二十四
一夜明けた篝の街は靄を帯び、昨晩の喧騒は影も無く、風見家の門前では、侍女が箒を掃く音だけ小さく響いていた。
「───何かしら?」
さっ、さっ、と乾いた掃き音に、規則的で、猛々しい地鳴りの様な音がこちらへと向かって、どんどん大きく成って来る。
侍女は一旦掃く手を止め、門の軒下へと身を退き、壁影から様子を伺った。
「あれは····馬?」
靄の中に映る大きな影。
鮮明に成った駆け足から、馬だと気がつくと、今度はよく通る掛け声が耳に入ってきた。
「───はっ!はっ!」
靄を払いながら駆ける馬上に、身に覚えある姿を認めた途端、侍女は手に握っていた箒を置き、上げていた袖元を素早くもどし身を整えた。
登りだした朝日に、輝く馬肌。
その背に乗る若者の橙の瞳───
磨き上げられた琥珀のようなその双眼は、篝には見ない美しさだ。
「これは、これは、山吹の二の若様」
「やあ、朝の仕度に邪魔してすまない」
「とんでも御座いません!あの、常雪様に御用で?」
「っなんだが・・・流石に寝てるよな?」
「ええ。昨日は御政務が立て込んだようで・・・」
予想はしていたものの、どうしたものかと鳩羽頭を掻いた。
「ううん・・・どうするよ?お姫さん」
鳩羽の後ろで様子をうかがっていた静歌は、袖元から文を出し、それを侍女へと差し出した。
「これを常雪様に渡して頂けるかしら?」
「承知いたしました。あ、もし宜しければ朝餉を」
「そうしたいのは山々なんだが、夕方から潮が乱れるかもしれなくてな。もう発たなくては成らないんだ」
「まあ・・・」
「またゆっくり遊びに来るよ。皆に宜しく伝えてくれ」
そう言って、鳩羽は手綱を引き、威勢の良い掛け声を轟かせ、もと来た道へと駆け出した。
振り落とされぬようにしっかりとその背中に身を寄せる静歌の黄金色の髪が、疾風に靡き得も言えぬ余韻を残す。
絵物語の様な素晴らしい光景。
侍女は朝から良い物を見たと、大層有難そうに両の手を合わせ、二人の姿が見えなくなるまで頭を下げていた─────。
釜から溢れる米の甘さに、碗物からは出汁の旨味が香り立っている。
「おはようございます!」
「あら、織江さん。もう身体の方は平気なの?」
「はい。昨日は手伝えず申し訳ありませんでした」
「いいのよ。連峰海儀の支度からずっと休まずにいたから疲れが出てしまったのね。今日も少しでも調子悪くなったら遠慮せずに休んでちょうだいね?」
「ありがとうございます♪」
台所に姿を見せた織江は、よく眠ったお陰か、すっかり何時もの織江に戻っていた。
板長が拵えた朝餉のおかずを御膳に乗せ、炊きあがった米を解しながら御櫃に移す。
何時もと変わらぬ手際の良さに、心配していた先輩侍女と板長らはほっと胸を撫で下ろした。
一方、中庭に沿うあの渡り廊下では、常雪が一人静かに咲き誇る蝋梅を眺めていた。
「咲いたままか・・・」
昨夜の静歌の変容に、バグの影響が緩和されたのではとほのかな期待を抱いていたのだが、やはりそうと言うわけには行かないらしい。
「─────・・・あ!常雪様!」
どうしたものか顎を掻いていると、一人の侍女が小走りにこちらへと向かって来た。
「こちらに居らしたのですね」
「何か用だったか?」
主の問い掛けに、侍女は持っていた文を差し出した。
「これは?」
「はい。今朝方、山吹家の二の若様と、貝寄風公の姫様がいらして、こちらを常雪様にと」
「鳩羽と静歌様が?」
「はい。せっかくなので朝餉にお誘いしたのですが、潮の関係で直ぐに発たねばならないと」
「そうか・・・ありがとう」
そう言って文を受け取ると、侍女は会釈をし、その場から下がっていった。
「・・・・・行ったか?・・・・っ!!」
侍女の姿が死角に入り、足跡が聞こえなく成ったのを確かめると、常雪は一目散に自室へと駆け出した。
そうして部屋に着くなり、座につき、手紙の封を解いた。
