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二十二

「────どうしても欲しくて、欲しくて···」


「え?だって駅中とかで海賊版のDVD売ってるのと変わらないじゃん?」


「あの、私は成人してますし、家族に連絡は行かないですよね?お願いします。どうか、夫には言わないでください」


「ええ!没収?何で?意味わかんない!!」


「ごめんなさい!・・・あの、どうか・・・どうか逮捕だけは···中途採用が決まったばかりで、こんなことが就職先に知れたら・・・」


「解りました。で?ゲームの代金て返してもらえるんですか?───え?だってあの人、お金あるはずですよね?こっちは5万払ったんですよ?ゲームも取り上げられた上に、代金も返金されないんじゃ納得出来ないんですけど?」






「─────はあ。25人。流石に疲れたな···」

警視庁三課警部・日立昂(ひたちのぼる)は、たった今、件の事情聴取を終えた所だ。

据え置きのマイカップにインスタント珈琲を淹れると、それを持ってデスクに着く。

幸い、他の者は各所への報告や、報道への対応に追われ、三課には日立しかいなかった。

 調べを受けたのは23人の成人女性と2人の成人男性。

 いずれもDENDRITIC社員・矢間宏介から"四季折々〜愛し君へ〜"の複製版を購入した者達だ。

 鴨探しは実に今どきで、SNSのサーチエンジンから検索をかけ、5万くらいなら容易く出しそうなコアなファンで、今回のゲームソフトを購入出来なかった者にダイレクトメール機能を利用して交渉を持ち掛けていたそうだが、読書と出勤、退勤時のアイスコーヒーが愉しみの日立には、幾ら欲しいとは言え、ゲームソフトに5万円もの大金を払ってしまう購入者達の気持ちは、全く理解し難いものだった。

「価値観は人それぞれって言うが・・・俺なら5万あったらスーツと靴を新調するな───」



「───僕もその方が有意義だと思いますよ♪」



 淹れた珈琲を眺めながら、溜息混じりにぼやいていると、突然聞こえてきた馴染みない声。

 ちらと顔を上げてみると、どう見ても警察署に不似合いな美男と、よく見知った部下が申し訳無さそうに向かい側のデスクから、二人で並んで此方を見ていた。

 疲れて幻覚でも見ているのかと、日立は祈る思いで目を閉じ、鼻根を挟むようにして、目頭の辺りを指でぐっと押し、もう一度目を開いて見たが、残念な事に二人とも目の前に存在していた。

「あの、おそらく間違いないとは思うが・・・鴉雛霎さんですか?」

 少々呆れた様子で日立が尋ねると、目の前の美男はにこりと微笑んだ。

「はあ・・・磨弓・・・」

「すみません!すみません!」

「あ、磨弓さんを怒らないで下さい。僕がどうしても来たいと無理を言ったので」

 そう言って、尚もにこやかな鴉雛霎に部下を注意する気すら失せた。

 そもそも、日立は磨弓を叱る気など毛頭なかった。磨弓は課に来て1年。それに加え、張り込み、尾行は、被害者及び捜査官の安全確保の為、2名上で行うことが義務付けられているこのご時世に、危険性が無いとは言え、たった一人でその両方を頼んだのは自分なのだから。

 でも、まさか二人肩並べ自分の所に来るなんて、常に追う側である日立にとって流石にこれは、面を食らったとしか言いようがない。

「大丈夫。彼に無理を強いたのは私だ。叱ったりなどしないよ」

「良かった♪」

「本当に、すみません・・・・」

 一答にも真逆の反応を見せる鴉雛と磨弓。日立は叱るどころか、内心、面白くさえ感じていた。

「それで鴉雛君。此方に来た理由は?まさか、矢間に面会でも?」

 そう言って、コーヒーカップを口元へ運ぶ日立に、鴉雛は静かに首を振った。

「いいえ。今更あんな()()()()の顔なんて、頼まれたって見たくありません」

「なるほど・・・一応、我々は君も複製品売買の容疑者の一人として考えていたのだが」

「はい」

「ここに来たら、逮捕される可能性があるとは思わなかったたのかい?」

「あ〜・・・」

 日立に問われ、鴉雛はなんとなしに未だ済まなそうに身を縮める磨弓をちらと見ると、日立にこう告げた。


「磨弓さんは嘘をつかないと思ったので」


「ほう──」

「えっ?」

 コーヒーを飲みながら、そうきたかと言った風の日立。

 まさか今の流れで自分の名前が出るなど思っても居なかった磨弓は驚きを見せる。

「磨弓さんが僕を尾行しているのは、高速の出口のあたりで気が付いてました。」

「え?な、何で!?」

「だって、磨弓さんよっぽど熱心だったんでしょうけど、渋滞で停まった時に少し振り返って窓から見たら、僕に全く気が付かないでじーっとタクシーのナンバー見て、メモっているんだもの。誰だって可怪しいと思いますよ」

