十四·五
(詰んだ···詰んだ!詰んだ!完全に詰んだ!何これ?常雪が雪田舟で雪田舟の創ったゲームに転生?!何よそれ!聞いてない!!)
静歌は天青らと別れ、宿の自室へ駆け込むと、整理の付かない頭と、言う事を効かない鼓動に一人倦ねていた。
────遡ること一年前···
コールセンターの社員として働く静歌こと、五十嵐静は、日々繰り返される激務に疲弊していた。
学生時代のアルバイトから、そのまま就職出来たため、魔の就活困難を免れたものの、考えが甘過ぎた。
アルバイトの様にいかないとは解ってはいたが、仕事量は倍に。当然の如く、拘束時間も延長された。
それに加え、後輩の育成等も入るようになり、最後にプライベートな連絡を取ったのがいつ、誰とだったかも思い出せない。
それでもやって来れたのは、役職に付き、僅かながらも給金が上がった事と、趣味の"オタ活"という心のオアシスがあったからだ。
「ああ〜。イベント1次駄目だったか~。2次の申し込み日は···げっ、朝一会議···終わった···」
この日も残業をこなし、やっと自宅へ帰れた静は、申し込んでいたイベントの1次申込みの落選と、2次申込みのスタート時刻に月一の会議が入っていることを知り、途方に暮れていた。
「協力してもらおうかな。いや、でも···最近忙しすぎてSNSも低浮上でオタ友と絡んでないし、みんな自分のチケ確保でそれどころじゃないよなあ···」
どうしたものか。
静は携帯をテーブルに置き、気持ちをリセットしようと重い腰を上げ、風呂場へと向かった。
「はあ〜。お譲りとか出てないかな?出てない、かぁ···出てないよね~。リリバレだもんなぁ~···」
この頃の湿気でよれ散らかしたメイクを、クレンジングオイルでクルクルと落としながら、静は鏡に映る自分に問い掛けては、溜め息を着くという自虐を繰り返していた。
風呂場を出て、適当に身体の水気を取る。
年季の入ったルームウェアに袖を通し、まだ水の滴る髪をタオルで包み上げたら、脱衣所の電気を消してキッチンへ。
冷蔵庫に冷やしておいた500mlの缶チューハイを取り出すと、それを持って先程のテーブルの方へ。
座っているだけで姿勢を正してくれるとか、くれないとか言う座椅子に腰を降ろし、缶を開けると、勢いよく乾いた喉にチューハイを流し込んだ。
「───っだあ!今日も酒は美味い♪」
いつもと同じ缶チューハイ。
どうしてか、今夜は炭酸が妙にきつくて鼻奥までぴりりと疼く。
「はあー。せっかく半休とれてたのに···行きたかったな···もう···」
いくら嘆いても仕方がない事は、静自身が一番よく解っている。解っているからこそ、口に出さずに居られないほど悔しくて、涙が溢れ出した。
「···いい歳して、情け無い···ティッシュ···?」
涙を拭こうと、テーブルに置いてあるティッシュケースに手を伸ばそうとした時、すっかり存在を忘れていた携帯から通知音が鳴った。
気になった静かは、ティッシュを取るはずだった指先で、携帯の画面を軽くタップしてみた。
「···うん?見たことないアカウントだけど知り合いかな?」
見てみると、趣味のために利用しているSNSを通じ、何者かが静宛にダイレクトメールを送って来ていた。
「うーん···とりあえずログインして見てみるか···」
もしかしたら、自分がログインして居ない間に、友人がIDを変えたのかもしれない。
静はSNSのアプリを起動させ、テンポよくパスワードを入力してログインすると、直ぐにDM欄を開いた。
「うーんと···突然────」
【突然のDM失礼します。いつも☆しぃー☆さんのヲタ活レポを楽しく、こっそり(笑)拝見しています(^ω^)一つ御相談なのですが、8月に開催されるリリバレの1次結果どうでしたか?実は、行こうと思って1次申込みして、無事にチケット取れたのですが、お世話になった方の法事と重なってしまって(´;ω;`)もし、☆しぃー☆さんがチケット取れていらっしゃらなかったら、お譲りさせて頂けないでしょうか?】
