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十八

「せっかく会いに来たのに。そんな怖い顔しないでよ」

 そう言って無邪気に笑みを浮かべる鴉雛。

 静歌の協力を得られた今の登場。何時からこの瞬間を見計らっていたのか、それともたまたまなのか。考えれば考えるほど、巡る思考に火花が散る。

「いや〜。自分をキャラクター化して、プログラミングするなんて学生の時以来だよ。しかも、半日で。褒めても良いよ♪」

 褒める?どの口が言うのか、噛み締めた奥歯が軋む。

 鴉雛が再びプログラミングを施したということは、この世界の綻びがまた進んだということ。

 褒めるどころか、ありとあらゆる叱咤を叩き付けたいくらいだが、これもまた好機。無駄にするわけには行かない。

 常雪は込み上げる怒りを押し込め、鴉雛の誘いに乗ることにした。

「───解った。・・・あちらは人が多い。こちらへ」

 街の方には織江達が居る。

 せっかくの楽しい一時に水を指したはくない。

 それに、この限りない苛立ちを抑えるにも今は静寂が必要だ。

 常雪は踵を返すと人通りが少ない方へと歩き出し、鴉雛もその後を付いて行った。

「ねえ?その話し方、なんとかならないの?」

「は?」

 あまりに下らない質問に、思わず語気が強まる。

 それに反し、鴉雛は嬉しそうに目を細める。

「まあ、雪田は昔からそんな感じか」

 いつの間にか隣を歩く鴉雛は、両の手を頭の後ろで組み、鼻歌交じりに天を見上げている。

 呑気なものだ。

 自分の行ないで、一つの世界が崩壊の危機にさらされているというのに。

「お前こそ、相変わらずだな・・・」

「相変わらず格好良い?」

 今の嫌味を、どうすればその様に解釈出来るのだ。

「いや、そう言うことではなくて・・・」

「二十六歳。大人の魅力が出ているよね♪」

「はあ・・・」

 本当に変わらない。

 初めて会った頃からこの男はこうだった──。


 ──豊かな桜香に包まれ、常雪こと、雪田舟は第一志望であった専門学校に入学。

 首席として答辞を任された舟は、無事に役目を果たし、ホームルームまでの束の間を机に舞う花弁を見ながら過ごしていた。

 すると突然、花弁を吸い込むように大きな影がぬうっと伸びてきたのだ。

「お疲れ様♪」

 声に引かれ視線を上げると、どうしてそこに居るのか解らないほど、浮世離れした人が自分の真横に立って居た。

 外国の血を継いでいるのだろうか、瞳も髪も柔らかい色調で、なのに目鼻立ちははっきりとしていて、彫刻?いや、どちらかというとガラス細工か。柔らかさと、どこかひんやりと冷たい空気を感じる。

「どうかした?」

「いや···あの───」



《ダッダッダッダッダッダッ》



「──────かっ!!見つけた!!こら()()!!お前式の途中で勝手に抜けてっ!」



「あ、先生♪」

「「あ、先生♪」じゃない!ったくもう···」

「まあ、まあ。兎に角、無事に見つかって良かったじゃないですか」

「いや、本当に申し訳ない。ほら!何ニヤニヤしているんだ!クラスに帰るぞ!」

「は〜い♪じゃあまたね、()()()

 そうして、突然現れた彼は、隣のクラスの担任に連れられあっという間に去っていった。

 周りを見てみると、どうやら彼に気が付いていなかったのは自分だけのようで、特に、女子は興味津々の様子で去ってゆくその姿が見えなくなるまで、教室の扉に齧りついていた。

「───や〜。あれが鴉雛かあ···」

 教室のあちらこちらから、その名が飛び交う。

 気になった舟は、前の席のクラスメイトに彼の事を尋ねてみた。

「今、葉縞先生に連れて行かれた人、有名なのか?」

「知らない?鴉雛霎。入試第二位で、中学高校とサロンモデルなんかもしていたらしくてさ、入試の時C棟の芸能科と間違えたんじゃないかって、監督生の先輩達もてんやわんやだったんだよ」

