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二十

 「────どうしよう···」

 報道されているのは、鴉雛の事だ。

 テレビは勿論、ネット上でも複製品密売のニュースが取り上げられている。

 警察が入ったということは、調べが進めば必ずここにも捜査が来る。

 明朝に始まるなら、せめてそれまでの間に出来うる限りの情報を集めて、しきおりにログインしなくては───。

「──そうよ。どうしようじゃない。どうにかするんだ!」

 静はパソコンの電源を入れ、タブレットを開き、携帯用のスタンドにスマートフォンをセットすると、冷蔵庫に常備してあるエナジードリンクを一気に飲み干した。

「っしゃあ!!オタ活とオペレーションで鍛えたブラインドタッチ。今こそ活かす時!!」

 静は三種の神器を駆使し、頭に浮かぶ全てのワードをサーチエンジンに叩き込んだ。



 ────その頃、常雪は街へと向かい夜を駆けていた。


 静歌をログアウトさせ、街へと向かっていた最中、あの時と同じ様にしきおりの世界は色を失い、時も止まってしまったのだ。

 見上げた星は、ただの濁点。

 煌めきを失った夜空は終末を顕にしている。

 複製とプログラミング、そして何らかの修正。

 世にでた物にそう何度も手を加えれば、データの劣化は進み、この世界の歪みが大きく成るのも当然だ。

 今は転生者に影響は及んで居ないが、このまま放っておけば自分達も何時どうなるか解らない。

 兎に角、今は一秒でも早く織江達のもとへ。

 雑思を振り、常雪は地を蹴り上げた。


 息を上げ、なんとか街に辿り着いた常雪。

 街の賑わいは何処へ。

 皆、岩のように固まり、自分等の時が止まった事など知る由もなく、祭りに興じる表情は穏やかで、活気に溢れているが、それが返って気味が悪い。

「あの時も、こうなっていたのだろうな····」

 辺りを見回すが、肝心の織江達が見当たらない。

 常雪は喉を張り、街の何処かに居る二人に呼び掛けた。


「───────っ常雪君!!」


 少し先から、天青の声が────。

 常雪はその声を頼りに足を進める。

「水浅殿!水浅殿!何処ですか!」

「常雪君!!」

 左の鼓膜が震え、振り返ると店の路地に天青と、その腕に抱かれ横たわる織江の姿があった。

 少し青ざめた織江の顔。

 駆けつけた常雪は眉を歪ませた。

 それを察した天青は、落ち着いた口調でこう告げた。

「街がこうなる少し前に頭が痛むと言ってそのまま倒れてしまったのですが、幸い、直ぐに抱き止めたので大事には至りませんでした」

「そうですか···良かった····」

「常雪君、これも鴉雛(彼の者)の?」

「解りません···兎に角、今は織江を休ませてやらないと。水浅殿頼めますか?」

 常雪の言葉に頷くと、天青はゆっくりと織江を抱き上げた。

「それで、どちらに?」

「一先ず、今様団の宿に」

「解りました。行きましょう」

 閑散たる街を後に、常雪らはもと来た道を辿り、先の宿へと向かった。


 宿の見えるところまで来ると、門前に誰かが立っていて辺りをきょろきょろ見回している。

 じいと見ていると、視線に気がついたのか、振り返ったその人はこちらに向かって手を振って来た。

「あれは····静歌姫!」

 門前に立っていたのは静歌だった。 

 元の世界で限られた時間の中、情報を掻き集めた静歌が戻ってきて居たのだ。

 常雪は直ぐ様、静歌の所へ駆け寄った。

「常雪様。良かった御無事で」

「静歌姫も、ログイン出来たのですね」

 静歌もあちらで健闘してくれたのだろう。

 目の下には薄っすらと疲労が浮かび上がっている。

 少しして、天青も二人の下へと着いた。

「あ、み、水浅様····へ?!お、織江さん?!どうしたのですか?!」

 すっと現れた天青に戸惑う静歌だったが、その腕にいる織江の姿に驚き、どうしたのかと常雪を見る。

「実は、水浅殿と街に出ていた処、体調を崩したようで」

「まあ···それは····」

「静歌姫、お疲れの処申し訳ないが、織江を何処かで休ませてもらえないでしょうか?」

「勿論です!私の部屋をお使い下さい。さあ!」

 静歌の後に続き、三人は宿の中へと進んだ。