 話を聞いていた日立は呆れを浮かべ、磨弓は顎が外れてしまうのではと思うほど口をぱかんと開きながらひたすら己の失態を恥じた。

「なので、罠とかだとは全く思いませんでした」

「なるほど。では、改めて、どうしてここに?」


「矢間さんが売ったゲームの事で聞きたい事があったからです」


 先までとは違い、鴉雛は真剣そのもの。

 その顔を見た日立は、具体的に何を知りたいのか訪ねてみた。

「矢間さんが、単に"しきおり"の複製だけを行っていたのか知りたいんです」

 鴉雛の応えに、日立と磨弓は顔を見合わせた。

「それって、矢間が今回問題になっているゲーム以外にも違法複製してたってこと?」

 磨弓の問に、鴉雛は憂い混じりに息を吐くと、首を振りこう応えた。

「勿論、その可能性もありますが・・・」

 言葉を詰まらせる鴉雛。

 この美男は、矢間について一体どこまで調べているのだろうか。

 そんな事を考えながら、日立は次ぐ話を待った。

 そして、鴉雛はまた先のように息を吐くと、真っ直ぐに日立を見ながらこう言った。


「もしかして、矢間さんは"しきおり"にDENDRITICのゲームを繋げた物を売っていたのではないかと・・・」


 その言葉に磨弓は勿論、日立も驚き目を見開いた。

「どういうことだい?」

「友人の死の真実を知った僕は、先ず矢間さんの人となりを改めて調べました。その時、矢間さんの所属する部所の方から、矢間さんが入って3ヶ月程した頃、試作品の保管庫からDENDRITICの過去作の試作ディスクが紛失する事件が何度か有ったと聞いたんです」

「矢間が盗んだと?」

「解りません。でも可能性は有ると思っています」

 矢間の取り調べをする刑事の報告によると、複製から取引まで手慣れて居る様子から、初犯とは考え難いと聞いていた日立。慎重に成るべきと表情には出さないが、内心では鴉雛の意見に同意していた。

