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二十六

「─────奇跡だ」


 青い風の中に香る花の瑞々しさ。

 木陰にひっそりと咲く濃い桃色の花。

 星の瞬きの様に十字を切るその姿に、見つめる常雪らの瞳にも希望と歓喜が交差する。

「常雪様の仰っていた通りですね!はあ···神様、ありがとうございます。篝に戻ったら今年の新米を神棚に御供えすると誓います」

 両の手を合わせ、織江は神の御業としか言いようの無いこの奇跡に心震わせ、その隣に立つ天青は笑みを浮かべるといを改め、常雪に問うた。

「して、常雪君。この花を件の魔物にどうやって射るのですか?」

「は、それなのですが・・・」

 どうしてか、願っていた花を目前に常雪は困った様子だ。

「何か問題が?」

「─────実は、この南十字星(サザンクロス)の花の矢を射ることが出来るのは、この花に選ばれし者だけなのです」

「奇跡に糠喜び出来ぬ・・・と・・・・」

「水浅殿?どうかされましたか?」

「・・・因みに、その、花に選ばれたと言うのはどうして解るのでしょうか?」

 気のせいか、声が震えているように聞こえる。

「?・・・ああ、確か、花から輝きの粒みたいなものが現れ、選ばれし者はその輝きに囲われるのだとか」

「それは、()()()()輝きでしょうか?」

 笑っているのか、恐れているのか───。

 何方とも取れるような表情の天青は前方を指差し、肩を震わせている。

 常雪もその指先を追うように目を遣ると、入ってきた光景にと口を開き、かたかたと震え出した。

「わあ!なんて綺麗!見て下さっ・・・?」

 見つけた南十字星の花を愛おしそうにしゃがんで眺めていた織江の周りを金銀の輝きが喜びに舞い踊るように彼女の周りを螺旋状に囲っていた───。




 ──────日暮れ時。

 常雪、天青、静歌、()()は静歌の自室に集合し、織江の事(事態)について話し合っていた。

「織江ちゃんて引き強いね♪」

「え?そ、そんな・・・」

 鴉雛の悪気無い一言に、天青のやりようの無い怒りが噴霧する。

「────私は反対です!」

「天青様、どうか落ち着いて下さいまし!霎さんも、空気読んで・・・」

「空気も何も、彼女が救世主(選ばれし者)なら彼女に頼る外ないじゃないか」

「や、そうなんだけど・・・はぁ・・・」

 言い方に難は在れど、鴉雛の言っている事は正しく、静歌は参った様子で額に手を当て溜息をついた。

 解っている。

 その矢が選んだ者が織江なら、織江にしか東を救う事は出来ない。

 でも、まだ齢十六の乙女にそのような重責を負わせるなど───代われるものなら代わりたいのにそれも叶わない。

 悔しくて、悔しくて、堪らず、天青は部屋を飛び出した。

 織江はその背を心配そうに目で追い、唇を噛み締める。

「─────行って来い」

「常雪様・・・」

「今の水浅殿にはお前が必要だ」

「───はい!」

 常雪の言葉に背を押され、織江は天青を追った。

「へえ〜・・・ね♪あの二人付き合ってるの?」

「「はあ・・・」」

 緊張感の欠片もない質問に、常雪と静歌はただ、ただ呆れ、がくりと首を落とした───。



 ───一方、織江は出て行ってしまった天青を追い玄関口まで出ると、辺りをきょろきょろと見回し彼の姿を探した。

「天青様・・・・っ!そうだ!」

 織江は何か思い突いたのか、迷う事なく庭園へと向かい駆け出した。


 きっと、あそこに居る────。


 降ってきた声、枝葉から覗く星の輝き、夜風に靡く鋼色の髪、吸い込まれてしまいそうな菖蒲色の瞳。

 あの時もこうして、彼の事を一心に、ひたすらこの庭園を駆けた。

 初めて逢ったはずなのに、ずっと、ずっと、逢いたかった。逢いたくて仕方なかった。

 どうしてかは解らない───解らないけれど、彼を追わなければもう二度と逢えないかもしれない不安と、出逢えた喜びに体が勝手に動いていたあの夜が現在()に繋がっている。

 募る想いを胸に、織江は伸びる草花を縫い駆けた。

 


