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十三


 風見常雪さま

 

 御手紙ありがとう御座います。

 先日はお見苦しい姿を見せてしまい、あの場にいた皆様に申し訳ないと、己を恥じておりました。

 そんな私へこの様なお心遣いを頂けた事、とても有り難く、不謹慎だと解っていても嬉しさが込み上げました。

 私も、常雪様には一度お時間を頂き、謝罪をと考えておりました。

 父の薦めで此度、利休にて開かれる会合で各国重鎮の皆様にご挨拶をさせていただく事に成っております。

 付きましては、その折に、お時間を頂ければと思います。

 勝手ばかり申し上げて恐縮ですが御検討下さい。

 御返事、待っております。


                   貝寄風静歌



 

 


「驚いたな···長期戦に成るかと思っていたが、あの一通で返事が来ようとは···」

 あの宿での話し合いの後、織江の監督のもと、常雪は静歌へ驚かしてしまった事の謝罪と、改めて話をしたいとの文をしたため、出立時に支配人に遣いを頼んだ。

 静歌の様子から、きっと一通目では返事は来ないと思い、次の文をしたためだしたところの届いた文に、常雪と織江は唖然とした。

「常雪様。もしや···静歌様は()()を決めたのではないでしょうか?」

 文に目を遣る常雪の隣、何時もの如く、静かに思考を巡らせていた織江が言葉を掛ける。

「覚悟?」

「はい。常雪様のお話を伺い思ったのですが、静歌様は悩みを誰かに聞いて欲しい気質の方なのではないかと···」

 織江の話に常雪も居直り、耳を傾ける。

「うん。それで?」

「はい。もしそうであるなら、いっその事、常雪様に全てを話してしまおうと思われたのではないでしょうか?」

「ううん···それであれば、静歌が連絡を取っていた人物に聞いてもらえばいいではないのか?」

 常雪の出した答えに、織江は静かに首を振る。

「私もその事を考えてみました。ですが、それこそ出来ぬ事と思い直したのです」

 織江の言いたいことがいまいち測れない常雪は、小首をかしげ次の言葉を待つ。

「たしか、静歌様と話されていた方は、連絡手段を指定されていたのですよね?」

「ああ。どんなプログラミングを施したか分からないが、そいつが『しきおり』のコピーを売った相手にだけ使えるゲーム内チャットが在るらしい。全くけしからん」

「で、あるなら、()()()に話を聞かれたと、そのお方に言えるでしょうか?」

 織江のその一言に常雪はっとした。

 確かに、静歌たちから見て、ゲームのキャラクターでしかない自分が、現実世界の人間のように話を盗み聞きしていたと気づかれ、それを彼女が例の人物に報告すれば、運営や警察が介入したと思い、静歌は間違いなく責め立てられ、罪を犯してまで手に入れたゲームを返却、あるいは破棄するように言われるだろう。そうなるくらいなら、馬鹿げた発想に望みをかけ、常雪に洗い浚い打ち明けて楽に成りたいと思ってもおかしくはない。

「─────常雪様?」

 自分の言葉を聞いてから、ひたすら思考を巡らせる常雪が気になり、言葉掛ける織江。

 束の間の静寂が二人の間を吹抜けて行く。

 常雪は考えが纏まった様子で、織江の方へと居直った。

「織江。貝寄風静歌と会合の後、一席設けようと思う」

「はい」

「そこで、お前にも同席してもらいたい」

 一瞬わけが分からず、天を見上げ、小首を傾げた織江。やっと主の言葉を処理出来たようで、「へ?」と、妙ちきりんな声を上げ、勢いよく常雪を見た。

「わ、私が同席!?」

「何をそんなに驚いているのだ?」

「御言葉ですが、私が同席しては、静歌様も話し辛いのでわ···」

「何故だ?」

 嗚呼。忘れていた。と、織江は小さな溜息を漏らした。

 常雪は織江が何をそんなに躊躇(ためら)っているのか解らず、またも小首を傾げた。

「····常雪様?もし、紫烏様との逢瀬に、宝珠様や、兄君·璃雪様がずうっと付かず離れず着いていらしたらどう思いますか?」

「な!!なぜ紫烏様が出てくる!!かんけ────」

「──()()()()()()()?」

 紫烏の名を聞いただけで顔を染め、話をはぐらかそうとする常雪を逃さんとばかりに織江は己が出した問への応えを求める。

 普段見せない織江の怒り混じりな真顔に、観念した常雪は渋々応えた。

「·····それは···困る···」

 常雪の応えに、織江は胸を撫で下ろす。

「静歌様とて同じです。本心は解りませんが、間違いなく常雪様にお逢いできる嬉しさと、今までにない緊張を胸にいらっしゃるはず。そこに、見ず知らずの私が同席すれば、あの方の本音を聞くことは叶いません」