「なるほど・・・磨弓」

「は、はい!」

「戻ってそうそう悪いが、取り調べの進展状況、それから鴉雛君が今言っていた事をそれとなく聞いてきてくれないか?」

「解りました」

 磨弓はそう言うと直ぐ、取り調べ室へと向かい駆け出していった。

「さて・・・コーヒーでいいかな?インスタだが」

「ありがとうございます」

 日立は席を立つと、隣のデスクから椅子を拝借し、鴉雛にすすめ、再びコーヒーを淹れに行った。

「申し訳ない。ミルクは在るんだが、砂糖を切らしていて」

「十分です。頂きます」

 鴉雛はそう言って受け取ったコーヒーにミルクをいれると、カップを口元へ運んだ。

「そう言えば、君は何処に隠れていたんだ?」

「?・・・ああ。ここから車で1時間半程行った所にあるホテルのカフェラウンジです」

「1時間半・・・・もしかして、"HOTEL GRACE"の1階にある"Erba di gesso"じゃないかい?」

 日立の問に、鴉雛は目を見開いた。

「知っているんですか?」

 驚いた様子の鴉雛に、日立は思わず鼻を鳴らす。

「ああ。私はあのホテルで結婚式を挙げたからね」

「そうだったんですか」

「残念だな。Erba di gessoなら是非行きたかった」

「なんか、すみません・・・」

 驚いたかと思ったら、今度は申し訳なさそうに大きな身体を窄ませる鴉雛。

 その姿が先までとはあまりにちくはぐで、コーヒーを飲みながら日立は再び鼻を鳴らした。

「いや、良いんだ。そうか・・・あそこはコーヒーは勿論だが、紅茶やケーキも絶品だ。鴉雛君は、夏限定のジャスミンミルクティーを飲んだことはあるかい?」

「それ!僕凄く気になって居るんですけど・・・ゲーム業界とかって夏季は特にイベント事が多くて、仕事に追われている間に提供期間が終わっちゃうんですよね・・・」

「はは。なら今年こそだな」

 そうして笑う日立。

 しかし、どうしてか、その笑みが何処となく淋しげに鴉雛には見えた。

「あの、Erba di gessoにはよく行かれるんですか?」

「うん?───ああ。私の妻もあのカフェのファンでね。四季の物が出るとよく行ってたんだ」

 行ってた。

 含みのある言い方に、鴉雛は違和感を感じながらも、これ以上踏み込むべきでは無いと、コーヒーを一口飲んだ。

 それを悟られたのか解らないが、日立もコーヒーを一口飲むと、改めて話始めた。

「実を言うと、本当は私が矢間の取り調べ担当だったんだ」

 鴉雛は目を見開いた。

「え?じゃあ、どうして・・・・」

 首を傾げ尋ねる鴉雛に、日立はまた先のように笑みを浮かべこう続けた。

「とても正気では居られないと・・・そう判断して同期に変わってもらったんだ」

 そう言ってカップの中を覗くように俯く日立は、疲れているようにも、酷く怒っているようにも見える。




「───矢間が突き飛ばした少女は、私の姪だ」





 予想し得ない言葉に、一瞬カップを落としそうになった。




「────姪?」

 戸惑いながらようやく出た一言に、日立はコーヒーを一口飲むと、こくと頷いた。

「映った制服で直ぐに解ったよ。あの火災で亡くなった学生はあの子だけだったから・・・」

 それからしばらく、日立はその"姪"について話してくれた。

 少女は日立の妻の姉の娘にあたり、私立中学に通う3年生。手芸好きで、あの事故の日は祖母へプレゼントするセーターの毛糸を買い足しに行っていたと言う。

 多くの犠牲者同様、一酸化中毒による窒息死だろうと、そう思っていた矢先、知らされた死因は頭部強打による内出血だった。

 死因を知った日立は、上司に調査を願い出たが、出火原因の解明、犠牲者遺族への配慮など、課題が山積みだった警視庁に人員をさける余裕は無く、遣り切れない思いを抱えたまま今日までただ、ただ、職務に没頭してきた。それがここに来て、姪の死の真相、そして容疑者である矢間にまで辿り着けるなんて、奇跡としか言いようがないと日立は天井を見上げた。

「あの子もErba di gessoのジャスミンミルクティーが大好きで、連れて行くと必ずライチのパンナ・コッタと一緒に頼んでいたんだ・・・鴉雛君?」

「・・・っは、はい」

「改めて、本当にありがとう。君のお陰で、心のなかにあった痼みたいなものがようやく取れた。あの子も安心して眠れるだろう」

 そう言って、日立は穏やかに微笑んだ。

「あの・・・良いんですか?」

「何がかな?」

「いや、その。あの映像をどうやって手に入れたとか・・・・」

「うん?・・・・ああ。"事実は小説より奇なり"だよ」

「え?」

 日立はカップから最後の一口のコーヒーを飲み干すと、不思議そうな顔をする鴉雛にこう告げた。

「公にしてはいないが、"匿名の提供者"ってのは結構いるんだよ」

 そう言って、日立はまた微笑んだ。

 そうして居ると、絶妙のタイミングで取り調べ室へ行っていた磨弓が二人の元へ戻ってきた。

「お待たせしました!」

「それで、どうだった?」

「はい。鴉雛君の予想通り、例のゲームにDENDRITICのゲームを繋いだ物を、オーダーを受け数人に売ったそうです」

 磨弓の話を聞いた途端、鴉雛は勢いよく立ち上がった。

「あの、どの作品を繋げたかは解りますか?」

「え?・・・あっ!ちょ、ちょっと待って」

 そう言うと、磨弓はスーツのポケットからメモ帳を取り出した。

「ええと・・・あっ。これだ!オ、オブリ・・・ヴィオ?」

 タイトルを聞いた瞬間、鴉雛の顔は青ざめた。

 その様子を見て、大丈夫かと磨弓が声を掛ける。

「──あ、あの。僕、一度帰っても大丈夫ですか?必要ならまた来るので・・・」

「え、ええと・・・」

 どうしたものか。困った磨弓は判断を仰ぐように日立の方を見た。

「ああ。構わないよ。あ、でも申し訳ないが暫く遠出は控えてもらえるかな?矢間の事で聞かなくてはならない事が出てくるかもしれないからね」

「勿論です」

「あ、じゃあ、裏口まで送るよ。さっき窓から見てたんだけど、表は報道の人ですごいから」

「ありがとうございます」

 それから日立に挨拶をし、磨弓の誘導で鴉雛は警視庁を後にした。


 運良く拾えたタクシーに乗れた鴉雛は、目的地を告げると、携帯を取り出し、大急ぎで静に連絡を入れた。

「五十嵐さん・・・早く雪田に伝えないと・・・」


 停止するタクシー。

 焦る心を掻き立てるような赤灯りに苛立つ身を、鴉雛は懸命に抑えていた。

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