緊張で言葉を見落とさぬ様、慎重に、慎重に、一文字一文字を丁寧に読み進める───
風見常雪様
昨晩は私事を含め、御苦労お掛けしました。
あのあと、ログアウトすると携帯の方に霎さんからショートメールが届いていました。
何でも、常雪様のゲームを複製した犯人は、クライアントからのオーダーで霎さんの会社が制作した【oblīviō】というゲームと"しきおり"を繫ぎ合わせた物を売っていたそうです。
生憎、私は乙女ゲーム以外に疎く、こちらの作品がどのような物かは存じませんが、霎さんは「雪田に言えば解るから兎に角早く伝えて!」と、かなり慌てた様子でした。
霎さんの方には、私から言伝た旨を伝えておきます。
霎さんが先か、私が先かは解りませんが、出来るだけ早くこちらでやるべき事を終えてログインしますので、それまでどうかご無事で。
織江さんにも、よろしくお伝え下さいませ。
貝寄風静歌
「────そうか、それで・・・」
文を読み終えたと同時に、常雪はこの事を織江に伝えなくては成らないと思った。
しかし、今日は家族は勿論、奉公人も皆居る。
ゲームの類に疎い織江に、今の状況を説明するには二人だけで話せる時間が必要だ。
どうしたら良いかと常雪は思考を巡らせた。
「常雪。朝ごはん出来たって♪」
部屋の外から璃雪の声掛け。
「今参ります!」
とりあえず、食事を取りながら考えようかと立ち上がり、部屋を出ようとしたとき、あるものが目に入った。
「───っこれだ!」
良い家令の居る家は決して朽ちることは無い。
側を通るだけで酔いそうなほど漂っていた酒気はすっかり一掃され、清々しい朝の空気がやらかに頬を撫でていく心地よさの中、璃雪は椀物を手に取った。
「わあ、いい香り。かぼす?」
「はい♪」
「元々好きだけど、今日は特にこの爽やかな香りが有り難いなあ〜♪」
そう言って嬉しそうに汁を吸う璃雪の一方、その向かいで粛々と食事をする唯雪と黝簾は肝を冷やしていた。
あの"怒りの霧吹き連射"を受けた後、常雪の指示に従い逃げるように風呂へと駆け込んだ二人はさっさと身体を洗うと早々に湯を上がり、常雪と鉢合わせ無いように床に就いたのだが、返って気まずいまま朝を迎える事となってしまった。
「───・・・ねえ?常雪、まだ怒っているかしら?」
「やあ・・・あれは根に持つ質では無いから大丈夫とは思うが・・・」
食事を摂りつつ、密々と息子の機嫌を気にする二人。
そんな事はつゆ知らず、一足遅れでその息子が現れた。
「あ、おはようございます常雪様♪」
唯雪と黝簾に緊張が走る。
「ああ。どうだ?体調の方は?」
「はい!お陰様でもう、すっかり♪」
「そうか」
「御飯は何時も通りで?」
「ああ・・・今日は少なめで頼む」
「承知いたしました♪」
そうして座についた常雪に、織江はお櫃から飯をよそい膳に配した。
見た感じ、いつも通りの様子。
しかし、物凄く怒っているからこそ冷静なのかもしれない。
どうだろうか、こうだろうか、でもやはり──。
唯雪は香の物を噛みながら、黝簾は椀物を啜りながら、我が子の本心に思考を巡らせ、様子を伺っていた。
「そうだ。織江、今日は何か外せない用はあるか?」
「あいえ、特には・・・?」
「そうか。なら、一緒に街に行かないか?」
この一言に夫妻だけでなく、璃雪までもが息を呑んだ。
あの常雪が政務ならまだしも、完全な仕様として人を誘い出すなど、前代未聞だったのだ。
「街に、ですか?」
「ああ。昨日、用立ててもらった訪問着の礼をしたいのだ」
「え!?そ、そんな、そんな!お礼だなん──」
服の用立てなど、縮緬問屋なら当然の事。
ましてや、風見家とは先代領主だった唯雪の父の代から付き合いだ。
主に不要な気を遣わせるわけにはいかないと、常雪の申し出を断ろうとした刹那、なぜだか満面の笑みで黝簾に手を握られ、その真後ろで唯雪も同じように何故か希望を見出したように目を輝かせている姿に、織江の頭上に疑問符が浮かんだ。
