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 潮風心地良く、織江は久方ぶりの趣味に没頭していた。

《コンコンッ》

「···はい」

「織江、今良いかな?」

「どうぞお入り下さい」

 先まで操縦手に指示を出していた璃雪が、織江の居る客室を訪ねてきた。

 織江は手を止めると、椅子から立ち、主を迎える。

「刺繍かい?」

「はい。本当は編み物をと思ったのですが、毛糸玉が転がってしまうと思って」 

「どうしても揺れるからね」


 月日の流れは早く、連邦国家【(あずま)】に新たな春が巡り、遂に"蓮峰海儀"開催の日を迎えたのであった。


 今回、この式典の開催地として選ばれたのは、春を司る国{今様(いまよう)}。

 夏を司る{(はした)}、秋を司る{刈安(かりやす)}そして、冬を司る国{利休(りきゅう)}の各国家代表者は、それぞれに開催地へと向っていた。

 利休は今様から一番遠いため、交通手段は船となる。

 船に乗るなんて、前世で行った小学校の校外学習以来だった織江は、客室付きの海の旅に心弾ませていた。

「そうだわっ!璃雪様、常雪様は?」

「ううん···それが、まあ、吐くのは止まったんだけど、調子が戻らなくて、取り敢えず部屋で横になっているみたい」

 利休の代表者である常雪は、前世含め、初めての船旅において、完膚無きまでの"船酔い"に蝕まれていた。

「そうですか···こんなに素敵な景色、楽しめないなんて」

「取り敢えず、夕方からの式典までには保ち直してもらわなきゃ。常雪が駄目だと、僕が代理で立つことに成ってしまうよ···」

「ええ。それに、御方様へなんと御報告すれば良いか···」

 忘れてはならない。

 黝簾の命により、今日この日のため、織江は常雪を調整(コーディネート)してきたのだ。

 それだというのに、璃雪の言ったとおりに成ってしまったら一体自分と常雪はどうなってしまうのだろう。

 頼むからなんとか式典の場に立てるようにと、海原を飛ぶカモメに祈りを乗せる織江であった。


 ───三時間後。

 大きな問題は無く、船は今様の港に入港した。

「ああ····まだ溝内の辺りが気持ち悪い···」

 常雪は何とか起き上がる事は出来たものの、足元がおぼつかづ、兄の肩を借りながら、港へ渡った。

「酔止め飲んだの?」

「····そんなの、とっくに海の下ですよ。兄上」

 愚問をしてしまったと思いながら、顔面蒼白の弟を璃雪は支え続けた。

 二人を追うように、織江は自分の手荷物と、璃雪と常雪の刀を背負い船を降りる。

「ごめんよ織江。女性に刀なんて」

「私も、すまん···」

 後に続く織江を気遣い、声をかける璃雪に伴って、常雪も絞り出すように謝罪を口にする。

「何をおっしゃいます。主の窮地に役立ってこその奉公人!それに父の手伝いで荷運びは慣れておりますから♪」

 こういう時、織江のような存在は有難いと、璃雪も常雪も思った。

 そうして船員らが献上品や式典に必要な衣装、国旗などを下ろし終えた。


《ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド》


突然、地鳴りのような鈍く、勢いのある音が聞こえた。

「····なんでしょう?」

 こちらへやってくるのか、段々と鮮明になるそれに、織江は二人の方へ顔を向ける。

 相変わらず顔色の冴えない常雪は、下ろした荷の側でうずくまり、その傍らには璃雪が立っている。

 璃雪もなんだろうかと、織江の隣に来ると、音がする方へ身体を向けた。

「·····馬?」

「馬にしては大きくありませんか?」

 確かに璃雪の言う通り、馬の足音のように聞こえもするが、それでこんな身体に響くような音がするだろうかと、織江の眉間に微かに皺が寄る。

「なんだこの地鳴り勘弁し····うっ!」

 音の振動に、常雪の遠ざかっていた吐き気も戻ってくる。

「璃雪様、常雪様の御身体に障ります。一先ずこの場から離れましょう!」

 織江の言葉に璃雪は頷くと、今にも吐き出してしまいそうな弟を抱えながら立ち上がったその時───。


「····ーい!!」


 人の声が聞こえた気がしたが、地鳴りに掻き消されてよく聞こえなかった。


《ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド》


「うう····気持ち悪い···」

「常雪、しっかり···参ったなあ···」

 振動が強くなり、立っている事さえ出来なくなった常雪は、雪崩れ込む様にその場でうずくまってしまった。

 織江は常雪の背中をさすり、どうしたら良いかと地鳴りがやってくる方へ視線を飛ばす。

 すると、何かがぱたぱたと揺れているのが見えた。

「····?璃雪さま!あれを!!」

 織江が指差す方へ、璃雪も目を凝らす。

「紫に、黄金色(こがねいろ)河原撫子(かわらなでしこ)···刈安···あれは刈安(かりやす)の国旗だ!!」

 