「へえー」

「「へえー」って···入試が終わってからも、門に出待ちが出来たり、結構な騒ぎになったんだけど?」

 信じられないと言いたげな顔を向けるクラスメイトに、舟はそうだったろうかと小首を傾げる。

「はあ···さすが首席というか、やっぱ、お前も違う意味で凄いよ雪田」

 そう言って少し呆れたように笑うクラスメイトの傍ら、そんな人気者なら尚更、どうしてわざわざ自分に声をかけに来たのか、舟には全く解らなかった────




「─────ねえ、聞いてる?」

 過去へ遡る意識が現世(いま)へと引き戻される。

「あ···何だったろうか?」

「転生するってどんな感じかって話♪」

「ああ···」

 正直、常雪はその話をあまりしたくなかった。

 雪田舟として生きた日々も己の一部。

 その事は十分に理解しているが、それでも、あの前世の記憶が蘇った時の孤独感は、未だに心が少し重くなる。

 けれど、今はそうも言っていられない。

 これから色々と聞き出すには、出来るだけ鴉雛の要求に応えなくては。

「鴉雛。お前はいつ自我が芽生えた?」

「自我?」

「そうだ。私達は、自我が芽生えた途端に自分を取り囲む環境や、自分の立場を瞬時に理解するだろ?転生とはそれに非常に近いが、入ってくる情報量は凄まじい。何せ人間2人分の情報だからな」

 その話を聞いた途端、鴉雛は顔をしかめる。

「うえ〜····何だか吐きそう···」

「お前が聞いたんだろ?」

「そうだけど。こう、もう少し、ロマンチックというか、閃光!って感じのキラキラしたものだと思っていたから···」

 分からんでもない。

 書物や、ゲームでも"転生"というテーマは広く用いられ、その大半が鴉雛の言うところの"浪漫"や、胸がときめくような煌めきを帯びている。

 しかし、実際はかなりシビアで、一般人だった自分ですらあんなに悩んだのだから、もし仮に前世、咎人であったとしたら、その苦しみは何十倍にも成るだろう。

 想像するだけで恐ろしいと、常雪もまた、顔の色を退かせた。

「ねえ?転生して一番最初に何を思い出したの?」

 そんな事はお構い無しに、鴉雛は次の質問を投げかける。

 この切り替えの速さは何なのだ。

 先まで吐きそうだの、何だのと顔を顰めていたのにそれでもまだ転生体験を聞きたがるなんて···。

 常雪は呆れたようにため息を付き、仕様が無いと応えてやった。


「···自分が絶命した日の事だ」


 どうしたのか。

 質問に応えたというのに何も返して来ない。

 言い方が悪かったのかと心配に成った常雪は鴉雛の顔をすうっと横目でうかがってみる。

 驚いた。

 見ると、鴉雛は今にも泣き出してしまいそうな顔をしていたのだ。

 同情してくれたのだろうか。

 それにしても···なんと情けない顔だろう。

「──ふっ···ははははっ」

「え?なに?」

「いや、お前でもそういう顔するんだな···ははは」

 突然笑い出した常雪に、当たり前に良い気分はせず、鴉雛はまた先の顰め面に戻った。

「なんだよ!僕は雪田が可哀想だと思って····ったく!」

 解っている。

 けれどこればかりは仕方がない。

 人は、予想を超えた出来事に直面すると固まるか、爆笑するかのどちらかだと相場が決まっている。


 はあ───本当に、この男は掴み所が無い···いや、()()()の方が適切か。

 人の創ったゲームを勝手に複製して、勝手に理由の解らぬチャット機能をプログラミングして、それを勝手に売り捌くなんて身勝手な事をしたくせに、こちらとの関わりを保とうとし、生い立ちに同情までしてくる。