「水浅殿、申し訳ない」

「いえ。大丈夫です」

 静歌の部屋は二階。

 小柄な方とはいえ、年頃の娘を抱き登るには相当の力が必要だ。

 それに加え、天青は街からずっと織江を抱えてきてくれている。

 申し訳無さと、心からの感謝に常雪の胸は熱くなった。

「さあ、どうぞ」

 先に着いていた静歌が扉を開くと、先ずは天青が部屋へと入り、寝台にゆっくりと織江を降ろし寝かせた。

 幸いにも、街にいた時より織江の顔色は良くなり、穏やかな寝顔に常雪は胸を撫で下ろした。

「水浅殿、織江の側に居てやってもらえますか?私は早急に静歌姫と話をしなくてはならない事がありまして」

「解りました。織江殿の事は私が」

「ありがとうございます。では───」

 常雪は礼を立て、静かに部屋の扉を閉めた。

「常雪様、織江さんは·····」

 部屋の外で待っていた静歌が心配そうに聞くと、常雪は笑みを浮かべる。

「大丈夫。大分顔の色が戻りました」

「はあ、良かった〜···」

「それで姫、あちらの様子は?」

「は!そうだった!少し長くなるので、そちらの椅子へ」

 階段の少し手前にある備え付けの長椅子。

 腰を下ろすと、静歌はあちらで見聞きした情報を常雪に伝えた。

「───····そうですか。やはり鴉雛が···」

「うーん····」

 どうしたのか、静歌は何か引っ掛かっている様子で首を傾げた。

「どうかしましたか?」

「いえ。それが、テレビもネットも、霎さんの名前が出ていないんです」

「え?」

「変ですよね?····あの···バグって本当に霎さんのせいなんでしょうか?」

 唐突にどうしたのか。

 常雪はどうしてそう思うのか問うてみた。

「私が霎さんから受け取ったゲームには、チャット機能が付け加えられているのは常雪様もご存知ですよね?」

「ええ」

「霎さん、私以外にもゲームを渡しているって言っていたんですけど···チャットに私と霎さん以外の方が参加しているのを見たことが無いんです」

「え?!」

「いや、勿論、やり取りするかは個人の自由ですよ!でも、一人も絡んで来ないなんて事、あるのかなって···」

 確かに可怪(おか)しい。

 複数人に複製品を渡し、全て同じようにチャットをプログラミングしたならば、購入者同士でもコンタクトが取れるはずだ。

 静歌の言う通り、やり取りするかは個人の決めること。

 しかし、誰一人もチャットに参加していないなんて、そんな事があるだろうか。

 同じゲームを愛し、同じ秘密を抱えているなら尚更、同志と話しがしてみたいと思って当然だと思うが····。

「···常雪様?」

 顎を掻き、足元を見つめたままの常雪を静歌は心配そうに見詰めていた。

「───····静歌姫、鴉雛への連絡は?」

「へ?···っあ!はい!直ぐに常雪様の旨、チャットに送ったのですが、返事はまだ···」

「そうですか····うん。兎に角、今は織江の回復と、鴉雛からの応答を待ちましょう」

「解りました···ん?」

「どうかしましたか?」

「ごめんなさい。インターホンが···一度ログアウトしますね」

「解りました。私も織江の様子を見てきます」

 常雪がそう言うと、こくと頷いた静歌は光りと共に姿を消した。


「さて─────」


 常雪は席を立ち、織江の休む部屋へと向かった。

 入る前に扉を軽く叩き、中に居る天青に呼びかける。

「────水浅殿、宜しいですか?」

「どうぞ」

 返って来た声は先より明るい。

 常雪は安心して扉を引いた。

「貝寄風嬢は?」

「用事があって()()()に戻りました」

「そうですか」

 そう言って、再び織江の方を見詰める天青。

 視線の先、眠る織江の表情は穏やかで、顔色はすっかり元に戻っていた。

 すやすやと安らかな額にかかる髪を梳くように撫でる天青は、幸せそうで、どこか切なげなに見えた。

「ティアンも···───」

「?ティアン·····」

「あ、すみません。前世の織江殿の···妻の名です」

「····っあ、ああ」

「不謹慎ですが、織江殿が倒れた時、妻の最期が浮かんでしまって─────」

 撫でる手を膝に置くと、天青はとても寂しそうに、自身の前世を語り始めた────


 