「確かに。いや、そこまで気が回らなかった。すまん」

「難しい事ですが、今はあの方を信じましょう」

 織江の言葉に常雪は頷くと、決意を新たに、二人は静歌を迎えるための準備に取り掛かった。


 ───十日後

 利休は、東連合国家の会合日を迎えた。

 連合国家になって歴史の浅い東は年に四度、こうして四つの国が集まり、連合国家としての将来やそれぞれに抱える課題を話し合う場を設けている。

 その場として今回選ばれた利休は、各国の重鎮を迎える緊張と、それを上回る活気に溢れていた。


「ふあ〜あ···ああ、俺も街に出たいな〜」

「また···鳩羽、なぜお前なのだ?兄君様はどうされた?」

「別の用が在るんだってさ。まあ、貝寄風のおひいさんの事で今様(うち)も地味にバタバタしてんだよ」

 面倒くさそうに頭の後ろで腕を組む鳩羽と共に、常雪は会議場へと続く長い廊下を歩いていた。

「バタバタ?」

「うん?···ほら、あの茶会でおひいさんがぶっ倒れただろ?あれから随分大人しくなってさ彼女···で、「弱味に漬け込んで」とばかりに貝寄風には求婚者が跡を絶たずでさ、親父さんは勿論、今様のお偉いさん方は漬け込まれてはたまったもんじゃないって、必死なんだよ」

 鳩羽の話を聞いていて、常雪はほんの少し、静歌に対し申し訳なく思った。

 恐らく、あの積極的な静歌が大人しくなったのは自分のせいだ。話していた者は誰なのか。どうして自分の死後、コピー品が出回ることになったのか。焦る気持ちを抑えられず、あって間もない女性を追い立てたのは賢明では無かった。

「そうか···」

「ま、とはいえ親父さんに着いて利休(ここ)に来るようだし、その内何時もの調子に戻るだろうよ」

 そうやって呆れ混じりに話す鳩羽の横、常雪はゆっくりと瞼を閉じ、束の間の情けを振り払うように一新し、会議場へと歩みを進めた。

 

 一方、風見家では、葉桜の隣で威風堂々と咲き誇る蝋梅の根に、織江が何とも言えぬ表情で水遣りをしていた。

「はあ···。真冬には向日葵、もうじき春も終わるというのに···綺麗過ぎるのがまた辛い···」

 三年前のあの日から、風見家の裏庭には季節外れの花がよく咲くように成った。

 この蝋梅も、本来は冬の時期にだけ花をつけるのだが、桜が散り始めた途端に再び芽吹き、今当(いままさに)に見頃を迎えている。

 常雪にもこの事は伝えてあり、一瞬、芽を摘もうかとも考えたが、全てはバクのせいで花には罪がない事、何より、利休の国花である蝋梅を傷つける事など出来ず、あの向日葵と同様に盛りが去るまでそっと見守る事にした。

「───綺麗ね···」

「御方様!」

 そう言って渡り廊下に現れた風見家女主人·黝簾。織江は手を止め、直ぐ様主へと居直り一礼する。

「御免なさいね、お仕事の邪魔をして」

「とんでも御座いません!ちょうど切り上げようてしておりましたので♪」

「あら♪じゃあ、二人でお花見しない?」

「お花見?」

「ええ。この素晴らしい蝋梅を眺めながら。ね?そうしましょ?」

「私がお相手で宜しいのですか?」

 織江の問いかけに黝簾は不満気に頬を膨らませる。 

「織江は私とお花見したくないの?」

「い、いえ!!嬉しいです!!」

 その答えに、今度は庭に咲く蝋梅に負けんばかりの歓喜を浮かべる黝簾は、膨らませた頬を引っ込め、まるで拗ねた子供のように腰に手をあて、グチこぼす。

「良かった〜!!家の用は済んじゃったし、殿も璃雪(あき)を連れ立って港の視察に行っちゃったし、常雪(とき)は会合だし、夕方までやることがなくて退屈なのよ~」

 才色兼備で悪戯好きの黝簾にとって、やることが無いのは一番苦手なこと。

 普段は家の切盛りは勿論、夫である唯雪の仕事の相談や、可愛い息子達をからかって毎日を有意義に過ごしているのだが、男衆は会合に関する視察、警備などに出払ってしまい、女衆は普段なら手を回わせない仕事や、自身の用始末に徹していて、声も掛け辛い。そこに庭仕事をしている織江を見つけて、黝簾はさぞ嬉しかったことだろう。