「────お、御方様?」
「織江?今日はお休みなさい」
「え?」
「そうしなさい。蓮峰海儀の事は勿論、家に奉公に入ってから何かと気苦労を掛けてきたからな・・・」
「御館様?」
「ね?今日はお休み!せっかくだし、御実家にも寄ってらっしゃい♪」
どうしてだろう。
二人の心遣いが嬉しい反面、途轍も無い重責感を感じるのわ───。
でも、確かに考えてみれば、自分も父母にきちんと礼を出来ていない。
今回の事も含め、蓮峰海儀の仕立ての事など、日頃伝えきれぬ感謝を示す良い機会かもしれない。
違和感一先ず隅に置き、織江は二人の心遣いに甘え、常雪に付き添う事がてら、実家に帰ることにした。
織江の応えに、黝簾と唯雪はほっと胸をなでおろした。
「じゃあ、僕も一緒に行こうかな♪そろそろ夏物の新調もしたいし♪」
「璃雪は駄目です」
「璃雪は駄目だ」
庭の小鳥のさえずりが遙か彼方に聞こえるのはどうしてか───。
上機嫌で同行の意を述べる璃雪を黝簾だけならまだしも、唯雪までもが止めに入った。
それに、駄目と言いながら、先の比でない笑みを浮かべているのがまた気味が悪い。
けれど、璃雪だって黙っては居ない。
常雪は勿論だが、自分とて今日まで多忙に多忙を極めながらも政務に励んで来た。
ならば、たったの一日くらい、のんびり買い物を楽しんだとてバチは当たるまいと言い返した。
すると、相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま黝簾はそろりそろりと璃雪の元へ近づき、耳もとでこう囁いた。
「璃雪や?母は貴方の昨夜の裏切りを忘れていませんよ」
「「裏切り」って何言っているんですかお母さ・・・っひ!!」
母に何を言っているのか聞き返そうとしたのだが、いつの間に背後に回ったのか、節の立つ逞しい父の手に肩を掴まれていた。
「そうだぞ璃雪。お前が一言、常雪の帰宅を知らせてくれさえすれば、少なくとも、あそこまでの醜態を晒すことはなかったのだ。お前の罪は重いぞ」
「つ、罪ってそんな・・・」
何を話しているかは解らないが、ただならぬ二人の鬼気に様子を観ていた織江の額に汗を浮かべ、詰め寄れた璃雪も、半泣き状態。
「───はあ・・・お二人共、其れ位にしてはどうですか?」
我関せずでこの場はしのごうかと思いながら食事を進めていた常雪であったが、理不尽に責められる兄が不憫で助け舟を出す事にした。
黙っていた息子の静止に、今までの鬼気は何処へやら───唯雪と黝簾の背に再び緊張が走る。
普段、あんなに凛々しく、優雅な姿からは想像出来ないほど、自分の一言で身を小さくして肩寄せ合う二人に、何だか可笑しくなってしまって、時雪は思わず鼻を鳴らしてしまった。
「昨晩の事なら怒っていませんよ」
予期せぬ言葉に唯雪と黝簾は顔を見合わせた。
「ほ、本当に?」
「母上、私は嘘など申しません」
その応えに二人はようやく胸をなでおろした。
時雪は椀物を一口啜り、こう続けた。
「紫烏様があのように乱心されたのは、私にも責があります。それはこれからの行いで改めて行くつもりです・・・」
そうして話す息子の姿に、黝簾は胸にこみ上げるものを感じた。
いつからか、人を遠ざけるようになり、あんなに懐き慕っていた紫烏にまでよそよそしさを見せた時もあった常雪が、こうして成長し、恋い慕う人へ思い遣りを見せるようになったなんて───。
気を抜けば涙が出そうな程、黝簾は嬉しくてたまらなかった。
「ですが───」
急に目付きが変わった息子さんの顔に、こみ上げた熱いものが一気に溝内の辺まで引き下がる。
「紫烏様も、もう裏庭で駆け回っていた幼子では無いのです。あの方が、刈安の皇女殿下である事を改めて肝に銘じて下さい。いいですね?」