 ────あの四阿での一時の後、晴れて夫婦となったシィスンとティアン。

 国の護り手としての重責を担うシィスンにとって、いつも朗らかなティアンの存在は、彼がありのままの自分で居られる寄す処そのものだった。

 最初は二人で見上げていた木蓮も、今は家族にとっての思い出の木となり、白く柔らかな花の下、息子をあやすティアンと、花に手を伸ばす娘を抱くシィスン。

 絵になりそうな程、眩い幸せがユウ家の庭に溢れていた。



 ─────満たされた日々はあっという間だ。

 気がつけば、シィスンの眼尻に薄っすら皺が見えるようになっていた。

 今日も早くから部下の演習を監督していたシィスン。

「こうして此処に立つのもあと僅かか···」

 半月後、シィスンは将軍職を退くことに成っている。

 後任も決まっており、以降は帝の相談役を任されたがそれも建前。

 一足先に座を子に託した先帝の囲碁打ち相手だ。

 あのまま独り身で在ったならこの身が尽きぬ限り、第一線に立ち続けていただろう。

 しかし、誇りや名誉の何よりも代え難い妻が今日も自分の帰りを待ってくれている。

 これからは共に、あの四阿で他愛無い話に花咲かせながら時を紡ごう。

 寂しさはあれど、シィスンは愛する妻と過ごす余生を心待ちにしていた。

「─────っ父様!!父様!!」

 漢気の中、突然響いた甲高い声に、シィスンは振り返った。

 見れば嫁いだばかりの娘が、息を荒げこちらに駆けてくるではないか。

 どうした事か、シィスンも我が子に駆け寄る。

「そんなに慌ててどうしたのだ?」

 父の腕を掴み、何とか息を整えた娘は顔色が冴えず、よく見れば目も赤らんでいる。


「家に寄ったら────か、母様が···倒れて····っ」


 その一言に、シィスンは目を剥き、瞬間、鎧を軋ませ一目散に駆け出した。


 今朝も笑顔で、何時も通りに見送ってくれたティアン。

 それがどうして─────。

「ティアン、ティアンっ····─────」

 一時を争う事態。

 それなのにどうして、妻の笑顔ばかり浮かぶのだろう。

 初めて出逢った四阿。

 身勝手な自分を優しく撫で、受け入れてくれたティアン。

 部屋の側に植えた木蓮が初めて花を着けた日のティアン。

 娘を授かった時、息子が生まれた時····。

 遠征から戻るたび、陽の香る笑顔で迎えてくれたティアン。

 寂しい思いも沢山させただろうに、いつも、いつも彼女はこんな自分を待ってくれていた。

 今だって、きっと·····。

 涙で歪む景色の中、シィスンは歯を食い縛り、一心に都を駆け続けた─────。


「────···っは!旦那様!」

 家の前で待っていた家令が、シィスンに駆け寄る。

 息上がる中、駆け寄ってきた家令の両の腕を鷲掴み、妻は何処かとシィスンは問う。

「は、奥様は寝室に···あ、旦那様!」

 シィスンは再び駆け出した。

 年月を重ねた身体は限界を迎えてもおかしくないはず。

 それでも足は妻恋しさに止まらない。

 奥へ、奥へと進むみ着くと、寝室に続く廊下に家令等が連なり立ち、その先にある扉の前には父の代から世話になっている主治医が立っていた。

「せ、先生···妻は?」

 駆けつけたシィスンの姿に、主治医はどこまでも穏やかにこう告げた。

「···シィスン様。()()()()()()()()。さ、奥方様がお待ちです。」

 そうしてそっと扉を引きシィスンを妻の下へ送ると、主治医は扉を静かに閉め、後の事は自分が請け負うからと家令らを退かせた。

 

