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二十五

─────···



「····───矢、ですか?」

「そうだ。アイツを倒すには、額のアメジストを矢で射るしかない」



 深妙な面持ちで語るも、何処か間が抜けたように見えてしまうのは、常雪が寝台の上に居るからだろう。


 あれから早いもので二ヶ月が経ち、織江達は”葉緑祭(イベント)”のため、海を渡り、再び今様へと向かっていた。

 織江は前回の事を踏まえ、刈安、半を経由し、馬車で行くことを提案したが、そうなれば紫烏達は勿論、半にいる母方の親戚にも挨拶しなくてはならない。原因は解ったが、バグがなくなったわけではない今の状態でそんな呑気な旅路をゆく理由に行かないと常雪は提案を却下した。

 しかし、船酔いで再び半日寝たきりでは困ると思った織江。

 苦肉の策として、再提案したのがこの寝たままの船旅と言う訳だ。

 勿論、前世で言う『エコノミー症候群』になっては困るので、波の穏やかな早朝や夕凪を狙って軽い運動は行うようにしてもらっているが、昼間は基本、この仰向け体制を死守してもらっている。

 最初はこの案に怪訝な顔を見せた常雪だったが、これが吉となり、酔うことなくあと半日と言う所まで海を渡る事が出来たわけだ。

「成る程・・・でも常雪様?たしかに、魔物退治は大変な事でしょうが、以前仰っていた()()とはどう言うことなのですか?」

「その"矢"の事なんだ・・・」

 常雪は困ったように眉間に皺を寄せ、深い溜め息をついた。

 どうも、ovlibioを退治するにはどんな矢でも良いと言う訳ではなく、"サザンクロス"と言う花の力を宿した矢を使わなければ成らないらしいのだ。

 しかし、ここはたまたま繋げられてしまった別のゲーム(世界)

  現実世界でも珍しい花。無いと想定する他なく、常雪もつきたくない溜め息がつい溢れてしまう。

「あの、それこそ鴉雛さんに何とかお力添え頂けないのでしょうか?」

「え?」

「私には、ゲームの成り立ちは解りませんが、鴉雛さんならその弓矢をこちらの世界に、その、プログラミング?出来るのではないでしょうか?」

 常雪も、その手段が浮かばなかった訳では無い。

 ゲームさえあれば、鴉雛に託し、データを抽出してもらい、しきおり(こちらの世界)に送ってもらうことも出来たかもしれないが、ゲームが自社回収されてから何年も経っている上に、此度の事件に関わったと言う事ならば既に警察に押収されている可能性が高い。

 常雪の表情から、自分の案が難しい事を察した織江も残念そうに溜息をつく。

 その姿を見て、常雪は目を細め鼻を鳴らす。

「そう気を落とすことはない。ここまで紆余曲折ありながらも私達は何とか困難を乗り越えてきた。この世界を救う手立ては必ず見つかるはず。共にそう信じ今成すべき事をしよう」

 常雪の言葉に、織江の目は輝いた。

 そうだ。あの向日葵を見た夜から二人三脚、常雪と共に苦難を乗り越えて来た。

 それに今は天青に静歌、そして鴉雛。力に成ってくれる人達が居る。

 篝の家族、風見家の人々。千代椿や紫烏、宝珠に鳩羽。守りたい存在が沢山居る。

 

 "守りたいものや、支えてくれるものが在る人間は必ず奇跡を起こす"


 大好きな祖母が良く言っていた言葉が、鼓舞するかの如く全身を駆け巡る。


「そうですね!私達ならきっと、きっと大丈夫ですね!」

 いつもの調子が戻った織江に安堵した常雪は、港に着くまで少し休むとゆっくり目を閉じ、織江は窓から見えるカモメの羽ばたきに思いを馳せた──・・・




・・・─────木漏れ日の庭。風が煽ぐ藺草の香りが、清々しい・・・・はずなのだが、常雪は今にも卒倒してしまいそうなほど顔を青くしていた。


「──それで若君、結納は何時に致しましょう?」


 豪奢な扇子を広げ、きんきんに冷えた檸檬水を飲みつつ、胸の高揚を剥き出しに問うてきたのは今様華族・貝寄風静昌。静歌の父だ。

「おっ!お父様!!何を仰って?!」

 何を言い出すのかと、同席している静歌も、羞恥と苛立ちに肝を冷やす。

 しかし、静昌は娘が何をそんなに焦り気を立てているのか分からない様子で首を傾げ、それがまた、静歌の苛立ちを掻き立てる。

「はっ。早すぎだろ静昌おじさん」

「・・・・と言うか、何で居るの()()()()()?」

 勢い付く静昌の気合に横槍をいれたのは、山吹家次男・山吹鳩羽だ。 

「はっちゃん。こう言う事は早いに越した事がないと昔から決まってるんだよ」

鳩羽に疎ましい視線を送りながら、静昌は檸檬水をくっと飲み干した。

「へー・・・・古っ。」

 明らかな年寄扱いに、さすがの静昌も怒りあらわに立ちあがり、頭の後ろで腕を組み、お呑気様々の鳩羽を一喝した。

「はっちゃん!いくら遠縁だからって言って良い事と悪い事があるだろ!」

 しかし鳩羽はそんなのお構い無しだ。

「だって常雪には刈安のお(ひい)さんが居るだろ?」

 鳩羽の言葉に静昌は眉をひそめた。

 連邦国家となった今も、自国と並ぶ国土を持つ刈安をよく思わない公貴族は少なく無い。

 しかも刈安神皇家への支持は今様の民の間でも高く、連邦国家に成ってから現在に至るまでに約二十世帯強が既に刈安へ移住しており、このままでは国として枯渇してしまうと懸念している静昌を含む政治家等は何とかして自国の姫君を利休か、半へ嫁がせる事で国力の底上げを図りたいと考えていた。