「承知しました。今、座布団をお持ちしますね」

「ありがとう。──っあ!急がなくて大丈夫よ?なんてったって夕方まで時間があるのだから!」

「はい♪」

 そう言って、織江は足早に勝手口へと向かい、如雨露を片し手を洗い、急いで小袖に着換えると、渡り廊下で待つ黝簾に座布団を敷き出し、すすめた。

 それから小走りに台所へと向かい、湯を沸かしつつ、御茶請けに成りそうな菓子を探した。

「御方様!お待たせいたしました♪」

「ありがとう。···あら、可愛いらしいわね。落雁?」

「はい。鳩羽様からの頂き物で」

「桜を模したのね。今日にぴったりだわ♪今度鳩羽(はーちゃん)に御礼しなきゃ」

 そう。あの茶会の朝のように、突然、鳩羽が風見家に姿を見せたのだ。

 聞いたところ、利休に行くのが待ち切れず、前日夜に入港し、会合には常雪と同行すると勝手に決めてきたという。

 上機嫌でそう話す鳩羽にほとほと困った様子で、申し訳なさそうに鳩羽付きの家礼が持参したのが今、黝簾が手に持っている桜を模したこの落雁なのだ。

 不憫でならないが、お陰で一席設ける事が出来たと、織江は心のなかで件の家礼に感謝した。

 そうして二人、裏庭に面した軒下で、細やかな花見に興じていると、黝簾が湯呑みを覗きながらこんな事を聞いてきた。

「織江?」

「···はい?」

「貴女、恋しているでしょ?」

「···」

「···」

「ええええっ!!!」

 突然の事に、織江は腹の奥から声をあげた。

 その様子に黝簾はにやりと口角を上げ、頬を染める乙女に悪戯な視線を向ける。

「やっぱり♪」

「いや、そんな!ありません!!そのような事、決して!!」

 織江が慌てふためく程、黝簾の菫色の瞳がきらきらと輝き、話を聞き出したくて、じりじりと近寄って来る。

「ええ〜?怪しいわねえ〜♪♪」

 とてつもない期待と圧に、どうしたら良いかと、織江は一先ず自分の湯呑みに淹れた茶をまるで酒でも煽るように一気に流し込んだ。

 その様子に、黝簾は益々上機嫌で、次の一手を待つ。

 (むか)う織江は、湯呑みを傍らに置くと、ゆっくりと深呼吸して、焦り走る心を鎮め、言葉を発した。

「御方様···《恋》とは、そもそもどう言う状態をさすのでしょうか?」

「へ?」

 期待していた事と全く違う応えに、つい間の抜けた声が黝簾の口からこぼれ落ちる。

「私は、恋をした経験が在りません。ですので、自分がそうであるかをどう認識したら良いか解らないのです···」

 伏し目がちにそう話す織江の様子を見ていた黝簾は、微笑ましい様に溜息をもらし、居直ると庭先の草木を眺めながら穏やかな口調で問うた。

「織江は、私の事が好き?」

 黝簾の問いかけに、織江はすっと顔を上げる。

「はい」

「じゃあ、殿や璃雪(あき)常雪(とき)のことも?」

「勿論です」

「皆、同じ?」

「はい!」

 その応えを聞いた黝簾は、ゆっくりと顔を織江の方へ向けこう問うた。

「じゃあ、その気持ちとは違う気持ちになる人はいる?」

「え?」

「其の方を見付けるだけで、色んな気持ちが込み上げて、居心地悪いのに、どうしてか離れ難いの」

 そう言って、庭の蝋梅を愛しげに見つめる黝簾の横顔に浮かんだのは、大手毬の花、共に歩いた庭園、菖蒲色の眼差し、靡く鋼色の髪。

「ふふ。やっぱり、()()()()が在るのね♪」

 お茶を飲みながら、くすっと笑う黝簾の声に、織江は恥ずかしくて俯いた。

「私も知っている方?」

 応えるべきか、否か。

 兎に角、黙ったままでは良くないと、意を決した織江が顔を上げた瞬間、音もなく、突然何もかもがモノクロになり色を失ったのだ。

「御方様!!」

 どうしたというのか。

 織江は直ぐ様、黝簾に呼び掛けるが、主は笑みを浮かべたまま応えない。

 ならばと肩に触れ、揺すってみたが、まるで石像のようにびくともしない。

「まさか、バグの···」

 しかし、あまりに突然過ぎる。静歌が現れてから、これといった変化はなく、ましてやこんな事、今迄に一度も無かった。

 頼みの常雪も居ない。どうしたら良いのか、織江は独り狼狽した。

