二十八
《──貴女がわたしなのね?》
そう言って微笑む女の人。
会った事もないはずなのに、まるで──そう、まるで、姿の違う自分自身と話しているような不思議で温かい気持ちになったのです。
「貴女は?」
《ねえ?私のお願い聞いてくれるかしら?》
話し掛けた私を見て、どこか嬉しそうで、どこか恥ずかしそうに目を細めてその方は私にお願いを聞いてほしいと言うのです。
「私に出来ることでしょうか?」
《ええ。貴女にしか出来ない事なの》
「私にしか?」
小首を傾げる私にその方は伏し目がちに頷きました。
《彼より長く生きて欲しいの》
普通なら、彼とは?と思うだろうに、私にはあの方の顔しか浮かびませんでした。
《見つける約束は果たせたの。だけど、今度はずっと、ずっと───決して彼を残して行きたくないの・・・・》
長い、長い睫毛を縫うように流れた涙はとても美しく、ほんのちょっとだけ悔しさが滲んでいて、気がついた時にはその肩を抱き寄せていました。
「さぞ、お辛かったでしょう。愛する方をのこし、先にゆくのは」
見ずとも解ります。溢れた涙がとめどなく頬を伝っているのが。
「お任せください。私は、あの方の生涯、お側を離れる事はありません。決して、決してあの方を一人になど致しません」
涙に潤んだ黒曜石の様な黒く、澄み切った瞳。
《ありがとう》
その方は、そう言って私の額に額を重ね、安心したように微笑んでくれました─────。
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「────ふうん・・・随分と不思議な夢だな」
「そうなんですよ。でも・・・」
「でも?」
「とても、素敵な夢だったと思います」
「そうか────」
利休・篝、風見家の庭であいも変わらず元気に咲き誇る向日葵に水をやる織江。隣には勿論、主である常雪。
「でもまさか、バグが取れてもこれは残っちゃうなんて」
「まあ、蝋梅は本来の姿に戻ったし、こいつも季節が過ぎれば種だけに成ろう」
「そうですね♪」
織江の活躍によりovlivioは消滅し、東は本来あるべき姿に戻った。
生き物も、植物も、勿論この世界の人々もそれぞれの時を規則正しく生きている。
勿論、何もかもがもとに戻った訳では無いが、均整を侵すような事はない。
「それにしても常雪様?まさか《しきおり》のパート2が出るなんて思いませんでしたね♪」
「間違っていないが、せめて2ndと言ってくれないか?パート2じゃあまりに陳腐じゃないか」
「そうですか?」
世界を救った乙女とは思えないが、織江はやはり何があろうと織江なのだと常雪は嬉しそうにやれやれと鼻を鳴らす。
そう、実は篝に帰還して1週間ほど経った頃、鴉雛から連絡が入ったのだ。
なんと、現世で四季折々〜愛し君へ〜の第2作が発売される事に成ったと。
その影響なのか何だか街が騒がしく、篝の街も新たな住人が増えた。しかも────
「しかも、まさか璃雪が攻略対象に成るなんてな」
「まあ、璃雪様に関して言うと、そもそもパート1で除外されていたのがおかしかったといいますか・・・」
そう、今回は璃雪がこの篝の攻略対象として選ばれたのだ。
「今回は我が東との和平のために、さる島国から婿探しに来た姫がプレイヤーになるそうだが・・・それ以外にも、最近の兄上は方々から嫁を娶れとやんや言われうんざりしている様だ。お可哀想に・・・」
「常雪様には紫烏様がいらっしゃいますものね?」
「な!!!何故そこで紫烏様が出てくるのだ!!」
常雪の言った通り、以前にまして賑やかに成った篝、そして璃雪の人気もますます高まり、最近は宰相方々お偉方に会いたくなく、常雪に政を任せる機会も増えた。
ちなみに常雪は2ndでは攻略対象から外れており、何に気を回す事なく紫烏だけを思いながら過ごせる様になり、最近は頻繁に文のやり取りをしている様だ。
「苅安の秋祭り、楽しみですね♪」
「ああ、そうだな」
とても穏やかな夏の昼下がり。
そう思いながら水遣りを終え、部屋へ戻ろうとしていた時、まるで宙に浮いているのではないかと思うほどの速さで黝簾が小走りに駆け寄って来た。
「母上?どうなさいましたか?」
常雪の問いかけに、黝簾は上機嫌でくすりと笑った。
「織江、直ちに玄関に行きなさい!」
「え?──あの、御方様?何か不備がございましたか?」
そう言って不思議に小首を傾げる織江の姿がたまらない様子で、黝簾は肩を小さく揺らしてまた、くすりと笑った。
「良いから!常雪や?この如雨露しておいて」
黝簾はそう言うと、織江の持っていた如雨露を常雪にそれと渡した。