淡褐色の瞳の奥に、何か、鋭く、冷たいものを認た黝簾は勿論だと頷き、唯雪もそれに習い、あのような醜態は二度と晒さないと固く誓った。
倒れてから今朝方までほとんど眠ってしまっていた織江には、風見一家の間に何が起きたのか知る由もないが、どうやら一件落着したようだ。
「じゃあ、僕も二人と街に───」
「──駄目です」
「──駄目だ」
どうやら璃雪の方は落着していないらしい。
「どうして!?常雪には許して貰えたし、もう何も困る事は無いでしょ!?」
「そういう問題では無いのです。ねぇ殿?」
「ああ。お前にも近いうちに纏まった休みを取らせる。だから今日は居残りだ」
母だけならまだしも、普段なら多目に見てくれる父まで家に居ろと言う。
璃雪は遂に外出を諦め、しょぼしょぼと米を啄んだ。
「あ、そうだ!璃雪様?」
「・・・うん?何?」
「璃雪様、私の実家の直ぐ側にある"雪菜屋"の水羊羹好きですよね?」
「え?う、うん」
「そろそろ初夏の果を使った新作が出る頃なので、御土産に買って来ますね♪」
織江の言葉を聞いた途端、しょぼくれ顔に朱が走る。
「ほ、本当に!?」
「はい♪」
「じゃあ、楽しみに待ってるよ!」
璃雪はすっかり機嫌が直ったようで、嬉しそうに飯を頬張った。
「あ〜ん!璃雪だけずるいわ!私も甘味が食べたい!」
途端、二人の遣り取りを見ていた黝簾が急にぐずり出した。
織江はその姿にくすりと笑ってこう応えた。
「勿論、御方様にも買って来ますよ♪」
「本当!?じゃあ私は鯛焼き!!雪菜屋の鯛焼きって生地にちょっとだけ塩気があって美味しいのよ」
「ええ。御方様は、こし餡で、御館様は粒餡ですよね?」
「私にも買ってきてくれるのか?」
「当たり前じゃないですか♪」
織江の優しさに、唯雪は鼻奥が痺れた。
「織江はなんと良い娘か・・・」
「ええ、本当に・・・」
(・・・そう思うなら自重しろ)
乙女の優しさに触れ、勝手に感動している両親に璃雪は怒りにも近いものを感じていたが、一方の常雪は兄を不憫に思いながらも、止めてくれた両親に感謝していた。
「ではそういう事で。織江、後は良いからお前も朝餉を摂れ」
「え、でも・・・」
「大丈夫よ。後は別の者にお願いするから♪あ、お櫃だけ返しておいてちょうだい」
「では、お言葉に甘えて・・・」
そう言って皆に礼を立てると、織江は空いたお櫃を抱え、席を後にした。
暫くして、身支度を終えた二人は街へと向かい出発した。
「織江、それは何だ?」
常雪はふと織江の持つ、萌葱色の風呂敷包みが気になった。
「はい。実家に行く事を伝えたら、板長さんがかぼすと、鮎の混ぜ御飯を持たせて下さって♪」
「鮎の混ぜ御飯?」
「ええ。何でも、昨日の宴で急遽こしらえたのが思いのほか余ってしまったそう、で・・・?」
それを聞いた常雪は、苦虫を噛み潰したような、なんとも言えない表情をした。
「あ、あの・・・どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない」
先の表情と今の声色から、自分の眠っていた間に何か、とんでもない、想像以上にとんでもない事が起きたに違いない。
気になるが、聞いて良いのか、聞かない方が良いのか、織江は歩先を見ながら小首を傾げた。
「そうだ。実は静歌殿が私宛に文を持って来たのだ」
「え!静歌様が?」
「ああ。早朝だったため、掃除番の者に託されそのまま直ぐに宿へと帰られたそうだ」
「そうだったのですね・・・文には何と?」
常雪は、静歌からの文に書いてあった事を話し、バグの原因が他社製品を強引に引き繋げた事によるものだと言うことを出来る限り分かりやすく織江に説明した。
「───ゲームに別のゲームを繋げるなんて、そんな強引な・・・」
「全くだ。しかし、これでバグの原因は解った」