「おーい!おーい!!」

 今度は声も、姿もよく見えた。

「宝珠····織江、あれ宝珠だよ!!おーい!!」

「宝珠様?」

 信心深く、国長を神の遣い"神王"と称える秋を司りし国刈安。

 その神王より、絶対の信頼をよせられる存在が"神王付き補佐官"。

 そして今、家臣らを引き連れ、こちらへ手を振りながら地鳴りと共にやってくる男こそ、現神王付き補佐官·茅亥(かやい)宝珠ほうじゅであり、この『しきおり』に置ける"攻略対象キャラクター"の一人である。


「久しいな、璃雪。まさかお前に一番に会うとわな」

「久しぶりだね、宝珠。君が刈安の代表?」

 掛け声高らかに、一人駆け出した宝珠は友との再開を喜び、馬上の友へ璃雪も応える。

「ああ。利休はお前が?」

「あ···いや、弟が代表なんだけど····」

 璃雪の様子に小首を傾げつつ、その背後にうずくまる常雪の姿を認めると、宝珠はおやおやといった様子の表情を浮かべる。

「船に酔ったか···」

「うん···」

「可哀想に···。それから璃雪、あちらの女子は一体···」

「ああ!宝珠は会うの初めてだったね。この娘は織江と言って····あ、え?!織江は?!」

 海の神が遣わせたのではないかと考えてしまう程、美しく、気高い青鹿毛(あおかげ)の馬群。風になびき輝く白い鬣が、さらなる神々しさを生む──織江の心は、目の前にいる刈安の馬達に夢中に成っていた。

「はあ〜。なんて綺麗なの···この子達は"シャイアー"ですね!!」

「ええ、よく御存知で」

 目をきらきらと輝かせた織江に、刈安の家臣の一人が応える。

 その遣り取りを見ていた宝珠は、手綱を引き、織江の方へ馬を寄せる。

「織江殿は馬が好きか?」

 その問い掛けに、宝珠の方へ勢いよく振り返った織江は少し食い気味に応える。

「はい!!子供の頃の読み物で天馬を見てから、お馬さんは大好きなんです!!もし天馬が実在したら、この子達の様なのかしら···すごい!!」

 興奮しすぎて忘れているが、織江が天馬、すなわちペガサスを見たのは前世の絵本でである。

 本来ならこうした場面において常雪がツッコミを入れるところであるが、そんな余力、今の彼には無かった。

「そうか···良ければ乗ってみるか?」

「えええ!?!?良いのですか♪♪」

 憧れの青鹿毛のシャイアーに乗れるなんて。織江の心は天にも昇る心地だ。

「どうだろう璃雪。会場までそう遠くはないが、弟君の様子を見るに歩きでは···」

 宝珠の言う通り、馬群が止まった事で吐き気は退いたようだが、歩けるかと言われるとまだしばらく時が必要な常雪の様子に、璃雪は申し出を受けることにした。

「でわ、お言葉に甘えて。ありがとう宝珠」

「なに、同じ()の民ではないか。困った時はお互い様だ。それでは、織江殿は私が」

 ──────え?

 織江と璃雪の心に疑問符が登る。

「え!え?そんないけません!!私は一奉公人です!それが刈安の···神王補佐官様の背に乗るなど!!」

「いや?乗るのはこちらだが」

 宝珠はそう言って少し下がり、自分の跨る少し前の当たりをトンと指さした。

 ──────えええっ!?!?

