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十六

「──緊張しますね」

「──ああ」


 街一番の高級宿。

 宴会場であろう部屋の窓から賑わいが響く。

 常雪は今一度背筋を伸ばし、意を整え、織江と共にその分厚い門をくぐる。

 入館した二人の姿に、直ぐ様一人の女が駆け寄ってきた。

「まあ。これはこれは常雪様」

 とても感じ良いその女は、この宿の副支配人だ。

「忙しい時にすまない」

「とんでも御座いません。それで、本日は?」

「貝寄風公の姫、静歌様に会いたいのだが」

 すると副支配人は困ったような表情を浮かべ、申し訳無さげにこう応えた。

「···実は、姫様はお戻りに成られてからと言うもの自室に籠もりきりでして···宴の前、お声がけに伺ったのですが、気分が優れないので遠慮したいと···」

 無理もない。

 まさか自分が推していたゲームのキャラクターが、元は同じ世界で生きていた人間だというだけでも混乱するだろうに、あの鴉雛とも面識があったとなれば彼女の精神疲弊は計り知れない。

 しかし、この世界を救うためにはどうしても静歌の協力が必要。なんとしてでも会わなくては───。

「····いかが致しましょう?」

 思考巡らす常雪の応えを待つ副支配人。

 その時、傍らで二人のやり取りを見ていた織江が副支配人へ言掛ける。

「副支配人。紙と筆をお貸し頂けないでしょうか?」

「紙と筆を···ええ、と···」

 織江の唐突な頼みに副支配人は少々戸惑った様子で、どうしたらと言いたげに常雪の顔を見る。

 その意に応えるように、常雪はこくと頷いた。

「かしこまりました。御用意いたしますので、あちらにおかけになってお待ち下さい」

 そう告げると、副支配人は早足で去っていった。


 暫くして、副支配人は墨と筆、便箋を持ち、二人の元へと戻ってきた。

「お待たせ致しました。こちらで宜しでしょうか?」

「ああ、十分だ」

「良かった。では、また何かありましたら、そちらの呼鈴でお呼びくださいまし」

「ありがとう」

 そうして、副支配人は帳場裏へと戻って行った。

「さて、なんと書き出そう···」

「そうですね···まずは────」


《コンコン───》


「────···誰?」

 扉を叩く音に、寝台から気怠そうに身を起こす静歌。

「副支配人の白詰に御座います。御休みのところ失礼致します」

 すると、中からほんの少し、顔が半分見える程度に扉が空いた。

「御父様のお使い?悪いけど、今日は本当に···」

「あ、いえ!静歌様にお手紙を」

「手紙?」

「はい」

 そう言って、副支配人は手に持っていた封筒を静歌に渡した。

「こんな時間に、誰が···」

「御領主、風見家の二の若様から」

「常雪様が!?」

「はい。静歌様にお会いしたいとこちらに」

 常雪の名に、封筒を掴む静歌の手が微かに震える。

「姫様の御様子をお伝えしたら、こちらを渡してほしいと」

「そう···」

「今晩は厳しいかととお伝えしたのですが···」

 隙間からのぞく静歌の表情に、並々ならぬものを感じた副支配人は、それ以上は口をつぐみ、頭を下げ、静かにその場を去った。

 扉を閉め、静歌は先程まで横たわっていた寝台に腰をおろすと、受け取った封筒から文を取り出した。




 貝寄風静歌様


 先刻の事も含め、心中お察し致します。

 本来であれば心静まる日を待ち、改めるべきなのですが

 我等には時間がありません。


 静歌様も御存知の通り、私は雪田舟として生きた二十三年の生涯を不運な事故により閉じました。

 それがまさか、自分の作ったゲームの世界に新たな生を受けるなんて。

 前世の記憶に目覚めた時、これから自分がこの世界でどう生きて行けば良いのか思い悩んだ時期もありました。


 けれど、今はそんな事がどうでも良い程にこの世界で生きる日々がとても幸せで充実しているのです。

 

 今、この世界は崩壊の危機に瀕しております。

 おそらく、その原因は鴉雛の強引なプログラミングと、複製による原盤の消耗によるものです。


 この世界の住人である私にどこまで出来るか解りません。

 ですが、私は、私の愛するこの世界を救いたい。

 最後の最後まで、最善を尽くしたいのです。


 その為にはあちらの住人である静歌様のお力をどうしてもお借りしたいのです。


 どうかお願いします。私に時間を下さい。


                   風見常雪






 帳場の壁時計を見上げながら、常雪は溜息を漏らした。

 副支配人伝てに文を渡してから既に半時。二人はどうか、頼むと、祈る思いで静歌が現れるのを待っていた。

 封を開けたとすれば、こちらの意志は届いたはず。

 まさか、重責に耐えかねログアウトしてしまったのだろうか。それとも───。

「───···織江、屋敷に帰ろう」

「よろしいのですか?」

「文が渡ってもう半時だ。読まずに床についた可能性も考えると、このまま待っていても仕方がない」

 確かにその通りだ。

 最初こそ常雪に夢中だった静歌だが、あんな事があった今、彼女が最も会いたくない人物はこの常雪なのだ。封を開かぬまま、諦めて帰ってくれればと床に籠もるのも当然の選択。