 その時、屋敷に猛々しい足音が響いた。

「────織江殿!!織江殿!!」

 つのり募った思いが、不安に乗じてそう錯覚させているのかもしれない。

 それでもと、織江はずいと立ち上がり、裏庭に飛び出すと、声の主に届くように、自分のもつ全てでその名を叫んだ。

「天青様!!!!」

 声が届いたのか、足音は更に猛々しく、自分の方へと向かってくる。

 どうか、どうか聞き間違いでないように。

 祈る思いで待っていると、足音がすっと消えた。

「織江殿···」

 渡り廊下にその姿を認た途端、織江は涙を弾かせ駆け出した。

「天青様!!」

 両手を拡げ、織江を受け止めた天青は、腕の中の温かさに安堵をもらす。

「良かった···良かった···」

 耳をかすめる優しい声。

 力強い腕の中、思いっ切り吸い込んだ温もりに不安は残らず消えていた。

「織江!!どこだ!!織江!!」

 再会の余韻に浸る中、耳に飛び込んで来たのは常雪の声だった。

「常雪様!!こちらです!!裏庭の方へ!!」

 返ってきた織江の言葉に、常雪は裏庭へと駆けた。

 付いた瞬間、天青の傍らに居る織江の姿を認ると、常雪は膝に手をついて安心した様子で深く息を吐いた。

 そして驚いた事に、常雪の傍らには貝寄風静歌が同じく息を切らし佇んでいた。

「常雪様、御無事で良う御座いました」

「ああ、お前も、無事で良かった···」

 常雪も、織江も、互いの無事に笑みを交わす。

「常雪様、御方様が···」

 そう言われ軒下の方へ目を遣ると、何時もの笑顔のまま、時が止まった母の姿に常雪は遣る瀬無さを滲ませた。

「常雪君、一体これは···」

「───っひ!」

 二人の方へ足を向けた天青の問いかけに、常雪が応えようとした瞬間。何があったのか、静歌が突然、持っていた巾着を床に放り投げたのだ。

「静歌姫···何を···」


「──────あれ?···ねえ、五十嵐さん?今さ、見覚えのないアカウントが3人分あるんだけど、どういうこと?」


 投げられた巾着から、声が聞こえてきた。

 何かしら細工をしているのか妙に甲高い声で、性別も、年齢も測る事は出来ないが、静歌の顔はみるみると青ざめ、今にも崩れ落ちてしまいそうなほど震えている。

「御免!」

 静歌に詫びを入れたと同時に、常雪は巾着を掴み取ると紐を緩め、勢いよく逆さまにして中の物を全て床へ出した。

 手拭いに、紅。櫛など、ありふれた持ち物の中、細かな振動を繰り返す手鏡。

 全員の視線がそこに集中し、緊張感が漂う中、常雪は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと手鏡を拾い上げ、その鏡面に呼びかけた。

「···もし。···もし?」

《·····》

 明らかに静歌ではない声に警戒しているのだろう。鏡の彼方の人物はなかなか応じない。

「聞こえて御出でしょう。お応え下さい···」

 応じぬ相手に、常雪は懸命に、冷静に、諦めずに幾度も呼びかけ続けた。



 ──────カチャ



 鏡の向こうから、何かを操作音のようなものが聞こえてきた。

 途端、常雪の鼓動は不安と焦りに速まった。

 もしかしたら、相手がチャットを切ったかもしれない

 そうなれば、この状況を打開する手段は無くなる。それだけは避けなくてはと、常雪が鏡に向かい言葉をかけようとしたその時、その場に居た全員が息を止めた。


「お前、どうしてそこに居るんだ···雪田」


 細工を解いたのか、返ってきたのは若い男の声。

 しかもその男は、常雪を前世の名で呼んだ。

 常雪の前世を知るのは、この世界で自分だけのはず。

 相手に常雪の顔が見えているのか。否、生まれ変わった常雪の姿は前世とは違うはずだ。

 まさか、声だけで常雪を雪田舟だと認識したのか。

 浮かんだ疑問を整理しきれないまま、織江は常雪の方を見た。


「────鴉雛(あすう)


 そう呟いた常雪の淡褐色の目には、哀しみと共に、はっきりとした怒りが灯っていた。

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