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十三·五

 国へと戻る馬車の中、水浅家天青付き従者·瓷秘(しひ)は、向かいに座る主の様子に目を丸くしていた。

「若、御機嫌ですね。」

「うん?そうだろうか」

「そうですよ。いつも御役目の後は不機嫌そうに黙っているか、寝ているかではないですか」

「そんな、いつもでは無いだろ?」

「何か、良い事でも?」

 瓷秘の問いかけに、天青は懐から一枚の手拭いを出し、それを大切そうに膝に置き広げた。

「見事な刺繍ですね」

「織江殿から頂いたものだ」

「織江···ああ!風見家の御兄弟に付いていらした!」

「そうだ」

 そう言いながら、手拭いに施された刺繍をそっと指先でなぞる天青。表情は自然と綻ぶ。

 瓷秘は益々驚いたが、同時に嬉しさが込み上げてきた。

「あの方なのですね?」

「···」

「伝えたのですか?」

 瓷秘の問いかけに苦笑いを浮かべ天青は首を振った。

「何故です?」

「言えば戸惑うだろう」

「ですが···」

「それに」

「はい?」

「織江殿だから心動かされたのだ」

「若···」

 天青の優しさが遣る瀬無く、瓷秘の胸は締め付けられる。

 そんな瓷秘を案じてか、天青は肩をすくめ鼻を鳴らす。

「などと偉そうに言ってはいるが、つい、"ティアン"と呼んでしまいそうになる···」

 それは遥か昔、天青がさる国の将軍として生きていた時、彼が生涯唯一人愛した女性の名。

 あれは瓷秘が十二に成った夏の頃だった。

 話したい事があると天青の部屋に呼ばれた瓷秘は、ちょうど今の様に向かい合わせで茶托について、暫く茶を飲みながら沈黙を過ごした後、天青から"前世"の話を聞かされた。

 最初の内は公務の疲れか、暑さのせいかと思ったが、天青の顔は真剣そのもの。特にティアンの最後を語る時の悲哀に満ちた顔は今でも忘れられない。

「ありがとう」

「え?」

 突然の事に瓷秘は何事か検討もつかない。

 けれど、向かい合う天青の顔はとても穏やかだった。

「いつか瓷秘にも織江殿を逢わせたい。その為に、もう少しだけ、私に時間をおくれ」

 そうだ。本当は、誰よりもこの再会を待ち望んでいたのは他ならぬ天青本人なのだ。それを外から何故だと囃し立てるのは間違いだ。

 天青の言葉に笑みを返した瓷秘は、この始まったばかりの奇跡を見守ろうと思いを新たにした。



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