 それに、これ以上待てば宴から席を立つ者も出てくる。

 酒が回っていようと、領主子息である常雪を見つければ挨拶に駆け寄ってくる者も居るだろう。

 そうなってしまえばますます静歌への謁見は困難となる。残念だが、今夜は退くしかない。

 織江の気持ちを察した常雪は、明日また頃合いを見て来てみようと笑みを送り、二人は待合場の席を立ち、帳場に居る副支配人の元へと向かった。

「白詰、そろそろ失礼しようと思う。忙しい時分に色々無理を言ってすまなかった。ありがとう」

「そんな!滅相も御座いません。大したおもてなしも出来ず、姫様の事も···お力になれず申し訳御座いません」

「いや。お前の言う通り日が悪かったのだ。また明日にでも頃合いを見て出直してみるよ」

「そうですね。姫様も今晩ゆっくり休まれれば落ち着きましょう」

「うん。それでは────」


「────っ!お待ち下さい!!」


 

 突然降り響いた声に三人は辺りを見渡す。

「····常雪様!あちらを!」

 そう言って肩を叩いてきた織江の表情。

 驚きながらも、喜びに満ちているその視線を追うように顔を上げて見ると、なんと、二階の廊下の手摺から静歌がこちらに向かい身を乗り出しているではないか。

 そうとう急いで来たのだろう。一階からでもその柔肩が大きく揺れているのがはっきりと見て取れる。

「お待ち下さい常雪様!」

 息も整わぬまま、静歌は常雪達の元へと中央の大階段を一気に駆け下りてきた。

「···静歌姫」

「···っお待たせして、ごめんなさい」

「お加減は宜しいのですか?」

 静歌は苦しげに胸元を抑えながら、大丈夫だと応えるように頷いた。

 二人の様子を見ていた織江は、直ぐ様、副支配人に何処か落ち着いて話せる場所は無いかと尋ねた。

 それならばと、副支配人は庭にある茶室を薦めてくれた。

「今案内の者を···あ、でも、姫様の様子だと呼ばない方がいいかしら····」

「そうして頂けると···」

「解りました。入口を出て頂いて、直ぐ左へ向かうと大きな石燈籠が御座います。その直ぐ奥が茶室ですので」

「ありがとうございます。あ!あともう一つお願いが···」

「うん?···はい···ふふ。承知致しました直ぐに用意致しますね」

「よろしくお願いします」

 そうして、三人は帳場を後に、茶室へと向かった。


「失礼致します」

 三人が座についた頃、盆を持った副支配人が茶室に現れた。

 副支配人は手際よく持ってきた飲み物を三人の前に置くと、にこりと微笑み茶室から去っていった。

「···良い香り」

 そう言って静歌は置かれた茶器をとり、それを口元へ運ぶと立ち籠める甘く、優しい香りを味わうように吸い込んでから、淹れ立ての茶をゆっくりと含み飲む。

「カモミールティーね···それから···蜂蜜かしら?」

「····懐かしい」

「え?」

 どうしたのだろう。とても嬉しそうな織江の表情に、静歌は首を傾げる。

「「カモミールティー」。その呼び名を聞いたのはいつぶりかと···この世界では「カミツレ茶」と言うので」

「貴女···」

「改めまして───私は風見家奉公人·織江と申します。常雪様同様、"Hobby World"の火災事故により前世を閉じ、この"しきおり"に転生した者で御座います」

「そうだったの···もしかして、このお茶は貴女が?」

「はい。副支配人から静歌様がお戻りに成られてから何も召し上がってないとお聞きしたので、体も心も温まる物をとこちらをご用意頂きました。ノンカフェインで胃にも優しいですし♪」

「そう···とても美味しいわ。ありがとう」

 青褪めていた表情に、ようやく色が戻り、静歌は織江の優しさに目をほころばす。

「───常雪様?」

「はい」

「本題に入る前に少しだけ、私の話を聞いていただないでしょうか?」

 そう言いながら茶器を置き、自分に向かう静歌の瞳に確かな決意を認めた常雪はこくと頷いた。

 了承を得た静歌は一度ゆっくりと目を閉じ、再び目を開くと同時に話を始めた。

「私が初めて霎さんに会ったのは一年前、ちょうどあちらでも今ぐらいの時期でした────」



「────ええっと、中央西口は···あ、もう一個先の階段を上がればいいのね。よし♪」

 ダイレクトメールの内容と、駅構内の案内板を照らし合わせながら静は例の人物との待ち合わせ場所に向かっていた。

「あったあった。で、ここからまた地上にでて、楓広場の柱時計の前よね?」

 オタ活の遠征で鍛えられた方向感覚と、早歩きで静はスムーズに指定された待ち合わせ場所へと着くことができた。

 着いてすぐちらちらと周りを見てみたがまだそれらしき人物の姿は見当たらない。


(楽しみでちょっと早く家出ちゃったし、待ち合わせ時間になっても見当たらなかったらDMしてみよ♪)