「それで常雪様、その【oblīviō】というゲームはどのような物なのですか?それに、そもそも既存の物なら購入すれば済むこと。わざわざ"しきおり"と繋げる必要なんて・・・」
「いや、実は【oblīviō】は発売して半月で自社回収になった作品なんだ」
「え?」
「光過敏性発作と言う言葉を聞いたことがあるか?」
「光過敏性・・・確か、ある人気ドラマの過剰な発光演出の連続で体調を崩された方が出たとニュースに成っていたアレですか?」
常雪は織江の応えに深く頷いた。
「【oblīviō】もゲームのラストにそうした症状を招く発光アクションが組み込まれて居たんだ」
「ですが、私の記憶が正しければあの騒動からそうした演出への注意喚起や、使用の制限がかかったはず。なぜそのような・・・」
「その事が取り上げられたとほぼ同時期に【oblīviō】が発売された事、そして対策や基準値が設けられていないが故に製作陣も自社製品に限ってという傲りもあったのだろう」
「でも・・・そんな体調崩す可能性が高い物をどうして注文したのでしょう?」
「・・・それこそ、"マニア心"と言うところなんだろうな」
「"マニア心"?」
常雪は、小首を傾げる織江にDENDRITIC、そしてそこで作られた【oblīviō】について簡単に説明した。
DENDRITICは、バブル全盛期の最中に設立され、アクション、冒険、シューティングをストーリーの軸としたクエスト系作品を中心に、10代〜50代までと幅広いファン層を獲得。
一時は、「億を動かす会社」とまで言われていた業界最王手会社だった。
近年では事業を広げ、ゲームクリエイターの育成スクールの運営なども手掛けている。
そのDENDRITICが平成中期に発表したのがこの【oblīviō】。
突如現れた時と色を奪う忘却の魔物・【oblīviō】から世界を救うため立ち上がった戦士達の冒険活劇と言う、クエスト系ではお決まりの作風だが、その宿敵【oblīviō】との決戦におき、先の発光効果問題による体調不良者が続出。
そのため、発売から僅か半月で自主回収処置を摂ることとなり、DENDRITICにとって多大な損失をもたらした。
損失を埋めるべく、それまで男性支持を重視していた作品制作から、男女どちらにも支持されるストーリーの作品を増やし、音ハメゲーム、人気声優や俳優をキャスティングした物や、有名ミュージシャン等の主題歌参加、提供など考えうる打開策を盛込んで行き、何とか経営危機を乗り越えたのだが、それが裏目に出たのだろう。
設立時からのファン層では、世論や流行を追いすぎた作風を批難する意見もあがり、問題作であるはずの【oblīviō】はこうしたファン等の中で神格化されていってしまったのだ。
「なるほど・・・俗に言う、「怖い物見たさ」と言うやつでしょうか?」
織江の的を得たような、微妙に外したような応えに若干の違和感を感じたが、これ以上説明していると貴重な時間が削れてしまうと思い、常雪はまあそんな処だと相槌を打って終いにした。
「となると、やはりこの世界を救うには、その魔物を退治するしかないと言う事ですよね?」
「そうなのだが・・・それが少々厄介で・・・?」
どうしたのか。
何か重要な事を言おうとしていた常雪が、前方をじいと見つめたまま口を止めてしまった。
何を見つけたと言うのか。
気になった織江は、主の視線を追って見た。
どうやら夢中で話し合っている間に、実家の縮緬問屋の直ぐ近くまで来ていたようで、軒先で両親と、すらりと背の高い璃雪程の青年が話しているのが目に止まった。
「あれ?あの方・・・」
「織江、彼の袖元を見てみろ」
「へ?」
常雪に促され、織江は青年の袖元に視線を落とした。
「あれは・・・ま、茉莉花!?」
その紋に、織江の額から冷や汗が噴き出た。
「どうやら半の方のようだが、水浅殿とは違うようだな。行ってみよう」