 今度は璃雪の方が、やや強めに心の中で驚愕の声を上げる。

「わ、私が、補佐官様の前に···」

「駄目だよ!!駄目!!絶対に駄目!!」

 璃雪がなぜそんなに焦るのか解らず、宝珠は言葉をかける。

「璃雪、我が国の馬はただでさえ身体が大きい。後では織江殿が落ちる可能性だってある。ここが一番安全なんだ」

「僕の言っているのは、そういう事ではなくて···」

「あの、本当に宜しいのですか?その、私のような身分のものが同乗して、補佐官様がお咎めを受けたら···」

 織江の言葉に宝珠も璃雪も、目を大きく見開く。

「ははは!!そのような事、我が国の御神は困る乙女を救って、称えはすれど、咎めなど。だから安心なさい織江殿」

 宝珠の優しい言葉に、織江の表情が明るくなる。

「いや、でも織江?やっぱり嫁入り前の女性がよく知らぬ(ひと)の馬に乗るのは···」

 織江は物言いたげな璃雪の側に近付き、声を小さくして懇願する。

「璃雪様、お願いです。あんなに美しい駿馬(しゅんめ)に乗れるなど、この機会を逃したらもう二度と叶いません!どうか織江の我儘、お許し頂けませんか?」

 日頃、常雪の調整役(コーディネーター)は勿論、誰よりも家に尽くしてくれる織江にそこまで言われては、璃雪も観念せざるおえない。

「仕方ない。織江、乗せてもらいなさい」

「ありがとうございます!璃雪様!」

 どうやら風見家の話はまとまった様子だろうと、宝珠は家臣の者に直ぐ様指示を出し、璃雪も自分の家臣に指示を出す。

「そうだ、弟君は馬車の方が良いだろう」

「宝珠様、それでは自分がニの若君にお付きします」

「頼む。あ、そうだった···悪いが馬車の方に客人を乗せる旨を伝えてきてくれないか?その間に常雪君の用意を整えておくゆえ」

 璃雪の為に馬を譲ってくれた刈安の家臣は、宝珠の命を受け、すぐ後方に控える馬車へと駆け、中の者に常雪同乗の旨を伝えた。

「悪いね何から何まで」

「なに、大したことはない。気にするな」

「でも、てっきり刈安も船で来ると思ったよ」

 璃雪の問いに、少し困ったような笑顔を浮かべ宝珠が応える。

「いや、その予定だったのだが、うちにも船に弱いものが居て···」

「刈安も、君以外に要人の方が来ているのかい?」

「いやまあ、要人と言うか···身内が一名」

「·····ああ成る程。ふふ♪」

 何が面白かっのか、楽しげに笑う璃雪に、宝珠はどうしたのかと首を傾げる。

「どうかしたか?」

「あ、や、ごめん。···『怪我の功名』って本当にあるんだね」

 そうこうするうちに馬車へ行っていた家臣が戻り、特に問題が無いと宝珠に伝えると、常雪の方へ向い、まだ本調子でないその身体を支え、馬車の方へ連れ立って行った。

「ううう···気持ち悪い···」

「若君、もう付きますよ!さあ!」

 そして馬車の扉の前につくと、家臣の者が中の物に声をかけた。

「失礼致します。只今、風見家御子息、常雪様をお連れ致しました」

「扉を開けなさい」

「は!!」

 中の者の指示で、側に控えていた馭者(ぎょしゃ)が、その扉を開けた。


「ご無沙汰しております。常雪様···」

 吐気に正気を奪われ、俯いて居た常雪だったが、扉から聞こえてきた声に、緊張感が走る。

「····紫烏(しゅう)様」

 声の主、茅亥紫烏(かやいしゅう)は宝珠の父方の従兄妹にあたり、宝珠と同じく、常雪達兄弟の幼馴染であり、常雪の転生後の初恋の相手である。

 利休では見かけない焦色(こがれいろ)の髪に、蜷色(にないろ)の瞳。その目に見つめられると、常雪はどうしてか、何時もの自分で居られなくなってしまう。

「ご気分が優れないと、宝珠の兄様(にいさま)から言伝されました。さ、お乗り下さい···常雪様?」

「あ!え!あ····お世話になります」

「···ふふ。何を申されます。私達、幼馴染ではありませんか?さ、御身体に障りますゆえ、こちらへ」

 気持ち悪いやら、情け無いやら、嬉しいやら。

 常雪の感情はいつか見た、渦潮の如く、深く渦を描き、しぶきを上げ荒れていた。

 そうして常雪らが馬車に乗り込むと、馭者が乗車完了の笛を鳴らし、宝珠の号令により刈安一団は前進を再開した。


「わあ···やっぱりシャイアーは背も高いですね。ここからでも今様の御城の屋根が見えますもの」

「織江殿は馬に乗った事があるのか?」

「あ、えっと。でも、まだ小さかった時で、もっと小さい仔馬ですが···あはは」