「うそ···うそ!うそ!うそー!!!神!!マヂ神!!」
その内容に静は立ち上がり、歓喜の声を上げた。
「はああ···『生きていれば良いこともある』って本当にあるんだ。嬉しい。ヤバい!マジでヤバい!!きゃあ♪」
興奮のあまり、小躍りまでしだした静。水気を取るために巻いていたタオルが床に落ちる。
「はっ!!こんなことしてる場合じゃない。早く返事返さなきゃ!」
静はすぐさま差出人に返事をしようと、文を打つ。
「いや待った。もしかしたら···これ···」
詐欺かもしれない。
打ちながらふと、そんな不安が過ぎったのは、この類のダイレクトメールで"入金詐欺"にあってしまったオタ友のことを思い出したからだ。
あの時、今の静同様、イベントの参加チケットを探していた友人に、やはりSNSを通して、チケット譲渡のダイレクトメールが届き、嬉しさのあまりその友人は、詳しい確認もせず、相手から言われるがまま、直ぐに近場のATMから入金してしまった結果、チケット代だけをまんまと盗られてしまったのだ。
「どうしよう···スルー?いや、でも···」
冷静に成った途端、静は尻込みした。
このまま返事を返さなければ、詐欺にあわず、稼いだ金を盗られる事もない。
だが、詐欺じゃなかったら?
差出人も同じ界隈のオタクで、たまたま予定が合わず、奇跡的な確率で自分にチケット譲渡の連絡をくれたとしたら?
自分が損をするか、他の誰かが得をするか。
「···そうだ!」
静は打ち込んだ文章を全て消し、差出人宛に、ある提案を送った。
【はじめまして☆DMありがとうございます。チケットお譲りの件なのですが、可能でしたら、チケット当選画面をスクショして送って頂けないでしょうか?宜しくお願い致します。】
詐欺師か善人か、これではっきりする。
次の返信で提案を拒否したり、やたら加工されたスクリーンショットが送られてきたら、波風立たない様に断れば良い。静は残りのチューハイを飲みながら、前者で無い事を願い、返信を待った。
───ピコンッ♪
「来た!!」
メッセージを出してから僅か数分。携帯から通知音が鳴った。
静はログインしたままにしてあったSNSアプリから、項目のDMをタップ。件の差出人からの新着メッセージを開いた。
見ると、指定したチケット当選画面のスクリーンショットと、その直ぐ後にメッセージが添えられていた。
【御返事ありがとうございます(╹▽╹)こちらが当方のチケット当選メールのスクショになります!お手数ですが、確認出来ましたら返信お願いします☆】
「8月27日、主催:(株)リリー·オブ·バレー、☓☓市民文化ホール··夜の部···間違いない!後は···支払いと、受渡しか···うーん···」
静の念が届いたのか、チケット当選は事実であり、差出人は詐欺師ではなかった。
残るはチケットの受渡し方法をどうするかだ。
チケット引き換えが始まるのが7月の中頃。盆の休業に向け、センターも忙しくなる時期だ。
何かしらの追跡が可能な手段で送ってもらうか。
しかし、万が一チケットが届かなかったら───。
静は悩んだ結果、差出人へこう返した。
【ありがとうございます☆スクショの方も確認させていただきました(^‿^)それで、重ね重ね申し訳ないのですが、受渡しを直接でお願い出来ないでしょうか?勿論、受渡しの場所、日時は御指定して頂いて大丈夫です◎!ご検討の上、返信宜しくお願い致します】
直接なら、チケットの行方を案じる事は無い。
"顔バレ"というリスクはあるが、それは静も同じ事。
それに、相手がここまでしてくれたのだ。
この件に関しては、良い返事が貰えなくてもチケットの到着確認後、指定口座へ入金するか、向こうが望むなら現金書留で送金しても構わない。
兎に角、チケットが確保出来た事が、静にとって何よりも嬉しい事だった。
程なくして返ってきたメッセージ。
差出人は、静の申し出を了承した。