 それから暫く、待ち合わせの時間を少し過ぎたのだが、静は未だに一人柱時計の前に居た。

「う〜ん···どうしたのかな?」

 中々現れない相手に一先ず携帯の交通情報をタップしてみるも、得に遅延などの情報はアップされていない。

 先日の遣り取りからみても遅刻するなら連絡をしてくるだろうし、一体どうしたのだろう。

「もうすぐ十分かあ···DMしてみるかな」

 そう言って静かがヲタク活動用のSNSを開きDMを打とうした瞬間、液晶画面が薄っすら暗くなった。


「───遅れてすみません」

「へ?」

 頭上から聞こえた声に顔を上げて見ると、普段お目にかかることはまず無いであろう、長身の男が目の前に立っていた。

 ファッションモデルでもしているのか、静の頭二つ分は先にあるその顔は二次元級の美しさ。ニキビは勿論、毛穴一つ見つからない陶器肌。色素の薄い髪と瞳。存在感は人智を超えるレベルだ。

 一体なぜこんな神々しい生き物が、ごく平凡な自分に声をかけてきたのか、理解が追いつかないままながら、嗚呼。これが属に言う『お顔が強い♡』と言う生き物なのかと、静は一人、悟の境地に達していた。

「あの···☆しぃー☆さんですよね?」

「へ?、あ!えっと、もしかして··kosameさんですか?」

「はい♪」

「すみません。私、てっきり同性だとばかり···」

「あ、いや。僕の方こそ。事前にお話しておくべきでした」

「いえ!そんな!」

 正直、かなり驚いた。

 今回譲ってもらうイベントの主催、株式会社リリー・オブ・ザ・バレーは乙女ゲームに特化したゲームメーカー。

 当然ながら、ファン層の九割は女性であり、男性ファンも居なくはないが、イベントに参加するまでの者は中々いない。

 最新作の主題歌で人気アイドルグループ出身の歌手を起用したのでそのファンだろうか?

「どうかしましたか?」

「え?あ、いえ!」

「良かったらチケットの受け渡しがてら、お茶でもどうですか?ここだと一通りも多くて忙しないですし」

「あ、そうですね。何処かおすすめとかありますか?私あまりこの辺の土地感がなくて···」

「甘いもの、好きですか?」

「はい大好きです」 

「そしたら、ここから少し行った所に良い喫茶店があるのでそこに行きましょう」

「はい」

 そうして静は謎の美男子と供に、彼のおすすめの喫茶店へと向かった。


 10分程歩いて辿り着いたその店は、同じ街とは思えぬ程、閑静な住宅街の一画にひっそりと佇んでいた。

 花はだいぶ散ってしまっているが、店を包み込むように生える藤の木が、お伽話の世界に入り込んだような心地にさせてくれる。

「素敵なお店ですね!」

「良かった。さ、入りましょう」

「はい」


 席に着き、互いに飲み物とケーキを注文し終えたところで、静はバックからチケット代を入れた封筒と、小さな紙袋を取り出し、それを彼の前にそっと差し出した。

「これは?」

「チケット代だけではと思って···気持ちばかりですが···」

「開けても良いですか?」

「勿論です!」

 紙袋の中身を見た男は、驚いた様子で静の方へ顔を向けた。

「これ···」

「あ。紅茶、苦手でしたか?」

「いえ、好きです。けど、これ···"天狼星"の祁門紅茶ですよね?」

「そうです!kosameさん詳しいんですね!」

「良いんですか?チケット代と併せたらかなり···」

 男が困惑するのも無理はない。

 天狼星は限られた百貨店のみに展開する紅茶専門店で、

紅茶愛飲家達の憧れの銘店。

 取り揃えられた茶葉は属に言う()()()()()の一等品のみ。

 しかも、静の選んだ祁門は店の看板商品で、この50gの缶一つで今回譲るチケットがもう一枚買えてしまう程の価値があるのだ。

「今年の茶葉はかなり良いものが詰めたそうで、試飲させて頂きましたが、スモーキーさの中にふくよかな甘みがあってとっても美味しかったので♪」

「でも···」

 どうしたら良いのか、男は戸惑っていた。

 その姿を見て、静は少し照れ臭そうにこう切り出した。

「私、高校の頃からリリバレの作品の大ファンで。働く様になってからは、ゲームは勿論、この毎年開催される主催イベントが生きる糧というか···大袈裟に聞こえるかもしれないけど。だから、これは、私からの精一杯の感謝の気持ちなんです。なので、紅茶お嫌いじゃないのなら受け取って頂けると、嬉しいです!」

 そう言って俯き加減に笑みをこぼす静に男もようやく観念したようで、それでは有り難くと缶を自分のリュックにそっと仕舞い、その内ポケットからチケットの入った封筒を取り出しそっと静へと手渡した。

 念願のチケットに胸弾ませる静。そこへ丁度良く出てきた、見るからに美味しいそうなケーキ。

 一緒に注文したアイスミルクティーのまろやかな香りがまた堪らない。

「さ、いただきましょう」

「はい♪」


 穏やかな空気の中、時折大好きなゲームの話もしつつ、二人は束の間のティータイムを楽しく過ごした。

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