 いつもの寝室。

 時折香る木蓮の香りも、射し込む光も、いつも通りのはずなのに、穏やかさがシィスンの不安を誘う。


「─────····シィ····スン?」


 寝台が見える所まで来た時、ティアンの声がした。

 自分を探し乞う様なその声にシィスンは直ぐ様駆け寄ると、寝台に腰掛け妻の手を握った。

「此処だよ。ティアン?」

 話しかけると、ティアンもシィスンの手を握り返した。

「シィスン···御免なさい。お迎え出来なくて───」 

 自分を見る妻の顔は色失せ、明らかに憔悴しきっていた。

 それなのに、虚ろな目で必死に微笑む健気な姿に堪らえよう無く、シィスンの瞳から涙が溢れる。

「───シィスン?」

「────ん?どうした?」

 涙を止める事は出来ない。

 それならせめて、最期まで妻の言葉をこの耳に焼き付けたい。

 シィスンは上擦りながらも笑顔を作り、ティアンを見詰めた。

「───凄く、嬉しかったの···」

 もう意識が朦朧としだしているのだろう。

 脈絡なく溢れる言葉に、その時が迫って来る恐怖でシィスンの手は震える。

「何がだい?」

「───だって、私···貴方を···貴方が、あの、四阿に現れた瞬間······好きに成ってしまったの····」

 シィスンの涙は一筋、また一筋と跡を作った。

 一言を発する度に粗くなる妻の呼吸。

 もういつそうなってもおかしく無い。

 シィスンは嗚咽を飲み込み、ティアンに応える。

「────奇遇だね。私もだよ···ティアン···」

「本····当····?」

「────うん」

 夫の言葉に、ティアンは満足気に目を細める。

「今度····」

「ティアン?」

「今度···は····私が、シィスンの所まで···私が···」

 シィスンはもう片方の手をティアンの頬へ添えた。

 雪玉にでも触れて居るような柔らかく、冷たい頬。

 もう嗚咽さえ我慢出来ない。

「ティアン·····」

「私が、きっと、会いに行くから····良かったら····もう一度···お嫁さんに···して···くれる?」

 苦しいだろうに、照れ臭そうに笑って見せるティアン。

 シィスンは、力強く頷く事しか出来なかった。


 そうして花香る中、愛する夫に看取られ、ティアンは三十八年の生涯に幕を下ろした──────····





「····──五十も生きれば往生と言われた時代でしたが、それでも早すぎだと、今でも思います」

 そう言って、天青は話を綴じた。

 話を聞くだけで、どれほど彼が妻を愛していたか、恋に乏しい常雪でさえ容易に窺えた。

「織江···いや、ティアン殿はどうして?」

「今で言う、"偏頭痛"の類いだったそうですが、あの頃は痛み止めもなく、それが障りとなったそうです」

「そうですか···水浅殿は、その後どうされたのですか?」

 尋ねると、少し気恥ずかしそうに天青が笑った。

「屋敷は思い出が溢れすぎて···どうにも前に進める気がしなかった私は、妻の伯父の花園へ身を寄せました」

「伯父上の花園?」

「ええ。出会った時、私に嫁げないならその花園で働き、独り静かに暮らそうと思っていたと言っていた妻の言葉が初七日を終えた頃にふっと頭に浮かんだのです」

「では、余生はそちらに?」

「はい。伯父夫婦には子が無い事もあり、私の事を本当の息子のように迎えてくれて···。ティアンの好きだった花々に囲まれていると、彼女がいつも側に居てくれるような安らぎを感じました」

 ────良かった。

 心から愛した人に先立たれ、失意の底、よもや後追いなどしたのではないかと一瞬頭を過ったが、天青···シィスンの余生に平穏が訪れたなら本当に良かったと、常雪は安堵に息ついた。

「───······天青···様···」

 一息ついた所に掠れ声。

 ようやく目を覚ましたが、まだ夢見心地の織江。

 想い人を乞い伸ばした手は、ふわふわと揺れている。

「────っ!此処に」

 天青はその手を握り、側に居ると伝える。

 そうしてやると、織江はとても嬉しそうに笑みを浮かべた。

「私····」

「街で体調を崩されて···気分は?痛むところは?」

 天青の問いかけに、心配ないと応えるように織江は、ゆっくり頭を振った。

 それを見て、天青は心底安心した様子で、良かった、良かったと織江の額を撫でた。

 あの様子なら大丈夫だ。

 そう思った常雪は、二人の邪魔に成らぬよう退室しようと扉を開けたが、開いたとほぼ同時、勢いよくその扉を閉めた。

「?常雪君?どうかなさいましたか?」

「····あ、いや、その···水浅殿、もうしばらく織江の事を頼めますか?」

「え?···ええ、勿論」

「すみません。また後ほど顔を出しますから」

 そう言って、常雪は部屋を後にした。

 閉まった扉を見ながら、天青は不思議そうに首を傾げた。

「天青様···」

 まだいつもの調子が戻らないようで、うつらな織江。

「大丈夫。私が側に居ますから、もうしばらく休んで」

 天青の声に安心した様で、織江は再び瞼を閉じた。

 

 なんとも言い難い温もりに包まれる部屋とは逆に、扉の外はとんでもない事が起きていた。




「もう。人を見るなりドアを閉めるなんて、失礼だよ?」




 決して低くない常雪の背丈を覆う人影。

 相変わらずの第一声に、呆れる他無かった。

 

「どうして····お前はそう神出鬼没なのだ鴉雛」


 呆れ顔で自分を睨む旧友に、鴉雛は悪戯な笑みを贈った。

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