「─────見付けた・・・」

 息を切らす織江に気が付いていない様子で、天青は自分の身を覆うほど伸びた低木の前に立ち、揺れる葉をじいと見つめていた。

 速まる鼓動を諭すように息を整え一息、織江はゆっくりと彼の元へ歩み寄った。

「大手毬、葉っぱだけになってしまいましたね」

 言掛けると、天青は見られたくないように顔を背けた。

「天青様?」

「・・・」

「怒っていらっしゃるのですか?」

「・・・」

 言掛けに中々応えてくれない天青。

 それでも、織江は彼の言葉を待った。

「─────悔しい・・・」

「え?」

 頬を撫でる程度の風に紛れてしまいそうな弱々しい声。

「私は・・・貴女の側にいながら、貴女を守る事も出来ず、それだけならまだしも、貴女に頼るしか無い。それが、悔しくて、悔しくて・・・溜まらないのです」

 彼の広い肩が震えている───。

 どう言掛ければ良いのかと一瞬躊躇したが、思うがままに歩み寄り、強張り筋立つ大きな左手を、両の手でしっかりと包み込んだ。

「私も、上手に・・・御役目を果たせるか不安でいっぱいです・・・」

 包んだ手を伝い、この肩の震えが止まるようにと願いながら織江は自身の手に力を込めた。

「ねえ?天青様?」

「・・・・」


「私が矢を射るその時────私を支えて頂けませんか?」


 天青は背けていた顔を、ようやく織江に向けた。

 その顔を見て、織江は申し訳なく思いながらも、つい目を綻ばせた。

 自分より遥かに背も、身体も大きく、皆の前では飄々としている彼が、今にも泣き出してしまいそうな顔でこちらを見ているのだから仕方ない。

「確かに、矢を射る事が出来るのは私だけです。ですが、正直に言うと一人きりでやり遂げる自信がありません───」

「織江殿・・・」

「───でも、天青様が側に居てくれればきっと、きっとこのお役目を果たす事が出来ると、私は心からそう思うのです!」

 そう言って微笑む織江の姿に、天青は気を抜けば涙が出てしまいそうなほど恥ずかしく、反面、嬉しさに胸が熱くなった。

 やっと転生した(再会出来た)妻であった人。

 その人がこんなにも真っ直ぐに、前世(あの頃の様に)共に在ることを望んでくれている───。

「っへ?!天青様!?」

 天青は織江の前に跪き、自分の手を包む軟手に額を付け、想い人の声に応える。

「貴女が望んでくれるならばこの天青、何処までも供に。織江殿は、私が最後まで御支えします」

 その言葉に、織江の胸は高鳴った。

 初めて時が止まったあの日、頼みの常雪も居らず、1人きりになってしまった篝で、彼の声が響き、その姿を見た瞬間、恐怖も不安も全て霞去り、混沌を掻き分け自分を見つけ出してくれた嬉しさ、腕の中の温かさ、耳を伝う鼓動に安らぎを得た事を今でも昨日の事のように覚えている。

 この人が居てくれれば、何も恐れることは無い。

「ありがとうございます────」

 

──────二人の間を穏やかな風が吹き抜ける一方、部屋に残った三人も今後について話を進めていた。


「選ばれし者が決まったとなると、近い内にoblivioが現れるという事になるが・・・何か、きっかけや兆しのようなものはあるのだろうか?」

「取り敢えず、oblivioのゲーム自体でもoblivio(ラスボス)が登場する迄に2度のアクシデントイベントがあるみたいだから、皆が僕を悪者だと思っていた時が1回目、で、お祭りの夜が2回目に相当すると考えると今回の玉葉祭(イベント)で現れる可能性は高いと思うよ」

「そうか・・・・」

「でさ────」

 椅子に寄りかかっていた鴉鄒が、組んだ腕を机に乗せるようにしてぐっと身を乗り出したので、何かあるのかと常雪と静歌もつられて半身をぐっと彼の方へ寄せた。

「───()()()()、何時から付き合ってたの?」

 二人は苦虫でも噛った様に、ぐんっと眉間に皺を寄せた。

「うん?あれ、付き合ってるんだよね?」

 暢気に疑問符を浮かべる旧友に、常雪は呆れ、大きな溜息をついた。

「お前は全く・・・さっきもそうだったが、人の恋路がそんなに気になるか?」

「うん♪」

「「はあ・・・・・・」」

 春爛漫の如き笑顔で頷く鴉鄒を見て、今度は静歌までも溜息をついた。

「・・・・まだお付き合いしていませんよ」

「えええっ!?そうなの!?」

「まあ、互いの想いには気付いているが、このような事態で進めようが無いのだろう」

「わあ・・・切ないね・・・」

 そう言ってしゅんとする鴉鄒に、二人は何処か冷めた目を向けていた。

「で、雪田は?あの秋の国のお姫様とどうなの?」

 今、織江達の恋路を案じていたはずなのにどうやったらそのように舵をきりかえせるのか。常雪と静歌は白目を剥きそうだった。

「お前、続きが気になって仕方がない少女漫画のファンじゃあるまいし、何なんだ一体・・・・-」

「あ〜♪はぐらかしたって事は順調なんだ〜♪」

 目をきらきらと輝かせながらのしてやったり顔がまた小憎たらしい。

「もう、霎さん。それくらいにしておかないと常雪様に嫌われちゃいますよ?」

「え?大丈夫♪雪田はこれくらいの事で人を嫌ったりしないから♪」

 その謎の自信は何処から湧いてくるのだろう。

 満足気に笑う鴉鄒を見つめながら、二人はほぼ同時にそう思っっていた。

「お前、頼むから織江達(あの二人)には今口にしたような事は言うなよ」

「嫌だな、そこまで図々しくないよ僕は♪···あ、それはそうとさ、織江ちゃん弓矢撃てるの?」

 最早この切り替えの速さにも慣れてきた。

「確かに、弓矢なんてそうそう····」

「いや、それなら心配ないみたいです」

 意外な答えに、鴉鄒と静歌は目を合わせ小首を傾げた。

「庭から屋敷(こちら)へ戻って来るまでに本人に確認したら、なんでも前世で学園内の弓道大会で中等科1位を取った事が有るそうです」

 淡々と語る常雪を横目に、鴉鄒は目を見開き、静香は驚愕のあまり思わず口を手で覆った。

「ねえ、織江ちゃんて何者?」

「あの、夏休み特番とかで見る〈スーパー中学生〉だったとか?」

「いえ、本人曰く極めて普通の生徒だったそうです」

 普通とは一体────。

 二人の頭上に浮かぶ疑問符は色濃く形を顕にした。

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