常雪は呆気にとられ何が何だかと言った様子だが、上機嫌の黝簾の機嫌を折るような事はしたくない故に、黙ってその命を受け入れた。
裏庭から、渡り廊下──どうしてか、各所を通る度に皆が自分の姿を見て、とても幸せそうに微笑みかけてくるのだ。
それを不思議に思いながらも織江は玄関に向かった。
「────あれは………」
玄関からさす光に、その姿は幻想的で、浮き世離れと言う言葉がぴったりだろう。
風に靡く鋼色髪、吸い込まれそうな青みの強い菖蒲色の瞳、揺れる茉莉花の紋。
夢でも幻でもない。これは現実───夢に見た現実だ。
「────天青様」
ただ名前を呼んだだけで胸が高鳴る。
「お久しぶりです」
そう言って微笑む彼を見ているだけ。なんて事のない事なのにどうしてだろう、堪らなくなる。
「はい。お元気でしたか?」
「ええ・・・」
どうしたらいいのだろう。嬉しい。嬉しくて堪らないのにどうしたらいいか、どう言葉を繋いだら良いのだろう。
「「・・・っあの!」」
何か言わなくてはと発した言葉に彼の声が重なった。
「あ、す、すみません!どうぞ!」
「あ、いえ・・・織江殿から」
「えっと、よかったら、その……おさ、お散歩に行きませんか?!」
「散歩…ですか?」
「はい!あの、ここから・・・ええっと、少し、いえ、しばらく?歩いた所にお寺があって、そこ、季節毎に綺麗なお花が咲いていて、えっと私のお気に入りの場所だから・・・案内したくて・・・はい。えっと・・・」
何を緊張しているのか、胸がはしゃいで上手く話せない。
「行きましょう」
「へ?」
「お散歩」
「は、はい!えっと、あ!今すぐ支度してきますから!ちょっとだけ、お待ち下さい!」
そう言って、織江は急いで自室に戻り、身なりを整えた。
髪を梳かし、仕事で崩れた衿元を正し、ほんの少しだけ紅をさし、直ぐさま玄関へと戻り、待ってくれていた天青と共に風見家を出た。
「あ〜ん。家も広いんだから客間に上がって貰えば良かったのに〜・・・ふふ♪ついて行っちゃ───きゃっ!!」
柱の影から二人の様子を伺って居た黝簾。その様子が気になって仕方なくちゃっかりついて行こうとしたのだが、耳に入ったぷしゅう、ぷしゅうと不気味な噴気音に顔を青くした。
「と、常雪・・・」
「お出かけですか母上?」
「え、えっと・・・」
「まさか、あの二人を付ける気ではないでしょうね?」
その手にある霧吹きに、黝簾は息を呑んだ。
「ううん!!まさか!!さぁ~て!!夕餉の相談でもしてこようかしら」
そう言って、息子の冷やかな目か逃げるように、黝簾は厨房へと去って行った。
その背を見送りながら、やれやれと肩を落とす常雪だったが、どうか万事纏まるようにと、誰も居ない玄関に笑みを贈った。
その頃、織江達は何を語るでも無く二人並んで街を歩き抜け、気がついた時には目的の場所に着いていた。
「ここは・・・」
「え?」
「あ、いえ。以前、政務の後に立ち寄った事がありまして」
「まあ、そうでしたか」
そう、そこは天青が常雪に自身の生い立ちを打ち明けたあの寺だった。
「こちらには定期的に来ていて、落ち葉拾いや、花のお世話をさせて頂いているんです」
「そうですか」
「ほら、あそこ。今は葉だけになってますが、冬から春になる束の間、とても綺麗な木蓮が咲くんです」
そうやって、とても穏やかな笑みを浮かべ楽しそうに話す織江の横顔は、出逢った頃よりも何処か大人びた様に見えた。
「あそこ!あの御池は5月になると菖蒲が沢山咲いてい───」
「───織江殿!」
呼び止められ、振り返る織江。
その顔を天青は何処か不安そうに、けれど決意ある目でしっかりと見つめこう言った。
「織江殿───私の・・・妻になっていただけないでしょうか?」
返事をしないとと、解っているのに、胸が壊れてしまいそうなくらい鼓動が速まって、身体が浮足だった様で、気を抜いたら立っていられないくらい全身が喜びに震えた。
「あの、一つだけお願いがあるのです」
「お願い?」
そう言って小首を傾げて、ほんの少しだけ不安そうにする天青の顔が可愛くて、何処か懐かしくて、堪らなく愛おしい。
「私と、天青様のお庭にも木蓮の木を植えていただけないでしょうか?」
そう言った瞬間、織江は天青の腕の中に抱き留められた。
「て、天青様?」
「・・・・です」
「え?」
「勿論です。貴女の為なら何本だって植えてましょう。そうして、毎年、花を愛で共に。愛しています織江殿」
まるで幼子の様に甘え声で自分を抱き締める天青の肩に顔を埋め、得も言えぬ多幸感にただ身を任せる心地良さ。
靡く風、揺れるは紫君子蘭。
再び生まれ愛を知り、これから花開く人生に胸躍る織江であった。