 静歌が生還して直ぐ、静昌は二国に探りを入れた。

 先ずは隣り合う半皇族との縁談をと思ったが、第三皇家の古代は篝華族令嬢との縁談が決まっており、第二皇家の露草家は跡継ぎが皇女のため除外。

 残るは第一皇家の水浅家なのだが、静昌は水浅家に娘を嫁がせたく無かった。


 理由は、天青皇子が大の苦手だからだ。

 文武に長け、経済的にも豊かな国。半は第一皇家の皇子・水浅天青。

 有料物件である事は、誰の目にも朗らか。

 なのだが、何を考えて居るのか分からない上、無欲なくせに桁外れに賢く、齢十才にして議会に並ぶ大人と肩を並べ対等に渡り合う姿が学問も武道も下寄りの並であった静昌には羨ましく、またその将来が恐ろしくて堪らなかった。

 だからこそ、静歌が常雪を気に入っている様子だと乳母から聞いた時、静昌は心から神に感謝した。

 小国で在りながらも、土地と民が豊かな利休の首都・篝領主の息子。しかも、次男である常雪なら婿養子として迎える事もでき、上手くすれば愛娘といつか誕生する孫と余生を共に過ごす事だって出来る。

 しかし、そんな幸せな老後に胸躍らせたのも束の間。

 密偵によれば、刈安神皇の皇女も常雪を好いており、常雪も皇女を好いているという話を小耳に挟んだ静昌は白目を剥いた。

 もし、このまま常雪と紫烏が情を育み、結婚してしまったら───今様は、確実に東随一の弱小国に成り下がってしまう。

 そうした理由から焦りが出ていた事は事実なのだが、まさか、鳩羽(身内)に邪魔されるなんて、静政のこめかみに筋が立つ。



「───てかさ、静歌(お姫さん)は本当に常雪が好きなのか?」



 四人のもとに、初夏の風が吹き抜ける。



「な、何を言うんだ!そんなの決まって──」

「そうかあ?」

 目に見えない鳩羽からの確信めいた物言いに、静昌は一瞬動揺したが、ここで退く理由には行かない。

「そ、そうだとも!な?静歌や・・・」

 そうだと言うに違いないと、拳に自信を握り締め、隣に居る娘の同意を期待した静昌だったが──どうしたことか、当の静歌は、何だか気まずそうに肩をすくめ、申し訳なさそうにも、恥ずかしそうにも見える素振りで身を縮こませている。

 静昌の額に嫌な汗が滲む。

「し、静歌や?なあ。お前も若君を好いているのだろ?なあ、そうだろう?」

 困った様子の父の顔を、ちらっ、ちらっと覗き見ながら静歌は噤んでいた口を開いた。

「あの、確かに私は、常雪様を()()しております・・・」

「────そ、尊敬?」

「はい。ですが、その・・・はっちゃんが言ってくれた通り、お慕いしているかと問われとその・・・御父様?」

 静昌はあんぐりと口を開いたまま、喜怒哀楽の全てが混沌とした渦に消え失せた様に天を見上げていた。


 (お・・・終わった・・・。)


 静昌の眼尻によく見ないと解らぬ程の涙が、弱々と光った。


「っな?大体、お姫さんが戻ってきて間も無いのに惚れた腫れたをすっ飛ばして、嫁に行く行かないなんてどうかしてるだろ!」

「──お、おい鳩羽。それくらいにしておけ」

「何で?」

「何でって、お前・・・」

 急な結婚話に肝を冷やした常雪も、無の境地に追いやられた静昌の姿が哀れで、生まれ付きの正義感故とは解っていても、この老父を追い遣る鳩羽を止めずには居られなかった。

「───貝寄風公。私も領主の息子として貴公の御気持ちが解らないわけではありません。ですがこの鳩羽が言うように、今は恋路よりも先ず、穏やかに、今様を始め今の東を知って行きながら過ごす事が大事なのではないかと」

 脳が口を開けた様な鳩羽とは違い、草葉を撫でるそよ風の様な常雪の柔らかな言掛けに、しょんぼりしながらも静昌は分かったと頷いた。

 その姿が少々鼻についたが、下らぬ話の幕締にようやく肩を下ろした。

「ふう・・・あ、そう言えば常雪様?織江様は何方に?」

 同じく安堵した静歌の第一声に、常雪は何故かほんの少し朱を帯び、でも何処か嬉しそうに咳払いをした。

 一瞬どうしたのか小首を傾げた静歌だったが、直ぐに察しがついたようで、ちらっと庭のある方を見ると、両の手で綻ぶ口元を隠しくすりと笑った。

「ふふ。今だと夏水仙が見頃ですわ♪楽しんで頂けたらいいのですが────」



 ───────────。



 静歌の言う通り、庭園のあちらこちらの木陰には柔らかな淡桃の夏水仙が咲いている。

 その愛らしく涼し気な佇まいの花を、織江と天青は何故だか神妙な面持ちで凝視していた。

「あれは・・・・()()ですよね?」

 しゃがみ込んで見ていた織江は、後ろに立つ天青の顔を見上げ尋ねる。

()()が・・・・あれですね、おそらく・・・」

 天青も応えながら織江の隣にしゃがみ込んだ。


 愛らしい夏水仙の合間をぬうように咲く、濃い桃色の小さな花。

 差し伸べられた奇跡に織江と天青は顔を見合わせ目を綻ばせた。

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