 そう、織江が馬に乗ったのは、前世での幼稚園の父母参観遠足で行った牧場のポニーだ。

 本当は高等科二年に進級したら、体育の選択授業で乗馬を取るはずだったのだが、それは叶わぬ事となった。

 だからこそ、こうして憧れだった馬に乗ることが出来て、織江は嬉しくてたまらなかった。

「···っは!!」

「どうされた織江殿?」

「私ったら、お馬さんに夢中でちゃんと御挨拶もせず、しかもこんな同乗までさせていただいて···申し訳ありません補佐官様」

 申し訳無さは十分伝わるが、何故だろう。もうこうして宝珠の腕に包まれる型で同乗し、二十と数分は経っている。さすが織江としか言いようがない天然ぶりに、宝珠は思わず吹き出し笑う。

「ははは!ああ、本当に織江殿は面白い。こんなに笑ったのは久方ぶりだ」

「···補佐官様?」

「宝珠とお呼び下さい。織江殿」

「あ、いえ!!そんな!!」

「その方が嬉しい」

「はあ···では、私の事も織江とお呼び下さい宝珠様」

「良いのか?」

「勿論!璃雪様も、常雪様もそうお呼びになるので」

「そうか、ではそうしような。織江?」

「はい♪」

 二人の間にとても和やかな空気が漂う中、どうにも暗いというか、怖いというか。

 そこだけ曇天に包まれたかのような薄暗さを纏うのは、二人のすぐ後ろを付くように馬に乗る璃雪だった。


(はあ。織江が珍しくお願いしてきたものだから由としたよ?したけどさ、なにあれ!!予想以上に二人近いんだけど?!それに宝珠ってあんなに笑う奴だったっけ?ていうか宝珠か紫烏ちゃん以外の女の子と積極的に話すところ初めて見たんだけど!しかもそれが家の織江って···あの場の雰囲気的に「僕と乗ろう」とは言えなかった。そう、言えなかった僕が悪いんだけどさ···)


「璃雪様!!見て下さい!!」

「···え?!何?」

「都に着いたんですよ!」

 すっかり上の空で居たところを、織江の弾む声に引き戻され見てみれば、今様の都へ入る大門まで着いていた。

 璃雪は手綱を振り、織江の側まで馬を駆けさせた。

「いやあ。いつ見ても凄いな、今様の都は」

「やっぱり同じ()でも雰囲気がこんなにも違うのですね!」

「そうだね。式典が終わったら歩いてみようか?」

「本当ですか!!」

「水を差すようで申し訳無いが、おそらく、それは無理だろう···」

 気まずそうな声色で二人の話に割行った宝珠へ、璃雪が少々不機嫌そうに言葉の意味を問う。

「どうして?宝珠や常雪は兎も角、僕や織江は式典後の夜会に出なくても問題ないだろ?」

「いや、そうも行かないのだ···」

 宝珠の話によれば、式典後に開かれる夜会は先の戦乱で行方知らずに成っていた、今様の姫君の初御披露目も兼ねているらしく、それ故に今回の代表者は各国、名家や立場のある未婚の若者が選ばれたのだと。

 つまり、意図せず璃雪は最悪のタイミングで今様に渡ってしまったのだ。

「あちゃあ···それじゃあ明日まで身動きとれないんだ」

「···いや、明後日まで無理だ」

「何それ!?明後日は国に帰る日じゃないか!!」

「今夜はあくまで顔合せで、明日の昼に改めて茶会(見合い)か開かれるそうだ···」

「はあ···。せっかく藤の花が見頃だから、織江に見せてあげたかったのに···」

 織江の残念そうな顔に、宝珠の胸も痛む。

 しかし、織江はただ花見に行けないことを悲しんで居るのではない。常雪の事前の"イベント解説"から察するに、今、宝珠の話に出てきた、行方知れずであった今様の姫君こそ、"ヒロイン(プレイヤー)"なのだろう。

 だとすれば、そこで何かバグの原因解明に繋がるヒントが得られるかもしれない。

 織江の表情には、そうした緊張感も含まれていたのだが、当然その事実を知らない二人は、ただ、ただ、織江に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。

「····そうだ!!織江、しっかり前輪を掴んでいろ」

「え?あ、はい!!」

「皆はそのまま、城へ!!···行くぞ璃雪!」

 宝珠は何やら閃いたようで、家臣らに指示を出すと、掛け声と共に手綱をきり、城から見て西の方へと馬を駆った。

「あ、待ってよ宝珠!!」

 璃雪も言われるがままに、手綱をきり宝珠と織江を追った。

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