 苦しめたいのか、労りたいのか、鴉雛霎の本心は何方なのか、常雪は思考を巡らせるが、どうにもそれらしい答えを導き出す事が出来ない。

 人の心は人のもの。鴉雛の心は本人に聞くしかない。

 街を歩き出し大分経った。切り出しても不自然な事はないだろう。


「なあ、鴉雛。お前は私が居なくなってからどうしていた?」


 あの裏庭で話したときのように、責め込んではならない。

 本当は、直にでもこんな事を仕出かした理由を聞きたいが、それでは全て台無しだ。

 どう暮らしていたか聞くくらいなら、今まで彼の質問に応えた事を考えて妥当だろう。

 とはいえ、勝手気儘が根底にある鴉雛なら、この質問ですらどう受け取るかは気分次第。

 祈る思いで構える常雪に、鴉雛は足を止め穏やかな口調でこう返した。


「雪田。自分がどうして死んだのかって考えたことある?」


 返事になっていない。

 "どうして死んだのか"なんて、解りきったことをなぜ聞くのか、常雪には理解できなかった。

「どうしてって、私はあの火災事故で···」

「その火災がどうして起こったのか、考えたことある?」

 火災の原因。

 言われてみれば、一度も考えたことは無かった。

 充満した煙で意識が朦朧として、そこまでしか覚えていない。

 しかし、なぜそんなことを聞く?

 自分は知っているとでも言いたいのだろうか。 

 それこそどうして···。

 いや、今はそのような事に気取られているわけにはいかない。

 こうしている今も、この世界の綻びは進行している。

 食い止めるためには何とか上手く話をまわして、複製品を売り出した経緯を聞き出せなくては。

 情け無いが、こんな時こそ織江が居てくれればと常雪は心底思った。

 あの斜め方向から飛び出てくる発想と、真っ直ぐに相手に向き合う心の強さが今、最も必要だ。

 いっそ、街に連れ出すか。

 いいや駄目だ。

 織江の恋路に水をさしてはならないし、それに一番厄介なのは天青だ。

 天青が転生者であることは勿論、彼が前世で織江と夫婦だったことを知るのは自分だけ。

 そこへ鴉雛を連れていけば、その事が話題に上がりかねない。

 あの池の畔、天青は言った。

「───前世は勿論、なにより私は今の織江殿に惹かれています。ですから、どうか彼女が思い出すまで、この事は秘密にして頂けないでしょうか」

 織江にも、今の自分を見て欲しいからと、天青はそう言って微笑んだ。

 きっと、天青は織江が自分の妻であったことを思い出さなくても現世()を共に生きれれば本望なのだろう。

 笑顔の下に認た強い意志に、常雪は必ず守ると誓った。

 二人のため、この場を何とか乗り切らなくてわ。

 常雪は顎を掻き、話の舵を取り直すにはどうしたらいいか思考を巡らせた。

「雪田?」

「···」

「雪田!」

「何だ!····───」

 人が懸命に頭を回しているというのに、何を騒いでいるのかと苛立ち混じり顔を上げてみると、目の前の光景に思考の全てが掻き消された。

 鴉雛の身体が光りに包まれ、まるで蛍が天へと登るように足元からその姿が消え欠け出していたのだ。

「────これは···」

「ああ〜···。今日はもう時間切れみたい」

 信じ難い光景に意識が遠のきそうになったが、何とか己を律し、常雪は鴉雛に言葉を投げ。

「待て!まだ話が!」

「ごめんね。近いうちにまた会いに来るから」

「おいっ!待ってくれ!鴉雛!!」

 手を伸ばし掴もうとするも、光が指の隙間をすり抜け、鴉雛はまたも常雪の前から姿を消した。

 何と言う事かと、一人残された常雪は膝に手をつき落胆した。

 近いうちと言っても、こちらにはどれだけの時間が残されているか解らない。





「────居た!常雪様ー!」




 