そう言った途端、常雪は駆け足で談笑中の三人へと向かって行った。
「え!?は、ちょっと、常雪様!お待ち下さい!」
それに付いて行く織江は、どうか、自分の予感が当たらない事を切に願っていた。
「うん?やあ!これは常雪様!・・・と織江?」
「久しいな新勝。鹿江も、変わりないか?」
「ええ、お陰様で。常雪様もお元気そうで何よりでございます」
両親と主が挨拶を交わしている傍ら、織江は恐る恐る、この場にいるもう一人の顔へ視線を向けた。
視線に気がついた青年は、織江を見るとにこりと微笑み会釈した。
「あ、あの。せ、先日は大変失礼致しました」
「とんでもない。お陰で良い物を見つける事が出来ました。感謝します織江様」
青年の最後の一言、織江は動揺が頂点に達し、石のように固まってしまった。
どうしよう。
自分の名を覚えているだけでなく、敬称まで付けていると言うことは、やはりこの青年は天青に縁ある人物。
そうとは知らず、あんな、髪は乱れ、息荒げた姿を見られたなんて─────。
不謹慎だが、叶うならもう一度、このまま気を失ってしまいたいと織江は絶望に近い虚無を感じた。
一方で、そんな事は汁程も知らない常雪は、青年の方へと意を整え、改めて礼を立てた。
「談笑中、割って入り申し訳ない。私は利休、篝領主・風見唯雪が嫡男、風見常雪と申します。その紋、半の方とお見受けします。宜しければお名前を」
「御初にお目に掛かります。若君の仰る通り、私は半は水浅家に遣えます、天青殿下付き従者・瓷秘と申します。片手間の挨拶、どうかお許し下さい」
「とんでもない。私こそ、先の式典以後、殿下には大変御世話に成っております。本日は殿下も御一緒で?」
それまで石化していた織江だったが、常雪の問に我に返ると、今度は体中を嫌な緊張が走った。
「いえ。殿下は先に港へ」
助かった。
瓷秘の応えに、上がっていた肩も降りた。
「昼以降、潮が乱れると聞いておりますが船出して大丈夫ですか?」
「ええ。ですので刈安の一団に加えていただき、我々も馬車で国に戻る事にしました。幸い、殿下の御公務も今回で一段落しますので、この機に神皇様に御挨拶をと」
「そうですか。暫く会えぬのが残念ですが、殿下にも宜しくお伝え下さい」
「ええ。二ヶ月後、またお目に掛かかれればと思います」
「「え?」」
重なった常雪と織江の心からの疑問符。
それを聞いた瓷秘も、どうしたのかと首を傾げたが、二人の唖然とした顔が面白くて、堪えた笑いが隠せない。
「いやですよ。今年は十五年に一度の夏至祭、"玉葉祭"があるでは無いですか」
「"ギョクヨウサイ"?」
「まあ、織江は知らなくて当然ね。前の"玉葉祭"は十五年前。あなた、まだ赤ちゃんだったから」
そう言って笑う母に、相変わらず小首を傾げながらも、まあ、祭りは祭りだろうと頭を整理した織江だったが、ちらと見た常雪は、先の自分の比でない冷や汗をかき、すっかり青ざめていた。
「と、常雪様?大丈夫ですか?」
「それでは、私はこれにて」
「あ!あの!!」
「何か?」
呼び止めれ、振り返った瓷秘に、織江は気恥ずかしいそうにこう告げた。
「あの、道中、くれぐれもお気をつけて。天・・・殿下にも、宜しくお伝え下さい」
その姿に、瓷秘は嬉しそうに微笑むと、会釈し、街を去っていった。
「ささ、立ち話もなんですから、上がって行ってください。鹿江、お茶を頼む」
「はい♪」
そう言って先に両親が店に入ったのを見計らい、織江は意気消沈の常雪に事かけた。
「常雪様、常雪様。一体どうなさって・・・」
「─────忘れてた・・・」
「え?何がです?」
その問い掛けに、ふるふると震えながら織江の方へと顔を向けた常雪はこう応えた。
「──────"イベント"だ」
そう。
ここは、大人気乙女ゲーム"四季折々〜愛し君へ~"の世界。
何があろうとも、イベントは無情に訪れるのだ。




