織江だが、まだ齢十六の子供。溜め息が出てしまうのも当然だろう。
明日も早朝から、常雪の身支度の手伝いがある。
自身も早く床に就かねばと、まとめた髪へ手をかけた時、あれが指先に触れた。
散らさぬよう茎を摘み、すっと髪から引き抜く。
天青から貰った大手毬。
思い返しても、不思議で仕方がない。
あの木に天青が居たのは有り得ないことでもない。
ないのだが、彼はどうして、この花を持っていたのだろう。
庭へ駆け出したものの、天青は見つけられず、もしかしたらと、この花の木を探した。
そうして、彼を見付けることが出来たのだが、あれだって、運が良かったとしか言い様がない。
それなのに、さっきから、とても図々しい考えが頭を駆け巡っている。
天青は、待ってくれていたのではないだろうか。
紫烏との最初のやり取りや、宴に参加しなかった様子を見るに、彼は此度の見合いは勿論、恋愛にも興味は無い。
璃雪同様、政特有の空々しさや、腹の探り合いも嫌いだろう。
ならば付き人や、他国の華族らに見付からない内、宿屋へ帰ってしまえば良かったはず。
でも、そうしなかった。
春とはいえ、夜が更ける毎に冷えてくる。
あの月に輝く花珠の中、ずっと、一人静かに、その時が来るのを待ってくれていた。
───どうしてこんなこと、考えたのだろう。
天青の事を思うと、さっぱり考えが纏まらない。
どうしようもなくて、また溜め息をつく。
「寝たら、落ち着く···よね。うん!寝よ!そうしよ!」
そう言って、大手毬をそうっと枕元に置き、織江は脱衣所へと向かった。