 夜闇に響く声に、沈みかけた心が浮き上がった。

 そうだ、こちらには静歌という協力者が居る。

 先までの事を話して、彼女から鴉雛へ言伝してもらえば、また直ぐ機会が巡ってくるに違いない。

 そう期待に胸高鳴らせ、静歌の声がする方へと向かう常雪。

 希望を見出した足は軽く、直ぐに合流することができたのだが─────


 ───先の鴉雛の残像に目が眩んで居るのだろう。

 そう思い、何度も深く瞬きをしてみたが、淡褐色の瞳に映るのは真実のみだった。


 目の前で息切らす静香。

 街灯に照らされる金色の髪は細やかな波を描き、若葉色の瞳はビー玉の様。頬は桃のように色付き、乱れる息を整えようと胸に当てた手のなんとか細く、小さい事か。

 その姿は、常雪が本来、設定していたヒロイン(プレイヤー)のキャラクターデザインそのものだった。

「静香姫····その御姿·····」

「そ、そうなのです!実は·····」

 静歌の話によると、常雪達が宿を経ってから暫く、心も落ち着き、湯浴みをしようと大浴場に向ったのだが、ふっと脱衣所に備え付けられた鏡に目を遣ると、既にこの姿に成っていたという。

 驚いた静歌は常雪達の言っていたバグの影響かと思ったが、不良で本来在るべき姿に成るなんておかしいと思い直し、兎に角この事を知らせなくてはと、大急ぎで宿を飛び出したところに常雪の声が聞こえ、何とかここまでやって来たそうだ。

 これも鴉雛の仕業か。

 否、プログラミングを追加することはできても、制作に関わって居たわけではない人間が修復をかけるなんて無理がある。

 となると、考えられるのはリリバレのエンジニアによる修復のみなのだが、どうして今に成って···。

「常雪様、どうしましょう···」

 落ち着け。

 緊張に緊張が続き頭が沸き立ってしまって上手く纏まらない。

 落ち着け、落ち着け。

 常雪は何度も自分自身にそう言い聞かせ、先ず何をすべきか必死に思考を整理する。

「静歌姫」

「っは、はい!」

「ここまで来て頂き恐縮ですが、一度ログアウトして頂けないでしょうか?」

「え、でも····」

 今ログアウトしてしまったら、ログイン出来なくなるのでは無いか。

 そんな不安が静歌の脳裏を過った。

 常雪はそれを察したようにこう続けた。

「大丈夫。修復をかけた何者かも、直ぐには貴女の持つゲームには辿り着かないでしょう。それに、頼み事が済み次第、貴女には再びログインして頂きたいのです」

「頼み事?」

「はい。先ずは────」


 先ず、常雪は静歌に鴉雛への連絡を頼んだ。

 希望は二十四時間、遅くとも三日以内には再ログインし、もう一度話合たいと。

 そしてもう一つは、各SNSやニュースでこの複製品について取り上げられてないか。上がっているとしたら、どのような内容なのか。

 以上の二点を常雪は静歌に託した。

「解りました。直ぐに取り掛かります!」

「重ね重ね申し訳ない。宜しく頼みます」

 礼を立てる常雪に答えるように頷くと、鴉雛と同様、静歌は光とともに姿を消した。

 常雪はその光の余韻を辿ように天を見上げ、深く息をすい、初夏夜の香りを胸に抱き込んだ。

「はあ···仕方ないのだが、正直、気が重い···」

 溜息混じりに息を吐きながら、常雪は苦笑した。

 そう、この事態を織江に話さないわけには行かない。

 時間的に、おそらく未だ街にいるはず。

 さて、家で待つか、迎えに行くか···何方にせよ、幸せに水を差すのだが、やれやれ気が重い。

「とりあえず、街に出向いて、半時歩いて見当たらなかったら帰りを待つか···」

 そう言って、常雪は一人来た道を街に向かい歩き出した。



















「────どうしよう···約束、守れないかも···」




「速報です。ゲーム業界最大手、DENDRITIC元社員の男性が他社製品を違法に複製販売していたことが判明しました。この件に関し、警視庁は明朝にもDENDRITICへの立ち入り調査に入るとの事です。尚、改ざん、関連データ削除を防ぐため、警察官監視の下、社員は一斉退社。明日の調査完了まで一切の入館を禁止。男性の所属部署の社員に対する聴き取り調査も同時開始すると発表しました」



 テレビを点けた瞬間目にしたニュース速報。

 後悔と、懺悔。

 常雪との約束の行方に、静の胸は締め付けられた。

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